第104話 エヴレン・アヴシャル‹21›

 このあいだにも天使てんし攻撃こうげきまず、時折ときおり身体からだに、衝撃しょうげき激痛げきつうあたつづけている。

 でも、あたま整理せいりしたおかげで、突破口とっぱこうえた。


 わたし拘気ユムル原動力げんどうりょくにくしみで、にくしみがつよくなるほど、拘気ユムルつよくなる。


 だからにくめばいい。


 私を無能むのう馬鹿ばかにし、借金しゃっきんまみれだとさげすみ、貧乏びんぼうだと嘲笑あざわらい、妖精族ビレイくからと差別さべつするやつらを。

 この世界せかいを、人間にんげんを。

 そして、私がこのにいないかのように無視むしつづけたヤスミンを。


 ――ほねずいまでにくめばいい。


 これまでの以上いじょうはげしい憎悪ぞうおが、火山かざんからがる溶岩ようがんのようにめどなくしてくる。


 人間にんげん世界せかいを、人間にんげんという存在そんざいを、このから消去けしさる。

 そうおもうだけで気持きもちが、すーっとらくになる。

 にくしみという感情かんじょう拘気ユムルそこなしの飢餓感きがかんたしていく。


 そうか……。

 そうなんだ……。


 拘気ユムルあやつ必要ひつようなんてないんだ。

 私の憎悪ぞうおらった拘気ユムルは、もう私と同調どうちょうしている。

 つまり思うままだ。


 ならばこのにくしみを。

 きることのにくしみを。

 この虫頭むしあたまどもに、そのままぶつけてやる。


 内面世界ないめんせかい充満じゅうまんする拘気ユムルが、私の感情かんじょう反応はんのうし、一気いっきそとあふれ、全身ぜんしんつつんだ。

 くろかげ姿すがたから、くろたまなかもれている状態じょうたいわったとうべきだろうか。

 まるで墨色すみいろをした結界けっかいだ。


 慈気フィキルだんくろたま外縁がいえんたると当然爆発とうぜんばくはつするが、衝撃しょうげきいたみみは、もう身体からだまでつたわってこない。 


 右腕みぎうできずなおってきているようで、まだうごかせはしないが、きずふさがり、いたみもやわらいでいた。

 時間じかんはかかるかもしれないけど骨折こっせつなおるのだろう。

 きっと拘気ユムルにも治癒ちゆの作用があるんだ。


 そばたたかっていいたウズベリは、出現しゅつげんした拘気ユムルると、またおびえたようなかおになり、それとなく私と距離きょりをとった。

 たぶんウズベリに宿やど精霊せいれいが、拘気ユムルきらっているんだと思う。

 下手へたすれば吸収きゅうしゅうされてしまうから。

  

 出現しゅつげんした拘気ユムルが、どううごくのかわからない。

 なので手始てはじめに、あぶあたまをした女型めがた天使てんし憎悪ぞうおをむけてみた。


 すると拘気ユムルから、先端せんたんするどとがった細長ほそながいやみ十数本生じゅうすうほんうまれ、一斉いっせい虻頭あぶあたまおそいかかった。

 触手しょくしゅのようにびたやみは、虻頭あぶあたまのがさないように、全方向ぜんほうこうからその身体からだ突刺つきささる。


 またあの不気味ぶきみさけごえひびわたる。

 たださっきとはあきらかにかんじがちがう。

 本当ほんとう悲鳴ひめいだ。

 天使てんしもやになると、今度こんどもともどらなかった。

 もやはすぐにしろはしらへ変わるとてんげていった。


 拘気ユムルけん全方向ぜんほうこうから天使てんし全身ぜんしん突刺つきさ攻撃こうげき成功せいこうのようだ。

 私の直観ちょっかんどおりだ。

 だったらこれをつづければいい。


 そのまま拘気ユムルけん天使達てんしたちて、次々つぎつぎてんへとおくかえしていく。

 威張いばった天使てんしどもが悲鳴ひめいげてげていくのを見るのは、とっても爽快そうかいだ。

 なんだかたもしくなってきて、がつくとわらっていた。


 そうだよ、もうなく必要ひつようなんてない。

 わらうんだ。

 おもいきりわらうんだ。


 なに天使てんしだ!

 全部滅ぜんぶほろぼしてやる!


 アハハハハ……!


 自分じぶん意志いし拘気ユムルまれていくのがわかる。

 にくしみをらった拘気ユムルは、さらにつよくなって私を支配しはいしようとした。

 よわまった私の意志いし片隅かたすみいやられ、拘気ユムル意向いこう優先ゆうせんされる。


 まるで天使てんし排除はいじょするだけの機械きかいだ。

 だけど、それでいい。

 なににもとらわれず、なにかんがえず、にくしみの感情かんじょうまかせててきたおしていく。

 とっても気楽きらくだ。


 きっと生物せいぶつって元々もともと、こういうものなんじゃないかな。

 自分自身じぶんじしんかたとか、まわりへの配慮はいりょなんて阿保あほらしいことになやまず、感情かんじょうのままにきる。

 それこそが生物せいぶつとしての自然しぜん姿すがたってがするよ。


 アハハハハ……。


 もなく、すべての第一圏層天使プラタマメレイおくかえ作業さぎょう完了かんりょうした。

 それはつまり、ウフケヴェリと一対一いったいいち対峙たいじすることでもある。


 ヤツは、器用きよう拘気ユムルけんをすりけて飛回とびまわり、とらえることができなかった。

 たぶん第一圏層天使プラタマメレイよりもうごきがはやいんだ。

 

 どうたおせばいいのか、かんがえようとした。

 けど、そんなこともう意味いみないんだった。

 にくしみに意志いしゆだねる。

 私がするべきは、それだけだから。


 上空じょうくうからほこったように見下みおろす甲虫頭かぶとむしあたま

 やれるものならやってみろと言わんばかりだ。

 ウズベリもさわったみたいで、ウフケヴェリにかって咆哮ほうこうした。


 ウフケヴェリへのいかりと憎悪ぞうおがまた、ドッとあふしてくる。

 こんどのにくしみは第一圏層天使プラタマメレイのときの10倍以上ばいいじょう数百本すうひゃっぽんくろけんになってあらわれた。

 ウズベリが身体からだをビクつかせて、さらに私からとおざかった。


 いまの私は、まるで浜辺はまべにいるウニみたいだ。

 数百すうひゃくするどいトゲをやしたくろいウニ。

 そしてトゲたちにくしみの対象たいしょうである天使てんしみとめると、一斉いっせいのびび、猛然もうぜんおそいかかった。


 どれだけ天使てんしげようとも、どれだけ慈気フィキルだんとされようとも、拘気ユムルけんは、どこまでもいかけていく。

 永遠えいえんつづきそうな天使てんし拘気ユムルいかけっこ。

 だけど、どんなことにもわりはくる。


 ウフケヴェリの前方ぜんぽうを、ふいにはとむれ横切よこぎった。

 たたかいの気配けはいおびえ、まぎれこんだんだろう。

 地上ちじょう生命体せいめいたい攻撃こうげきしない天使様てんしさまけようとして、うごきが一瞬鈍いっしゅんにぶった。


 その一瞬いっしゅん十分じゅうぶんだった。

 ありとあらゆる方向ほうこうから数百すうひゃくくろけん天使てんし突刺つきささる。

 お仲間なかま同様どうように、おおきくくちひらいて悲鳴ひめいげるウフケヴェリ。


 アハハハハハハハ……。


 やっとだ。

 やっと、このときたよ。

 子供こどもころからずっと、おもってたんだ。


 こいつらがきらいだって。


 たすけてやってんだ、ありがたく思えっていうえらそうな態度たいど

 よわいものをいつもうえから見おろしているこいつらが、きらいだった。


 それが今、私の力にくっして悲鳴ひめいをあげている。

 こんなに痛快つうかいなことはないよ。


 アハハハハハハハ……。


 くるしげな悲鳴ひめいむと同時どうじに、第二圏層天使ズビティヤメレイ様は、しろはしらになられました。

 そして尻尾しっぽいててんへとおかえりになりました、とさ。


 アハハハハハハハ……。


「――エヴ」


 ヤスミンのこえ

 振向ふりむくと、彼女かのじょ立上たちあがっていた。


 治癒術ちゆじゅつひざうでなおしたんだ。

 三冠ビナル魔導士様まどうしさまだから、あのぐらいなのすのは簡単かんたんだろう。


 一番いちばん邪魔者じゃまものてんへおかえりになった。

 今度こんどこそ彼女を、あのおくってあげなきゃ。


「あなたがこんなにつよくなっていたなんて……。私のけね……」


 しずかに微笑ほほえむヤスミン。


 あうっ……?

 なぜ……、わらうの……?


 そんな簡単かんたんに、けをみとめるの?

 私がにくかったんじゃないの?

 くやしくないの?

 あれだけ見下みくだしてた相手あいてだよ?


「そのくろちからなんなの……? あなたの姿すがたくろかすんで、く見えないけど……」


 くびをかしげてたずねるヤスミン。

 拘気ユムルは、まだ私をまるつつみこんでいる。

 

「どうでもいいでしょ。――それより、ずいぶんあっさりけをみとめちゃうんだね?」

 

「だって、ウフケヴェリさえたおすあなたに、てるわけないじゃない。――あっ、そうだ。けの約束やくそくしたわよね」


 悪戯いたずらっぽいみをこぼすヤスミン。

 

「――私はなにをすればいいのかな?」


 なかかったころの彼女がそこにいた。

 これまでのわだかまりがうそのように、そのひとみうつくしくっている。


 わけがわからない。

 にくしみが。

 しぼんでいく。

 

 すると、私をつつんでいた拘気ユムルよわまり、えていった。

 

 喧嘩けんか発散はっさんして、仲直なかなおりってこと?

 陳腐ちんぷ小説しょうせつみたい。


 ダメだよ。

 そう簡単かんたんには、いかせない。

 油断ゆだんさせるわなかもしれないし。


「私のことなんでもするっていうの?」


「そうよ。さあ、言ってみて」


 何かたくらんでる?

 時間じかんかせぎ?

 あの笑顔えがおからじゃなに読取よみとれない。

 

 まあいいや。

 わなだとしてもたたつぶせばいいだけだし。

 どうせヤスミンのちからじゃ拘気ユムルやぶれないから。


 だったら今こそいてやるんだから。

 無視むしした理由りゆうを。

 10年間じゅうねんかんくるしめた理由りゆうを。

 ころすのは、そのあとでいい。


「じゃあおしえて。私を無視むしした理由りゆうを」


 ヤスミンはおどろいてをパチクリさせたあと、こまったようにそら見上みあげた。


「――そうきたかぁ」


 彼女は、そうつぶいてだまりむ。


「なに? 言えないこと?」


 やっぱりね。

 笑顔えがおでごまかしても、はらそこでは私をにくんでる。

 だから何も言えないんだ。


 しぼみかかったにくしみが、またふくらみはじめる。


あと二人ふたりきりになったときに、おしえるんじゃダメかな?」


「何でもするって言っといて、それ?」


 ヤスミンは仕方しかたなさそうに溜息ためいきいた。

 そして私にちかづいてくる。


「何する? ちかくから不意打ふいうちちでも仕掛しかけるつもり?」


「もうけをみとめたでしょ。今さらそんなことしないわ」


 接近戦せっきんせん縈武ドノシュメク得意とくいとするところだから、何を仕掛しかけてこようとけやしないけど。


 ヤスミンははなさきまでちかづくと、私の耳元みみもとくちびるせてささやいた。


無視むしした理由りゆうはね。――あなたをあいしてることに気づいたからよ、エヴ……」


 あうっ!?


子供こどものころ、おままごとしてたとき、私にくちづけしたでしょ。そのときづかされたの。自分じぶん男性だんせいじゃなく、女性じょせいきなんだって」


 あわわわっ?!

 どういうことっ?!


 あたま真白まっしろになった。

 耳元みみもとからはなれたヤスミンは、かお真赤まっかにしている。

 唖然あぜんとしてヤスミンを見る。


「そ、そんなに見ないでよ……。もう、ずかしいなぁ。こんな聴衆ちょうしゅう面前めんぜん告白こくはくさせるなんて……」


「――なっ、なっ、何言なにいってるの? あいしてる?! 私を?!

 わけわかんないよ! 教会きょうかい再会さいかいしたときだって、あんなに馬鹿ばかにしてたじゃない?!」


くちづけされて、自分じぶん気持きもちにづいて、こわくなったの。あなたに気味悪きみわるいって思われるんじゃないかって。だからあなたを無視むししてしまった」


 ヤスミンは真正面ましょうめんから私を見つめる。


「それ以来いらい、ずうっとなやんできた。自分じぶんはおかしいんじゃないかって。おんななのに女性じょせいきだなんて……。なんで私は普通ふつうちがうんだろって……。ずっと自分じぶんさげすんできた。でもね、最近さいきんやっとひらなおれるようになって。おんなが女をあいしたらわるいのかっ!てね。そんなときあなたと再会さいかいした……。おどろいて、うれししくて。あなたへのいとしさがこみあげてきて、かおを見てられなかった。でもそれと同時どうじなやんでたときのくるしみも噴出ふきだしてきて……。ついあなたにたっちゃったの……。ごめんなさい」


 あたまげるヤスミン。


(そうだったんだ……。なんか、びっくりしたぁ)


 あうっ!

 もとの私が出てきた!

 ダメだよ!

 てこないで!


全部誤解ぜんぶごかいだったんだ。じゃあ、この10年間ねんかんって何なの? 私、バカみたいだよ)


 たとえそうでも、くるしめられたことにわりないし。

 あいしてるって言われても気持きもわるいよ。


(だとしても、にく理由りゆうにはならないよね。それにおとこだろうとおんなだろうと、きになるのは自由じゆうだし)


 でも、おんなおんなあいするって、ひととしてどうなのかな?

 おかしくない?


人間にんげん皆殺みなごろしにしようとしてたのに、そんなこと言うんだ? 都合つごうがいいよねぇ)


 あうっ!

 そ、そんなこと……。


(まあでもこれで“私”にたよ必要ひつようはなくなったね。こころあなふさがってくだろうし。おしまいだ)


 何言なにいってんの!

 おねぇちゃんはいとくとしても、ほかやつらはゆるさないからね!

 能無のうなしだの、貧乏びんぼうくさいだのって言ったやつら!

 あいつらをほっといたら、またあなひろがるんだよ!


(ううん、大丈夫だいじょうぶ。私ね、“私”とひとつになってみてわかったんだよ。結局けっきょくにくしみも自分じぶん一部いちぶなんだってさ。今までにくしみを切捨きりすてようとしてきたから、余計よけいくるしかったんじゃないかって。だからこころあなも、どんどんひろがって、いたみもしていったんだと思う。でも自分じぶん一部いちぶなら切捨きりすてちゃだめだよね。けいれて、上手うまくつきあってかなきゃ。生涯しょうがい悪友あくゆうってかんじかな。――てことで主導権しゅどうけんかえしてもらえるかな。にくいって思う人を、いちいちころしてたらキリがないもん)


 あまい!

 私はあまいよ!

 そんなんだからかされるんだ!

 やつらを始末しまつしないかぎり、こころあなふさがるはずない!

 絶対ぜったいにない!


(でもほら、もうふさがりはじめてるよ)


 たしかにあなちいさくなっていく。


(“私”はさ、にくんでるひところせばあなふさがるって言うけど、うそだよね。ホントは、にくんでるひとゆるすことであなふさがるんだ)


 うるさいっ!

 “私”がいなきゃ、まともにたたかうこともでいないダメ人間にんげんのくせに!


 みとめない!

 “私”はみとめないよ!


 この世界せかいゆるさない。

 “私”をこんなふうにしたやつらをゆるさない。


 人間にんげんゆるさない!


「――エヴ! 大丈夫だいじょうぶなの?! 天使様てんしさま攻撃こうげきされるなんて! 一体全体いったいぜんたい、どういうことなのかしら?!」


 ははこえがする。

 けると、両親りょうしんとエズギ、そしてルゥタルが、いつのまにか試合場しあいじょうのすぐそばにいた。

 まゆひそめて私を見上みあげている。


 ああ、わすれてた……。

 こいつらも始末しまつしなくちゃ……。


 このちちのせいで貧乏びんぼうになって。

 このははのせいで差別さべつされて。

 エズギに無理むりやりおどらされて。

 ルゥタルにしりさわられて。


 こいつらのかおを見てるだけでイライラする。


 『ころせ。

 殺せ。

 一人残ひとりのこらず。

 卑劣ひれつ人間にんげんどもを根絶こんぜつせよ。

 星々ほしぼし秩序ちつじょ取戻とりもどせ。

 宇宙うちゅう平穏へいおん取戻とりもどせ。

 根絶こんぜつせよ。

 根絶こんぜつせよ……』


 とおくで匡主きょうしゅ様のこえがする。

 そうだ。

 匡主きょうしゅ様の言うとおりだ。


 ――卑劣ひれつなやつらを根絶ねだやしにしなきゃ。


(やめて! そんなことしないで! 私のおやなんだよ!) 


 おや

 子供こどもをまともにそだてられないやつらがおや

 わらわせる。


(おねがいだから、もうやめてっ! もともどしてっ!)


 だまれっ!

 引込ひっこんでろっ!


 気づくと、天使てんしさけごえから立直たちなおった観衆かんしゅう視線しせんすべて、わたしけられていた。

 ベルナも、藩主はんしゅも、主教しゅきょうも、ヤスミンも、ちちも、ははも……。

  

 そのは言っている。

 あいつは凶暴きょうぼう化物ばけものだ。

 このにあってはいけないものだ。

 世界せかいから排除はいじょしなければ、と。

 

 そうか。

 これはたがいの存在そんざいけたたたかいだった。

 不条理ふじょうり世界せかいただそうとするものと、それをまもろうとするくるったやつらとの。


 ならば何がなんでもたなきゃいけない。

 こっちがやられるまえに、皆殺みなごろしにしなきゃいけない。

 私のすべてをけて、たたかわなきゃいけない。


 拘気ユムルよ。

 私のこころらえ。

 らいくせ。

 そして私の中にあるすべてのちからで、こいつらを鏖殺おうさつしろ。


「エヴ! 大丈夫だいじょうぶ? くるしいの?」


 こえをかけ、近寄ちかよってくるヤスミン。

 でも私のかおのぞきこんで、いきんだ。


「――どうしたの、その?! でもはいった?! “真赤まっか”じゃない!」


 それをに、私のなかから洪水こうずいのように拘気ユムルあふした。

 拘気ユムル急速きゅうそく上空じょうくうかってびていき、くろ巨大きょだい円柱えんちゅうになった。


 試合場しあいじょうにそびえ闇色やみいろはしら

 おどろきとおそれがじったこえげる観衆かんしゅう

 するとはしら側面全体そくめんぜんたから、あのくろとがったけんしてくる。

 おそらく数千すうせんはあるだろう。


 「エ、エヴ、これ、何……?」


 巨大きょだいはしら呆然ぼうぜんとしているヤスミン。


 アハハハハハハハ……。


 これでわりだ。

 ためらうことなく拘気ユムルはなとうとしたときだった。

 周囲しゅういふとひくこえひびわたる。

 歌劇かげき独唱どくしょうする男性歌手だんせいかしゅの声ようだ。


 こえひびなか唐突とうとつてんからしろはしらりてくる。

 拘気ユムルくろはしら相克そうこくするようなしろふとはしらは、ヤスミンの背後はいごつともやもやわる。

 そして、すぐにあるかたちをとった。


 うまでもなく、天使てんしだ。

 だけどこれまでとは様子ようすちがう。

 むしあたまをしていない。

 うつくしい女性じょせいかおだ。


 さらにちがっているのは。

 背中せなか羽根はね

 白鳥しらとりのようなうつくしい羽根はねが……。


 八枚はちまいある……。


最上圏層天使チャツルタメレイ……」


 私が呆然ぼうぜんとするばんだった。


 空中くうちゅうかぶ最強さいきょう天使てんしは、ウフケヴェリの二倍以上にばいいじょうおおきさがあり、そのつばさは私の視界全しかいすべてをおおかくすほどにひろがっている。

 ひく野太のぶと男性だんせいこえうつくしい女性じょせいくちびるからはっしながら最上圏層天使チャツルタメレイは私をにらみつけた。

 そして人差ひとさゆびわたしける。


 つぎ瞬間しゅんかんゆびからはなたれた慈気フィキルしろ光線こうせんが、わたし腹部ふくぶつらぬいた。

 腹部ふくぶから、いままでとはくらべものにならないはげしいいたみがおそってくる。

 げようとしたけど、まるではりめられた昆虫標本こんちゅうひょうほんのように身動みうごききができなかった。


 光線こうせんは、どんどんちからしていく。

 それと反比例はんぴれいするかのように、くろはしら急速きゅうそくしぼんでいき、跡形あとかたもなく消失しょうしつした。

 

 でも、それでわりじゃなかった。

 はしらえたあと光線こうせんむことなく、わたし内面世界ないめんせかいしろほのおがらせる。

 白炎びゃくえんは、内面世界ないめんせかい滞留たいりゅうしていた拘気ユムルくした。


 完全かんぜん拘気ユムルくなると、やみしずんでいた私の霊核ドゥルあらわれる。

 白炎びゃくえんつぎ標的ひょうてきは私の霊核ドゥルだった。


 腹部ふくぶいたみが、さらにつよくなる。

 どれだけもがいても、やっぱりうごけない。

 ウズベリがそばってきて、私のめながらボフっといた。

 碧色へきしょくひとみが、ひどかなしげにまたたいている。


 霊核ドゥル焼滅しょうめつすれば、私はぬ。

 でものがれるすべかった。


 さすがは最上圏層天使チャツルタメレイ

 私のけだ。

 最期さいご覚悟かくごして、じようとした、そのとき……。


 私と天使てんしあいだ空中くうちゅうに、太陽たいよう出現しゅつげんする。

 どこからあらわれたのかまったくわからない。

 ただ、太陽たいようじゃないことは、すぐに判明はんめいする。

 それは朱色しゅいろひかりかがや人物じんぶつだった。


 ブズルタでミトハトがえたときとてるけど、桁違けたちがいに、まばゆくかがやいている。

 朱色しゅいろ人物じんぶつ右手みぎてげると、私にかってった。


 ――そして、“私”は意識いしきうしなった。


 あうっ?!

 “私”がいなくなった?

 もともどったてこと?


 それと同時どうじ最上圏層天使チャツルタメレイ様は、ゆびろして光線こうせんおさめ、くちびるざしこえめられました。

 すると身体からだ自由じゆうになったのです。

 

 ウズベリがあたまをこすりつけてきます。


心配しんぱいしてくれたんだね。ありがと」


 たてがみなかをいれて、クシャクシャってしてあげました。


 そんな私達わたしたちをしばらくながめていた最上圏層天使チャツルタメレイ様は、ふっとしろはしらわると、ときおなじように唐突とうとつに、てんへとかえっていかれたのでした。


 天使様てんしさまがいなくなると朱色しゅいろ人物じんぶつ姿すがたすこしずつうすれていきました。


 だれなんだろ?

 表情ひょじょうはわからないけど、とっても愛想あいそがいいかんじ。

 ついかえしちゃいました。


 朱色しゅいろかがやきが完全かんぜんえようとしたときです。

 その背後はいごそらから急速きゅうそくちかづいてくるものがありました。

 白色はくしょくはしらじゃありません。

 金色きんいろかがやき、巨大きょだいつばさをはためかせたそれは……。

 

 ――黄金おうごん霊龍れいりゅうさま


 霊龍れいりゅう様はかぜきながら、試合場しあいじょうへと降立おりたちます。

 そのころにはもう朱色しゅいろ人物じんぶつは、すっかりえていました。

 

 おねぇちゃんも、両親達りょうしんたちも、そして観衆かんしゅうも、みじか時間じかんつづけにこった奇跡きせきのような出来事できごとこえうしない、立尽たちすくすだけでした。


 黄金おうごん霊龍れいりゅう様はおもむろに私のほう両手りょうてばしました。

 凶猛きょうもう鉤爪かぎづめひかおおきな右手みぎてで、アワアワしてる私の身体からだをつかみます。

 そして左手ひだりてでウズベリをつかみました。


 にぎりつぶされるのかって思って一瞬いっしゅんカチコチになったんですけど、とってもやさしいにぎかたなんです。

 ちょいかための布団ふとんつつまれてるかんじかな。


 ホッとしていると、つばさをはためかせた霊龍れいりゅう様は、あたりに強風きょうふう巻起まきおこし、つぎ瞬間しゅんかんはる天空てんくうへとがっていました。

 視界しかいすべてはもう、あおそらしろくもだけなのです。


 あわわわ!

 やっぱりすっごい!


 だけどぉ……。

 どこへれてかれるのぉぉぉぉぉっ!

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転生できずに地縛霊のままなんですけど…… 朝羽ふる @furu_asaha

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