第101話 エヴレン・アヴシャル‹18›

「――ただ、ポラト商会しょうかいうらいといているとしてもたしかな証拠しょうこいの。きっとサフテカルがなにおうと、商会しょうかい関係かんけいいと言張いいはるでしょうね」


「トカゲの尻尾切しっぽきりか」


「ええ、だからをつけて。トカゲのあたまである商会しょうかい手出てだしできない現状げんじょうでは、べつ手段しゅだん使つかって、またここをねらってくる可能性かのうせい否定ひていできないから」


十分注意じゅうぶんちゅういしよう」


奉術典礼ほうじゅつてんれいわれば、わたし首都しゅともどるけど、このみせくばるよう警備隊けいびたいにはっておいたから」


「すまないな、手間てまをとらせて」


「こんなの手間てまのうちに入らないわ、にしないで」


 ベルナさまは、にっこり微笑ほほえむと、むねまえたたきました。


「――さてと、おかたはなしはここまでね」


 お品書しながきをにとすベルナ様。


今日きょうは、な・に・を・食べようかしらぁ」


 まよってるベルナ様に、今日きょうのおすすめの牛鋤鍋定食ぎゅうすきなべていしょくをすすめるチェフチリク様。

 牛鋤鍋ぎゅうすきなべは、薄切うすぎりにした牛肉ぎゅうにく野菜やさいなんかを一人用ひとりようなべれて甘辛あまからいタレで煮込にこみ、たまごをつけてべる、とっても美味おいしいお料理りょうりなのです。


 お料理りょうり内容ないよういたベルナ様は、それにするって即決そっけつします。 

 そしていつものように、おなべ完食かんしょくしたあとも、料理りょうりやおさけをどんどん追加ついかして、つぎから次へとたいらげていったのでした。


「――それじゃ、エヴレンさぁん、明日あす試合しあい頑張がんばってねぇ」


 こうして、えたベルナ様は、あからんだかおで、手をひらひらりながら上機嫌じょうきげんかえっていかれたのです。


 営業時間えいぎょうじかんわって、おきゃくさんがいなくなるとツクモさんとヒュリアさんが厨房ちゅうぼうからてきました。


「――あのさ、だれか、ジョージアちゃんがどこへったからない?」


 こえをかけるツクモさん。

 みなさん、らないってくびをふります。

 われてみると、ジョルジさんの姿すがたえないのでした。


「そっか……。まあ、いいや。――今日きょう片付かたづけはぼくがやるから、みんなもうやすんでいいよ。明日あしたいそがしくなるだろうからね」 


 ツクモさんはそうって閉店作業へいてんさぎょう全部代ぜんぶかわってくれました。

 大変たいへんそうにおもえますけど、耶代やしろちから使つかえば一瞬いっしゅんです。

 ツクモさんいわく、普段ふだんやらないのは、私たちに勤労きんろうとうとさをってもらうためだそうです。


 でもホントは、給料分働きゅうりょうぶんはたらけってことだよね。

 絶対ぜったいそうだよ。


 ともあれ、はやわったぶん、お風呂ふろでゆっくりすることができたのです。

 でもせっかくゆっくりできたのに、明日あしたねえちゃんとたたかううって思うだけで不安ふあんになって、ソワソワしてしまいます。

 やっぱり私じゃてないんじゃないかって……。


 ただ、寝床ねどこよこになると、すぐに眠気ねむけおそってきました。

 昨日きのう全然眠ぜんぜんねむれなかったからでしょう。

 不安ふあんなまま徹夜てつやじゃつらいんで、むしろかったです。

 そのままあさまでグッスリでした。


 早朝そうちょうは、エズギと一緒いっしょ縈武ドノシュメク修練しゅうれんです。

 もちろんまわって気持きもわるくなるたけで、英気マナ発現はつげんすることはありません。


 ガックリしながら居間いまくとツクモさんが、ったらきソバをきなだけべさせてあげるってってくれたので、すこ元気げんきがでました。

 なのでちからたくわえるため、あさはんをこれでもかってかんじで、かっこんだのです。

 

 それから自分じぶん部屋へやもどり、時間じかんをかけて丁寧ていねいにお母様かあさまよろいにつけていきました。

 時間じかんをかけることで落着おちつこうとしたんですが、すぐに試合しあいのことがあたまかんで、着替きがえにさえ集中しゅうちゅうできなくなります。

 ウズベリも心配しんぱいなようで、しきりにほほめてきました。


 どうしたらいいかなやんだすえきなもののことをかんがえればいいんじゃないかって結論けつろんたっしました。

 だったらここはもうきソバ様にたよるしかありません。

 あのあじかおりおもいだすと、くちなか唾液だえきがあふれてきて、気持きもちもらくになってきました。

  

 だけどホントなら、七主神エディゲンジ様や、天使てんし様のことを思って落着おちつくべきなんだよねぇ……。

 きソバって……。

 あらためて自分じぶん意地汚いじきたなさを実感じっかんしちゃいます。


 ところで、ずっと思ってたんですけど、ニホンノトウキョウの言葉ことばってわってますよね。

 ソバ、うどん、カツどん、てんぷら……。

 あんまりいたことないひびきばかりです。


 いまこうとしてる“チョラップ”もそうです。

 チョラップは、ニホンノトウキョウだと“ズボン”っていいます。

 ちなみに“エテク”は“スカート”です。

 ホント、方言ほうげんには色々いろいろあるんだなって感心かんしんしちゃいました。


 さて、“ズボン”をけ、長靴ちょうかき、こしけんげれば着替きがええは終了しゅうりょうです。

 きソバのおかげで気持きもちも安定あんていしています。

 ならば、最後さいごかがみなりをととのえて、いざ出陣しゅつじんなのです。


 かけるとき、両親りょうしんが気をつけるんだよってにぎってくれて、エズギがにっこりしてくれて、ユニスちゃんとアレクシアさんは頑張がんばってって応援おうえんしてくれて、ルゥタル先生せんせいなにわずにうなずいてくれて、チェフチリク様はきみならてるってはげましてくれて、ツクモさんはやさしく背中せなかをポンポンしてくれて……。

 大量たいりょうなみだ鼻水はなみずおそわれることになりました。

 

 はなをかんで、背筋せすじをピンとばし、気合きあいなおしておみせます。

 かたのウズベリがニャフってきました。

 じゃあこうか、って言ってるみたいです。


「うん、行こう」


 ウズベリのあたまで、そしてあるします。


 とうとう、このました。

 さっきまで、ずっと不安ふあんだったけど。

 いまは、とってもしずかな気持きもちです。


 みな応援おうえんしてくれてるし、きソバもってる。

 

 絶対ぜったいちます。

 そしてかなら理由りゆうかせてもらうのです。

 

 奉術典礼ほうじゅつてんれいは、お昼前ひるまえはじまります。

 なのであさは、一周年斎いっしゅうねんさい行事ぎょうじなのです。

 地母様じぼさま祠堂しどう全校生徒ぜんこうせいと先生方せんせいがた来賓らいひんあつまり、祝辞しゅくじ祝報しゅくほうなどが披露ひろうされましたました。

 賓客ひんきゃく筆頭ひっとう祝辞しゅくじべたのはベルナ様、そのあと藩主はんしゅ様がつづきます。


 綺麗きれい金髪きんぱつ水底みなそこのようなあおひとみ、すっきりとしたはなすじ、かたちととのったくちびる


 藩主はんしゅ様は、むすめのフンダさんとよくて、端正たんせい顔立かおだちをしています。

 ただ、金髪きんぱつは、どこかみだれていて、ひとみしたにはくまがみえました。

 きっとフンダさんのことで、つかててるんじゃないでしょうか。

 

 祝辞しゅくじあと今回こんかい奉術典礼ほうじゅつてんれいたたか出場者しゅつじょうしゃ、ウガリタうところの“カザナン”が紹介しょうかいされるばんになりました。

 名前なまえばれたわたしとおねぇちゃんはまえます。


 紹介しょうかいわるまでのあいだ、おねぇちゃんは一度いちども私にけることはありませんでした。

 まるで私なんか、この存在そんざいしていないかのような態度たいどです。

 こころあながまたいたくなり、そこからあのくろもやがあふれてくるのをかんじました。


 祠堂しどうでの行事ぎょうじわると授業参観じゅぎょうさんかんがあり、そのあと中央広場ちゅうおうひろば移動いどうすることになります。

 学校がっこうから中央広場ちゅうおうひろばまでははなさきです。


 試合場しあいじょうまわりには、すでにかぞえきれないほどのひとあつまり、ものすご熱気ねっき渦巻うずまいていました。

 こんな大勢おおぜい私達わたしたち試合しあいてるんだって思うと、あたまがクラクラしてきます。


 賓客ひんきゃくはすでにせきについていて、私達が到着とうちゃくするのを見計みはからい校長先生こうちょうせんせい試合場しあいじょうがりました。

 そして観衆かんしゅう挨拶あいさつしたあと、“地祚ちそ祷文とうもん”をとなはじめます。

 すると、起立きりつした賓客ひんきゃく周囲しゅうい観衆かんしゅう一斉いっせいとなえだしました。


 いのりのこえあた一面いちめんあふれる光景こうけいは、まさにマリフェトというくにの“信仰しんこう”を体現たいげんしています。


『いとかしこくすばしき嬭神だいしんよ、

 いとうるわしきあてなる嬭神だいしんよ、

 われ御前おんまえ祷詞とうしつかうまつる。

 まいらせむ、地にふかし、穣穣じょうじょうたる馥気ふっき

 きこしめせ、 ひらけゆく、元元げんげん啓沃けいよく

 ろしめせ、ちし、洋洋ようようたる芳心ほうしん

 こいねがう、きわあれど、久久きゅうきゅう安堵あんど

 キュベレイ、ザフェル、シジン。

 キュベレイ、ダイマ、セニンリィム』


 地祚ちそ祷文とうもん儀式ぎしきなどをはじめるとき、最初さいしょとなえられる地母じぼ様へのいのりのことばです。

 マリフェトでは教衆きょうしゅう学校がっこうはいると最初さいしょおしえられるのでした。


 祷文とうもんわると観衆かんきゃくから拍手はくしゅ湧起わきおこります。

 校長先生こうちょうせんせい右手みぎてげ、奉術典礼ほじゅじゅつてんれい開始かいし宣言せんげんしました。

 試合場しあいじょうからりる校長先生こうちょうせんせい入替いれかわりに私達わたしたちがると、また拍手はくしゅこりました。


 おねえちゃんはトゥツクと試合場しあいじょう東側ひがしがわに、私はウズベリと西側にしがわに、中央ちゅうおうには審判役しんぱんやくとしてヤイガラズ副校長先生ふくこうちょうせんせいちます。

 試合場しあいじょう東西とうざいなが長方形型ちょうほうけいがたをしていて、その四辺よんぺんには、すでに有能ゆうのうそうな价士かいしさんがいました。


 价士かいしさんは男性七人だんせいしちにん女性三人じょせいさんにん計十人けいじゅうにんで、四隅よすみ一人ひとりずつ、短辺の中央ちゅうおう一人ひとり長辺ちょうへんに二人ずつ配置はいちされています。

 かれらは賓客ひんきゃく危険きけんにさらないため、なにかあればすぐに屹牆きっしょう使つかえるよう、すでに天使様てんしさま招聘しょうへいしていました。


 招聘しょうへいされているのは、もちろんすべ第一圏層天使プラタマメレイ様です。  

 女性じょせい价士かいしさんに降りられた天使様てんしさまは、蝗虫ばったかおを持ち、たくましい男性だんせい身体からだつきをしていすまが、男性だんせい价士かいしさんの天使様てんしさまあぶかおを持ち、しなやかな女性じょせい身体からだつきをしています。


 ちなみに、第一圏層天使プラタマメレイ様は左右さゆう一枚いちまいずつで二枚にまい羽根はねちますが、第二圏層天使ズビティヤメレイ様は四枚よんまい第三圏層天使ツルティヤメレイ様は六枚ろくまい最上圏層天使チャツルタメレイ様は八枚はちまい羽根はねをもっているのです。


 私は正面しょうめんからっすぐに、おねえちゃんをつめました。

 でも、おねえちゃんは、ふいとをそらします。

 このおよんでも、まだ無視むしするです。

 こころくろもやがどんどん、ふくれていくのがわかります。


 ヤイガラス先生せんせい私達わたしたち見回みまわし、ゆっくりと右腕みぎうでををげます。

 そしてうでろすと同時どうじさけびました。


始めバシュラユン!」


 こえ同時どうじ銅鑼どららされます。


「――ウフケヴェリ」


 銅鑼どらひびなか友達ともだちでもぶかのようにうおねえちゃん。

 その途端とたんてんからしろひかりはしらながれるようにりてきます。

 そしてつぎ瞬間しゅんかん、おねえちゃんの頭上ずじょうにウフケヴェリ様が現臨げんりんしたのでした。


 甲虫かぶとむしあたま精悍せいかん男性だんせい身体からだ背中せなかには包丁ほうちょうかたちをした羽根はね左右さゆう二枚にまいずつ。

 ウフケヴェリ様はむかしおなじように堂々どうどうとした様子ようすで、てきになった私を見下みおろしていました。


 ここまではフンダさんのときとわりません。

 でもウズベリは、このあとまでおなじにするつもりはなかったみたいです。

 こえもかけないうちにかたからびおりてもと姿すがたもどり、おねえちゃんにかって猛然もうぜんっこんでいったのでした。

 多分たぶん屹牆きっしょう発動はつどうされるまえに、勝負しょうぶをつけるなんでしょう。


 相手あいてがおねえちゃんだけなら、この作戦さくせん成功せいこうしていたかもしれません。

 ただここには、もう一人ひとりてきがいるのでした。

 いきなり繰出くりだされた三叉さんさやりが、はしるウズベリの体側たいそくおそったのです。

 ウズベリは咄嗟とっさ前転ぜんてんしてやりをかわし、ゆかせるとグルグルとうなりました。

 

「ソウハ、サセヌ」


 やりかまえたトゥツクが、あの不気味ぶきみこえいました。

 そして……。 


屹牆きっしょう


 まえ立上たちあがったウズベリを後目しりめに、おねえちゃんは毅然きぜんとして言放いいはなちました。

 その途端とたんしろ透明とうめい円筒形えんとうけいかべ彼女かのじょまわりにあらわれます。

 くやしそうに咆哮ほうこうするウズベリ。

 奇襲攻撃きしゅうこうげき失敗しっぱいです。


「――トゥツク、予定通よていどおり、あなたには彼女かのじょをおねがいするわ」


「ココロエタ」


 おねえちゃんにめいじられたトゥツクが、ガシャ、ガシャとおとてながらせまってきました。

 けっしてはやくはないですが、でっかいいわかってくるような圧迫感あっぱくかんがあります。


 私はお母様かあさまけんきました。


 たぶんトゥツクもおねえちゃんとおなじ、炎摩導えんまどう使つかうはずです。

 自分じぶん元素照応性げんそしょうおうせいことなる精霊せいれい召喚しょうかんすることはできないからです。

 

 ウズベリはトゥツクをおうとしますが、うしろからおねえちゃんにけんりつけられます。

 間一髪かんいっぱつけ、振向ふりむきざまに前脚まえあしなぐかえしますが、屹牆きっしょうはじかれてしまいました。

 アティシュリ様をこずらせたあの前脚まえあし攻撃こうげきも、屹牆きっしょうには効果こうかがないのです。


 正面しょうめんにやってたトッツクは槍先やりさきを私にけました。


「オンナ、イノチハ、トラン。ダガ、タタキノメス」


 わるやいなや、やり胸当むねあてかれます。

 胸当むねあてやりふせぎますが、うしろへたおされました。

 はしるのはおそくても、攻撃こうげき迅速じんそくです。

 全然ぜんぜん対応たいおうできませんでした。


 起上おきあがろうとする背中せなかにトゥツクは容赦ようしゃなくやりをたたきつけます。

 ゆかほほがつくほどペシャンこにされました。

 背中せなか激痛げきつうはしります。


 いたみでうごけないでいるわたし脇腹わきばらばすトゥツク。

 私は、あえてゴロゴロころがって間合まあいります。

 それで、なんとか立上たちあがることができました。


 でもすぐにトゥツクは間合まあいめてきます。

 背中せなかいたすぎて、対応たいおうする余裕よゆうがありません。

 やむなく結界けっかいりました。


 結界けっかいまえったトゥツクは、にもまらぬはやさでやり繰出くりだしました。

 一呼吸ひとこきゅうあいだに、数十回すうじゅっかいきが結界けっかいおそいかかってきます。


 このまま何百回なんびゃっかいかれたら、たとえ三冠ビナル結界けっかいでも破壊はかいされてしまうでしょう。

 それにまもっているだけじゃ、試合しあいつことなんてできっこないです。


 ってるとはらめ、恃気エスラル両手りょうてあつめます。

 そしてかぜ元素げんそけん沾漸せんぜんさせました。

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