第102話 エヴレン・アヴシャル‹19›

 かぜ元素げんそ沾漸せんぜんさせたけんなら、トゥツクの身体からだ打撃だげきあたえられるかもしれません。

 攻撃こうげき最大さいだい防御ぼうぎょっていいますから。


 まあでも、むずかしいしいかなぁ。

 ツクモさんに、どうせウズベリが全部ぜんぶやるんだからってわれて、腹立はらたったけど……。

 図星ずぼしだからなんだよねぇ。

 自分じぶんがダメダメだって、よくわかってるから。

 

 とにかくです。

 たいした効果こうかはなくても、なにもせずに結界けっかい破壊はかいされるのをつよりも時間じかんはかせげるはず。

 そうすればかならずウズベリがウフケヴェリ様の屹牆きっしょうやぶってくれるでしょう。


 もちろんケセクヴェリ様のときのように、簡単かんたんではありません。

 ウズベリは決闘けっとうのときとおなじように、数十すうじゅう風氷ふうひょう竜巻たつまき一斉いっせいにぶつけましたが、屹牆きっしょうはびくともしてないのです。

 ウフケヴェリ様の屹牆きっしょうと、ケセクヴェリ様のものとは、防御力ぼうぎょりょく十倍近じゅうばい以上いじょうがあります。

 第二圏層天使ズビティヤメレイ様と第一圏層天使プラタマメレイ様のちからは、それほどにおおきいのです。

 

 凄冱遏ドンムシャルマク使つかえば、簡単かんたんなのかもしれませんけど。

 ウズベリには使つかわないでってってあります。

 校長先生こうちょうせんせい藩主はんしゅ様をこおりづけにしたら、わたし処刑しょけいされちゃいますから。


 事前じぜんわせでは、ウズベリがおねえちゃんと、私がトゥツクとたたかううってめてありました。

 この試合しあいは、どちらがさき術者じゅつしゃたおすかにかかっているからです。

 私では天使てんし様の屹牆きっしょうやぶることなんて不可能ふかのうですから、ウズベリにやってもらうのが唯一ゆいつすじなのです。


 とりあえずいまのところ、計画通けいかくどおりりなんですけど。

 試合場しあいじょうひろさを考慮こうりょしていませんでした。

 トゥツクは教会きょうかいったときの印象いんしょうで、うごきが、かなりおそいってかんじました。

 だから私でもあし使つかってうごまわりながらたたかえば、互角ごかくまではいかないとしても、なんとかわたりあえるってかんがえたんです。


 かんじたとおりトゥツクの移動速度いどうそくどおそかったんですが……。

 試合場しあいじょうが、こんなにせまいって思いませんでした。

 がってみてはじめてわかりました。

 これじゃうごまわるにも限界げんかいがあるのです。


 そうはっても、現状げんじょうほか手段しゅだんおもいつけません。

 とにかく結界けっかいいてりかかりました。

 もちろん、あっさりとけられてしまいます。


 通常つうじょうやりなら、風魔導ふうまどう沾漸せんぜんわざ、『剥擂はくらい』の効果こうかで、たたっていたところなんですが。

 そう簡単かんたんにはいきません。


 トゥツクのほうも、槍全体やりぜんたいほのお元素げんそ沾漸せんぜんさせていたのです。

 炎魔導えんまどう沾漸せんぜんわざは『畢爚ひつやく』といいます。

 やりならば、した箇所かしょやしたり、かしたすることができるのです。


 同格どうかく術師じゅつし沾漸せんぜんした武器ぶきのぶつかりいでは、たがいのわざ効果こうか相殺そうさいされ、通常つうじょう戦闘せんとうおなじになります。

 しかし相手あいて冠位ジルヴェ自分じぶんよりうえならば、相殺分そうさいぶん上回うわまわったぶんだけ、効果こうかおよんできます。


 トゥツクと私の状況じょうきょうは、まさにこれでした。

 トゥツクの冠位ジルヴェが私よりうえだってはしてたんです。

 やり沾漸せんぜんされた炎魔導えんまどうが、けん風魔導ふうまどう消除しょうじょしたことでおもらされたのでした。

 けんやいばほのおねっせられてあかくなり、にぎてのひらにまでねつつたわってきます。

 打合うちあい続ければ、あつさでけんてなくなったり、かされるかもしれません。


 さらに厄介やっかいなのは槍技やりわざすごさです。

 攻撃こうげきのおかえしとばかりに、十回以上突じゅっかいいじょうつかれ、たたかれました。

 うであしかおあたまなんかのよろいいところだけをねらってきます。

 しかも全部ぜんぶ決定打けっていだにならないあさ攻撃こうげきです。


 やり沾漸せんぜん解除かいじょされているので、身体からだえることはないんですが、わりに全身ぜんしんあさきず打身うちみでボロボロになりました。

 戦闘せんとうというよりいじめです。


「オンナ、クルシイカ。ダガ、マダ、コレカラダ」


 ったとたん、トゥツクはやり使つかって、私の左頬ひだりほほなぐりつけました。

 よこばされ、ゆかころがります。

 衝撃しょうげき猛烈もうれついたみで意識いしきうしないそうです。

 でもをくいしばって我慢がまんしました。

 けんつえがわりにして、なんとか立上たちあがります。


 くちなかがあふれてきました。

 治癒ちゆじゅつをかけようとしたんですが、もうまえにトゥツクがていたのです。


 上段じょうだんから右肩みぎかたりおろされるやり

 再度さいど衝撃しょうげき激痛げきつう

 くちから悲鳴ひめいれ、みぎひざをいてしまいます。

 衝撃しょうげきけんとしました。


 意識いしき朦朧もうろうとするなかで、けんひろおうとしました。

 でも、トゥツクがけん試合場しあいじょうそととばしてしまいます。

 そして、また……。


「げほっ!」


 おなかきがはいり。


「ぶふっ!」

 

 下アゴをげられ。

 

「あがっ!」


 左肩ひだりかたおも一撃いちげき

 そのまままえのめりにたおれます。


 「うっ!」 


 あたまみつけられ、石突いしづき右頬みぎほほをぐりぐりされます。


「ダジャクナ。コレホド、ヨワイ、テキハ、ハジメテダ」


 トゥツクはあたま何度なんどみつけてきます。


「ゴゼンノ、ムネン、オモイシレ」


 無念むねん……?

 それって、なんなのっ?!

 私がなにしたっていうのっ?!

 こんなわされるほどのことなのっ?!


(――ほんと、ひどいよねぇ)


 ん?


(いくらなんでも、これはやりぎ)


 だれ


身体からだ大丈夫だいじょうぶ?)


 あなたは?


(やだなぁ、“わたし”は私だよ)


 “私”って?


(エヴレン・アヴシャル) 


 ちがう、それは、わたしだよ。


(ううん、“私”もエヴレンなの)


 なにってるの?


(そんなことよりさ、腹立はらたたないの。こんなことされて)


 はらたないけど。

 くやしいかな。


 このままじゃ、副校長先生ふくこうちょうせんせいめにはいって、私はけちゃう。


 そしたら、理由りゆうけない。

 私を無視むしした理由りゆうが。


理由りゆうねぇ……。でもさ、そんなにこだわる意味いみあるのかな?)


 だって、もし私がわるかったなら、あやまりたいし。


(おねえちゃんが一方的いっぽうてきに、私をきらいになっただけだったら?)


 それは……。


(もしそうなら、理由りゆういても、意味いみないよね。べつくるしみがはじまって、そのさきずっとつづいてくだけ)


 そんなこと、ない……。


本当ほんとうに? どちらにしろ、おねえちゃんのせいで、一生苦いっしょうくるしむかもしれないよ)


 一生いっしょう……?


試合しあいわって、またはなればなれになっても、きっと今日きょうのことはわすれられないでしょ。このいたみ、このくるしみ……。わすれようとしたって無理むり


 あうっ。

 わ、私は……。


(ねっ、ひどいでしょ。不公平ふこうへいでしょ。私だって、くるしんできたのにさ。結局けっきょくこころあなふさがらない。むしろおおきくなるよ。ずっといたいまま、つらいままでさ)


 い、いやだ。

 もう、あれはいやだよ。

 どうしたらいいの。


始末しまつしちゃえばいいんだよ)


 始末しまつって?


(うん。くるしみの原因げんいんつらさの原因げんいん排除はいじょするの。そうすれば、こころあなふさがるんだよ)


 原因げんいん


(もちろん、この鈍間のろま傀儡くぐつ、あの威張いばった天使てんし、そして薄情はくじょうなおねえちゃんのことだよ)


 おねえちゃんも?


(あたりまえじゃない。こころいたくなる一番いちばん原因げんいんは、おねえちゃんなんだからさ)


 できないよ。

 こわいよ。

 無理むりだよ。


(じゃあ、いまのままでいいんだね。おねえちゃんを始末しまつしないかぎり、こころあなはずっといたままになるよ。一生いっしょういたつづけるよ)


 それも、だよ……。


本当ほんとうは、おねえちゃんがにくいでしょ。みとめなさいよ。――まわりからって思われたっくてにくしみをおさえこむから、こんなことになるんじゃない)


 にくんでなんかいない!

 おこってるだけだよ!


(あはっ、うそだね。じゃあなんで“私”がいるの。“私”は、私がおさえこんだ本当ほんとうこころにくしみなんだよ)


 ちがう、ちがう!

 にくんでない! 

 絶対違ぜったいちがう!


(あうっ、なんかアホらしくなってきたよ。自分じぶんで自分をだますんだね。もういいや。ホントはさ、納得なっとくしてもらってもともどりたかったんだけど、無理むりみたいだね。――ちからずくでもどらせてもらから。トゥツクにやられたせいで、いまの私には“私”をおさえる気力きりょくのこってないでしょ)


 えっ?!

 どういうこと?!

 

(私と“私”はひとつになるの。ていうか元々もともとひとつだったんだから、もどるのはあたまえだよね)


 や、やめて!

 そんなことしないで!

 にくしみなんていらない!

 “私”なんていらない!


(あのさ、“私”のちからはとってもつよいんだ。いままでは、“私”をおさえられたけど、もう私は限界げんかいだよね。――匡主きょうしゅ様のおかげで“私”はどんどんつよくなって、とうとう私を追越おいこした。“私”のちだよ)


 匡主きょうしゅ様?


いやがってるけどさ、もともどることは、わるいことじゃないんだよ。私は、すっごくつよくなる。傀儡くぐつも、おねえちゃんも、一撃いちげきわらせるぐらいにさ)


 私、つよくなるの?


(そう! うれしいでしょ!)


 あうう……。

 やっぱりだよ。

 そんなことしないで。


(ああ、もう面倒めんどくさいっ! やっちゃうから!) 


 って!


 でもダメでした。

 こころあなからくろもや噴出ふきだして。

 内面世界全ないめんせかいすべてをおおいつくしたのです。


 ――私と“私”は、またひとつになりました。


 あたまみつけているトゥツクの足首あしくびつかんで、そのままよこほおげた。

 トゥツクは、ガラガラいいながらゆかころがっていく。


 私は立上たちあがり、たおれたままでいる、トゥツクのそばにいった。

 あおひか見上みあげるトゥツク。


「オマエハ、ダレダ?」


 こえかすかなおびえがじっている。


馬鹿ばかなの? エヴレン・アヴシャルだよ。――ほら、ってやるからちなさい。今度こんどは、ちゃんと相手あいてをしてあげる」


 鈍間のろまは、キィキィおとをたてながら、ゆっくり立上たちあがり、やりかまなおした。


 私は両掌りょうてのひら意識いしき集中しゅうちゅうさせ、おもいきりいきく。

 すると内面世界ないめんせかいたすくろもや、『拘気ユムル』が、両掌りょうてのひらあつまっていく。

 ついには、まるでやみおおわれたかのように、てのひら真黒まっくろになった。


「ナンダ、ソレハ……」

 

 人形にんぎょうのくせに人間にんげんみたいに動揺どうようしてる。

 あつかましい。


おしえてやらない」


 こんなやつにながくつきうつもりはない。

 さっさとつぶしてしまおう。


 両手りょうてむねまえ交差こうささせ、回転かいてんはじめる。


 これは縈武ドノシュメク基本きほんかた八躚はっせんひとつ、入躚にゅうせん

 すべてのわざ原点げんてんだ。 

 『そのせんわきまえれば自転じてんみずかてんじ、たくわえんとす』と口伝くでんされる。

 

 ただまわってるだけじゃない。

 その速度そくど常人じょうじんには、まねできないほどにはやい。


 トゥツクは何度なんどやり突出つきだして攻撃こうげきしてきた。

 しかし回転かいてんによって、すべてを紙一重かみひとえけてみせる。

 おな方向ほうこうばかりにまわるでなく、逆回転ぎゃくかいてんも、静止せいしもするんだ。

 

 これは縈武ドノシュメク八躚はっせんの一つ、順躚じゅんせん

 『そのせんわきまえれば避転ひてんてきじつけ、そのきょつ』と口伝くでんされる。


 たいしたきじゃない。 

 順躚じゅんせん使つかえばなんなくけられる。

 もちろんけるだけじゃわらない。


 突出つきだされたやり柄首えくびつかみ、それを手掛てがかりに、引戻ひきもどされるのにわせてび、やりうえ右足みぎあしだけでった。

 すぐに右足みぎあしのつまさきじく回転かいてんはじめる。


 これは縈武ドノシュメク八躚はっせんの一つ、止躚しせん

 『そのせんわきまえれば宁転じょてん処々しょしょにありて、くずれることなし』と口伝くでんされる。


 止躚しせん使つかえば、やいばうえつこともできる。

 

「アリエン」


 トゥツクはわたしとそうとやりまわす。

 だが、その程度ていどでは止躚しせんくずせない。 

 まわされるやりうえで、意識いしきまし、あし拘気ユムル集中しゅうちゅうさせる。


 この鈍間のろまを、ガラクタにもどすときがきた。


 回転かいてんしながらやりうえからび、トゥツクのあたま右足みぎあし蹋撃とうげきれた。

 蹋撃とうげきとは、りのことだ。 


 これは縈武ドノシュメク八躚はっせんの一つ、麗躚れいせん、そして説躚えっせん

 麗躚れいせんは、『そのせんわきまえれば飄転ひょうてんめぐりをぎ、天地てんちあそぶ』と口伝くでんされる。

 説躚えっせんは、『そのせんわきまえれば蹋転とうてんめぐせば、とう弥増いやます』と口伝くでんされる。


 られたトゥツクのあたまは、粉々こなごなになってんだ。

 でもまだゆるめない。

 回転かいてんしながら着地ちゃくちし、トゥツクの左脇腹ひだりわきばら拍撃アルクシュれた。


 これはもちろん、縈武ドノシュメク八躚はっせんの一つ、動躚どうせん

 『そのせんわきまえれば拍転はくてんめぐせば、はく弥増いやます』と口伝くでんされる。

 拍撃アルクシュ衝撃しょうげきは、左脇腹ひだりわきばらから右脇腹みぎわきばらまでとおり、トゥツクの腹部ふくぶ粉砕ふんさいした。


 鈍間のろま傀儡くぐつ腹部ふくぶからふたつにれ、あたま上半身じょうはんしんゆかちる。

 つづいて、下半身かはんしんたおれ、うごかなくなった。


 たわいもない。


 回転かいてんめ、ウズベリとヤスミンのほうける。

 ウズベリの身体からだあおかがやいていた。

 充典ドルヨルをしている。

 なにをするだろう。


 するとウズベリはてんあおぎ、咆哮ほうこうする。

 ウズベリの身体からだからうずまれる。

 風氷ふうひょううずだ。

 おおきさは、いつもの竜巻たつまきより一回ひとまわおおきい程度ていどだが、ちからはるかに強大きょうだいだ。

 

 強風きょうふう中央広場ちゅうおうひろばれ、氷片ひょうへんあた一面いちめんそそぐ。

 賓客ひんきゃく観衆かんしゅうから悲鳴ひめいがあがった。

 副校長ふくこうちょう吸込すいこまれないように、つんいになってる。


 なさけない。

 

 横倒よこだおしになったうずは、漏斗状ろうとじょうとがった先端せんたんから屹牆きっしょう激突げきとつした。


 屹牆きっしょうくるしんでいるかのように明滅めいめつかえす。

 かなりなが時間じかんふたつのちから相克そうこくしていた。

 しかし、次第しだいうずちからおとろえ、えていった。


 ウズベリはうなりながら、いかりのこもったでウフケヴェリをにらんでいる。

 やはり第二圏層天使ズビティヤメレイ屹牆きっしょうは、そう簡単かんたんにはやぶれない。

 凄冱遏ドンムシャルマク使つかわせてもいいが、周囲しゅういへの影響えいきょうもある。

 何人死なんにんしんでもかまわないが、後始末あとしまつ面倒めんどうだ。

 私がやったほうがいいだろう。


 たけるウズベリのそばにいき、待機たいきするように合図あいずする。

 ウズベリは私をると、身体からだをびくりとふるわせ、おびえたようにあとずさりした。

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