第100話 エヴレン・アヴシャル‹17›

今思いまおもしても背筋せすじがゾッとします……。突飛つきとばされみつけにされるあなたの姿すがた脳裏のうりかびました。ところが幸運こううんにも、その予想よそう見事みごとはずれました。あなたは、あかかがやいたてのひら突進とっしんしてきたいのしし鼻頭はながしらをひっぱたいたのです。――いのししは、その昏倒こんとうし、うごかなくなりました」


「ちょ、ちょ、ちょっとまって……。それってわたし英気マナ使つかえるってことなの?」


「そのとおりです。この事件じけんのおかげで、あなたに縈武ドノシュメク才能さいのうがあるとわかったのです」


「でも、いままで英気マナ発現はつげんしたことなんてないよ」


「ええ、そうでしょう。あの時以来ときいらい、あなたが英気マナ使つかうのを私もたことはありません。なに理由りゆうがあるとはおもいますが、わかりません」


「じゃあ、結局使けっきょくつかえないんじゃないのかな?」


「そうかもしれません。しかし、ダメだとしても、やってみる価値かちはありませんか? 相手あいて天才てんさい名高なだかいヤスミンさま。その締盟獣ていめいじゅう以外いがいにも、試合しあい使つかえる戦術せんじゅつえれば、かなり心強こころづよいでしょう?」


 よこいていたウズベリが、フンってかおそむけました。

 自分じぶんがいれば大丈夫だいじょうぶなんだよってかんじです。


 でも、エズギのいうとおりかも。

 ヤスミンおねぇちゃんとたたかうんだもん。

 やくつならなんでもしたいよ。


「わかったよ。おさらい、やってみる」


「そうですか。これで私もすこしは、おやくてそうですね……」


 ふっとやさしく微笑ほほえむエズギ。


 あうっ……。

 そうだったんだ。

 私のやくちたかったんだね。

 面倒見めんどうみいいからなぁ。

 ちょっと強引ごういんだけど。


「いつも、ありがと、エズギ。これからも、アヴシャルをよろしくおねがいします」


 あたまげたわたしを、エズギはうれしそうにながめてます。


立派りっぱになられましたね、お嬢様じょうさま。こんなあなたを見られて、とてもほこらしく思います。――これなら、婿探むこさがしをはじめてもよさそうですね」


「む、婿探むこさがし?!」


「ええ、よい婿様むこさま養子ようしむかえ、アヴシャルりたてていただかないと。――お孫様まごさまかおも見たいところですし」


「あうっ! 何言なにいってんの! まだ結婚けっこんなんかしないからねっ!」


大丈夫だいじょうぶですよ。エズギにおまかせください。お嬢様好じょうさまごのみの男性だんせいをちゃんと見つけてみせますから」


「そういうことじゃないのっ!」


 ホホホホとたからかにわらうエズギ。

 冗談じょうだんなのか、本気ほんきなのか……。

 やっぱ、このひとにはかなわないな。


 そのあと朝食ちょうしょく時間じかんまで、縈舞ドノシュレル基本きほんである回転かいてんをみっちり修練しゅうれんさせられました。

 エズギのはなしだと身体からだ回転かいてんさせることで、英気マナ発現はつげんしやすくなるということです。


 でもまわって、気持きもわるくなって。

 それでなくても寝不足ねぶそくだっていうのに。

 結局けっきょく朝食ちょうしょくべずに学校がっこうへいくはめになったのです。


 ふらふらしながらおみせると、西にし大通おおどおりの両側りょうがわには、出店でみせならはじめていました。

 今日きょうかから大通おおどおりでの出店でみせ設営せつえい許可きょかされているからなのです。

 

 あちこちで威勢いせいのいいこえってにぎやかです。

 きっと奉迎祭ほうげいさいときおなじぐらい規模きぼおおきくなるにちがいありません。


 そういえば、うらめしでも出店でみせやろうかってツクモさんがってました。

 奉迎祭ほうげいさいのときはまだ余裕よゆうがなくて、あきらめたみたいですけど、今回こんかいはやれるんじゃないかって。

 商品しょうひんは、“きソバ”ってものになりそうです。


 ニホンノトウキョウの“ソバ”というはめん一種いっしゅで、今うらめしのお品書しながきにある“うどん”よりもほそいようです。

 こっちで言うところの“エリシュテ”みたいなものです。

 そのソバを、野菜やさいにくなんかと一緒いっしょ甘辛あまからいタレできあげた料理りょうりを“きソバ”というんだそうです。


 おためしでつくってくれたんですが、食欲しょくよくをそそるかおり甘辛あまからくて、ねっとりとした食感しょっかんに、やられちゃいました。

 またべたいんで、絶対出店ぜったいでみせやってしいです。


 いつもは登校とうこうするとき、裏通うらどおりを使つかうんですが、今日きょうはそのまま大通おおどおりをすすみ、中央広場ちゅうおうひろばてみました。

 広場ひろば北側きたがわには、右手みぎてたかかかげ、ほこらしげに微笑ほほえみながらつフゼイフェ様のぞうがあります。


 チェフチリクさまのおはなしによると、フゼイフェ様はかなりの美男子びだんしだったようです。

 なが栗色くりいろかみ浅黒あさぐろ細面ほそおもて顔立かおだち、するどいけれどかなくろひとみかたむすばれたうすくちびる


 立像りつぞう容貌ようぼうは、本人ほんにんとよくているそうですが、たとえいくさ大勝利だいしょうりみちびいてまわりからたたえられても、けっしてほこらしげに笑ったり、うでげて群衆ぐんしゅうこたえたりなんてことはしなかったそうです。

 周囲しゅうい賞賛しょうさんなんてにもとめず、いつも一人静ひとりしずかにしていて、ただくろ災媼さいおうたおすことだけをかんがえている、そういうひとだったとか。


 すでにフゼイフェさまぞうまえには奉術典礼ほうじゅつてんれい使用しようされる試合場しあいじょう設営せつえいされていました。

 試合場しあいじょう地面じめんよりも、たかくなっていて、まわりには観覧かんらんのための椅子いすがズラリとならんでいます。

 明日あしたは、このうえたたかうことになるのです。


 ウズベリがニャウってきました。

 つよ、って言ってるみたいです。


「――あはっ、きみって男前おとこまえだよね。れちゃうよ」

 

 おもいきりナデナデしてあげました。


 でも、相手あいては、おねぇちゃんとトゥツク、そしてウフケヴェリさま

 どんなに準備じゅんびしたって、安心あんしんってことはないんだよね。


 見上みあげると、青空あおぞらにフゼイフェ様のぞうが、くっきりとかんでいました。

 私はまれてはじめて、こころの中でフゼイフェ様に文句もんくを言いました。

 

 たぶんファトマ様は、賢者けんじゃアイダンとむすめさんに嫉妬しっとしてたんですよ。

 ファトマ様は、七主神エディゲンジ様とならべるほど、あなたを崇拝すうはいし、あいしてらっしゃいました。

 だから、あなたを賢者けんじゃられたって思ったんじゃないでしょうか。


 わかってもらえるまで、おはなしされればよかったんです。

 そうすれば、お母様かあさまや私まで、とばっちりをらうこともなかったのに……。


 もちろんフゼイフェ様のぞうなん返事へんじもしてくれません。

 ただ高見たかみから私を見下みおろしているだけです。

 なんだか馬鹿ばからしくなったので、おもいきり深呼吸しんこきゅうしたあと、フゼイフェ様にお辞儀じぎをして学校がっこうかいました。


 教室きょうしつではマルツちゃんと友達ともだちが、フンダさんのうわさをしていました。

 色々いろいろあって、すっかりわすれてましたけど、フンダさん、まだもどってきていないのです。

 犯人達はんにんたち敗走はいそうして、もりからいなくなってしまったので、彼女かのじょ消息しょうそく途絶とだえてしまいました。

 無事ぶじもどってきてくれるといいんですけど……。

 

 授業じゅぎょうえて帰宅きたくすると、うれしいことに、うらめし出店でみせができあがっていました。

 あか旗竿はたざおには、“名物焼めいぶつやきソバ”っていてあります。

 きっと明日あしたは、ここに行列ぎょうれつができちゃうでしょう。

  

 おみせもどって両親りょうしんのところへかおし、すぐに人喰ひとくもりきました。

 もり空気くうき胸一杯むねいっぱい吸込すいこむと、ヤルタクチュのにおいが鼻腔びこうひろがります。


 芽吹めぶいたばかりの新緑しんりょくのようなさわやかなかおり。

 かれらがまもっているおかげで、ふゆでも人喰ひとくもりあたたかいのです。

 ただ、今日きょうはそのなかに、やわらかであまかおりがかすかにざっているのをかんじました。

  

 いつもとちがう……。

 なんだろ……。

 特別とくべつだから、そうかんじたのかな。


 勝手口かってぐちからあらわれた私に、うなずくルゥタル先生せんせい

 明日あしたよるには、オクルへかえってしまいます。


 ムカつくこともあったけど、このおじいちゃんには色々いろいろおしえてもらいました。

 おわかれとなると、ちょっとさびしいです。

 魔導まどう修練しゅうれんにも、いつもより気合きあいはいっちゃいました。


 最後さいご講義こうぎわって、なに挨拶あいさつしなきゃって戸惑とまどっていると、おしりをペロンされました。

 おもいきり怒鳴どなりつけると先生せんせいは、くらかおわかれるのはねがひゃげじゃって、ひょっ、ひょっ、ひょっとわらいます。

 

 まったく、仕方しかたないスケベじいさんです……。

 まったく、ホントに……。

 ホントに……。


 「あでぃがと……、ございばじた……」


 お辞儀じぎをしてから早足はやあし勝手口かってぐちけます。

 ぐずぐずしてると、なみだ鼻水はなみずまらなくなりそうでしたから。

 はなをかんで気合きあいれなおし、よる営業えいぎょう合流ごうりゅうです。


 しばらく仕事しごとをしていると、あのあかるいこえこえてきました。


「こんばんはぁ!」

 

「――いらっしゃいませぇ、ベルナ様」

 

 みんなで挨拶あいさつします。

 ベルナ様はせきにつくとおおきくいき吸込すいこみましたす。


「ああ、におい。ここの料理りょうりこいしかったわ」


「ここんとこ、ませんでしたよね。いそがしかったんですか?」


 お品書しながきをわたしながらたずねます。


「そうなのよぉ。奉術典礼ほうじゅつてんれいやら、フンダじょう誘拐事件ゆうかいじけんやら、藩主邸はんしゅてい強盗事件ごうとうじけんやら、親衛隊長しんえいたいちょうのお葬式そうしきやらで、もうしっちゃかめっちゃかなの」


「えぇとぉ……、フンダさん……、もどってないんですか?」


「ああ、フンダじょうね。もどってないわ」


 片頬かたほほをふくらませるベルナ様。


「――とらえたやつらを尋問じんもんしたんだけど、まった要領ようりょうなくてね。自分じぶんらはもりにいただけで、キュペクバルとは無関係むかんけいだって言張いいはっってるの。当然とうぜん彼女かのじょ行方ゆくえらないってわけ。英雄党えいゆうとうも、敗走はいそうするキュペクバルのなかにフンダじょう姿すがたを見てないって報告ほうこくしているわ」


「そうなんですか……。無事ぶじだといいですけど……」


「エヴレンさんてひといわねぇ。馬鹿ばかにされて、決闘けっとうまでさせられた相手あいてを、そんなに心配しんぱいして」


「私にけなければ、こんなことにならなかったかもって……」 


「ダメダメ、使つかいすぎ。そんなんまでにしてたら早死はやじにするんだからね。――大丈夫だいじょうぶよ、親衛隊しんえいたい一緒いっしょ英雄党えいゆうとうもフンダさんの行方ゆくえさがしているわ。英雄党えいゆうとう人探ひとさがしに定評ていひょうあるから、きっと見つけだしてくれるわよ」


「だといいんですけど……」


「――ああ、もうっ、それにしてもいそがしすぎるわっ! やらなきゃいけないことが多すぎよっ! 面倒めんどくさいっ! いえかえりたいっ! 一日中いちにちじゅう、ゴロゴロしたいぃぃっ!」


 こぶし振回ふりまわして子供こどもみたいに駄々だだをこねるフンダ様。


「あはっ、明日あしたわりですから、頑張がんばりましょう。――あっ、そういえば、恋文こいぶみちゃんとわたしておきましたので」


「うん、ありがとうね。私の気持きもち、彼につたわったみたいで、ホントうれしかったわ」


「おいできたんですね」


 少女しょうじょみたいに、はにかんでうなずくフンダ様。

 可愛かわいい。


 だけど……。

 ジョージアさんのこと、どうしよう……。

 ったほうがいいのかなぁ。

 でもったら絶対傷ぜったいきずつくよねぇ。


 きなひとべつ女性じょせい?に求婚きゅうこんしたなんて。

 私だったら立直たちなおれないかも。

 可哀相かわいそうだ。


 ホント、ゆるせんな。

 なに英雄えいゆうだ。

 おんなてきだよ。


 そういえばエズギが言ってたっけ。

 おとこにはをつけろって。

  

「イドリスさんは、いまどうしてるんですか」


「ああ、彼ね、藩主はんしゅ護衛ごえいをしてるわ。誘拐事件ゆうかいじけん親衛隊しんえいたいの3分の2が戦死せんししたから、そのわりなの」


「そうですか」


「でも、奉術典礼ほうじゅつてんれいわったら、すぐつぎ仕事しごとくんだって」


二人ふたりきりでごす時間じかんいんじゃないですか?」


仕方しかたないわよ。おたがいそがしいから」


 あきらめたように微笑ほほえむベルナ様。

 きっとイドリスさんのこと、ずっとおもってるんだろうなぁ。

 とっても健気けなげです。

 思わず、じっと見つめちゃいました。 

 

「うん? どうかした?」

 

「い、いえ、すいません。――ところで、お食事しょくじどうしますか?」


「うん、そうねぇ……。おっと、そのまえに、店長てんちょうさんんでもらえるかしら。おはなしすることがあるのよ」


店長てんちょうですか。――わかりました」


 厨房ちゅうぼうってチェフチリク様にわけはなし、ベルナ様のところへおれしました。


毎度まいどどうも、ベルナ殿どの自分じぶんはなしがあるそうだが」


「どうも、こんばんは、店長てんちょうさん。――じつは、このまえのムカデ混入事件こんにゅうじけんのことなのよ」


なに進展しんてんがあったということか」


「ええ。あのサイグスズ・サフテカルってやついま個人こじんでザガンニンの南地区みなみちく酒場さかばってるんだけど、以前いぜんはポラト商会しょうかい所属しょぞくしてたみたい」


「ふむ……、それはつまり、うらにポラト商会しょうかいがいるということか?」


「おそらくね。本人ほんにんは、うらめしのせいで売上うりあげ激減げきげんしたんで、そのうらみからやったって供述きょうじゅつしてるけど、私は商会しょうかい関与かんよがあったと見てるわ」


「そういえば、商会しょうかい支店長してんちょうが、ここをれと言ってきたことがあったな」


 たしか、スアド・アルタンマってひとでした。

 いやつきをしたオジサンです。


「アルタンマのやつたんだ。いややつよねぇ。あいつがたってことは、商会しょうかい指示しじだっていう裏付うらづけになるわ。――これも私の推測すいそくなんだけど、おみせ営業停止えいぎょうていしにして廃業はいぎょう追込おいこんで、ここをうば算段さんだんだったかもしれないわ」


「なるほど。ありないはなしではないな」


ひろさや利便性りべんせいから見て、ここはとても場所ばしょよ。いま土地とち価格水準かかくすいじゅんからすると、ものすご高値たかねがつくわね。やす入手にゅうしゅして転売てんばいすれば多額たがくざやがふところはいる。ここをねら理由りゆうは、きっとそのあたりでしょうね」


 うらめしったら、いいおかねになるんだ。

 いくらぐらいになるんだろ。

 うちの借金しゃっきん帳消ちょうけしになったりして。

  

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