第11話 雰囲気
ーあらすじー
アルヴェニア王国、北部山脈の麓、一軒家に魔導士になったばかりのフィールとSランクの狩人、フリジアの二人が暮らし始めた。同棲生活も3日目。
昨日は、フリジアのかつてのメイドが訪れていた。
北部山脈の狩り場に、二人で初めての狩りに行く予定なので、今日はその下見をする。だけど、まずは昨日から来ているメイドが用事を済ませて今日にも帰るので、その見送りが先だ。
11話
昨日、ニューエさんが来て、今朝早くには帰ってしまった。
寝るとき、何か物音がしたと思って、庭の方を見たら、フリジアさんと二人で何かを話していたが、二階の窓越しに軽く聞こえる内容がミルディア家の話のようだったので、そそくさと自分の布団の中に引っ込んだ。フリジアさんと二人で夕食後にリビングでくつろいでいる間に、どうやらニューエさんは、僕の部屋のシーツなども掃除していたらしく、洗剤の香りが残っていた。
ニューエさんは、二階の余っていた部屋で寝たようだけど、朝起きたときには既にその部屋も完全に元の状態ー少し綺麗になっているかもしれないーにしていて、感心した。良家のメイドは皆こうなのか、それともニューエさんが特別優秀なのかわからないけど、フィールは、こんな風に手際よく世話をしてくれる人がいたりしたら、それも複数いたりしたら、一部の貴族が自堕落に落ちてしまうのも分かるような気がした。
フィールが起きたときには、もうニューエさんが家を出るところだったので、慌てて一階まで下りて、フリジアさんと見送りをした。そのあとに、顔を洗ったりして、出る前にニューエさんが作ってくれた朝ごはんを二人で食べはじめた。
「フリジアさんもニューエさんも朝早いんですね。僕なんて朝は苦手で、」
朝食と目覚ましのコーヒーを口に含んでも、フィールの意識はまだ覚醒しきらず、どこかぼんやりしている。
「まぁ、使用人なんてみんなそうなんじゃない。私は狩人やってたから、睡眠はある程度どうとでもなるし。あと、ニューエのことは敬称なしで呼んだら?ニューエもそれがいいと思ってるよ」
フリジアさんは、しゃっきりとして、相変わらず背筋を綺麗に伸ばして、丁寧に食事をする。そのまま、フィールが考えもしなかったことを言ってくる。
「でも、まだそんなに親しくもないですし、僕は主人でもないので、むしろ呼び捨てにするのは失礼なのかなと思うんですけど」
フィールに貴族の感覚なんてわからないが、恐らく他の家の使用人に話しかける機会があったとして、その使用人を呼び捨てにするなんてことはないだろう。むしろ、他の貴族に見られたら粗野だと思われてしまったりすると思う。
「ニューエは、今は私が必要ないって言ってるからミルディア家の方で働いているけど、本来は私の使用人。だからフィールがそうするのは間違ってない。まぁ、交際相手の使用人にも腰が低い人はいるから、どっちでもいいといえばいいんだけど、これがライン。むしろ遜りすぎていると思われる方がよくない」
フリジアさんは、淡々とそう言う。
父親はあまりフィールに口出しをしない人だったが、母親は礼儀作法に厳しかった。どんな相手にも丁寧に、親しき中にも礼儀あり、それを教わった。それは、フィールに魔法を教えてくれたザルフォスさんも、キトラ魔術学校の、師匠も同じだ。もしかしたらそれは、単に魔導士が大切にしていることだけなのかもしれないけど、フリジアさんの言うそれはフィールには理解しがたい。
「結局、貴族にとっては、使用人は使用人。そこの区別は必ずするものだし、身分は、はっきりさせるものだよ。こと主従関係に至っては尚更」
身分を重んじるのは、貴族だと当たり前なのかもしれない。
フィールのような平民は、王家も貴族もどっちも尊重すべきで、逆に言えばそれ以外の人は、貧富の差は在れど身分は等しい。ゆえに、一部の敬う相手に出くわした時は、そう接すればよいだけだ。逆に国王は、身内には対等に接することはあっても、貴族も平民も下の身分。ずっと尊大でいればいい。しかし、貴族はそうもいかない。貴族という身分を保つために、国王・王家を敬うのは当たり前だが、平民には尊大にふるまう。何より面倒くさいのは、貴族相手でも、相手と時と場合によっては、振る舞いを変えなければならない。そういう面で、一番苦労を抱えているのは貴族なのかもしれない。
「そうなんですか」
いろんな理由もあって、特に自分の使用人に対して貴族が多少乱暴に振舞うのは、仕方のないことだ。勿論限度はあるが。
フィールはどうしても曖昧な返事になってしまう。まだそれが本当に正しいのか分からないのだ。フィール自身、礼儀が必ず必要になるものだとは考えてないが、やはり、長年にわたって根付いた意識は変わりにくい。フリジアさんの手前、彼女のアドバイスを受け入れたいが、やはり感覚的にどこか、頷くことに抵抗がある。
「うん、まぁフィールも慣れるしかないよ。でも、フィールが仲良くしてたザールって人も貴族だったよね?」
フリジアさんはもう、ご飯を食べ終わって、コーヒーを飲んでいる。
コーヒーは、キトラでは市民権を獲得しているが、王都以北ではまだ一般的じゃないらしい。ニューエさんがもってきたやつを、紅茶党のフリジアさんも今朝は飲んでいる。
「そうですね」
あれでもザールは貴族だ。というよりも、フィールが庶民だけど特別にキトラ魔術学校であのクラスに通えていたというのが正しい。フィールは一応貴族の子女の世界にいたのだ。その感覚にまったく親しみがないわけじゃない。
「しかも公爵でしょ。彼の家の軽い行事とかに呼ばれたこととかある?すごいんじゃない?」
そう、ザールはこのアルヴェニア王国の貴族でもっとも階級の高い、公爵。ちなみにミルディア家は子爵。
「数回だけザールの家に呼ばれたことがあります。キトラからも近かったので。でも、社交行事という感じじゃなくて、単純に遊びに行っただけです」
ザールの家は、キトラ郊外にどでかい家を構えていた。というか大都市キトラが、その家の敷地を避けて立地しているようだった。その面積は、広大な庭(森林)を含めると、後背地を含むキトラとほとんど変わらない。初めて行ったときは度肝を抜かれたが、二回目以降は正直、あまりに大きすぎて気後れしてしまって居心地が悪く、そこまで好きな所じゃなかった。
「そう、本格的なパーティーとか知らないのか。社交の場に出ていれば、なんとなく貴族の振る舞いというのが分かったと思うんだけど、、、普段から偉そうなんじゃなくて、それが求められる相手と場所があるってだけなんだよね」
フリジアは無理にそういう振る舞いをフィールに求めていない。無駄に使用人という立場に厳格なニューエが、フィールに敬称付きで呼ばれるのを嫌うだろう、ということにすぎない。それこそフリジア自身が彼女に気にするなと命じれば終わる話だし、もしかしたらニューエは気にしていないかもしれない。
しかし、フィールは自覚していなさそうだけど、彼の場に置ける存在の仕方は将に貴族の男児。ときおり庶民的な振る舞いが表れるけれど、多分貴族に囲まれていたので、それが移ったのだろう。そんなフィールに、敬称付きで呼ばれるのをニューエが快く思っているとも思えない。
「それはなんとなくわかります。学校でも、彼らは庶民とさほど変わらないような話をしてましたし、男子のソレは、下手をしたら庶民よりも下品でした。ああ、あんまり言うことでもないですね」
フィールは一人で言って、一人で恥ずかしがった。
ナニを考えながら口にしたのだろうか?
フリジアさんは、それに大いに頷きつつ、赤面して俯いているフィールをニンマリとして見つめる。
「そうなのよね。あいつら、下手に金があるせいで結構変なことをしたり、それこそ使用人に欲情をむけたり、そんな話を平然とするものだから、耳に入ってくるんだよ。「最低」って罵れればいいんだけど、相手によっては面倒ごとになりかねないし、しかも教員たちも、貴族の出身が多いから、「若いなぁ」、みたいに放置するし、別にそういうことを止めろなんて言わないけど、少なくとも公で声にだすなって、そんなことも教員は言わないだよね!」
いきなり結構な剣幕に変わった彼女を前にフィールは、食後のコーヒーを飲もうと持ち上げたカップを、ピタッと口元で静止させて、黙ってそれを聞くしかなかった。
フリジアは、フィールの言葉で短いけど学校にいた時期の、汚らわしい男子の振る舞いを思い出して、はじめはフィールに共感しているだけだったのが、どんどん不満を吐き出してしまう。
「奴らときたら、複数人が集まったら、もう目も当てられなくて、お互いに自慢を始めて、頭のおかしい奴はわざとこっちに聞こえるよう見栄を張ったり、気色が悪いわ!なにが自慢になってるのか教えてくれよ、周りは全員引いてるだけだから。」
一通り言い終えたフリジアは、肩で息をしている。
やっとフィールはコーヒーに口をつけた。
「いろいろあったんですね。僕のいたクラスはそこまでひどくはなかったんですけどね」
なんだろう、これもフリジアさんが家を飛び出して狩人になった理由の一つなのかな?
でも、フリジアさんが狩人になった理由を聞くのは、今ではないだろう。
「まぁ、あいつらがヤバいだけでしょ。全部の貴族がああなわけないよね、あってたまるか」
「はははは、」
フィールには冷たい笑い声を上げることしかできない。フィールやザールが、まったくそういう話をしなかったというのは嘘になるからだ。
「何よ、フィールも心当たりがあるの?」
あからさまな誤魔化しにフリジアは反応して、睨みつける。
「いや、違います、ザールだって、話を聞くたびに違う相手のことを言っていましたけど、そんな直接的な話はしませんでしたし、彼も外聞があるのでそれくらい気を使ってました。それに異常性癖も無かったはずです。隠されていたら分かりませんけど」
「まぁ、そうだろうね。公爵家はそういうところにまで気を付けているだろうし、フィールの話を聞く限り、ザールっていう人は、チャラいけど弁えてる、自制の利くタイプだろうから」
納得してくれたようだ。フリジアさんのあの恨み様は相当だろう。一緒にされるとどうなるか、、下手をしたらこの家から追い出されるとか、マジであるかもしれん。良かった、自分が甲斐性なしで。
「でも、ザール君に問題なくても、フィールはどうなの?」
「ぼっ僕は、フリジアさんが初めてです。そういうのに興味がなかったって言ったら嘘ですし、そんな話をザールとしたこともありますけど」
フィールは必死になって否定する。
「そ、そう、ならいいんだけど」
フリジアさんは、顔を背けてしまう。
これは、大丈夫なのか?フリジアさんは、多少頬を赤らめているけど、これは、問題ないんだよな?!??
フィールはドギマギしているままだったが、朝食が済んでしばらくしたら、フリジアさんに近くの狩場の下見に連れていかれた。たまに前を歩いているフリジアさんをみて、さっきのことで不安になったり、岩場を昇るフリジアさんの下をついていくときに、一瞬上を見てしまって、慌てて目をそらしたり、そんなことが定期的にあって、あきらかに集中できていなかった。
フリジアは、それに早々に気が付いていた。でも、自分がさっき、はっきりとフィールに返答しなかったことが、彼をもやもやさせていることにまで気が付いておらず、なんでなんだろう?と考えていた。自分の今日の服装、そんなに煽情的かな、とも考えたりした。
二人はそんな様子だったので、フリジアは早めに切り上げることにして、帰りに適当に狩った兎を持って、帰路に着いた。
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