第12話 初めては上手くいきづらい

ーあらすじー

 魔導士のフィールとSランク狩人のフリジアは、王国北部の田舎にある家で同棲をしている。ちなみにこの家はフリジアの実家のもの。

 北部山脈は有数の狩場があって、狩人のいろはをフィールはフリジアに教えてもらう。ついでに魔法も教えてもらう。フィールはフリジアとの生活に滲んできていた。  

 ほんの少し前までは、王国第二の都市キトラで魔術学校に通っていて、偉大な魔導士を目指すとか考えていたのだが、この美女との生活に、特段不満も見つかりそうにない。フィールは目の前の日々を楽しみ始めていた。





12話

 

 今日は、フリジアさんと初めての狩りに行く。昨日の下見は、ほどほどで切り上げることになってしまったが、曰く、それほど警戒するような狩場ではないという。むしろ、生息する獲物が少なく、近くに大きな集落もないため、同業者がいない。フィールの魔法の練習にはもってこいとのことだった。

 フィールの知る前評判は、北部山脈は危険というものだったが、地域差が大きいらしい。


 朝食を済ませて、フィールとフリジアは支度を始めた。フリジアは、いつもの装備に適当な服を合わせるだけなので、すぐに準備を終えた。フィールも、魔術学校の課外教練で使用した特注品のカッコいい野外服を着て、ドヤっとしながら二階からリビングに下りてくると、その姿をみたフリジアは驚いた。


「ねぇ、フィール、その服装は、何?」


 フィールの全身を椅子に座ったまま眺めると、彼女にとって当然の疑問を投げかけた。なにせ、フィールの服装は、野暮ったく、無駄に厚い生地で、フリジアにとっては世間も鉄則も知らない文官が狩場に視察に来たような、そんな雰囲気を感じさせるものだったからだ。


「魔術学校でもらったものです。野外活動で使えます!」


 フリジアは頭痛を感じる。フィールはすまし顔でフフンとしているが、正直、全部脱げと言いたい。


 当のフィールは、この服は、師匠に融通してもらって手に入った、学校の最も丈夫で品質の良い特注品なので、多少誇りに思っている。誇りは感じておらずとも、少なくともこれを見たフリジアさんは感嘆すると思っていた。そして、予想通り?フリジアさんはリビングに現れたフィールを見て驚いた。


「越冬でもするつもりなの?」


「えっ?」


「それ、明らかに軍のでしょ。デザインは多少違うし、魔導士用にアレンジされているからキトラの魔術学校で使ってたってのも分かるけど、仕様は軍のと一緒じゃん。対人戦闘で長期の戦役に着くわけじゃないんだから、そんなのを着る必要はないでしょ」


 狩人の装備に求められるのは、即応性を第一として、後にその他の機能。魔法を使って狩りをするなら、装甲は硬化魔法に任せるので服は必要最低限で構わない。それに硬化魔法は肌を起点に形成されるので多少露出があったほうが良い。一部の変態魔導士は白刃戦をまったくせずに、後方からの魔法支援に徹するらしく、そういった陰キャは全身を陰気臭いローブで覆って硬化魔法すら掛けないらしいが、フィールはそんなタイプじゃない。というか、そんな風にはさせない。


「でも、何も着ないよりはましだと思うんですけど…」


 フィールがシュンとする。


 なんで?その服にこだわりでもあるの?ミリオタなの?


 フリジアは心の中で思った正直なことを口に出そうとしたが、どうにか堪えた。


「もうっ。ここに来る間に買った服があるでしょ、あれは狩りにも使えるのを選んでるから、着替えるよ!」


「うぅーー!!」



 フリジアは、フィールを引きずって、二階の彼の部屋に連れていく。部屋はまだすっからかんで、買った服の場所はすぐにわかった。クローゼットから目につくものを選んで、フィールに新しい服を差し出す。


「こっちに着替えて!」


「本当に、これじゃダメなんですか?」


「私はあなたの先生なの、従って」


「わかりました、、」


 なおも、フィールは渋るが、フリジアは強引に服を押し付けた。


「着替え終わったら言って」


 フリジアは部屋を出て、扉を閉めた。そのまま廊下の扉の前で待つ。部屋の中から衣擦れの音が聞こえる。キチンとフィールは着替えをしているようだ。


 フィール、なんであんなのに拘るのよ。魔導士目指してるって言ってたよね?魔導士のイメージはあんなんじゃないと思うんだけど。あきらかにあれは最近の軍隊の服装だし、よくわからない。


 ほんの2分ほどで、物音は止んだが、それから少し間を置いて、フィールが扉を開けて出てきた。


「着替えました。似合ってますか?」


「うん。いいね」


 フリジアがフィールに選んだのは、狩人らしい服装。魔導士なので、あまり隠遁を重視したものではなく、上半身のシャツは、内側にノースリーブの生地が、外側に薄い生地で袖があり、何もしていなければ七分丈に見える。パンツは、ストレートのスラックスでこれもまったく同じ構造をしている。これは、硬化魔法を掛けると、自動的に薄い生地が折りたたまれて、肌が露出し、硬化魔法を妨げないようになっている。また、寒冷地なら、素肌と薄い生地の間に暖かい空気の層を形成して、十分な防寒具になる。魔法が付かれる狩人に、ここ最近気に入られているモデルで、大抵の街で質を問わなければ手に入る。ちなみにこれは一級品。フリジアのポケットマネー。


「というかさ、さっきの服フィールのサイズに合ってなかったよね?」


 あの、無頼漢なセンス丸出しの服と比べて、今の服装がやけにマッチしているなと思ったら、どうやらさっきのは少しダボダボだったようだ。


「あ、それは、師匠がまだ背が伸びるかもしれないからって、すこしサイズの大きいものをくれたんですよ」


 フィールは、事実を馬鹿正直に答えた。その答えで、フリジアには全てが線でつながったような感覚を覚えた。あれだけの質の服をどこで手に入れたのか、気になっていた。


「あぁ、そういうこと」


 あの女から貰ったものなんだ。


 途端、フリジアの目は一気に冷める。


「あ、あの、ごめんなさい!」


 身の危険を察知して、フィールは咄嗟に謝罪する。自分の愚かさに今になって気が付くと同時に、さっきから自分があの服を満足げに着て、あまつさえフリジアさんに自慢しようとしていたことを思い出し、全身から血の気が引いていくのを感じる。


「いいよ、フィール。あれは相当つくりがいいやつで、値段も張る。役に立つ場面ではあれを使いたくなるもの分かるから。でも、少なくとも狩りじゃ使わないから」


 フリジアはフィールに詰め寄って、釘をさした。それは、狩りには、狩人の服装を、それだけの意味だった。


「それより、もういい時間だから、行こ?」


 フリジアはそこまで気にしていない。ちょっと嫌だけど。

 フィールにとって、特に魔法について、よりおおきな影響を与えているのはフリジアではなくジークリンデだ。Sランクの者としてどちらが上か、とかじゃなく、まだ出会って日の浅いフリジアに比べて、数年の間教師と生徒であったジークリンデの方をより尊重するのは仕方のないことだ。


 フィールがあの女に尊敬の念を向けていることは変わらないんだよなぁ…


 でも、フリジアには、すんなりとは割り切れない。経験が少ない。


 今日の狩り、頑張るか。


 まだフィールが私の凄さを知らないなら、あの教練場での戦いしか見ていないなら、生の狩りの現場でそれを教えるしかない。そういう結論に至っていた。




 いざ、狩場に着いてみると、フリジアは驚いていた。フィールが思ってた以上に癖のある魔導士だったからだ。


 狩場自体は、フリジアのデモンストレーションにも何の役にも立たないほど拍子抜けするものだった。昨日の下見の時から歯ごたえのある獲物の気配を感じなかったので、もしや、とは考えていたが、本当にろくな獣一匹見つからなかった。仕方がないので、フリジアはフィールの魔法を見ることにしたのだ。ここは正式な狩場。正規のライセンスを持っている彼らなら魔法を自由に使っても問題ない。


「フィール、本当に氷魔法が得意なのね」


 フリジアの眼前、角度は75度位で、距離は20m程、その範囲の木々がフィールの魔法で円弧上になぎ倒されていた。しかも彼が使ったのは『冷風』、氷魔法の最下位クラスだ。夏場には重宝するので、ほとんどの魔導士は習得している。そもそも攻撃を意図していない魔法でここまでの威力を出すのは、物凄いことだ。フリジアにもできるかわからない。


 素直にフリジアは感嘆のため息をもらした。


「ありがとうございます!!」


 フィールは目を輝かせてそれに応える。


「他の魔法と比べても、氷魔法は明らかに一段習熟してる。相当な練習と研究をしたんだよね、すごいよ」


 残念ながらフィールは、氷魔法の前に見せた、ほかの魔法では完全に凡だった。風魔法に至っては3種類ほどしかできていない。だが、フィールがキトラ魔術学院で次席だったのは、ひとえにこの氷魔法への適性からだ。氷魔法は一部の現場では重宝されるので、まず実戦ではそれなりに役割を果たせる。加えて、フィールは魔法理論に強く、自分の適性を最大限に生かせるような魔法を構築していた。この魔法のアジャスト能力が、格段に他の生徒よりも高かった。


「でも、僕は、この一部の魔法をやりすぎてしまって、その他の魔法が本当にてんでダメd、、、」


「ちょっ!フィール!?大丈夫?」


 フィールは、フリジアに笑みを浮かべて満足そうにしていたが、ユラッとその表情が緩み、うとうとしたかと思うと、地面に倒れこみそうになった。フリジアが掴み上げたので地面に頭をぶつけることにはならなかったが、フリジアは混乱した。


 まず疑ったのは、毒。フリジアの知らない魔物の、遅行性か隠密性がよっぽど高い攻撃を食らったのかと思った。でも、フィールの目や首を見たり、触ったりする限りその様子は見られない。しばらくそうしてフィールを抱えていると、彼がフリジアの腕の中で寝息を立てているのに気が付いた。


 なんだ、魔力切れか、、、


 いきなり倒れたので、焦って攻撃を疑ってしまった。それはそうだ、あんな風に魔法を使ったらかなりの魔力を消費しているはずだし、瞬発的な出力も相当高い。体に負担がかかって、極度の眠気に襲われるのは魔力切れの典型的な症状。倒れこむ勢いで眠りについたということは、それだけ症状の程度が重いということだが、一つの魔法でここまでになるというのは、よっぽどフィールの使った『冷風』が、淀みなく魔力を放出したのだろう。

 フリジアには理解できない感覚だが、一部の魔法に長けた人は、一切の抵抗なく魔力を引き出せるらしく、気を付けていないと持てる魔力を全て流し出してしまうらしい。今まで眉唾な話と思っていたが、目の前でみて、その実在に驚かされもした。


 フリジアは、フィールがなぜこんなことをしたのか、流石に見当がついた。

 別にフリジアは怒ってなんかいなかったが、フィールは気にしていたのだろう。フリジアにいいところを見せようとして、結局こうなってしまうのは、些か可愛く思えた。だけど、もしこれをそれなりに強い魔物に向けてやろうとなんてしていたら、そう考えると、フリジアは全身から血の気が引くのを感じた。


「ンゥ!」


 フリジアが、少し怖くなってフィールを強く抱きしめたので、その衝撃でフィールが覚醒した。


「フ、リジアさん?」


 フィールの魔力が回復しているわけがない。無理をさせて起こすのはよくない。


「フィール、、、まだ寝てな、、」


 起き上がろうと体に力をいれるフィールを抑えつけ、頭を撫でて、また寝るように促す。30分も寝れば問題ないと思う。

 フィールは、一瞬フリジアに抵抗して起きようとしたが、すぐにまた力が抜けたのか眠りについた。




 30分丁度。フリジアの膝の上で眠っていた。フィールが自発的に目を覚ました。


 起き上がっただけで、フィールはまだ十分に動けるほど回復はしていなかった。


 しばらく、フリジアが手際よく焚いた控えめな火を囲んでゆっくりしていたが、どうにもうまく回復する気配を見せなかった。それは、ピタッと隣に座っているフリジアにもわかっていた。フィールは、あんまり気にしないでまったりと、体重を隣に預けて過ごしていたが、だんだんと日が落ちていく中で、フリジアは焦りを感じ始めていた。おかしい。こんなに魔力の回復が遅いのは変だ。単なる魔力切れだけには思えなくて、フリジアは早く家に帰りたいと思い始めていた。


 フィールは、少し嫌がった。でも、フリジアに押されるままに減量魔法を掛けられて、彼女に抱えられて、帰路に着くことになった。このフォーメーションは、お姫様抱っこというらしい。ザールが言ってた。


 道中、この辺りではかなり珍しい、行商人とすれ違ったが、フリジアは気にせず、フィールは心の中で懸命に彼らが自分のことを気に留めていないことを願い、二人の家に帰った。


 帰ってもフリジアの過保護な対応は続き、フィールはその日、リビングのソファから立ち上がることすらままならなかった。いろんな理由で。










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