第99話 エヴレン・アヴシャル‹16›

全然ぜんぜんらなかったよ……」


 マリフェトが国家こっかとして妖精族ビレイきらっていて、そのわたしたちまで差別さべつする。

 そんな現実げんじつがあるなんてゆめにもおもいませんでした。


 地母様じぼさま天使様てんしさまへの信仰しんこうつよって努力どりょくすれば、きっと私でも高位こうい官職かんしょくにつけるかもって……。

 そしたら、たくさんお給料きゅうりょうもらって、両親りょうしんらくらしをさせてあげられるって……。

 かんがえてたんですけど……。

 無理むりみたい……。


「――ごめんね。せっかく入学にゅうがくかなって奉術典礼ほうじゅつてんれいにまでられたのに、ゆめこわすようなことって……。でもいたにあっておもるより、最初さいしょからわかってたほうふかきずつかずにむでしょ……」

 

「そっか……」


 なんだかこわくなりました。

 人間社会にんげんしゃかいやみふかれこめてきて……。

 そのやみくびきついて、じんわりとめつけてくる……。

 そんながしちゃって……。


大丈夫だいじょうぶ?」


「う、うん……」


大丈夫だいじょうぶのわけないわよね。――私も両親りょうしんかららされたときは、すっごく落込おちこんだのよ。生命せいめい相互そうご尊重そんちょう教義きょうぎはしらとするマリフェトに、そんな差別さべつがあるなんてさ。でもこれが現実げんじつなの。残念ざんねんだけど、よほどのことがないかぎり、将来しょうらいもこの差別さべつはなくならないとおもうう。だから官吏かんりになったとき、周囲しゅういから無視むしされたりいやがらせをけても、それにしつぶされないようにつよ気持きもちで立向たちむかうのよ」


 おこっているような、かなしんでいるような、複雑ふくざつ表情ひょうじょうかたるお母様かあさま

 きっと自分じぶんも、なにかいやったんだろうなってかんじます。


「とにかく、なにかあったらすぐ相談そうだんしてね。一人ひとりかかえこんだらダメなんだから」


「ありがと、心配しんぱいしてくれて」


「あたりまえでしょ、これでも私はあなたの母親ははおやなんだから」


 お母様かあさまばし、私のあたまでてくれました。


「ふぅ、言わなきゃいけないことを言えてよかったわ。なんかむねのつかえがれたがする。これでなんとかねむれそうよ」


 はなえたお母様かあさまらくになったのか、すぐにねむってしまいました。

 でも私のほうは、こころがモヤモヤして一層眠いっそうねむれなくなったのです。


 何度なんど寝返ねがえりをうち、布団ふとんにもぐったりたりして何時間なんじかん苦闘くとうしました。

 ひかりとびら隙間すきまからしこんでくるころ、ようやくうとうとしはじめたんです。

 やっとすこしだけねむれそうっておもったら、かたすられました。


「お嬢様じょうさま、お嬢様じょうさま……」


 仕方しかたなくけると、エズギがにっこりしてます。 

 私が身体からだこすと彼女かのじょくち人差ひとさゆびて、小声こごえいました。


「おはようございます。――殿様とのさま奥様おくさまこさないように」


「どうしたの、エズギ、こんな朝早あさはやく?」

 

明日あす試合しあいそなえて、すこしおさらいをしたいとおもいまして」


「おさらい?」 


「ええ。さあ、着替きがえてください。そとっていますから」


 そう言ってエズギは錬成れんせいしつていきます。

 わけがわからなかったけど、無視むしするわけにもいきません。

 両親りょうしんこさないように注意ちゅういしながら着替きがえて、エズギのあといました。


 裏口うらぐちからるとそとはとってもさむくて、くさむらにはしもりていました。 

 早朝そうちょうなので太陽たいようもまだひくく、朱色しゅいろがかったひかりげかけてきます。

 エズギはおみせ北側きたがわにある空地あきち中央ちゅうおうっていました。


 おみせ建物たてものは、敷地しきち中央ちゅうおうからすこ北東ほくとうにずれたところにっています。

 だから西側にしがわ南側みなみがわ空地あきちひろいですが、北側きたがわ東側ひがしがわは、それに対応たいおうしてせまくなっているのでした。

 とくに西側にしがわ一番広いちばんひろいので、先日せんじつイドリスさんの英雄号えいゆうごう闘儀とうぎ使つかわれたわけです。


 一方いっぽういまエズギがいる北側きたがわ空地あきち四方しほうなかでも一番狭いちばんせまいです。

 そのうえ、きた隣接りんせつする建物たてものとおみせあいだにあるため、窮屈きゅうくつかんじがします。

 ただ、南北なんぼく建物たてものかげになるので周囲しゅういからられにくい場所ばしょともいえます。


「あうっ! さむっ! ――おさらいってなんなのぉ?!」


 いきしろいです。

 身体からだをさすってあたためます。

 さむさのせいで眠気ねむけは、とんでいきました。

 

 すこおくれておおあくびしながらウズベリがてきました。

 身体からだをブルブルッてふるわせてます。


「――お嬢様じょうさま、“縈舞ドノシュレル”をおぼえていますか?」


縈舞ドノシュレル? ああ、子供こどものころおしえてくれたおどりだよね。――こんなんだっけ」


 うで左右さゆうばしてクルクルまわってみせました。


「おさらいって、これのこと? ――まえったよね。おどりなんてしたくないって」


 明日あした、おねぇちゃんとたたかわなくちゃならないのに。

 今更いまさらおどりのおさらい?

 ウザったいな。

 それに私、おどりってきらいないんだよね。

 なんかわないっていうか。

 

奥様おくさまにはけん才能さいのうがおありでした。しかし、お嬢様じょうさま、はっきり言って、あなたにはけん才能さいのうはありません」


「あうっ! なによ、きゅうにっ! そんなのわかってるもん!」


 自分じぶんがヘッポコ剣士けんしだってことは自覚じかくしてるよ。

 お母様かあさま防具ぼうぐけんたからぐされだし。


 地団駄踏じだんだふむ私をて、あき気味ぎみ微笑ほほえむエズギ。


殿様とのさま奥様おくさまもあなたが典礼てんれいたたかうのをこころそこからよろこんでおられます。でも反面はんめんでは、とても心配しんぱいなさってもいます。お二人ふたりとも、あなたに戦闘せんとう無理むりだと思っているからです」


「うん、わかってる。だって本当ほんとうにそうだもん。私ってたたかいにはいてないんだよ」


 実際じっさい、ツクモさんたちあし引張ひっぱってるだけですから。


「けれど私はそう思いません。けん使つかえなくとも、あなたにはべつ才能さいのうがあるからです」


べつ才能さいのう?」


おさなころのあなたのうごきをたとき、私にはわかりました。でも、あなたはおどりりたくないってきわめいて、部屋へやにこもって……。仕方しかたなく、縈舞ドノシュレル基本きほんえたところで中止ちゅうしにしたのです」


べつ才能さいのうって、やっぱり縈舞ドノシュレルのことなんじゃない! だから、おどりたくないって!」


 エズギはじてくびります。


縈舞ドノシュレルは、ただの舞踏ぶとうではありません。舞踏ぶとう縈舞ドノシュレルは、格闘術かくとうじゅつの“縈武ドノシュメク”と表裏一体ひょうりいったい関係かんけいにあるのです」


格闘術かくとうじゅつ縈武ドノシュメク?」


格闘術かくとうじゅつ縈武ドノシュメクとは、つね回転運動かいてんうんどうつづけながら相手あいて攻撃こうげきをかわし、回転力かいてんりょくによって威力いりょくした拍撃アルクシュてきたおすというものです。――“縈舞ドノシュレル”のうごきはすべて、“縈武ドノシュメク”のかたとなっています」


「そ、そう……、なんだ……」


 たしかに縈舞ドノシュレルわったおどりでした。

 ずっと回転かいてんしながら、かかとにおしりがつくくらいに姿勢しせいひくくしてみたり、かたひざがつくほどあしげてみたり。

 普通ふつうおどりとくらべると、すっごく窮屈きゅうくつ大変たいへんうごきをさせられるのです。

 それもいやになった理由りゆうひとつでした。


 けれど、あれがすべたたかうためのものだとしたら……。

 なんとなくうなずけちゃうがします。


「でも、なんでおしえてくれなかったの。ってたら、つづけてたかもしれないのに……」


縈武ドノシュメクは“獣人セリアン”からわれら“ベネヴィのたみ”につたえられた秘術ひじゅつ簡単かんたんおしえられるものではありません。だから舞踏ぶとうというかたちかくして承継しょうけいしているのです」


 ベネヴィというのは西にし大陸たいりく中央部ちゅうおうぶひろがるフズティク大砂漠だいさばくを、交易こうえきをしながらわたらす人達ひとたちで、エズギの出身しゅっしんであるトナドもその一員いちいんです。

 トナド何代なんだいまえ西にし大陸たいりくからひがし大陸たいりくうつってきた移民いみんなのでした。


 そして獣人セリアンというのは、フズティク大砂漠だいさばく深奥しんおうらす、最古さいこ人族ひとぞくといわれる存在そんざいです。

 かららはけものひと中間ちゅうかんのような姿すがたをしていて、けものみみ尻尾しっぽをもっているのだそうです。

 砂漠さばくおくらしているため、ほとんどおもてにはあらわれず、ひと交流こうりゅうすることも滅多めったにないのですが、ある一部いちぶひととはがあるということでした。

 きっとそれがベネヴィの人達ひとたちなのでしょう。


つたえでは、ベネヴィ以外いがい縈武ドノシュメク才能さいのうがあるものはいないとされてきました。しかし、お嬢様じょうさまて、それが間違まちがいだとづかされたのです」


 私の才能さいのうねぇ……。

 そんなのあったかな?


「ベネヴィの習慣しゅうかんでは、おさなころには縈舞ドノシュレルというかたちおしえ、成長せいちょうにともない才能さいのう開花かいかさせたものにだけ縈武ドノシュメクとしての秘訣ひけつつたえることになっています。だから、まずあなたに縈舞ドノシュレルからおしえしようとしたのですが……」


「私が断固だんこ拒否きょひしちゃったと……」


「ええ」


 苦笑にがわらかべるエズギ。


 たしかに私って、そういうとこあるよねぇ。

 頑固がんこっていうか、頭固あたまかたいっていうか。 


「でもさ、そもそも私にそんな才能さいのうあるの? 全然ぜんせん自覚じかくないんだけど。むしろヘッポコだし」


 エズギは口元くちもとをおさえ、ふふっとわらいます。

 

「お嬢様じょうさま、よくひっぱたくでしょ」


「えっ? ひっぱたく? うん、ときどき、やっちゃうかもぉ……」


 このまえ、マルツちゃん、やっちゃいました。


おさないころから、あなたは本当ほんとうにひっぱたくのがきで、いろんなものをたたきまくってましたよね。私もよくおしりたたかれました」


「あうっ、そうだったっけぇ……。なんか、ごめんなさい」 

  

 おしりって……。

 なんかルゥタル先生せんせいぽいなぁ。

 ずかしい。


じる必要ひつようはありません。それもあなたの才能さいのうのなのです。――ひっぱたくといううごきは、縈武ドノシュメクにおける基本きほん攻撃動作こうげきどうさひとつであり、“拍撃アルクシュ”とよばれています。縈武ドノシュメク格闘術かくとうじゅつではありますが、こぶし使つかいません。すべてのわざゆびひらいたてのひらおこなうからです」


 おもわず自分じぶんてのひらを見つめちゃいました。

 するといままでわすれていた子供こどもころ記憶きおくよみがえってきます。

 いろんなものをひっぱたいては、大笑おおわらいしてたおさな自分じぶん


 なにたのしかったんだろ……。


「――ひっぱたくのもそうですが、あなたに縈武ドノシュメク才能さいのうがあるとみとめた最大さいだい理由りゆうべつにあります」


 エズギは自分じぶん両掌りょうてのひらむねまえうえけてひらきました。


縈武ドノシュメクにおいてもっと重要じゅうようなことそれは、英気マナ単独たんどく使つかえるかどうかなのです」


単独たんどく英気マナ使つかう?! そんなことできるの?!」


 英気マナ恃気エスラル補助的ほじょてきちからのはずです。

 単独たんどく使つかうというはなしは、いたことがありません。


「おせしましょう」


 エズギは唐突とうとつに、つよく、みじかく、いきき、気合きあいれました。

 すると、彼女かのじょてのひら薄赤色うすあかいろひかりはじめます。

 それは英気マナかがやききにほかならないのでした。

 エズギはてのひらを私にけ、にっこりします。


「どうです?」


綺麗きれい……」


 こんなふう英気マナだけをるのははじめてです。

 普通ふつう恃気エスラルざって紫色むらさきいろになってしまいますから。

 ただ、よこにいるウズベリは警戒けいかいするようにひくのどらしてます。

 

基本的きほんてき縈武ドノシュメクとは、こうして英気マナをまとわせたてのひらたたかいます」 


 エズギはそううとちかくにころがっていたおおきないしまえへいきました。


「ではつぎに、拍撃アルクシュ威力いりょくをおせしましょう」


 エズギはあかひかてのひらいしかるれました。

 ピシッというおとがして、呆気あっけなくれるいし

 金槌かなづちたたいても、るのが大変たいへんそうだったのに。


「あうっ! うそでしょっ! かるさわっただけだよねっ?!」


「これが英気マナちからです。――ってのとおり、恃気エスラルによる攻撃こうげきでは、てき身体からだは“識圏ブルゲ”によって無意識むいしきまもられるため、おおかれすくなかれつね威力いりょく減殺げんさいされてしまいます。しかし、英気マナによる攻撃こうげきでは識圏ブルゲによる防御反応ぼうぎょはんのうこりません。つまり攻撃こうげき威力いりょくをそのままたたきつけることができるのです」


 識圏ブルゲとは、敵意てきいある恃気エスラル魔導攻撃まどうごうげきたいして自分じぶん恃気エスラル無意識的むいしきてき防御反応ぼうぎよょはんのうきる領域りょういきで、身体全体からだぜんたいおおうように存在そんざいします。

 どんなひとにも識圏ブルゲはあって、具体的ぐたいてきには全身ぜんしん輪郭りんかくかたちたもったままこぶしひとぶんほどひろげた空間くうかんします。

 無色透明むしょくとうめいにはえませんが、どれだけうごいてもかげのようにはなれることなく、ぬまでえることはありません。


 識圏ブルゲはまた、本人の恃気エスラル保持量ほじりょうによってつよさがわります。

 冠位ジルヴェうえでも、恃気エスラルりょうすくなければ、識圏ブルゲよわいのです。


 そして識圏ブルゲがあるために、恃気エスラルによる攻撃こうげきでは、外的がいてきなものは威力いりょくころされ、内的ないてきなものは完全かんぜん無効化むこうかされてしまうのです。

 内的ないてき攻撃こうげきとは、たとえば、てき肉体にくたい直接発火ちょくせつはっかさせたり、体内たいない水分すいぶんこおらせてしまうようなことですが、こういうのはまったくできないということです。

 反面はんめん攻撃こうげきではなく、たすけるための治癒術ちゆじゅつなどに識圏ブルゲ反応はんのうしないので、魔導まどう有効ゆうこう作用さようします。

 

 だから、たとえ威力いりょくころされるとしても、魔導戦まどうせんにおいては、外的がいてき攻撃こうげきしか選択肢せんたくしがないのが実情じつじょうなのです。

 そのため、それらの威力いりょく向上こうじょうさせようと、発動はつどう態様たいよう充典ドルヨル率導テシュヴィクなどの施法イジュラート工夫くふうされ、発展はってんしたきたという歴史れきしがあるのでした。

 

「――お嬢様じょうさまが3さいになったころです。やっとあるけるようになったあなたをれ、二人ふたりだけで御領地ごりょうち野遊のあそびにかけことがありました。野原のはら昼食ちゅうしょくをとろうとしたときです。ちょっとはなしたすきに、あなたはもりそばまでいってしまっていたのです。すると、もりなかから一匹いっぴきいのししあらわれました。そいつは、あなたにをとめると、唐突とうとつっこんでいったんです。私はおもわず悲鳴ひめいげました」


 エズギは身体からだふるわせました。





 

 

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