第5‐1話 初めての王都。
ーあらすじー
見習い魔術師であった少年フィールは、ある朝起きたら部屋に謎の美女フリジアさんがいることに気が付く。加えてその美女は自分の彼女であると言うのだ。その後、通っていた魔術学校にて軽い問題を起こしてフィールは退学になってしまった。魔導士になる術と行く先を失いかけたフィールだったが、フリジアさんは学校でのフィールの師匠(王国内最強の人)と互角に張り合うほどの腕の持ち主だった。フリーの狩人だという彼女に弟子入りしてフィールは魔導士を目指すことにした。こうして思いもよらない形でフィールは念願の王都を訪れることとなってしまった。
5‐1話
「ほら、フリジアさん、起きて!!もう着きましたよ!!」
フィールは垂れる髪に覆われた彼女の肩をゆする。
終点王都に着いた汽車の中では、ほとんどの乗客は荷物を持って乗降口から連なる列に並んでいるか上の荷物置きからおろしている。フリジアさんはアルヴェニア平原の冷える空気に対して点いた暖房で満たされた車内の心地よさでうたた寝をしていた。
「んっっ?ふぃーる?」
座席に背を預けたままフリジアはその眠気眼にフィールを捉える。一体この安眠を妨げる者は何者なのか・・・
「ハイ。着きましたよ、起きてください」
「んっ!!」
なんだその手は?
フリジアさんは両手をフィールに伸ばしてくる。
「分かりましたよ」
グイっとフリジアさんの両手を引っ張って起こす。フリジアさんは重くはないけど、175以上ある彼女と同じくらいの背丈のフィールだ、ちょっと大変。それに・・この人多分わざと引っ張って力を掛けている。子供かな?
乗客の中でも最後の方に降りたので、ホームの人は少なくはなっているけどここは王都。それでもたくさんの人がいて、その人込みの中をフリジアが先行して駅を出ると職業街へと足を進めた。
キトラよりも人が多いし、みんなおしゃれな服を着てるし、道路には車が走っている。すごい、これが王都か!!
フィールが生まれ育った村はとんでもなく辺鄙なところで、アルヴェニアのよくある田舎町の数段上を行く秘境だったからこういう都会には慣れていない。この王都はキトラよりも上品な感じがしている。
山脈の内陸側なのでキトラよりずっと気温が低く、皆袖の長い服を着ている。一方で、キトラからの汽車の乗客にはフィールみたいに薄手の人も沢山いる。それでもやっぱりフリジアは目立つ。ここまで露出度が高い人は歓楽街くらいにしかいなさそうだ。艶やかなカクテルというよりも寧ろ澄んだ清酒のような印象になるのは彼女の美しさのひとつだろう。フィールはというと、、まぁエールが精一杯だろう。下手したらソフト。
「今向かっているのは組合ですか?」
王都内でも市場に次いで賑わうこの職業街、数多の恩恵と職業の集う此処には各職業の連合会とかがある。
組合とはアルヴェニア魔道組合。最も初めに同じ職業の者同士の集まる共同体として組織され、以降乱立したその他の職業の共同体は別の連合会やら共同体と名乗った。組合とは唯一絶対に魔道組合を差すのだ。
「うん。そうだよ」
ためらいもなくどんどんとフリジアは進んでいくので彼女にとって此処は初めての地ではないのだろう。フィールはその背中を追っているのだけれど、道行く先にある絢爛な建物に目を惹かれてしまって足を止めてしまいそうになる。こんなところではぐれたらかなり面倒なことになるに違いない。
「フリジアさんは前に此処に来たのはいつなんですか?」
「うーん、、12年くらい前かな?多分それくらい」
「そんなに前なんですか!?」
「そうだよ。何せまだ私が小さい?いや未熟な頃だったからね」
フリジアさんの年齢からしたらまぁその位か・・フリジアさんから感じるオーラというか雰囲気が上品だからてっきり王都には長いものだと思ってた。でも確かに持っている印が古いんだからそれもそうか。
「じゃあフリジアさんは王都で狩人になったんですか?」
「いや、ライセンスの取得はここからちょっと北に行ったウィーズっていう街。でもその後には王都を中心にしてた時期があったから」
「へぇー。王都の狩人って響きからしてなんかお洒落ですよね」
「えっそう?まぁフィールがそういうイメージを持っているというか、世間の印象がそんな感じなのは分かるけど、別に大したものじゃないよ。お洒落に気を使う人もいれば物凄くガサツな人もいる。戦士とかと付き合いのある人とかね」
「でもフリジアさんはお洒落だし、綺麗ですよね?」
「んなっ////」
少し前を歩くフリジアが急に止まる。
「うわっ、急に止まらないでくださいよ!」
フィールも止まろうとしたけれど、上手くバランスがとれずにそのまま止まるフリジアの背中に軽くぶつかってしまう。こんな時にも彼女からは清廉な香りがフィールへ届く。
「そんなこと急に言わないでよっ!!」
あっ、フリジアさん、照れてる。
振り向こうとして途中で止めて、そっぽを向いているけどその頬はしっかりと紅い。
なんだかフリジアさんの雰囲気からすれば桃色くらいに染めそうなものだけど、こういう時ははっきりと紅潮するものなのか。
「フリジアさん、凄い美人だし、綺麗だし、スタイルいいし、それに可愛いし、強いし、こんな人他にいるんですかね?」
鼻先まで赤くするフリジアさんが可愛くて、悪乗りするフィール。もっとも全て本心なのだけれど。
「フィーール?そんなに言っても何も出てこないよ!せっかくいい言葉だったのに台無しじゃん」
流石に調子に乗りすぎたか…
「ごめんなさい」
「むぅ・・別に怒ってはいないよ」
フリジアさんは再び前を向いて進みだした。というよりもまぁ照れ隠しに違いない。少なくとも見ないようにしつつも二人の会話に聞き耳を立てていた周りの人にはそうとしか見えない。それでもやはり彼女のその歩みには迷いはない。
「フリジアさんはこのあたりの地理には詳しいんですね」
ちょっとブレた雰囲気を変えるためにもフィールは話題を変える。
各都市にある職業街でもアルヴェニア最古のこの場所は、どんどん新しいものが追加されていく感じで城下町の整備の時にも放っておかれていた地区。その煩雑さには目を見張るものがある。
「いやここに来るのはこれでも10年ぶりくらいだからね、かなり変わってる。この通りのお店なんて知っている所は二個くらいしか残ってなかったな」
半分ほどがむき出しになったその肩甲骨にまで届く後ろ髪は左右に振れている。想い出に浸っているのか機嫌がいい。いまにも鼻歌を歌いだしそう。
「やっぱり職業街ってどこも人の出入りが激しいというか、流行に敏感というか、お店とかの変遷は早いよね。街行く人の服装もなんか私の知らない感じになってて驚いた」
よくこんなごちゃごちゃの街を久しぶりに訪れて迷子にならないなぁ。
多少方向音痴の気のあるフィールは感心する。
「職業街ってどこの都市であっても内容というか根本的な構造が似ているから初見でも慣れればあんまり迷わないものだよ。まぁ聞き及んだオススメの酒場とかを探すのは流石に詳しい情報が無いと難しいけどね」
「へぇーなんか熟練って感じですね」
「そう?でも野良でやってくには必要な能力だよ。まぁ人に聞いてもいいんだけど」
これでも二人で適当に会話を弾ませて歩いていく。
10分程追加で歩いて、途中で出た大通りに面した一際大きな建物。
五階建て。
門前に立てばその横幅は大きすぎて端まで見えない。
建物を見上げれば目に入る主神像、六柱がところどころ金や宝石、魔石にも彩られて屋上に佇んでいる。
流石は組合本部、モノが違う。荘重かつ絢爛?そんなかんじ。
「あちゃ~やっぱ混んでるなー」
建物の凄さだけじゃなくて訪れる人の数も他とはまったく違う。
魔術師・剣士・戦士・狩人・闘士 etc、全ての戦闘職の総合組合たるアルヴェニア魔道組合、超混んでて受付の列は入口からはみ出ている。
「これは凄いですね。並んでいたらいくらかかるんでしょう?」
「うーーーん、面倒くさいなぁーーでもなぁーやんなきゃいけないしなぁー」
何度も入口と列の最後尾で視線を行き来させながらフリジアさんはボヤいている。
「気長に待つしかないんじゃないですか?」
「うん。本人が並ばないといけないしね、」
うん?フリジアさん、さては僕を代わりに並ばせようとしてた?
「ほら、あそこから並べますよ」
うだうだ言っていてもしょうがないのでフィールがフリジアの手を引いて列へ向かおうとした。するとその手に反発を感じる。
「こんなバカでかい組織なんだからさ、こういうところのオペレーション改善してほしいもんだよn・・・あーっーーーー!!!」
フリジアさんが駄々をこねていると思ったら突然大声を出す。
「なっなんですか?」
いきなりの奇行と声量にフィールは肩をすくめつつ、彼女の真意を問う。
「あれっ!あのお店!ホワイトローズの冷やしパイ!!」
「ええっと・・・あぁーあの通りの向こうのお店ですか?」
「そうっ!」
いや、よく読めたな。結構距離あるぞ此処から。店前の看板になんか書いてあるけど小さくて読めない。かろうじてホワイトローズの絵なら分かる。
「食べたいんですか?」
「うん!」
「どうします、組合の手続きが終わったら寄りますか?」
「そうね・・・あっでもあれ数量限定だっって、」
フリジアは看板か何かからその情報を見つけたのか、少し肩を落として言う。
いや、相変わらず看板読めない。めっちゃ視力いいよなこの人。
「じゃあどうしますか?」
「うーーーーん!!あっでも開店まで30分くらいあるなぁ」
チラッ、組合の受付の列を確認。チラッ、お店の開店前の列を確認。チラッ、フィールの顔を伺う・・・・・
「分かりましたよ。僕はお店に並んでますね」
「本当!!お願いしてもいい?」
「ええ、今回だけですよ?」
「ありがとう!!」
フリジアはそのまま組合の長蛇の列に並び、フィールはお店へと向かった。
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