第9話 フリジアの、新生活2日目。
ーあらすじー
見習い魔術師から、C級の魔導士になったフィールは、フリジアという超絶美女のSランク狩人とアルヴェニア王国北部の田舎で二人で暮らし始めた。二人は長旅を終えてやっと着いた同棲生活初日には、しばらく放置されていたフリジアの実家所有のその一軒家を掃除したりして、住めるように整えた。
2日目、フィールは前日の疲労で昼前まで寝ていたが、フリジアは用事があるので、フィールを起こすと、家を出た。フィールは家で留守番をしながら暇を持て余していた一方で、フリジアは遠路、最寄りの街に向かった。
9話
フリジアは、フィールをなんとか起こした後、時間が迫っていたので、だだをこねる彼を宥めて家を出た。
もう少し、フィールがお寝坊さんでなければ二人で行けたのかもしれないけど、時間は時間だ。これでもけっこうギリギリなので、フリジアは一つ、身体を強化する魔法、そして移動系の魔法を使って、一気に村まで飛ばした。二人で行くにせよ、この速さにフィールはついてこれなかっただろう。
二人の住む家から一番近い村まで魔法を使って6分(フリジア基準)。ミルディア家(フリジアの実家)の人との約束場所は、その村からさらに離れた街だ。馬車で村から40分ほどかかってしまう。街道上は基本的に一般人の魔法使用は禁じられているので、おとなしく馬車に揺られるしかない。そもそもが狭い道なので、通行人に気を付けながら魔法で全速力を出すこともできない。
間に合うかなぁ?
フリジアは馬車の中で少しばかり焦っていた。今日の待ち合わせの相手は、父についている執事。実家にいたころに何度も諫められたし、デカいし、ゴツいし、強面だし、苦手な相手。加えて、かなり厳格な人で、時間にもうるさい。もしもここで彼に叱責を食らうようなことがあって、それが父に届いたら、フィールとの関係に文句を言われかねない。つまり、今のフリジアにとって必要なことは、その執事と上手くやること。遅刻は許されない。
待ち合わせまで村にあった時計ではあと50分しかない。馬車の所要時間なんて目安に過ぎず、40分というのを信用できないので、道中かなりドキドキしていた。が、結果を見れば、35分という、素晴らしいタイムを記録してくれた。
先ほどまでの焦りを抑えて、待ち合わせ場所に指定した場所、街の駅前、時計台の下へフリジアは向かった。
遅い。
待ち合わせは12時30分。今は12時27分。
あの人のことだから30分以上前に到着する汽車でやってきてもおかしくない。少なくとも10分前には来るだろう。しかし、まだ来る気配もない。
汽車にトラブルがあったとは聞いていない。まぁ、何かしらの問題があったとしても、それが分かるのは一番近い駅に報告が行ってからで、そこからほかの駅に電報が飛ばされることを考えれば、なにかあっても、それがまだ分かっていないというのは不思議でもない。
鐘はならないが、12時30分を時計は示した。
しかし、彼がくる気配も、汽車の煙すら見えない。やはりなにかあったのだろう。
「お嬢様」
駅舎と線路を眺めていると、ふいに後ろから声を掛けられる。まぁこれが懐かしい声。
「ニューエ!?」
それは、見知ったメイドであった。
「執事長から代役を承って、私めがやって参りました。お嬢さま、お久しぶりです。5年ぶりになりますでしょうか」
ニューエは、スカートの裾の右端を左に扇いで礼をして、挨拶をしてきた。
「貴方が来たの!驚いた。何か理由があってのこと?」
あの執事長は、やはり几帳面。約束を無駄に守ろうとするだろうから、こうやって連絡なしに代役をよこすとは考えにくかった。ニューエは今、バリバリ実家で働いているはずだったのだから、こんな所にいるのも不思議だ。
「執事長は、王都で当主様の別件が発生したため、そちらを優先されました。予備の鍵を携帯していたのは執事長ですが、鍵をお嬢様に届けるなら私でも問題ないので、私が遣わされた次第です」
「そう」
そもそも執事長は父の案件で王都に来ていたのだ。ゆえに、あの武器庫の鍵を管理している人で、二人の家の一番近くにいたのが彼だったから彼と待ち合わせる約束になっていた。当然父に関する別件があれば執事長はそちらを優先させるだろう。そして、特に急を要することのない鍵の受け渡しは、代役を立てるか、延期させるか、なんてことはあり得る。実際、ニューエが空いていなければ延期されていただろう。それに、本当に武器が必要な場面になれば、フリジアなら、鍵が修復不能になることと、治安当局に捕まるリスクを振り払ってでも、基本破壊不能とされている鍵をぶっ壊して武器を取り出すだろうと、ミルディア家の人達は考えていた。
「でも最近はニューエ、実家にいたはずだよね、なんで急に代役に来れたの?」
ニューエとは6年前まで一緒にいた。最後にフリジアと別れたとき、彼女は実家に戻っていったはずだ。
「お嬢様、私がお屋敷勤務だったのは昨年までです。今年度からは王都の事務所任されております」
ニューエはフリジアの無情報さを指摘する。とはいえ、フリジアはミルディア家内部の人事システムなんて、ほとんど知らない。おおよそ5年周期で交代があることを知らなかった。もっとも、執事長や、子供たちやフリジアの母に直接付いている使用人は、その任期制度の例外なのだが。ちなみに、かつてニューエもそうであった。
「そういうこと、結構出世したんだね」
フリジアは純粋に驚いてはいるが、興味はさほどない。しかし、この他人事のような反応を、幼少のころから付き従い、家を飛び出したときには目付け役として、無茶な旅をするフリジアに同行してきた、ニューエはいささか残念に感じた。けれど、長年フリジアを見てきたのだ、彼女にこういうところがあることを思い出して、平常運転なのか、と考えを改めた。しかし、フリジアの中のミルディア家に対する感情というのは、ニューエにもよく分かってはいなかった。
「お蔭様です。まだ私に任せられていることは多くありませんが、責任ある仕事をさせて頂いております」
いちいちニューエは丁寧だ。弁えているといえば聞こえはいいが、フリジアには合わない。
「そう、でも、王都にうちの事務所なんてあったっけ?」
フリジアの記憶ではそんなもの存在しない。
「情勢の変化で一昨年から設けられました。まだ二年目ですので、大きな仕事はしていませんが、ミルディア家の者が王都方面に仕事に出たときに使えるようにしており、執事長はそれなりの頻度で訪れています」
家が、父が、兄たちが、何をしたいのかは分からない。フリジアには関係のないことだ。しかし、王都方面に新しく事務所を作るほどの情勢の変化があったというのは、見過ごせない。正直、地元なら遠いから問題ないが、王都のゴタゴタなら、ここにまで影響を及ぼしかねない。フィールとの平穏な生活を脅かすというのなら、考え物だ。
「それで、お嬢様、件の男とはどのようなものなのでしょうか?」
いきなりニューエの雰囲気が変わった。姿勢を正して、事務的な受け答えだったのが、それなりに不満もあるのか、より低い声で聞いてくる。まるで尋問する治安当局のようと言われても否定できない。
「フィールのこと?」
「はい。お嬢様は、長らく、そういったものを避けてられたので、いきなり同棲を始めるなど、おどろいております」
ちょっと怒ってる?
ニューエは前のめりになって、問いただしてくる。
「色々あるんだよ」
面倒くさいので、適当にあしらいたい。
「しかし、どこぞの馬の骨とも分からぬ者に、お嬢様は任せられません。お嬢様にふさわしい人間なんて、このアルヴェニアに存在するのかすら怪しいのです。血が薄いのなら、王族すらお嬢様には不釣り合いです。ぜひ、その野郎を私の目で直接確かめさせてください。必要とあらば、王都事務所の任から外れて、お嬢様の下に滞在してよいと、当主様からも許可をいただいております」
もう、それは凄い剣幕。前のめりすぎて、押されるフリジアは大きく後ろに仰け反っている。けれど、微妙に看過できなさそうなことを言ってくる。ゴリゴリの不敬罪はさておき、フィールは、フィールは、
「フィールは、問題なく私と釣り合う人だよ。それに、ニューエは私のことを過大評価してるみたいだから、改めな。お父様には、ニューエは必要ない、と伝えておいて」
「っ!?」
驚愕、というよりも悲壮感をニューエは漂わせる。
確かに、今の言い方だと、ニューエが家に来る必要はない、じゃなくて、ニューエ自体が必要ない、みたいな風にもとれる。
「ほら、鍵を早く渡してよ。そしたら私も帰るから」
フリジアは、わざわざここまで出向いた用事をさっさと済ませようとする。
「はい」
ニューエは、両手で持っていた鞄を漁ると、速やかに鍵を取り出した。明らかにフリジアは不機嫌になっているので、恐る恐る、その鍵を差し出す。
「ありがとう」
フリジアはそれを丁寧に受け取ると(ここでひったくるような下品な真似はしない)、さっさと帰ろうとした。家にはフィールを一人で待たせている。けれども、先ほどの懸案事項を思い出す。少しでも違和感を感じたら、できるだけ早く、そして丁寧に対応をしておかないと後々痛い目を見るというのは、一流の狩人なら皆同意することだろう。
「そういえば、どうして急に王都に事務所なんてできたの?もともと王都に何人か人は出してたよね、それが事務所を作ることになるなんて、表向きにも出なきゃいけないようなことになったってこと?ニューエなら何か知っているでしょう」
今度は、フリジアがニューエを問い詰める番だ。
「お答えしかねます。まだ全体に共有されていることではありませんので、私の裁量を超えてしまいます」
ニューエは、毅然と返答する。仕事のできる人だ。
けれど、一瞬、ニューエが目線で周りの目と耳に気を配ったのをフリジアは見逃さなかった。
「わかった。じゃあ、一回家にきて、」
「それは、」
「家なら何も聞かれることはないから」
「お嬢様、そういうことではありません」
「私の言うことが聞けないの?」
今度こそ、フリジアさんが前のめりになって、ニューエの顔にくっつきそうなほどまで近づいて言う。
ニューエはそれに気圧されてしまう。
何せ、6年前までは20年以上主人として付き従った相手だし、何度か供に死線をくぐってきた相手、目の前でフリジアの強さを、恐ろしさを見せつけられてきた。逃れられないように、がっちりと合わせてくるフリジアの目を通じて、彼女の言葉はニューエの脳の奥底にまで響いてくる。
「わかりました」
ニューエには頷くしかない。
「安心して、私から実家には電報を打っておくから」
フリジアが街の通信所で連絡を飛ばし終えると、二人は家を目指した。諸々あったけれども、まだ時間は1時過ぎだ。
「夕飯の買い物と、フィールにお土産を買っていくから、荷物はニューエが持ちなさい」
「もちろんです」
街まで出てくるのは、結構面倒くさいのだ。ここでしか手に入らないものをついでに買っていくのは、もとからフリジアの予定に入っていた。通常の食材なら、村か山の狩りで得られるもので十分だが、海産物や香辛料ともなると、あの村にはほとんど売っていない。
二人は適当に買い物を済ませた。
何度も、ニューエは、今日は自分が料理をふるまうと言ってきたが、それらを全てフリジアは却下した。しかし、ニューエが勝手に彼女の得意な食材を買っていくので、しかも彼女の私費で、フリジアは諦めた。
「ねぇ、そういえば、汽車が止まってたらしいじゃん。なんでニューエは間に合ったの?」
汽車は、線路の異常で運転を見合わせていた。フリジアが時計台の下で待っているときに感じた違和感は間違っていなかった。だとすると、ニューエがなんであの時間に来たのかが謎だ。
「汽車では間に合いそうになかったので、途中で汽車を下りて、線路上を魔法で飛ばしてきました。お嬢様との約束の時間に私が遅れてしまうわけにはいかないので」
どうやら彼女は法律にガンガン抵触する方法で間に合わせたようだ。頭の痛くなる話。
二人が村から家まで歩いている間に聞いた話だったが、周りにいるわけのない人の気配が存在しないか、咄嗟にフリジアは警戒してしまった。
二人は村から10分ほどで家に着いた。魔法を使っているので、普通の人の歩く速度なら50分ほどかかる行程だ。
「お嬢様、私が開けます」
ニューエもミルディア家の者なので、この家の鍵は持っている。フリジアが玄関の鍵を開けようとしたので、ニューエが止めに入ってきたのだ。
「ちょっと、荷物落とすって」
荷物で両手がふさがっているのに、ニューエが扉を開けようとするので、それを落としてしまいそうになる。慌ててフリジアがそれを支えて、ニューエはどうにか扉を開けた。二つ持っていた荷物のうち、一つはフリジアが完全に預かる形になった。
カランカラン
扉の鐘が鳴る。
ニューエが先陣をきって家の中に入り、片手で荷物を素早くテーブルの上に乗せつつ、もう片方の手で扉を抑える。
曲芸みたいな真似をしているニューエに呆れつつ、フリジアも家の中に入った。
ちょどその時、
「あっ、あああ!!」
家の奥の方から、フィールの叫び声が響いた。
ニューエとフリジアは顔を見合わせる。
「私が様子を見てきます」
フリジアはまだ荷物を抱えていたので、手が空いているニューエが声の下ほうへと向かった。
ニューエ、仕事したいだけなのか?
フリジアは彼女の背中を、さっきよりも強く呆れながら見送りつつ、自分の持っている荷物も机の上に置いた。
ニューエは何度かメンテナンスでこの家に来たことがあるので、先ほどの叫び声のもとを洗濯場と見当をつけた。
あの声の主は例のフィールという男だろう。思っていた以上に情けのない声をしていた。
「大丈夫ですか?」
洗濯場に明かりが点いていたので、ニューエは予想通りのそこへと向かい、中にいるであろう人に問いかけた。
すると、ニューエが目に入ってきたのは、、、
フリジアの下着と洋服を散らかし、頭の上でパンツを手に持っているフィールの姿だった。
「この不届きもの!!!」
反射でニューエは、腰に装備していた暗器を取り出して、フィールのその脳天向かって投げつけた。
ザンッ
「ちょっフィール!危ない!!」
ニューエの後を追って様子を見に来たフリジアは、目の前の光景に困惑しつつも、フィールに迫った脅威に気が付くと、それを取り除くために最大出力で加速して、彼に肉薄していた暗器を素手で掴み、止めた。
ニューエの暴挙に、フリジアは彼女を睨みつける。
ニューエは困惑している。
フィールには何が何だかわからない。
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