第10話 ニューエ
ーあらすじー
フリジア(Sランク狩人)とフィール(Cランク魔導士)の田舎での生活に、二日目にして問題が起きた。
かつて、フリジアの専属メイドだったニューエは、フリジアに二人が住み始めた家の武器庫の鍵を届けるため、近くの町で待ち合わせ、そのまま家についていった。しかし、そのニューエが、誤解からフィールに暗器で攻撃を仕掛けてしまった。フリジアが間に瞬時に割って入ってその暗器を止めたので、とりあえず怪我をするようなことにはならなかった。けれどもフリジアはニューエの暴挙に怒り心頭。フィールは突然のことに何が何だかわかっていない。
10話
フリジアは、ニューエが投げた暗器をフィールに当たる直前で防いだ。
ニューエは、フリジアが幼いころから付いていたメイド。実家を飛び出して、狩人として生きていこうとしたフリジアの当初暴挙とも思えた行動に、たとえそれがフリジアの父による命令だったとはいえ、付き従い、ニューエもまた狩人の道に進むことになった。
フリジアへの目付け役の任務は、とてつもなく過酷だった。二人とも未熟で、ニューエは将来フリジアの護衛を務めることも見込まれて鍛錬はしていたが、15歳と17歳の少女の度であることには変わりない。
フリジアはその当時から、15歳にして、少女の雰囲気だけでなく、妖艶な色気も纏いつつあった。顔立ちに幼さは残っていても、並々ならぬ戦いを抜けていくにつれて、甘さは消え、一段と美しい女性に変わっていった。そのそばに立ち続けたのがニューエだ。初めはフリジアを守る側であったのに、やがて守られることの方が多くなり、やがて、寝ているフリジアの見張りとして夜中に立つこと以外は、ニューエにしかできない仕事はなくなっていた。
十分に男を惹きつける魅力を備えたフリジアに近づこうとする男はいくらでもいた。挙句、複数パーティの合同任務の時なんかは、寝所にもぐりこもうとしたり、フリジアの着替え、下着を盗み出そうとする輩も現れた。どれもニューエが追い払っていたが、あるとき、下着を盗もうと近づいてきたやつがいて、その存在に、目を覚ましたフリジアも気が付いた。ニューエはそいつを締め上げて、腕の一本か二本、最低でも睾丸を蹴り潰す位はしてやろうとした。集団任務で、パーティ間の輪を乱すのは御法度だ。女性にそういうことをしようとする男が返り討ちにあって重傷を負うことは、自業自得とされる。しかし、その夜は、フリジアが彼を見逃した。ただのやさしさからだろう。でも、それが最悪の結果をもたらした。彼による下着窃盗未遂はすぐに噂になり、ひどく恥をかいたそいつと、それが所属するパーティが、あろうことか戦闘の最中に背後から襲ってきた。彼らとしては、痛い目を見させる程度の考えだったのかもしれないが、現にそれでフリジアとニューエは死にかけた。フリジアの体には傷が残った。ニューエは激怒した。フリジアは悲しそうにしていたが、ニューエの怪我も軽くなかったので、怒っていた。その戦闘のあった晩、ニューエはそのパーティを夜討ちして全員絞め殺した。そのまま二人はその合同任務から外れた。後に聞いた話では、参加者が全滅に近いほど死に、その合同任務はとん挫したらしい。けれど、二人には関係のないことだった。
それから、フリジアは不届き者に対する優しさを少しばかり捨てたけれど、根本的には変わっていなかった。でも、ニューエは変わった。フリジアに良からぬことを仕掛けようとするやつは、容赦なく殺す気で攻撃した。実際それで何人か殺した。あのような失敗は二度と繰り返してはならない、そう肝に銘じていた。それに、死体を処理すれば、フリジアも特段ニューエを叱らなかった。次の日はずっと気分を悪そうにするが、それで済んでいた。
しばらくして、二ューエは護衛の任務を解かれた。かねてからのフリジアの希望と、ミルディア家内部の事情の変化で、ニューエは本家の勤務になった。卑劣漢に容赦なく当たりすぎたのが遠ざけられた原因かは分からない。
あの頃の癖は消えてなんかいなかった。フリジアの、お嬢様の下着を狙おうとする、あろうことか、それを手にするところまでやっている奴に、慈悲もない。反射でニューエは暗器を投げてしまった。
すぐに気が付いた。彼が、お嬢様の同棲相手、フィールであると。ついさっき、お嬢様を不機嫌にさせてしまったことを気にして、いろんなことを考えながらいたのが、短絡的な行動を生んだ。これは、明らかにこの瞬間における最悪手だ。フィールは、生まれてこの方そういう相手をもたなかったお嬢様が選んだ男性。おそらくだが、そう、決めた相手なのだろう。とすれば、将来のお嬢様の夫、ミルディア家の者になる相手に攻撃を仕掛けたことになる。ろくな理由もなく。これは立派な反逆だ。
幸いにも、覗きに来たフリジアの手で、飛ばされた暗器は止まったが、後悔はニューエの脳内を駆けまわっていた。
「お嬢様、申し訳ございません!!」
ニューエは全身全霊を込めて、謝罪する。
フリジアからみれば、急いでフィールに肉薄する暗器を止めて、その直後に、ニューエを睨みつけた瞬間、彼女が頭を下げてきたことになる。
狙われたフィールは、やっと混乱から抜けようとしていた。
つまり、まず自分が洗剤をとろうとして、手をぶつけて棚から落としてしまったのは、フリジアさんが下着を含めて洗濯物をいれていた籠。そして、丁度そのタイミングでフリジアさんと、今日フリジアさんが会う約束をしていた相手が一緒に帰ってきた。そしてそのメイドが、自分の叫び声をきいて、洗濯場に様子を見に来たところ、フリジアさんの下着と服に埋もれて、パンツを手にしていた自分のことを見つけ、下着泥棒と勘違いし、攻撃してきた。こういうことだろう。
なんであんな瞬間的に攻撃に踏み切ったのか、そもそも此処にやってきたときは「大丈夫ですか?」と明らかに自分を心配していた。いまいちよくわからない部分もある。
フィールは、何を言えばいいのかわからない。本来なら、まず、フリジアさんに彼女の洗濯物をぶちまけたことを謝るべきなのだろうが、当のフリジアさんは自分には目もくれず、メイドさんの方に向かっている。
明らかにフリジアさんはあのメイドに対し怒っている。フィールには背中を向けている。
「なんでやったの?危うくフィールが大けがするところだっただけど」
フリジアさんは、腕を組んで、彼女に問いただしている。
フィールは、何をするべきか考える。
まず、自分がやったことを謝ったところで、恐らくこの状況は改善しない。もっとも、いずれ、すぐにでもフリジアさんには謝らないといけないのだが、少なくとも今この瞬間ではないような気がする。では、「そのメイドを怒らないで上げてください」とでも言うべきか、否。これは、フリジアさんと彼女の問題だ。あの攻撃の被害者(未遂)のフィールが許すという選択肢は成立するが、これも正解ではないだろう。
とりあえず、息をのんで顛末を見守ることしかできなかった。
「お嬢様の護衛をしていた時の癖です。私の確認不足と、早まった結果です」
この答えはフリジアとしては想定内だった。どうせそんな所だろうと。
正直、フィールを害そうとしたことに対する怒りは、どうにか爆発はしないように抑え込んでいる。フリジアも身の振り方を考えていた。あの攻撃は、対象の動きを止めるためのもので、殺すためのものではない。でも、相手の生死を問うものでもないので、普通に死ぬ。フィールは魔導士。あの女のもとで学んでいたようだし、能力も才能も低くはないので、あれで死ぬことはほとんどないだろう。ゆえに、ニューエにそこまでやらなくてもいい、という風にも考えていた。でも、そのたびに、たとえ可能性が低くても、フィールが死ぬ可能性があったんだ、ということが浮かんできて、ニューエ許すまじ、という風にもなる。
一度、フィールの様子を見ようと、背後の彼に顔を向けた。
フィールは、おどおどしながら、フリジアとニューエを見ていた。それは、あの攻撃に対する恐怖ではなく、明らかに私たちの間で交わされる会話に気を向けていた。
フィールが、そんなに気にしていないなら・・・
「ニューエ。これを片づけて」
フリジアは目線で散らかった自分の洗濯物を示す。
「承知しました」
ニューエは、フリジアの指示を、許されたのかそれとも保留されただけなのか、図りかねたが、弁えてそれに従う。こんな時に余計なことは何も言わない。
フィールは、ハッと、自分の周りにある物たちに意識を向けた。そして、直に目を逸らした。それが下着だったから。
「フィール、行こ」
フリジアは、この場において、フィールとニューエを動かせるのは自分だと理解していた。逆に言えば、二人とも、自分が何も言わなければ動きづらいだろうことも。
「わ、分かりました」
フィールは立ち上がって、リビングに向かうフリジアさんの背中を追った。洗濯場を出るあたりで、一度振り返ると、メイドさんは散らかった洗濯物を片づけ始めていた。
フリジアは無言でリビングのソファに腰かけた。フィールもそれに続いて、フリジアから少し離れた隣に座った。
「ごめんね、うちのメイドが危ない真似して、キツく言っとくから」
フリジアはフィールに謝る。その目は、本気で申し訳なさそうだ。
「い、いえ、フリジアさんが止めてくれたので、大丈夫です。僕こそ、フリジアさんの洗濯物を散らかしてしまってすみません」
フィールも謝り返した。二人の間にはスペースがあるので、お互いソファに座りながら相手の方に体を向けて、頭を下げる形になった。
「フィールは棚の洗剤をとろうとしただけでしょ、悪くないよ。それにフィールなら私の洗濯物とか、別に見てもいいよ。下着も」
フリジアはフィールの傍らに転がっていた洗剤の箱に気が付いていた。ゆえにフィールが不埒なことしようとしてああなったわけではないことにも。
「そ、そうですか」
いや、返事に困る。嬉しそうに応えたら変態だし、NOと言っても失礼じゃないか。
フィールはなんとも言えない返事をする。
「その、あれなら僕でも死なないように防御できたので、あのメイドさんは、そんなに怒らないであげてください」
フィールの申し出に、フリジアは何とも言えない顔をする。一瞬浮かんだのは怒りだったけど、フィールだって、いろいろ考えて言ったのだろう。それを、無下になんてできない。正直、許すも、何か罰を与えるも、本家に報告するも、どれでもいいように思える。フィールのやさしさを愛らしくも、ニューエのバカな行動に腹立たしくも、単純に疲れも、諸々を含んだ感情は、フリジアに穏便な考えを促した。ついでにいえば、目の前には懇願するフィールの顔もある。
「わかったよ。特に何もしない。でも、怒るところは怒るから。これは私と彼女の主人と下人としての問題でもあるんだから」
「そうしてください」
ニューエは、散らかった洗濯物をすぐ拾い集め、多少汚れてしまったものやしわのついてしまったものと、そうでないものに分けて、それぞれ丁寧にたたんで、分かるように別に置いた。
もともと量が多いわけではないので、時間はかからず、そのままリビングに向かった。そこで、二人が、ニューエを許す方向で話しているのを耳にして、少し安堵するとともに、自分の間違いを心底悔いた。
「お嬢様、片づけ終わりました」
とはいえ、指示されたことを終えたら報告に行くのが義務だ。掃除なんていちいち報告に行くものではないが、今回のはそうではない。
「わかった。フィールが、特に問題ないって言うから、今回は特に何もしないけど、次はないから。あと、あとで話ね。あの洗濯物、まだ洗ってないやつだから全部洗濯機にかけておくのと、そのあとに夕飯作って。今日は泊ってっていいから」
ソファからニューエの方を見て、指示を出した。
「かしこまりました」
ニューエは礼をして、指示を聞き届ける」
「フィール様、御寛大な対応、ありがとうございます」
フリジアの方に向けていた体を少しだけずらして、フリジアと一緒にニューエの方をみていたフィールの方に向ければ、ニューエは礼をしながら言った。
「ええ、大丈夫です」
フィールは適当に返答をした。
ニューエが洗濯場の方に消えたあと、フリジアはフィールに彼女についての説明を軽くした。ゆうてもまだ3時半とかだったので、フィールとフリジアは紅茶をいれて、リビング歓談しながら、今日、フリジアが出かけた理由である、武器庫の鍵をつかって、保管されていた武器の状態を二人でみたりした。フィールのしらない武器があったので、庭に出てそれをすこし試していたら、夕飯ができたとニューエが知らせてきたので、二人は夕食にした。
食後にニューエからフィールへ自己紹介と改めて謝罪があり、フィールも軽くそれに返した。フィールには紹介するほどの経歴も肩書もなかった。
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