第5‐2話 初見、二人目のSランク。

5‐2話


 フィールの向かったのは、お店というかカフェで、店構えを見るに夜は酒場になるのだろう。店頭も店内もお洒落に飾られているので、いささかフィールには似合わないような気もする。開店前に並んでいる人達も若い女性が多くて、しかも皆一際ファッショナブルで、ちょっと気まずい。


 11時、カフェが開いた。


 それまで遥か彼方の組合の列からちょくちょく手を振る影が見えていたりいなかったり。


 前から1人ずつ案内される。フィールの後ろにも結構並んでいるのを見ると結構人気のあるカフェのようだ。

 前に並んでいた人達はほとんどテラス席や窓際の優雅な席に進んでいくので、そういった席は埋まってしまったが、できるだけ目立ちたくもないフィールからすれば奥の方の席が開いているだけ幸運だ。


 正直こういうカフェにはあまり接点のないような人間だから緊張とまでは言わずとも肩には多少の力がこもっている。ザールに連れられて何度かカフェに行った経験が今では少しありがたく思える。



「ご注文をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 席についてまもなく、丁寧な言葉とともにシックな衣装を纏った店員さんがやってくる。


「えっと、それじゃあメルヴィアティーのストレートと、あとはこのホワイトローズの冷や

しパイをお願いしたんですけど、」


 店内の黒板に書かれた件のメニューを指さしながらたどたどしくフィールは店員にこたえる。


「はい、まだありますよ」


「その、この後連れが1人来るんですけど、彼女が来た時パイを出してもらうことってできますか?」


「ええ、勿論構いません。お連れ様はだいたいいつ頃いらっしゃるかお伺いしても?」


「多分、2、30分もすれば来ると思います」


「承知しました。それでは、お客様の紅茶は先にお出しすれば良いでしょうか?」


「それでお願いします」


「承りました」


 彼女は浅く頭を下げ、スカートの右端を左に扇いで厨房の方へと下がっていった。


 今のはこの店特有の礼なのか、それとも王都の方のモノなのかな?キトラとアルヴェニア平原の王都では諸所作が違ったりするみたいなことをフリジアさんが汽車の中で言っていたな。一応キトラの礼式は学校で教わったけど…



 しばらくして、正味3・4分といったところで先ほどの店員さんがティーポットとカップを運んできた。芳醇な香りもそれとともに漂ってくる。


 フィールには紅茶の味はそれなりにしか分からない。

 あれでも紅茶を嗜んでいた師匠(失礼)に付き合わされていたので種類による違いなんかはわかるけど、あの師匠が飲むものだ。最上級の茶葉に決まっていて、逆に中くらいのものだとその優劣なんかは分からなかったりする。

 当の紅茶は中々に香りが強いもので、正直味が負けているような気もする。まぁ好みが分かれそうなモノだ。


 思えば、こうやって一息つくのも久々かもしれないな。魔法学校時代も含めても三か月位は忙しかった気がする。このフレーバーティーには鎮静効果でもあるアロマでも入っているのか、ものすごく落ち着く。この数日自分の身にあった諸災害を初めて振り返った。


 流石にこんなことで僕が退学になる必要ってあったのかな?基本的に暴走したのは師匠とフリジアさんだしさ、結界に傷をつけたのも、教練場をそれなりにぶっ壊したのも二人だよな。

 まぁ自分は不摂生で遅刻した身だから大っぴらに反論もできないけどさ、何なんだよこれ、結構酷い仕打ちだな。


 リキニア大士が悪いわけではないけど、なんだかやっぱり冷たかった。そりゃ見習い魔術士で、庶民の自分なんかにあの人が気を掛けるわけもないんだけどさ、自分がもっとちゃんとした魔術師だったらちゃんと話もできたのかな?其れこそA級とか・・・・

 無理だな。フリジアさんや師匠と互角にやりあえるような人がA級なんだ。どうやったらあんなのになれるんだよ?魔力量でいったら1万分の1というか、数量的に測れる次元いいない気がするんだけど。


 ていうか、これからはフリジアさんが師になるのか・・・ってことは何気なく上座に座っているけど、大丈夫かな?まぁフリジアさんはそういう柄じゃないし、気にもしなさそう。それにこれに関してはフリジアさんのために僕は並ばされたんだから、許されるというか最早当然?



 紅茶の上品な風味にあてられてフィールの回想も些か気取った口調になっていたが、効き目は最後まで続かなかったようだ。もしかしたら回想する内容がもう少し一般的だったら切れることは無かったのかもしれない。

 

 紅茶の温度も下がり、激しかった香りが落ち着いて一層上品な味わいへとポットの中が変わっていく頃、ゆったりしているフィールの目(耳)に奇妙なものが入ってくる。


 んっ?組合の方か?少し騒がしいような?


 通り越しの店の奥にまで伝わるほどのざわめきが組合で起きている。店内の多くのお客さんも一部の店員さんも気になるのか視線を向けていた。


 なんだろうな?変なことしたやつがいたのか、、、まったく人騒がせなやつはどこにでもいるもんだな・・・ちなみに集会所での乱痴気騒ぎはキトラでは日常。



ー数分後ー


 店の扉の鈴がなった。


「先に1人入っていると思うんですけど」


 聞き覚えのある声がする。


「ええ、お連れ様がお待ちです。ご案内致しますね」


 フリジアがやっと組合での用事を済ませて着いたようだ。

 フィールも気が付いていたので軽く手を振ると、フリジアは駆け寄って来る。


「それではパイの方をお持ちしますか?それともお飲み物と一緒にいたしましょうか?」


 フリジアが席について、頃合いをみて注文をとった店員が尋ねてくる。


「それでお願いします」


「でしたらお決まりになりましたらお呼びください」


 店員さんは先程と同じ礼をして下がった。


「いやーお待たせ!!なんだかんだ時間かかったよぉーーーでも、ちゃんとパイは用意してもらえたんだね!」


「ええ、待ってもらえました」


「あっあと組合でついでにフィールのことを弟子に登録しておいたよ!」


「そうですか、これからも頑張らないといけませんね。それにこれからはフリジアさんは正式に師になるんですね」


「ああ、そっか、そうだね。、、そういえばフィール今もちゃんと下座に座っているけど、上下関係とかそんなに気にしなくてもいいし、今回に関して言えば私が頼んだんだから堂々と上座で良かったのに」


「えっ!?」


「えっ?」


 今僕は上座に座っているよな?二人掛けの。


「あれ、知らない?王都の作法で入口に近いほうが上座でそこから遠い順に下座になるんだよ」


 んーーーっっっ逆ぅーーーーーーーーーーー!!!!

 そこの作法違うの?えっキトラと王都で違うの?結構問題ありそうだけど、逆なの?


「いや、キトラだとこっちが上座です・・・」


「あっそういう感じなんだ、ならそれはそれでいいけど、」


 いいのかな??いや、僕とフリジアさんの間ではいいけど、その他であんまよくない気が・・・えっ貴族とかどうしてんの?


 フリジアさんが頼んだ紅茶とフィールにはさっきと同じものがそれぞれが運ばれてきたところで、フリジアさんお目当てのホワイトローズの冷やしパイが出てきた。

 なかなかに豪華な見た目、確かにこれは美味しそうだ。


 二人はしばらくそのスイーツに舌鼓を打って、フィールは満面の笑みのフリジアさんを正面から眺めて、ひと段落付いたところでフリジアさんが口を開いた。


「組合さ、久々に来たんだけどまぁ中は対して変わってなかったな。相変わらずオンボロ。でもややっぱりシステムとかは変更されてて結構大変だった」


 先程からも感じる通り、フリジアは組合に対して辛辣だ。


「そうですか・・・でもライセンスの更新はできたんですよね?」


「うん。どっちかっていうとフィールを弟子に登録するのに手間取ってた」


「そうなんですか、申し訳ないです。そういえばフリジアさんが来る少しだけ前に組合の方がざわついていたんですけど、なんか見てませんか?」


「さぁ?分かんない。丁度私が受付してた時・・ライセンスの更新してたんだけど、なんか組合のロビーにいる人達が騒ぎ出してた。誰が何したか知らないけど、人騒がせな奴もいるもんだね。王都の人にはそんなに荒くれ者はいないと思ってたんだけどね」


「そうですか、なんだか気になりますn・・(何だあれ?)」


 フィールは窓越しに組合の方に目を向けたのだが、奇妙なものが目に入ってきた。 


 カフェの前にめっちゃ人集まってんじゃん、それになんか中を覗き込んでるよな・・・あっ今目があった、、あれっ?皆こっちを見てる・・・えっ僕?


 カフェの通り沿いの窓には十人弱の人が集まっていて、店内を覗いている。明らかに客ではない人だかりに、店員達も少々困惑しているようだ。


「フリジアさん、あれなんだと思います?」


「ん?何だろう・・・」


 フリジアも集まる彼らに目を向けるけれども、彼女自身にも心当たりはないのか首をかしげて、まだ冷めきっていない紅茶を口に含むばかり。


「そういえば、ライセンスを更新した後でもA級でしたか?しばらく活動していないと下がったりすることも極稀にあるらしいんですけど」


 まぁ降格はかなりレアケースだ。フリジアが更新する理由は最新の印をもらうこと、あんまり古い印を持っていると使えなかったりすることが結構ある。


「あぁ。それならS級になってたよ」


「えっ?」


「うん、ほら、」


 フリジアは腰の左につけている巾着からさっきもらった印を取り出す。


 白金の中に肉眼では細部まで捉えられないほど精巧に金で模様が刻まれている。

 そして中央には堂々とSの文字。

 間違いない、師匠が自慢してきた印とまったく同じもの。紛れもなくS級である証。


「っすぅーーー」


「なによフィール、」


「それやーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!」


 フィールはもう、驚きのあまりに立ち上がるばかりか仰け反って天井に向かって叫んでしまう。


「何が?」


 しかし、フリジアさんにはピンときていない、いや、そんなことはあるのだろうか?


「それは、勿論、唐突にライセンスの更新を受け付けたらS級でしたなんてなってたら、組合も騒ぎになりますよ!?!?」


「ええっえぇ!!私だったの!?あの騒ぎの原因?」


 なーんで気づかない?ふつう気づくだろ、まず受け付けの人が結果見て叫ぶだろ、それでそれを聞いた他のスタッフとか、列の人とか、あとはエントランスにいる人とか、そういう人達で騒ぎになるんでしょう、、騒ぎの中心、フリジアさんじゃん。もう、、確実に。


「それでそのままこのカフェに来たんですか?」


「うん」


「なんでそうなるかなぁ・・・」


「だって、、冷やしパイが気になってたんだもん・・・」


「・・・・・」


 そっかぁ、気になってたもんね。仕方ない仕方ない・・・・


「あぁっあっ!!??!?」


「ちょっ!今度はどうしたんですか、フリジアさん」


 そう、今のフリジアの感じはさも何かを思い出したような、そんな感じだ。


「今思い出したんだけど、フィールは自動的に魔術師になりますよ、みたいなことを受付の人が言ってた。ほら、」


 C級魔導士の印のその中でも一番低いやつ、だけど腐ってもC級、つくりはしっかりしている。

 それを差し出すフリジアさんの右手にフィールが反射的に両手を出すとポトッとその中に印を落とす。


 成っちゃったーーーー、僕、魔導士に成っちゃったよ!!えっ?なんかザールごめん。


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