第98話 エヴレン・アヴシャル‹15›

 かたにウズベリがってきたので、お母様かあさまおどろいてきました。

 でも、すぐにをキラキラさせてウズベリにかおせます。


「まあ、まあ、このがウズベリ? 可愛かわいいわねぇ。でても平気へいきかしら?」


「うーん、どうだろ。――ウズベリ、いいかな?」


 いまのとこ、私以外わたしいがいでウズベリをでられたのはマルツちゃんだけなのです。

 ウズベリはしばらく、お母様をじっとつめたあと、ニャウってきました。

 いいだろうってってるようです。


「いいみたいだよ」


「まあ、まあ、ホント、うれしいわぁ」


 そう言うとお母様は、ウズベリのかお両手りょうてつつみこむようにして、もみくちゃにでまわしました。

 ウズベリは、ゆるすんじゃなかったみたいな表情ひょうじょうをしてます。

 ちょっとわらっちゃいました。


 お母様達かあさまたち奉術典礼ほうじゅつてんれいまでルゥタル先生せんせい使つかっていた錬成れんせいしつまることになりました。

 三人さんにんには、そこで夕食ゆうしょくまで休憩きゅうけいしてもらいます。


 ルゥタル先生せんせいはといえば、勝手口かってぐちこうがわ人喰ひとくもりにツクモさんが展開てんかいした丸太小屋まるたごやへお引越ひっこしなのでした。

 そして、引越ひっこしわれば今日きょう講義こうぎはじまりです。


「――エヴレン、とうとう明後日みょうごにち奉術典礼ほうじゅつてんれひとなったのう」


 ルゥタル先生せんし講義こうぎのときは、すっごく真面目まじめなんですが、今日きょう普段ふだんにもまして厳粛げんしゅくかんじです。


「まだまだじゅつ完成かんひぇひには程遠ほどとおひが、典礼てんれひわればわひはオクルへかえることになる。ひょこでじゃ、今日きょうはおぬひに、わひおさめた締盟てひめいじゅつ奥義おうぎ披露ひろうひようとおもうのじゃ」


奥義おうぎ……」


「うむ。わひはこのわざ数多あまた戦場ひぇんじょうきのびてきた。ただひ、これを修得ひゅうとくするに10ねん歳月ひゃいげつつひやひたこともまた事実じじつじゃ。だから、おぬひぃ典礼てんれいまでにこれを修得ひゅうとくするのは、まず無理むりじゃて。あくまでも締盟てひめひじゅつ最高到達点ひゃいこうとうたつてんひとつとひてこころとどめてもらひたひ」


 先生せんせい右腕みぎうでまえばし、てのひらひろげます。


「――ツファン」


 かたにいたツファンはかるばたくとてのひらりました。


わざを“彰覚ジンデリク”とひう」


彰覚ジンデリク……」


「うむ、彰覚ジンデリクとは、精神ひぇひひぃん維持ひじできるだけのぶんのこひ、自分じぶんもつ恃気エスラルのほとんどを、締盟獣てひめひじゅうあたえるとひうものじゃ。――ひゃて、あの切株きりかぶてき見立みたてようかのう」


 空地あきち中央付近ちゅうおうふきんにある切株きりかぶひとつをゆびさし、先生せんせいじました。

 すると、先生せんせい身体からだ縁取ふちどるように恃気エスラルあおかがやはじめ、次第しだいおおきくひろがっていきます。


 一時いっとき、まるで人型ひとがたあお太陽たいようのようにはげしくなりますが、しばらくすると、かがやきは急速きゅうそくしぼんでいきました。

 そのわりに今度こんどは、ツファンの身体からだかがやきだします。

 いつしかツファンの姿すがたかがやきのなかしずんでえなくなり、あおひかりたまになっていました。


「ゆけ!」


 号令ごうれいとともに、あお光球こうきゅうてのひらから飛立とびたち、切株きりかぶ突進とっしんしていきました。

 きりもみじょう回転かいてんし、時折ときおりほのおはっし、周囲しゅうい空気くうきはげしく巻込まきこみ、神速しんそくかけあお光球こうきゅう


 もりのヤルタクチュたち暴風ぼうふうおそわれたかのように枝葉えだはおおきくらします。


 光球こうきゅう切株きりかぶ衝突しょうとつした途端とたんかぜほのお巨大きょだいうずまれました。

 そして大渦おおうずは、その影響下えいきょうかにあるものすべててを中心ちゅうしんへときこみ、粉砕ふんさいすると同時どうじやしていったのです。


 大渦おおうず蹂躙じゅうりん心臓しんぞうが10かい鼓動こどうするほどの時間じかんつづくと、突然とつぜんピタリとみました。

 あたりはうそのようにしずかになり、さっきまでのことがゆめだっかのようです。

 ただ、まえにある光景こうけいが、それがゆめでないと雄弁ゆうべんかたっていました。

 

 てきにされた切株きりかぶ跡形あとかたもなくり、地面じめん擂鉢状すりばちじょうえぐられ、つちくろけてげたにおいがただよってきます。

 えぐられた地面じめん霊龍れいりゅう様の下半身かはんしんおさまってしまうほどおおきいのでした。

 

「あうっ、すっごい……」


 彰覚ジンデリクみだされた風炎ふうえん大渦おおうずには、ウズベリが決闘けっとう使つかった風氷ふうひょう竜巻たつまきよりもつよちからかんじました。

 一対一いったいいちだったら、竜巻たつまきけてしまうかもしれません。

 

 あお光球こうきゅうからもともどったツファン。

 自慢じまんげな様子ようすばたいて先生せんせいかたります。

 ところがツファンがったとたん、先生せんせいはそのにへたりこんでしまいました。

 立上たちあがろうとしてますが、身体からだちからはいらないようです。


「だ、大丈夫だいじょうぶですか?」


 ガクガクしながら私の差出さしだしたにつかまり、なんとか立上たちあがる先生せんせい

  

「ひゅまんな……。彰覚ジンデリクを……、使つかったあとは……、恃気エスラル回復かひふくひゅるまで……、ほとんど身動みうごきがとれなくなる……。絶大ぜつだひ攻撃力こうげきりょくを……、もちひたことの……、代償だいひょうとひうわけじゃ……」


 呼吸こきゅうあらいせいで言葉ことば途切とぎれ途切れになってます。

 かおあおざめ、かなりくるしそうです。

 ホントにんじゃいそうなかんじ。

  

一旦いったん小屋こやきましょう」


 かたして小屋こやはいり、寝台しんだいすわってもらいました。

 しばらくすると呼吸こきゅう落着おちついてきたので一安心ひとあんしんです。


「――どうじゃ、彰覚ジンデリク威力ひりょくは? わひ冠位ジルヴェ三冠ビナルで、恃気エスラルりょう人並ひとなみじゃが、彰覚ジンデリク使つかえば二冠コクマ元素魔導げんひょまどう匹敵ひってきひゅるちからひゅことができる。ひかもほのおかぜ二元素にげんひょ同時どうじ発動はつどうひゃひぇながらじゃ」


「それに、このわざって単撃テキフジュムなんですよね。なのにあんなにおおきなあなけるなんて……。複撃チョルフジュムみたいな効果こうかまであるんですか?」


 発動はつどう態様たいようにおいて『単撃テキフジュム』とは単体たんたいへの攻撃こうげき、『複撃チョルフジュム』とは複数ふくすうへの攻撃こうげきのことをいいます。


「うむ、あまりに威力ひりょくおおきひため副次的ふくじてき効果こうか周辺ひゅうひおよび、複撃チョルフジュムわらぬ威力ひりょく発揮はっきひゅる。ゆえに使つかひどころには十分注意じゅうぶんちゅうひひぇねばならん。ひょれとのう、彰覚ジンデリク使用中ひぃようちゅう使用後ひぃようごは、ひまわひのように、術師じゅつひまったくの無防備むぼうびになることもおぼえておけ。つまり戦場せんじょうでは直接ちょくひぇつ攻撃こうげきけぬよう、後衛こうえひもちひるのが肝要かんようとなろうて」


「これ、もし私が使つかったら……、ウズベリは……」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、おひょらく尋常じんじょうではなひちからるじゃろうな。まえに、ひょの姿ひゅがたてみたひものじゃがのう。――ひゃてと、締盟てひめひじゅつ奥義おうぎは、彰覚ジンデリクだけではなひが、わひがここをひゃったあとは、とりあえずこれを修練ひゅうれんひぃてみるがよかろう」


「わかりました。――ありがとうございます」


 彰覚ジンデリクすごわざでした。

 この尻好しりずきおじいちゃん、やっぱりスケベなだけじゃないのです。


 だけどぉ、互恰ビルリクだって、まだちゃんと修得しゅうとくできてないんだよねぇ。

 私がこのわざ使つかえるようになるには100ねんぐらいかかりそうだよ。

 やっぱ魔導まどう才能さいのうがあるひとちがうよ。

 うらやましい……。


「――地面じめん大穴おおあなけてひぃまったのう。ツクモ殿どのおこられひょうじゃ」


大丈夫だいじょうぶです。そういうのは城蟻ディヴィクさんたち後片付あとかたづけしてくれますから」


 ツクモさんによると、でっかいありんこの城蟻ディヴィクさんたち人喰ひとくもり保守管理ほしゅかんりをしてくれてるそうです。

 空地あきちのゴミとかを掃除そうじしたり、こんなふうあないたら埋戻うめもどしたり。

 以前いぜんここで戦闘せんとうがあったとき、のこされた死体したいなんかも、ちゃんとかたづけてくれたそうです。

 ただ、死体したいがそのあとどうなったのかは、かんがえないでおきました。

 

 修練しゅうれんあとよる営業えいぎょう合流ごうりゅうです。

 時間じかんおそくなると常連じょうれん酔払よっぱらいさんたちがおみせあつまってきました。

 おさけんでくちかるくなると、あちこちで今日きょうさかなになるはなしがります。

 それはもっぱら、フンダさん誘拐事件ゆうかいじけんのことなのでした。 


 酔払よっぱらいいさんによるとキュクペクバルは、フンダさんをかえさずにおかねだけうばおうとして、親衛隊しんえいたい大乱戦だいらんせんになったのだそうです。


 当初とうしょたたかいはキュペクバル優位ゆういすすみ、なんと藩主様はんしゅさままでがとららえられるという事態じたいとなります。

 親衛隊しんえいたい隊長たいちょうネジャト・エルマスさんは藩主はんしゅさますくいだそうと奮戦ふんせんしますが、力及ちからおよばず討死うちじにしてしまいます。

 ネジャトさんはマリフェトでも十本じゅっぽんゆびはい猛者もさでした。

 

 戦闘せんとうひるからよいくちまでつづ長期戦ちょうきせんになったんですが、英雄党えいゆうとうみなさんが藩主様はんしゅさま救出きゅうしゅつし、イドリスさんがキュペクバルの首領しゅりょう討取うちとったことで終結しゅうけつさせることができたのです。

 キュペクバルは敗走はいそうし、おかね無事ぶじでした。

 だけど……、肝心かんじんのフンダさんはもどってこなかったのです。


 いのちたすかったけど、藩主様はんしゅさま意気消沈いきしょうちん

 でもわるいことは、まだつづくのです。

 キュペクバルとたたかっているあいだ藩主様はんしゅさまのお屋敷やしき強盗ごうとうはいり、宝蔵ほうぞうから金品きんぴんうばわれたのでした。


 人質事件ひとじちじけん親衛隊しんえいたいのほとんどが出払ではらっていたんで、そこにつけこまれたみたいです。

 犯人はんにん特定とうていされていません。

 ただ、これもキュクペクバルの仕業しわざなんじゃないかって意見いけんもありました。

 とにかくこのけん藩主様はんしゅさまは、“フンダ”りったりなのでした。


 あはっ。

 いっぺん使つかってみたかったんだよ。


 仕事しごとえたあと、私は自分じぶん部屋へやにいかずに、錬成れんせいしつ両親りょうしんのところへいきました。

 ツクモさんにおねがいして、寝台しんだいうつしておいてもらったのです。

 両親りょうしんやエズギと一緒いっしょるのは、ひさしぶりなのでした。


 壁際かべぎわ寝台しんだいにいるお父様とうさまから、寝息ねいきこえてきます。

 今日きょうらくねむれたみたいです。

 ひどいときは一晩中苦ひとばんじゅうくるしんでるときがありますから。


 お父様とうさまとなり寝台しんだいにいるエズギもしずかです。

 お父様とうさま介護かいご一晩中起ひとばんじゅうおきていることもあります。

 私たち家族かぞくのために、ほとんどやすみなくはたらいてくれている彼女かのじょ

 今日きょうはゆっくりねむってしいです。

 

 ウズベリは、いつもどおまるまるとすぐにこんでしまいました。

 私はというと、なかなかつけないでいました。

   

「――エヴ、きてるの?」


「うん」


 となり寝台しんだいかおけるとお母様かあさまがこっちを見ていました。


「あなたに、はなしておきたいことがあるの」


「え、なに?」


 つきが真剣しんけんです。

 こういうときは、おこられるか、大事だいじはなしをされるか、なのです。


「――学校がっこう卒業そつぎょうしたら、あなたはくに官吏かんりになるかもしれない。だから、そのときのために私の実家じっかのことをらせておこうとおもって」


「デンキリクのこと?」


 正直しょうじきなところお母様かあさま実家じっかであるデンキリクのことは、よくりません。

 私がまれるまえ母方ははがたのお爺様じいさまとお婆様ばあさまくなっていたし、訪問ほうもんしたのは私が6さい誕生日たんじょうびむかえたときの一度いちどだけだったからです。

 

 デンキリク代々だいだい、マリフェト西沿岸にしえんがん小管区長しょうかんくちょうをしていています。 

 管区長かんくちょうというのは、いくつかのむら散在さんざいする地域ちいき守護監理しゅごかんりする地方行政官ちほうぎょうせいかんひとつです。

 地方行政官ちほうぎょうせいかん監理かんりする人口じんこうによって官職かんしょくがっていきます。

 1000人未満にんみまんだと小管区長しょうかんくちょう、5000人未満にんみまんだと大管区長だいかんくちょう、5000人以上にんいじょうだと藩主はんしゅになります。

 管区長かんくちょうは、その地域ちいき首長しゅちょうですけど、藩主様はんしゅさまほどお給料きゅうりょうたかくないそうです。


 デンキリク現当主げんとうしゅ小管区長しょうかんくちょう拝命はいめいするのは、お母様かあさまのおにいさんであるセバツル伯父おじさんです。

 エズギのはなしだと、うちの窮状きゅうじょうった伯父おじさんはおくさんのピンチュさんにだまってお母様かあさま何度なんどもおかねしていたんだそうです。

 だけどそれがバレて……、ピンチュさん激怒げきどしちゃって……。

 それで両家りょうけ疎遠そえんになり、いまでは交流こうりゅうがないのです。


「ええ、そう。――じつはね、デンキリクには白妖精しろようせいはいっているの……」


「ゔえっ?!」


 お母様かあさまは、こまったような表情ひょうじょうかべます。


大昔おおむかしのご先祖様せんぞさま白妖精しろようせい男性だんせい結婚けっこんしてできたのがデンキリクなのよ」


 白妖精しろようせいっていえば、隠者いんじゃビルルルや医聖いせいエフラトンとおなじだよね……。


「で、でも、なんで“いま”そんなこと?」 


いにくいんだけどね……。マリフェトの支配層しはいそうが、妖精族ビレイきらっているからなのよ」


「あうっ?! きらうって?! そんな話聞はなしきいたことないよ!」


「そりゃそうよ。建前上たてまえじょうマリフェトは万民ばんみんたいして公平こうへい国家こっかであることをうたってるからね。そんなこと公表こうひょうできるわけないわ。だけど、実際じっさいには妖精族ビレイ国民こくみんとなることも、国内こくない居住きょじゅうすることもゆるしてないでしょ」


 そうなんだ……。

 らなかったよ……。


政府せいふ妖精族ビレイ受入うけい拒否きょひ理由りゆうとして、治安上ちあんじょう問題もんだいとかなんとか言ってるけど、まったくのこじつけね。――妖精族ビレイこば本当ほんとう理由りゆうは、べつにあるわ」


「本当の理由りゆう……?」


「うん、それはね、ファトマさま妖精族ビレイ嫌悪けんおしてたからなの。とく黒妖精くろようせいをね」


「ファトマさまが……?」


「ええ、そう。伝説でんせつによれば、黒妖精くろようせいはなしがでるとファトマ様はかなら激怒げきどしてたってわれてるわ。――だけど、なぜファトマ様が妖精族ビレイきらっていたのか、その理由りゆういまもわかってないの」


 それってもしかして……。

 あれが原因げんいんじゃないのかな。

 フゼイフェ様と賢者けんじゃアイダンのこと。

 でも、お母様かあさまにははなせないよ。

 だってアティシュリ様からいたなんてえないもん。

 

「でね、ファトマ様のそういう傾向けいこうが、彼女かのじょてんされたあとも、マリフェトの支配層しはいそうのこってしまい、現在げんざいまで引継ひきつがれてるのよ。これがマリフェトが妖精族ビレイきら本当ほんとう理由りゆうなの」


 そこでお母様おかあさまは私のほうせ、語調ごちょうつよめます。


「――だからね、デンキリクのくあなたは、たとえくに官吏かんりになったとしても、けっして高位こうい官職かんしょくにはつけないわ。おそらく辺境へんきょうばされるか、中央ちゅうおうのこっても一生冷遇いっしょうれいぐうされるとおもうう。それをを覚悟かくごしておいて」

 

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