第97話 エヴレン・アヴシャル‹14›

 なによ……。

 じゃあ、無視むしされたのって、わたしわるいってこと?

 あんなにおこらせることしたおぼえないよ。


 おままごとしたり、かくれんぼしたり、お花摘はなつみみしたり。

 普通ふつうあそんでただけなのに……。


 おみせかえみちすがら、子供こどもころ記憶きおく何度なんどおもかえしてみました。 

 やっぱりおもたるふしがないのです。


 それにしても、あの傀儡くぐつ……。

 なにあれ?

 全然ぜんぜん可愛かわいくない。

 アジャンは可愛かわいかったのにぃ。


 こころえた、とかっちゃってさ。

 しゃべりかたも、ジジくさかったなぁ。

 ぜぇったい、融通ゆうづうきかないよね。

 私をころそうとしたし。

 ムカつくなぁ。


 かたのウズベリがニャウってきました。

 あんなのてきじゃないね、って言ってるみたいです。

 さすがたのもしい。 

 

 とにかくです。

 こうなったら試合しあいって、事情じじょうすしかありません。

 そうしないといつまでもこころあなふさがらないがします。


 おねぇちゃんと再会さいかいしたら、大泣おおなきしちゃうっておもってたのに……。

 なぜだかなみだ鼻水はなみず全然出ぜんぜんでなかった。

 わりに、あのくろもや


 あれってこころめていたなにか?

 おねぇちゃんにたいする“いかりの感情かんじょう”?

 いままではっきり意識いしきできなかったけど。

 私、かなしいだけじゃなく、おこってもいたんだ。


 まあでも、無理むりもないかな。

 理由りゆうもわからないまま無視むしされて、そのまま引越ひっこしされてさ。

 それで、ひさしぶりにってみれば、うえから目線めせん一方的いっぽうてき文句言もんくいって。

 すこしは再会さいかいよろこびってもんがあってもいいんじゃないのかな。


 でも……。

 おこってるうちはまだいいけど……。

 もしそれがにくしみわっちゃったら……。

 どうなるのかな……。


 にくめたらいいのに、なんておもったけど。

 やっぱりだよ。

 こわいよ。


 こころあなふさがないかぎり、あのくろもやはまたきだしてくるでしょう。

 あれにとらわれたら、きっとおねぇちゃんをにくんでしまう、そんながします。

 私が私でなくなって、にくしみをいだいておねぇちゃんとたたかったら……。

 かえしがつかないことになるかもしれません。

 はやくどうにかしないと……。 

  

 とぼとぼあるいて、おみせかえくとみんな食堂しょくどうあつまってなにやらはなしていました。

  

「どうしたんですか?」


「いやさ、おひるごろ、ちょっと事件じけんがあってね……」


 ツクモさんが事情じじょうはなしてくれました。


 おひる営業時間中えいぎょうじかんちゅうのことです。

 イドリスさんとヤフヤさんが、またやってきて昼食ちゅうしょくべていました。

 するとそこへはん役人やくにんがやってきて、役所やくしょまでてほしいとつたえたそうです。

 

 役人やくにん同行どうこうしてこうとするイドリスさんたち

 ところが、それをさえぎ人達ひとたちあらわれます。

 そばはなしいていたアレクシアさんによると、かれらは帝国騎士ていこくきしで、オーラン・ズプチュクト、バルー・スプリダエ、ウチュカート・カラバルケヴ、そしてバクシュ・ルズガルグルという四人よにんでした。


 オーランさんは今年行ことしおこなわれた“勇者号ゆうしゃごう闘儀とうぎ”で優勝ゆうしょうして主席勇者しゅせきゆうしゃ地位ちいれたひとで、帝国ていこく第十聖戦騎士団だいじゅうせいせんきしだん団長だんちょうでもあります。

 バルーさんは、第十聖戦騎士団だいじゅうせいせんきしだん副長ふくちょう、ウチュカートさんは、第四聖衛騎士団だいよんせいえいきしだん副長ふくちょうです。

 バクシュさんは、第九聖戦騎士団だいきゅうせいせんきしだん団長だんちょうで、二席にせき勇者ゆうしゃです。


 主席勇者しゅせきゆうしゃだったトゥガイ・デスタンというひと地位ちい返上へんじょうしたことで主席しゅせききました。

 そこで、今年ことし勇者号ゆうしゃごう闘儀とうぎは、そのめぐって例年れいねんよりもはげしいたたかいがくりひろげられたのです。


 大方おおかた予想よそうでは、実力じつりょくからいって二席にせきのバクシュさんが主席しゅせきになるとおもわれていました。

 ところがバクシュさんは、がってきたオーランさんとたたかうことなく、主席しゅせき地位ちいゆずってしまったのです。

 結果けっか、オーランさんは主席しゅせきとなり英雄号えいゆうごうへの挑戦権ちょうせんけんにいれ、今日きょうイドリスさんに英雄号えいゆうごう闘儀とうぎ申入もうしいれたのでした。


 イドリスさんはふた返事へんじ承諾しょうだくします。

 騎士様達きしさまたちは、わたし決闘裁判けっとうさいばんをしたきた決闘場けっとうじょう使つかおうとしてたんですけど、チェフさまが、うらめし敷地しきちおこなわないかと提案ていあんしました。


 ヒュリアさんが、イドリスさんとオーランさんのたたかいをたかったらしく、チェフさまたのんだのです。

 決闘場けっとうじょうまで手間てまはぶけるので提案ていあんこころよ受入うけいれられました。


 こうしてひがし大陸たいりく最高さいこう戦士せんしあかしである英雄号えいゆうごうをめぐるたたかいが、マリフェトの地方都市ちほうとし、ザガンニンの西にしはしにある、うらめし敷地しきちおこなわれることになったのでした。


 さいわいといっていいのか、うらめし敷地しきち西側にしがわにはひろ空地あきちつかずでのこされています。

 ツクモさんが、ここは豪華ごうか庭園ていえんにするからとかってましたけど、ずっとほおってかれていたのです。

 うわさきつけ、野次馬やじうまあつまりはじめ、西門せいもんからは警備隊けいびたい治安維持ちあんいじのためにやってきました。


 英雄号えいゆうごう闘儀とうぎは、決闘裁判けっとうさいばん形式けいしきています。

 オーランさんの介添人かいぞえにんはバルーさん、イドリスさんにはバクシュさんが、審判しんぱんにはウチュカートさんがなりました。

 ヒュリアさんのはなしでは、イドリスさんとバクシュさんは、帝国ていこくにいたときからのお友達ともだちだったそうです。

 

 そしてついに、たくさんの野次馬やじうま見守まもるなか、オーランさんとイドリスさんのたたかいがはじまったのです。

 当初とうしょたがいのちから拮抗きっこうしているようでしたが、イドリスさんが復体鎧チフトベンゼル使つかったことで一気いっき形勢けいせいはイドリスさんにかたむきます。

 形勢けいせいは、そのまま最後さいごまでわることなく、イドリスさんの勝利しょうりとなりました。


 戦闘中せんとうちゅう、オーランさんは右腕みぎうで切落きりおとされていました。

 ヒュリアさんによれば、今後騎士こんごきしとしてきていくのはむずかしいようです。

 主席勇者しゅせきゆうしゃ地位ちい返上へんじょうし、団長だんちょうもやめなければならないだろうということでした。

 

 でも右腕みぎうでだけでんでかったともいえます。

 本来ほんらい英雄号えいゆうごう闘儀とうぎいのちのやりとりになるそうですから。

 やっぱり英雄えいゆうって称号しょうごうは、おかざりじゃないんですね。


 ジョルジさんをると、あおざめたかお下唇したくちびるをかみしめてます。

 イドリスさんのたたかいに、衝撃しょうげきけてるみたいです。

 英雄えいゆう目指めざしてますもんね。

 自分じぶん英雄えいゆうになるなら、イドリスさんをたおすしかないわけで。

 二人ふたり実力差じつりょくさはわかりませんけど、きっとすっごく大変たいへんなことなんじゃないでしょうか。


「――まさか、バクシュまでるとは」


 素顔すがおのヒュリアさんが、しかめっつらつぶやきました。


したしかったの?」


子供こどもころけん魔導まどうおそわっていたことがあるんだ」


 ツクモさんにかれて、ずかしそうにこたえるヒュリアさん。


「――バクシュも氷魔導ひょうまどう使つかうから、おさなころの私にとっては、うってつけの師匠ししょうだったんだ。しかし、あのころの私は生意気なまいきで、バクシュにたいしても随分横柄ずいぶんおうへいせっしてしまって……。おもすだけでかおあつくなる……」


 あからんだかお両手りょうてかくすヒュリアさん。

 こういうときの彼女かのじょおんなっぽくてきです。


 ところで、イドリスさんの復体鎧チフトベンゼルしろなんだそうです。

 ジョルジさんのあお綺麗きれいだけどしろってステキだなぁって。

 そういえば野次馬やじうまなかにはイドリスさんのことを白瑶はくようおうだってひともいたみたいです。


 オーランさんにはわるいけど、私も見たかったよ。

 青空あおぞらしたたたかしろかがやうつくしいよろい

 とってもえる光景こうけいだったんだろうなぁ。

 

 はなしわり自分じぶん部屋へやもどろうとしたとき、めずらしくアティシュリさまこえをかけられました。


「エヴレン、おまえなにわったことはねぇか?」


 意味いみのわからない質問しつもんです。


「い、いえ、何もないですけどぉ……」


「そうか……。まあいい」


 アテイシュリ様とチェフチリク様は釈然しゃくぜんとしない様子ようすかお見合みあわせてます。

 でもそれ以上いじょう質問しつもんされることはありませんでした。

 なんなんだろ。

 になるけど、いまはちょっとやすみたい。

 

 部屋へやもどって、寝台しんだいころびます。

 すぐさまよこまるくなるウズベリ。


 今日きょうつかれたなぁ。

 ここんとこいろんなことがこりすぎだよ。

 これって奉術典礼ほうじゅつてんれいひらかれるからかな?


 きっとまだ何かこる。

 私の直観ちょっかんがそう言ってます。

 そしてそれは、やっぱり間違まちがってなかったのでした。


 つぎ

 学校がっこうは、あるはなしちきりでした。

 行方不明ゆくえふめいのフンダさん。

 私にけて家出いえでしたっておもわれてたけど、どうやら誘拐ゆうかいされてたみたいです。

 誘拐犯ゆうかいはんはキュペクバル。

 まったくあの人達ひとたち、どこへいってもわるさばかりしてますよね。


 キュペクバルは多額たがく身代金みのしろきん要求ようきゅうし、ちちである藩主様自身はんしゅさまじしんってくるように指示しじしました。

 そして今日きょう、ザガンニンの西にしにあるもりでおかねとフンダさんを交換こうかんするのだそうです。

 そのもりふかくてくらくて、くまやらおおかみ妖獣ビルギなんかもいて、ほとんどひと近寄ちかよらず、悪人あくにんかくれるにはもってこいの場所ばしょなのです。


 どうやら藩主様はんしゅさま親衛隊しんえいたいだけでは心許こころもとなかったようで、イドリスさんたちにも護衛ごえいたのんだみたいです。


 キュペクバルがわには、かなりの人数にんずうがいるらしく、何かあれば大規模だいきぼ戦闘せんとうになり、フンダさんと藩主様はんしゅさまいのち危険きけんにさらされます。

 でも藩主様はんしゅさま個人的こじんてき使つかえる戦力せんりょく親衛隊しんえいたいだけでした。

 だからイドリスさん達をくわえることで戦力せんりょく増強ぞうきょうしたんでしょう。 

 

 どうか、みなさんが無事ぶじもどってこれますように。


 私にできることといえば、七主神エディゲンジ天使様てんしさまにおいのりすることだけです。


 学校がっこうからおみせもどると食堂しょくどうが、なにやらにぎやかです。

 もしかしてまたイドリスさんが決闘けっとうでもしたんでしょうか。

 かおすと、唐突とうとつなつかしいこえこえました。


「エヴ!」


 ひとから飛出とびだしてくる人影ひとかげ

 そして私をぎゅっときしめました。

 なつかしくて安心あんしんするにおいがします。

 

「お母様かあさま……」


 ははのハリディは今年ことし、35さい

 私とおな金髪きんぱつ緑色みどりいろひとみ

 35さいといってもは、私のおねぇさんと言えるぐらいわかいのです。


「エヴ……。元気げんきそうでかったわ……。合格ごうかくおめでとう、やっぱりあなたは、やればできるなのよ」


 いつものように私のはな洪水こうずいおそわれます。


「エヴ! 私の大事だいじ宝物たからもの。私にもかおせておくれ」


 お母様かあさまうしろからこえをかけてきたのは車椅子くるまいすった父のフェヴジです。

 なみだ鼻水はなみずたきみたいにながしてます。

 さすがは私の父親ちちおやなのです。


 長年ながねん闘病生活とうびょうせいかつ貧乏びんぼうですっかりやつれてます。

 白髪しらがじった灰色はいいろ頭髪とうはつしわびたかおちくぼんだあおひとみ

 まるで老人ろうじんのようですが実際じっさいは、まだ36さいです。

 ただ、お母様かあさまならぶと、おじいちゃんと孫娘まごむすめみたいになっちゃうのです。


「おどうざば……」


「おまえ我家わがやほこりだよ、エヴ」


 お父様とうさまあたまきしめます。

 すると、お母様かあさまよりも弱々よわよわしい骸骨がいこつのようなほそうでが、やんわりとかえしてくれました。


 車椅子くるまいすしているのは、アヴシャル唯一残ゆいつのこった使用人しようにん家政婦長かせいふちょうのエズギです。


「お嬢様じょうさま合格ごうかくおめでとうございます」


 エズギが、にっこりと微笑ほほえみます。


「ありがと、エズギ」

 

 おもいきりはなをかんでから微笑ほほえかえしました。

 彼女かのじょは、お母様かあさまがアヴシャルとついだとき、実家じっかから一緒いっしょにやってました。

 以来いらい18年間ねんかんほか使用人しようにんがいなくなったあと献身的けんしんてきつかえてくれています。


 としはお母様かあさまよりふたうえの37さい

 一重ひとえ褐色かっしょくひとみくせのある赤茶色あかちゃいろかみ

 身体からだ長年ながねん肉体労働にくたいろうどうきたえられ男性だんせいのようにがっしりとしていますが、かおつきは女性的じょせいてきやさしげで、いつも微笑ほほえんでいるような印象いんしょうがあります。

 でもおこらすと、とってもこわいのです。


みんなそろって、こんなとおくまで……」


 領地りょうちのあるバエリンからザガンニンまでは、普通ふつうひとあるいて一日いちにち距離きょりですが、車椅子くるまいすのお父様とうさまれているなら二日ふつかはかかったでしょう。


何言なにいってるの。一人娘ひとりむすめ栄誉えいよある奉術典礼ほうじゅつてんれい試合しあいをするっていうんだから、ないわけないじゃない。しかも相手あいては、あのヤスミンちゃんなんでしょ? なつかしいわねぇ。あれから10ねんになるかしら。もうザガンニンにてるの?」


「うん……、そうなんだ……、昨日きのうってきた……」


 お母様かあさまくちからおねぇちゃんの名前なまえて、またむねくるしくなりました。


「あの元気げんきにしていた?」


「うん、とっても。すっごく綺麗きれいになってたよ」


「そう、かったわぁ。いきなり引越ひっこししたから心配しんぱいしてたのよ」


「――エヴレン、ご両親りょうしん野宿のじゅくするとかいってるけど、まだまだよるえるからさ。うちにまってもらうからね」

 

「ありがとうございます、ツクモさん」


「ツクモさんもほか方達かたたちひとね。ここではたらいてるなら安心あんしんだわ。――だけど、あのおめんはいただけないわねぇ」


 悪戯いたずらっぽく耳打みみうちするお母様かあさま


「あはっ、そだね」


 異議いぎなし、だよ。

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