新生活は、気が付けば始まっている。

第7話 新生活。

ーあらすじー

 フィールは見習い魔術師で、魔法の学校に通っていた。

 ある日、酒場で偶然一緒になり、一夜をともにした女性フリジアと学校の師匠が、とある理由で喧嘩。散々暴れて学校の特殊な魔法陣をぶっ壊し、貴族でも、Sランクの狩人でもない、すなわち後ろ盾のない、庶民のフィールが責任を取らされ退学になってしまった。

 魔導士への道が途絶えたかと思ったが、例の女性・フリジアについていくと、彼女がSランクの狩人であることを初めて知る。Sランクの従者への特別待遇で、フィールは自動的に魔導士になることができてしまった。ついているのか、ついていないのか、急転する事態に吞まれるままだった一人の見習い魔術師はかくして、このSランク狩人と一緒になった。




7話


アルヴェニア王国北部・近隣の村からも離れている一軒家


「ジャガイモは日陰に置いておきますね」


 フィールは炊事場の端で光の当たらない場所に箱を置いた。これで炊事場は完了。フィールとフリジアは、しばらく使われていなかったこの家を住めるようにするために、掃除なんかをしている。


「ありがとう。こっちももうすぐ終わるよ!」


 フリジアさんの返事が武具庫の方から反響して聞こえる。


「そうですか。そしたら何か飲み物でも入れますね。リクエストはありますか?」


 フリジアさんの作業が済めば、荷物の整理が終わる。すべての部屋も綺麗にして、一応問題なく住めるはずだ。ある程度メンテナンスはされていたので、大した作業量ではなかったけれど、一仕事終えたあとには一杯やりたい。けれど、まだ昼過ぎだし、お酒は買ってないので用意するのはお茶になる。


「私は紅茶でお願い」


「わかりました」


 紅茶は、さっき最寄りの市場で買った茶葉一種類しかまだない。フィールは目分量で、二人分より少し多いくらいの水を鍋に入れて火にかけた。


 二人は今王都を離れ、北の山脈の麓の一軒家にいた。フリジアさんの伝手で用意した家だ。もともと戦闘職のために作られた家のようで、ちゃんと武具庫もあれば手入れ用具も必要最低限の文だけそろっている。

 これだけちゃんとした家を実家に電報一つ飛ばすだけで用意できるのだから、フリジアさんの実家の太さに驚かされる。そもそも電報を使っている時点で裕福なのは間違いない。でもそれだけの家の子女が、しかもSランクの狩人が、こんなに自由に振舞っていて大丈夫なのだろうか?そんな疑問が今更ながら湧いてくる。


 フィールの疑問を余所に、お湯が沸いた。


 あらかじめ茶葉を入れておいた木製のシンプルなポットにお湯を注ぎ蓋をして、隣の部屋のダイニングテーブルに運ぶ。ちょうどそのタイミングで髪を後ろにまとめたフリジアさんが地下の武器庫から上がってきた。


「うん。やっぱりここの武器庫はかなりちゃんとしてたよ。特段高級な設備じゃなかったけど安定した品質で有名なところのをおいてる」


「それなら良かったです。あんまり僕はそういう機器に詳しくないので」


「まぁそうだろうね。普通は武器の手入れなんてお店で頼むもん。仕事にしてる人でも、一部の好き者以外はさっぱりだし、まぁ、経験則的なのは持ってるだろうけど。私は実家にそういうのがあったから、お兄ちゃんの影響もあるかも」


 軽く額に汗をにじませていたフリジアさんは肩にかけているタオルでそれを拭う。


「フリジアさんの実家、、ミルディア家は武家なのですか?」


「えっ?なんで?」


「実家にそういう設備が整っているってことは地方貴族のなかでも軍令の方の家なのかなと

思ったんですが、、あっそういえばまだマグカップ持ってきてませんでしたね!」


 机の上には湯気をたてているティーポットしか置かれていない。

 フィールは炊事場に体を向けた。


「そんなことないよ。家は多分ずっと文官の家。詳しい家の歴史なんて聞いたことないし興味もないけど、年の離れたお兄ちゃんの趣味が魔法だったからそういう設備もあっただけ。父さんなんか日頃の運動不足で走れもしないよ」


 フィールが炊事場にカップを取りに行こうと歩き出すとフリジアさんも付いてきた。


「魔法が趣味ってすごいですね。流石貴族って感じです」


 炊事場に入って右手の食器棚を開いてマグを二つ取り出す。


 フィールにはたまたま地元に魔術を教えてくれる人がいたのと、キトラ魔術学校の次席になるくらいの才能があったので庶民でも魔法の道にいるが、そもそも魔法自体が習うことも含めてお金のかかることだ。先生を探すのも大変だし、初心者でも扱える魔道書なんかをそろえたりしなきゃいけない。もちろん魔法の名家なら当たり前にそういうのが家にあるのだろうけど、趣味できるのはよほど余裕にある家だけだ。それこそ貴族の中でも限られてくる。


「まぁお兄ちゃん今は軍にいるはずだけどね」


 フリジアは彼女の分のマグを受け取るとしれっと言う。


「それじゃあ趣味じゃなくてれっきとした仕事なんじゃ、、、」


「いや、あれは趣味だね。だって弱いもん」


 ひどいっ!?お兄さんがどれくらいの実力なのかも分からないけど、軍の魔導士に弱いって、いやそれはSランクの人と比べればそうかもしれないけど。


「そ、そうですか、」


 フィールは歯切れ悪く肯定をする。


「うん」


 なんとなくフリジアさんが放任されている理由が分かったかもしれない。


 この自由人をフリジアさんの実家も持て余しているのだろう。文官の家から軍の魔導士になるような男子がいるなら、家の将来にも不安はない。それにフリジアさんには他にも兄がいるらしいから、フリジアさん自身は自由にしていても特に何も言われていないのだろう。


 二人はリビングに戻ってテーブルにつく。四人掛けのテーブルに、もちろん向かい合って。

 間にあるティーポットは先程から絶えず湯気を出し、ちゃんと鼻を利かせればほのかに香りも漂っている。


「まだ入れたばかりなので、もう少し蒸らしたほうがいいと思います」


 フリジアがポットに手を延ばそうとしたのでフィールは言う。


「あっそうなの」


 潔く彼女は手を引くと、作業で疲れていたのか体を机に預けてグデーーっとする。


「そういえばフィールは手紙を出したりしないの?」


 机の上に放り出された髪の束を弄りながらフィールに聞く。

 

「両親にですか?」


「うん。それに友達とか、先生とか、なんか汽車の中で書いてたじゃん」


 フリジアさんは暇なのかポットの蓋をカタカタして遊びだした。


「それなら今は出す気になれないです。やっぱり両親は喜んで僕をあの学院に送り出してくれたので、退学になった、と言い出せる勇気も気概も僕にはないです。それにあの手紙にはどうにかして魔導士になるんだ、みたいなことを書いたのでもう魔導士になっちゃったからには書き直さなきゃいけません」


 フィールは顔を下に向けて言った。まだこの左胸にはその手紙が入ったままだ。忙しくて処分する機会がなかった。


「う、うん。そうだよね。ごめんね、ヘンなこと言っちゃって」


 フィールが落ち込んだとみたのか、退学のきっかけ(一因)をつくった彼女は気まずく

思って目をそらす。


「どうせ手紙をだすならしばらくしてからにします」


「なんで?一応魔導士には成れたんだからそれだけでも伝えちゃえばいいのに。いっそその印を片手に学院を卒業して魔導士になったことにしちゃえばいいんじゃない?バレないよ、バレない」


 嘘をつけということですかい?勝手な都合で退学になった息子が、小賢しい手で魔導士の資格を得て、挙句それを使って、学校は卒業したと嘘をつけと?いや、フリジアさんヤバイ奴やん。なにより原因の一端を担ってて、いっちょ前に気まずそうに目を逸らしていたというのに、数秒後にはこんなことを言ってしまうのがやばい。


 そして相変わらず彼女はグッと親指を立てている。


「そんなことしないですよ!!フリジアさんと一緒にしないでください。貴方は実力を伴っているから、そういう厚顔無恥な所も良いんですけど、僕みたいな羽虫がやったらほんとのろくでなしじゃないですか!」


「えっ?私って厚顔無恥なの!?フィールそんなこと思ってたの?」


 フリジアさんはバッと起き上がって言う。


「あっいや、そういう訳ではなくてっ」


「じゃあどういうどういうことなの?」


 ジトーっとフリジアさんが睨み上げてくる。

 あれっおかしいな?すこし前まで僕が糾弾する側だったのにいつの間にか僕が攻められてる。


「あっほらっ!もう紅茶がいい塩梅だと思いますよ!」


 ポットを勢いよく掴むと、取っ手じゃないところに手のひらが当たってめちゃくちゃ熱い。でもそんなことは気にせずどうにか自分のマグに紅茶を注ぐ。


「むぅーー」


 強引に回避されてフリジアさんは頬を膨らませているけれど、彼女のマグは差し出してくる。フィールは丁寧にそれにも紅茶を注いでいく。


「まぁ今両親に退学になったこととか伝えたら、帰って来いって言われるじゃないですか、でもしばらくして良い感じにこの生活に慣れれば師弟関係とか、馴染みとか、生活基盤があることを盾に実家に帰らない言い訳がたつと思うんですよ。もしかしたらそもそも帰って来いって言われないかもしれないですし」


 注ぎがてらフィールのプラン(完全無欠)を伝える。


「えぇーーー」


 あれっ? なんかフリジアさん引いてないですか?どういうこと?


「ほっほら、過去のことには怒りづらいじゃないですか。なんか蒸し返してるみたいになって、まぁ出せるのにすぐに手紙を出さないのは悪いのかなとは思うんですけどね、、、」


 フィールが注いだ二つ目のカップをフリジアは手前に引き寄せる。


「いやフィールってさ、言葉遣いとかは丁寧だし良いと思うんだけど、節々に図々しさというか、よく言えば強かさみたのが見え隠れしているよね。よくそれで私に厚顔無恥なんて言えたもんだよ。まぁ別にいいんだけど」


 彼女は淹れたての紅茶に口をつける。


「はっはははは」


 そういえば、確かに似たようなことをザールにも指摘されたことがある。

 曰く、「俺は根っからのろくでなしの女たらしだけど、それを理解して、分かりやすい態度で振舞うことで被害を減らしてるんだ。だけどフィール、お前はどうだ?なんだか煮え切らない態度を取ることもあれば大胆なこともあって、それでいて結構さっぱりしてる。そういう奴が一番女を泣かせるんだよ。自覚してない分、俺の数段たちが悪い」と。

 その時は、それまでに起こしたトラブルの数で圧倒的にフィールの上を行くザールの言葉を聞き流していたが、なんだろう、今の状況を考えるとザールは正鵠を得ていたのでは?結局より大きな、取り返しのつかない問題を起こしたのはフィールのほうだった。


 いやはっはははは


 言い返す言葉もなく、フィールも自分のマグに口をつけた。


「・・・・」 


 フリジアさんと目が合う。二人してマグをいったん机におくと、


「微妙だ、」

「微妙ですね。」


 なんだかいまいちかっこつかないが、二人のここでの生活は始まったばかりだ。渋くてうまみも香りも薄い紅茶だった。






 


 

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