第6話 フリジアさんは、カワイイ。

ーあらすじー

 見習い魔術師であった少年フィールは、ある朝起きたら部屋に謎の美女フリジアさんがいることに気が付く。どうやら前日酒場でやらかしたらしい。事情を聞こうとするフィールだったが、学校に遅刻しそうだったので急いで部屋を出るもその日に学校で問題を起こし退学に。魔導士の道が途絶えたと思っていた彼は謎の美女フリジアに弟子入りし魔導士を目指し、彼女について行って念願の王都にやってきた。しかしそこで分かったのはフリジアさんが伝説的存在であるSランクの狩人という衝撃の事実。なんとそのままSランクの特権でフィールは魔導士になる夢を果たしたのだった。

 




6話


 二人はくつろぐのもほどほどにして、カフェを後にした。


 すでに店の前にはそれなりに大きな人だかりができていたし、そんな群衆の中をどうにか潜り抜けていく間にも、フリジアさんは沢山の人から声を掛けられていた。あんまりに無礼な輩はパーティーへ勧誘とか弟子入りを志願したりと散々だ。


 二人を囲む人だかりは一向に振り撒けなくて、あまつさえ騒ぎを聞きつけた憲兵がやってくる始末だったので二人してまた市中を爆走する羽目になった。


 フィールとしては人生初の王都だったからどうにか観光でもしたかったけど、というか組合に寄ったあとにするつもりだったけど、それもどれも無くなってしまった。


 多分、さっき通り過ぎたのは大聖堂だよね・・・しっかりと見ておけばよかった。

  

 A級なら、探せばいる。それこそ王都の組合に一日中居れば数人は見かけるだろう。でも基本的なマナーとして、組合とか仲間の仲介もなくいきなり勧誘をしたり弟子入りを願い出たりなんかはしない。そう、しないはずだ。


 S級ともなれば、かなり話は違ってくる。例えば師匠なんかはひっきりなしに来る勧誘を断りまくっていて、その数は数百どころじゃないはずだ。皆マナーなんか気にしてなんかいられないんだろう。S級を味方に加えられれば、建国祭に、最上級の供物を用意することも、夢でも冗談でもなくなる。まぁ手柄はほとんどS級に行くだろうが、おこぼれはとんでもなく大きなものになる。

 加えてだ、加えて、フリジアさんの見た目はどうみてもフリー。完全に雰囲気がフリーだ。なんか1人しょぼいのを引き連れてはいるけれど、大所帯のメンバーというわけでもなさそう。そもそもこんなヤバい奴を抱えたパーティーが王都に滞在してれば、噂は組合の中では一瞬で広まっているはず、今初めて話題になっているということが彼女がフリーである証拠だ。


 群がってる奴等はこんなことを考えているに違いない。




 二人はどうにか逃げおおせて、旧市街の中に隠れた。裏道に身を潜めているけれど、どうにもフリジアを探している人はそこらへんを駆けずり回っている。もうこれはちょっとした騒乱に近いかもしれない。


「フリジアさん、そしたら僕が一人で適当なローブでも買ってきますよ。フードのあるやつだったら見つかりにくいですよね?」


 息を整えながらフィールはフリジアに確認をとる。


「うん、お願い。私はここでおとなしくしているよ。」


 フリジアは肩も出ていて、薄い生地の少し肌が透けている服を纏っている。これではこの時期の王都では目立って仕方ないし、彼女の髪もまた遠目からでもはっきりとわかるほど特殊だ。これをフードで隠せるだけでも結構効果はあるだろう。


「はい、できるだけ早く戻ってきますね。」


 フィールは旧市街によくある住居の隙間から通りに出て、適当な商店街の方に足を向けた。


 内心、フィールの顔も割れているので、誰かに捕まらないかと不安ではあったけど、杞憂に過ぎなかった。途中何度か追手のような人達とすれ違ったりしたけれど、一瞥もくれずにフリジアさんを探していた。まぁフリジアさんに比べれば存在感が薄いのは理解しているが、こうまで空気扱いだとちょっと寂しい。


 特に問題もなく丁度いい大きさのローブを二着買って、フィールは一着をその場で羽織って、フリジアさんを待たせておいた場所へと戻った。



「あれっ?」


 通りから細道に二回ほど曲がったすぼまった場所、確かに此処で間違いない。


 見当たらない。旧市街の建物はどれも似たような見た目をしているから間違えやすいかもしれないけれど、此処で間違いない。さっきと同じようにそこの家のベランダにアベリアが生けてある。


「フリジアさん、移動したのかな?」


 周りを見渡してもやはり彼女の姿は見えない。一件小洒落ていて、その実無機質な住居が並ぶばかり、異分子たるフリジアさんの姿は…


「ちょっと、ふぃーる、ここ。」


 囁き声が聞こえた。フィールの斜め後ろ。耳元ではないけど、しっかりと聞こえた。


 咄嗟にその方向へと振り向くと、フリジアさんがしゃがんでいた。なんだか、オーラというか、存在感が一回り二回り小さくなったような感じがする。


「あれっ?此処にいたんですか?」


 どっちにしろフィールは気が付いていなかった。さっき見たときには目についていない。


「うん、隠遁の魔法を使ってたからね。」


「そんなのも使えるんですか?」


「うん。だって、私は狩人だから。S級の。」


 フリジアさんの、オーラ的なサムシングがもとに戻った。

 一瞬魔力の気配を感じたからその隠遁の魔法とやらを解除したのだろう。


「市中で使うことになるんですね、その魔法。」


「確かに、野生でもないのに、わざわざ使わなくてもよかったかな?」


「さぁ、そのレベルの話は僕にはわかりません。」


 さっきからこうしてS級というだけで群がってくるような、その程度の奴等にそこまでする意味があるのかはフィールには判断できない。


「これ、買って着ましたよ。」


 フィールは左手で抱えていたローブを差し出す。目測でサイズを選んだけれどローブだし、問題ないと思う。フリジアさんの双丘はそれはそれは豊かだけど、こういう時に問題になるほど非常識に大きくはない。夢はあるけど。そういや意識したことなかったけど、師匠は無かったな。いや、無いからこそ意識していなかったのか…


「ちょっと、フィール?何考えてんの?」


「あぇ、いやっ!何でもないです!!」


 訝しむ目、申し訳ない。多分、女性の前で別の女性のことを、しかも性的なことを思い浮かべるのはあんまり良いことじゃないだろう。

 というか、おんなじくらいの背丈のフリジアさんが、そうやって睨み上げるとね、自然と、その、出ている部分が、この、前にかがむ感じになってるからさ・・・


「何?この私の胸が気になるの?」


 やめて!ちょっと調子のって強調して来るのやめて!


「ほっほら、こんな所に留まっているわけにもいかないですよ!適当なところに移動するんですよね?」


「うん。まぁそうなんだけど、そういえば、ひとつ聞きたいことがあるんだけど。」


「なんですか、フリジアさん。」


 いたずらにかがんでいたのを正して、急にかしこまったと思ったら、真剣なまなざしで話し始める。


「フィールはさ、私についてくるのでいいの?なんだか私はお尋ね者みたいだしさ、もし、フィールが魔導士として生きていくだけだったら私なんかといない方がいいと思うんだ。それこそ今からでも組合に戻って、それでもいいと思う。フィールがその気なら私の弟子登録を消したっていいよ。」


「それは…」


「私は狩人。魔導士じゃない。でもSランクだからそれに値する能力を持っているつもり。だから、もしフィールが本当に私の下で修行したいっていうなら喜んでそれを受け入れる。」


 フードを被っているからフリジアさんの顔に落ちる影は深まるけど、その双眸は今までにないほどしっかりと輝いている。


「でも、初めに言っておきたいのは、少なくとも私の下で育ってもすぐには大きな魔導士にはなれないと思う。いや、多分なれない。フィールの夢からは少し遠ざかってしまうと思う。それくらいには自分は異端であることくらい分かっている。でも、それでも私を求めてくれるなら、嬉しいと、そう思う。」


 正直、フィールにこんな話を受け止める覚悟ができてはいなかった。


 だって、このフードに隠れているフリジアさんは綺麗だし、ちゃんと入りきるように纏められた髪にはいつもよりもはっきりと桃色の部分が筋になっているし、涙袋に影を作るほど長く整ったまつ毛は影を帯びて美しい。


 僕は今、何をしたいのだろうか?

 魔導士にはなれた。C級。

 でも、そこから成長して歴史に残るような大きな人になりたいのか?そんなことをまだ本気で目指しているのか?子供のころに誰もが憧れる英雄に、そんな存在に憧れているのか?

 今のフィールに目標はない。フリジアさんについて行っていいのか、自分にそんな資格があるのだろうか?


「フリジアさんは、どこを目指すんですか?」


 フィールにはいまいち自分のこととか、進路とかは定まらない。だからフリジアさんのことについて逆に聞いてみた。


「ああ、私は、ちょっと前にも言ったように知り合いのつてで、人里離れたところに行こうかなって思ってる。正直、今は積極的に狩人稼業をしていくつもりにもなれないし、特にやりたいこともなくてさ。でも、フィールに会えたから、それなら弟子をとった経験がなくて、初めてでも、君の師匠になれたらなって今は思ってる。」


 最後のほうは照れてか、フリジアさんは顔を背けてしまった。でも、その頬は少しだけ、赤い。


 ああ、僕自身が情けない。


 全部状況に流されていると思って適当に受け流していた自分が、鈍感に甘んじていた自分が。

 何がしたいのか、何を求めているのか真剣に考えてもいなかった、それは自分だけじゃなくて目の前にいる人についてもだ。

 フリジアさんにここまで言わせてしまった。別に深く考えなくてもいいんだ。だって、これだけ来てほしいって、そうフリジアさんは言ってるんだ。


「行きますっ!僕も、僕はフリジアさんについていきたいです。おこがましいかもしれないですけど、魔術も教わりたい。でも、なによりフリジアさんについていきたいですっ!!」


 もう、これが下心なのか、はたまたもっと別の何か崇高な動機があるのか、そんなのはどうだっていい。

 だって、ほら、振り向くフリジアさんの顔にはこんなにも笑顔が咲いている。こんなに可愛いんだぞフリジアさんは。  

  

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