第3話 王国最強。狩人の星。

 フリジアさんが魔法陣を展開する。


「デッカ!!」


 教練場全体の内半分くらいを覆う大きさ。直径にしたら30mはあるだろう。

 なんだこれッ、僕の最大の5倍はある。


「ふっふっふっ」


 何っ?フリジアさん不敵な笑みを浮かべてるんだけど・・・ぇえぇっぇぇー

 2つ!?増えたん、なんでそんなに大きな魔法陣を2つも展開できるの?

 ちょっ、めっちゃフリジアさんドヤ顔。なんかむかつくけど人外な魔力。何者なのこの人?


「中々やるな。最上級魔法を2つ出すか、でもお前フィールに自慢したくて張り切りすぎなんじゃないか?ペース配分考えろ、それか、この程度で私を倒せると思っているなら考え直せよ」


 師匠の余裕がすごい。だってこんな魔法陣浮かんでいるだけで全速力で、最大出力で逃げたくなるよ。もはや笑って煽っている師匠も怖い。この構図だと師匠がラスボスにしか思えない。


「えぇ?貴方?この程度で終わると思っているの?そっか、貴方程度じゃ2つが限界なのね、可哀そう」


 ちょっフリジアさん、大口を叩くのはこれくらいにしとkぉをえっ????????なんで?また2つ増えたよ?4つ?空見えねぇーーーでも、青空よりも青い魔法陣が浮かんでいるからいっかwwww


「はぁー。まぁいいか、」


 師匠、ため息をつく暇なんてあるんですか?目の前のバカでかい魔法陣、警戒しなくてもいいんですか?いつも戦闘中は何があっても油断するなと、常に敵の動きを見張れと、そうおっしゃっているじゃないですか!

 いや、まずこんなところで戦うなって話なんだけど。いや?教練場だからいいのか?


 師匠は目を閉じて合掌した。


 左の手のひらをそのままに右の手のひらを90°前に倒す。


 師匠の体全体を足元と頭の上から赤い魔法陣が包んでいく。見たことない魔法。陣の形は物凄くシンプルな新円だけだけど、刻印が知らない魔法言語。一体何をするんだろう?


「降神術!?フィール、もっと下がってた方がいいかも。」


「えっ!?分かりました!!」


「うん。」 


 突如フィールの方に振り返って言うフリジアさんの言葉で結構距離をとる。教練場の東側はもっと広い中庭に通じているのでそこまで下がった。フリジアさんの声がちょっと焦っていたし、対魔結界のある教練場の外に出ていた方がいい気がする。


 遠目で二人の様子を伺う。


 師匠が纏っていた魔法陣がゆっくりとしぼんで師匠の体に吸い込まれていく。

 本当にどんな魔法なんだろうか?フリジアさんは降神術と言っていたけど、聞いたことない。


「ールー・クルス・ユルグー」


 詠唱!?!?師匠が?初めて聴いた。でも短いな。


 師匠はゆっくりと口を開いて多分、詠唱のようなものを唱えた。この場合どう考えても詠唱だけど、師匠は詠唱する人じゃないし、相変わらずまったく知らない魔法言語。


「んっ?」


 僕の体に魔法の気配。これは障壁魔法。なんで?


「フィール、気を付けて、気を配る余裕ないからねっ!」


 僕の体に対魔障壁が張られる。フリジアさんが作ったものだろう。でも、今こっちを見たフリジアさんの顔には物凄い焦りが写っていた。恐怖ではなかったけど、なんだか汗のようなものをかいていたし、目は見開いていた。

 もう、視線を師匠に移しているからフリジアさんの顔は見えない。


「なんでユルグなんて降ろせるの?!?!?」


 フリジアさんの焦りをたっぷりと含んだ声が聞こえる。その瞬間。


 なんだこれっ!?!?!?


 フリジアさんが両手を師匠の方に向けた途端、宙に浮かんでいたあの巨大な魔法陣が無数に増幅して、百や二百じゃない、師匠を取り囲む。師匠の顔にくっついているような、多分1㎜くらいしかないような近さにまで魔法陣が展開される。


 フリジアさんは目をかっぴらいて師匠を見る。その一挙手一投足に、いや、体を動かすための指令が脳から出されるのを、それすらも見抜けるように、集中する。


 その瞬間は訪れた。


 師匠の纏っていた魔力が一瞬凪いだ。


 次に師匠がやっと目を開k


ドドドドドドドドドドドドォドォドオドドドドdォドドドドドdォォォォードォンン


「うっ!」


 轟音と閃光と衝撃と、すべてがなんだかヤバいような気がして、咄嗟に目を閉じて、頭を覆った。


 最後に見た光景と感じた魔力的に、多分フリジアさんが展開していた魔法陣全てから魔法を放ったんだと思う。魔法陣は青色だったから水系統ではありそうだけど、水にしろ氷にしろ、威力が高すぎて水音も凍る音にもなってない。この威力の魔法ならどんな系統でも多分この轟音になりそう。


「まぁ無理だよね…」


 フリジアは雹霧の中心に紅蓮の空間を確認する。その姿は霧が開いていくにつれてフィールにも見えてきた。そこにはしっかりとその足で立つ、いや、微動だにしていない師匠の姿があった。


 そこからの展開は師匠に傾いていった。まぁよくわかんないけどフリジアさんもなんか凄いので多分僕は一生経験することのないであろうレベルの戦い。


 フリジアさんは相変わらず無限に魔法陣を展開しては師匠に放って、師匠はさっきと同じ赤い魔法陣から火魔法で対抗している。だいたいフリジアさんが1回打つ間に師匠が2回は打っているのでフリジアさんが押されている。


「お前は凄いぞ!これだけの魔法を展開できる奴は他には見たことない。どんな魔力量をしているんだ?お前人間か?」


 楽しそうに、そして恐ろしい声で、師匠はフリジアさんに言葉を投げる。


 フリジアさんが師匠の攻撃を躱して、新しく魔法を展開する間にも、師匠は余裕をもってそれをさばいている。根本的に魔法発動までの時間が違いすぎる。


 師匠の体からはポウっとほんのり赤い光が滲んでいて、しかもその目は恐ろしく紅く染まっている。その色は血と形容したけど、それには黒すぎて、不気味だ。


「あら、れっきとした人間だよ。貴方の方こそ、そんなに煌々として、本当に人間?一度お医者さんにかかったほうがいいんじゃない?」


「減らず口がよっ!それだけ魔法を打っても私には届かないぞ!!!どうにか手を考えたらどうだ?」


 なんだろう、多分師匠には何か憑いているような気がする。そういうオーラが放たれている。でも、おとぎ話とか、そういう冒険物語で何かに憑かれたときは、大抵正気を失っているものだけど、このフリジアさんとの煽り合いはさっきまでと一切変わっていない。師匠には自我というか、正気はある。


「本当にユルグ降ろしてるじゃん。なんで貴方みたいな人がこんな所にいるの?」


「それはお前こそだろう。私と張り合う奴なんて久しく出会ってないぞ」


「あら、褒めてくれるの?ありがとう。でも、そろそろ鬱陶しいな・・・」


「なんだ、手があるのか、早くしろ、私を楽しませるんだ」


 フリジアさんがさっきから使っている魔法は、水系統の同じやつだし、師匠もずっと同じ魔法を使っているけれど、この意味わからないあ火力の魔法を連発する間にも、移動系の魔法だったり、防御、いなしたり、攻撃だったら補足するための魔法とか、何十もの魔法を並列して処理するためにめちゃくちゃ次元の高いことをしている。フィールは魔法を学ぶ者だからこそそれが分かる。これ以上にやることがあるのか?フィールには想像もつかない。

 

 フリジアさんは何かを取り出した。


 パッと見は手ぶらだけど、腰には旅人がよくつけている巾着なんかは着けていて、その内のひとつから取り出した。


 魔導書か?


 フィールの目にはそう映っている。ちなみに魔道書なんて珍しくもなんとも無い。フィールも普通に使っている。まぁ別に魔法に必須、みたいなものでもないのでフリジアさんも師匠も使っていないのは不自然ではないのだが。


「ッ!?!?」


「歯を食いしばったほうがいいよ」


 なんだ?師匠、驚いているのか、でも笑ってもいる。あの魔導書、そんなに凄いものなのか?


「ービリーズー」


 通常の魔導書を起動する声紋。何だろう、普通の魔導書にしか見えないけど、、、


 カッッっと教練場全体が光に覆われた。


 さっきまでの二人の戦いで出ていた魔法の光とはまったく違うもの。

 

 魔導書!?いや、これは魔導書じゃないだろう・・・


「そこまでっ!!!おとなしくしろっ!」


 突然、フリジアさんでも、師匠でも、もちろんフィールでもない人の声が響き渡る。

  

 さっきのは祈祷術の光だった。つまり戦っている二人では無い部外者がこの教練場に乱入してきたということだ。

 修羅場、東の国の言葉ならこう表現されているであろう、それも比喩的用法ではなく正にその通りの、そんな教練場に勇んで足を踏み入れる者がいた。


 フィールは上空からやってきたその1人の人間へと視線を向ける。師匠もフリジアさんも同様。


 大海のごとく洗練された青い神官服を全身に纏ったその男は、その見てくれだけでもとにかく凄い奴だということが分かる。フィールがこの位の神官を目にするのは初めて。


 すごい…対魔結界はこのレベルの戦いと魔法にもちゃんと作用するのか、凄いな。


「リキニア?なんでここにいる?」


 師匠が見上げて、怒りを滲ませて、浮かんでいる人に話しかける。(怒鳴る?)


 あっあれがリキニアさん!?あの衣、チョーかっこいい。めっちゃ眼鏡も似合ってる。かっこいいなぁ。

 

 フィールは、彼が高名な神官と知って、羨望のまなざしを向ける。


「呼ばれたんだよ、キトラで暴れている奴がいるって。しかも魔術学校の中でだという。俺の母校だからな、街道にいたけど飛んできたんだ」


「そう」


「やっぱりジークだったんだな。何してんだお前、馬鹿か?」


 歴代随一の覡との噂だかいリキニアさん、その聖人ぶりというか、逸話なんかはよく耳にする。師匠こんな人とも知り合いなのか、凄いな!!


「お前はわざわざ止めに来たのか、相変わらずお前は暇なんだな」


「君と違って神職の仕事は国内の安定を守ることだからね、こんなことしてるんだったら止めるしかないよ。もし、ここの結界を壊されると、どれだけ大変なことになるか、それくらいは分かっていると思ってたんだけどね、なんでこんな派手に暴れたんだか…」


 一通り、顔なじみの師匠と問答を交わしたリキニアさんは、師匠に向けていた視線を魔力を解いているフリジアさんに向けた。


 わかるよリキニアさん、誰だこいつ?でしょ、


「なぁジーク、誰だこいつ?」


「あぁ、えっと、誰だ?」


 そういえば師匠も知らないじゃん。


「私はフリジア・ミルディア。狩人よ」


「そうですか...印はありますか?」


 リキニアさんはフリジアさんの全身をさっと眺めて、まぁ狩人らしき恰好ではあるので、印を確認しようとする。なんであのジークリンデと戦いを繰り広げられたのかという問題と、彼女が真に狩人かということは別の問題だ。正規の手順で尋問を始める。


「ええ、あるけど、ちょっと古いかも」


 フリジアさんは印の刻まれたピンバッチを差し出した。年季が籠っていて錆も目に付くが、これは正式な狩人の印だ。


「確認しました。しかし…」


 リキニアさんは師匠とフリジアさんで視線を行き来させる。ついでに、まぁ中々目にできないような傷つき方のした教練場も確認する。


 師匠は不貞腐れているのかブスっとしてそっぽを向いているけど、同じく目線を外しているフリジアさんはフィールの方に手を振ってきたり、目が合うとバチコリ笑ったり、子供かな?


「それで、どうして二人は戦ったんだ?」


 リキニアとしては当然の質問。市中ではないけど乱闘したのだからそれ相応の理由があるはずだ。


「ええっと…」


「ん?ん?」


 当事者二人は視線をめっちゃ逸らす。何か隠しているのか?いや、逸らしているように見えて…


 リキニアは訝しむ。二人の視線の先は、


「君!ここの生徒だろう。こっちに来てくれ、何か事情を知っているのか?」 


 リキニアはフィールを呼ぶ。


「はっはい!!」


 リキニアはフィールを試しに呼んだだけだ。別に責める口調でも何でもない。でも、ねぇ、この面子の中に入るのに緊張しないわけなくて、ガッチガチよ。

 

 なんとなくフィールには想像がついているけど、そう、彼自身が原因といえば原因。リキニアとしても不思議なことが多いのだろうけど、事情聴取を始めた。


 フィールはまだ、気が付いていない。


 諸々の大人の事情がかみ合った結果、この乱闘と、それによる被害の責任を、フィールがとることになることを。



 

 

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