第95話 エヴレン・アヴシャル‹12›

「あっ、こらっ、こえおおきいわよ。――じゃあ、こっちのてんぷらはなにかしらぁ」 


「す、すいません。――それはチュプラです」


「ああ、チュプラねぇ。あのさかなてんぷらにしちゃうんだぁ。――それで……、やってもらえるかしら?」


「もちろんです」


「ほんと! よかったぁ! ああっ、それと、このことは、くれぐれも内緒ないしょにしてね。ほか従業員じゅうぎょういんにもよ。あなただけのむねおさめておいて」


「わ、わかりました」

 

かれ英雄えいゆうだし、すっごくおとこだから、まわりのおんながだまってなくて……。あせってはいるんだけど、私、応護主教おうごしゅきょうくらいもらってるじゃない。だから、うかつに告白こくはくとかできないのよねぇ……」 


 英雄えいゆう応護主教様おうごしゅきょうさま

 どちらもくもうえひとだもんね。

 秘密ひみつにしなきゃいけないんだ。


 でも、素敵すてき

 これがめたこいってやつなのねぇ。


「エヴレンさんにも応援おうえんしてもらえたらうれしいなぁ……」


「もちろんさせていただきますっ! おまかせくださいっ!」


「こらっ、またこえおおきくなってるって! ――こっちのてんぷらはなにかしら?!」


「す、すいません。――あっ、それはイカです」


「イカねぇ! こんなのもてんぷらになるんだ。――でも、ありがと。味方みかたしてくれるひとすくないから、心強こころづよいわ。毎日まいにち、サラさまにおいのりしてるのよ。けど、おたがいそがしいから、なかなかえなくて……」

 

 サラさま七主神エディゲンジ一柱ひとはしらで、豊穣ほうじょう財富ざいふ、そしてあいつかさどうつくしい女神様めがみさまです。


 おおきな溜息ためいきくベルナ様。

 とっても不憫ふびんです。

 ここは元気げんきづけてあげないと。


「私でよければ、何でも言ってください。いつでも、おちからになりますから」


「ありがとね。――そうだ、手紙てがみわたすときは私の名前なまえさないでね。“田舎娘いなかむすめ”からって言っておいて」


「わかりました……」


 名前なまえかくして……。

 人目ひとめしのんで……。

 かなしいこいだねぇ……。


 よしっ、応援おうえんする!

 このこい成就じょうじゅさせてみせるよ!


「――お料理りょうり説明せつめい、どうもありがとう! てんぷら、ゆっくり堪能たんのうさせてもらうわ」

 

「あっ、はい。どうぞ、ごゆっくり」


 素早すばや封筒ふうとう取上とりあげ、ふところにしまいました。

 なんだかイケナイことをしてるようでドキドキします。

  

 ベルナ様はそのあと、これでもかっていされて、とってもご機嫌きげん様子ようすかえっていかれました。

 一方私いっぽうわたしは、営業えいぎょうわるまで、手紙てがみのこと見つからないかって不安ふあんで、ドッとつかれちゃいました。


 閉店後へいてんご居間いまあつまったみなさんに、明日あしたイドリスさんがることをつたえました。

 もちろん、恋文こいぶみけん内緒ないしょです。


「あいつが、ここにるのか……。いや予感よかんしかしないな」


 ヒュリアさんがまゆをひそめます。


「やめてよ、ヒュリア。そういうこと言うとマジでいやなことがきちゃうでしょうが」


「ああ、そうだな、すまない、ツクモ。――ただ、あいつはかんいから、私の正体しょうたいづいているかもしれん」


「――とりあえず、イドリスが来店らいてんしたときは、ツクモとヒュリアは食堂しょくどうないことだな」


 アゴをでながらチェフチリク様がおっしゃいます。


「私たちはどうすればいいですか、ツクモさん?」


 長椅子ながいすすわっているユニスちゃんのかたくアレクシアさん。

 二人とも不安ふあんそうです。

 

「うーん、二人ふたりはイドリスにかおられてますよね。明日あしたやすんでもらうってもあるけどぉ……。ここはもう堂々どうどう接客せっきゃくしてもらいましょうか」


大丈夫だいじょうぶでしょうか?」


「あなたとユニスが、ヒュリアやジョルジとつながってるっていう確証かくしょうはないですから大丈夫だいじょうぶだとおもいますよ。――それとまんいち仮面かめん騎士きしがヒュリアだって気付きづいたとしても、イドリスは帝国ていこくつたえないんじゃないかってがします」


「どうして、そう思うんだ」


 怪訝けげんかおのヒュリアさん。


本来ほんらい英雄称号えいゆうしょうごう監理権かんりけん帝国ていこく保持ほじするものだったでしょ。でもイドリスは英雄えいゆうになったあと強引ごういん帝国ていこくから独立どくりつしたことで、結果的けっかてきにその監理権かんりけん帝国ていこくからうばうことになった。うわさじゃ皇帝陛下こうていへいか激怒げきどしてて、英雄称号えいゆうしょうごう取戻とりもどそうと何度なんど刺客しきゃく差向さしむけてるらしいじゃない。つまり、ある意味いみイドリスはヒュリアとおな境遇きょうぐうってこと。だから帝国ていこく敵対てきたいすることはあっても、くみすることはないって思うんだよ。――そうはいっても、こっちの味方みかたでもないけどね」


「ふむ……、的確てきかく考察こうさつだな、ツクモ。私も同意見どういけんだ。ただあいつはるにびんおとこ。この先絶対さきぜったい帝国ていこくむすばないとは言えない。ねがわくば、てきてき味方みかたという具合ぐあいになってくれればいいのだがな……」


 ヒュリアさんはじ、おおきくいききました。


「オ、オラは?」


 あわてて自分じぶんゆびさすジョルジさん。


「ジョージアちゃんも大丈夫だいじょうぶでしょ。なんせあんときとは性別せいべつちがうからねぇ」


「は、はあ……」


 ジョルジさん、不満ふまんそうです。

 あんおとこらしくないって言われてるんですからね。

 だけど私にしたら、その綺麗きれいさ、うらやましい。

 ちょっとけてしいよ。


 結局けっきょく、イドリスさんがたとしてもわったことはせず、普段通ふだんどおりの営業えいぎょうをするってことでまとまりした。

 まあ私は、イドリスさんのことをつたえられたので一安心ひとあんしんです。


 そのあと、お風呂ふろに入って、すぐ寝床ねどこにもぐりこみました。

 とってもつかれて、あたまがボーっとしてるのです。

 早速さっそく、ウズベリがまくらよこまるまります。

 

 今日きょうはホント、すごい一日いちにちだったなぁ。

 ウズベリのつよさをあらためて実感じっかんしたし。

 天使様てんしさまっちゃったんだよねぇ。

 しんじられないよ。


 まるまったしろ背中せなかでてやります。

 すぅすぅってウズベリの寝息ねいきこえてきました。

 それをきながら、いつのまにか私もちゃったのです。


 そして翌日よくじつ

 登校中とうこちゅうまちのあちこちで藩主はんしゅ親衛隊しんえいたい姿すがたをみかけました。

 ものものしい様子ようすはしまわってます。

 学校がっこうでマルツちゃんにいたところ、どうやらフンダさん、あさになってもいえかえってないみたいです。

 もちろん学校がっこうにもていません。

 

 みんなのまえで、あんだけ大見栄おおみえきってたからねぇ。

 ずかしくなったのかな。

 心配しんぱいだけど、どうにもならないよ。

 まあ、あれだけたくさんの親衛隊しんえいたいさがしてるんだし。

 きっと見つかるでしょう。


 学校がっこう講義こうぎえてみせもどると今度こんどはルゥタル先生せんせい講義こうぎはじまります。

 ただし今日きょう座学ざがくではありません。

 勝手口かってぐちから人食ひとくもりうつって、実技修練じつぎしゅうれんなのです。

 人食ひとくもりいまでも周辺しゅうへん人達ひとたちにとって恐怖きょうふ対象たいしょうです。

 なのでだれちかづきません。

 修練しゅうれんにはもってこいなのです。


 とは言っても、ウズベリに修練しゅうれんなんかいりません。

 これはあくまでも、私のためのもの。

 このまえおしえてもらった互恰ビルリク実践じっせんしてみようってことなのです。


 互恰ビルリクによって私が修得しゅうとくできることは、亢躰こうたいじゅつ類似るいじするわざ元素魔導げんそまどう拡張かくちょう魔導全般まどうぜんぱん強化きょうかです。


 まずは亢躰こうたいじゅつ類似るいじするわざですが。

 これはウズベリが持つ物理的攻撃力ぶつりてきこうげきりょく防御力ぼうぎょりょく速力そくりょくをそのまま私の身体からだ転写てんしゃして、身体能力しんたいのうりょく向上こうじょうさせるってものです。


 今のところ四冠ケセド亢躰こうたいじゅつ使つかえるんですが……。

 これってあくまで、それにこたえる身体からだってるかってことによるわけで……。


 ご承知しょうちとおり、私、そんな立派りっぱ身体からだしてないんで、これにかんしてはいまのところたいした成果せいかはありません。

 きっと身体からだきたえて基礎的きそてき身体能力しんたいのうりょくげれば、活用かつようできるんでしょう。

 それでも、以前いぜんくらべれば戦闘力せんとうりょく人並ひとなみにできるんじゃないかってかんじはしてます。

 これまでが、あまりにもひどかったですからね。

 

 つぎ元素魔導げんそまどう拡張かくちょうについてですが。

 四冠ケセドの技である風弾ふうだんつことができるようになりました。

 でも、ウズベリみたいな竜巻たつまきこすのは、まだ無理むりなのです。

 “発動はつどう態様たいよう”の修練しゅうれんをがんばらなきゃです。


 もちろん氷魔導ひょうまどうほう四冠ケセドまでは使つかえるようになったんですが、元素照応性げんそしょうおうせいかったんで素人同然しろうとどうぜんです。

 なので、こおり元素げんそれるところからはじめなきゃいけません。

 まずはてのひらこおりかたまり具現化ぐげんかするところからです。

 氷弾ひょうだんつのは、大分先だいぶさきのおはなしでしょう。


 あと、魔導全般まどうぜんぱん強化きょうかかんしてですが。

 結界けっかい防御力ぼうぎょりょくを、なんと五冠ゲブラから三冠ビナルにすることができたのでした。

 四冠ケセド飛越とびこえちゃったんです。

 これはうれしかったなぁ。


 さらに強化きょうかできるみたいですけど、言うまでもなく私の身心しんしんがついていけてませんので、ここまでです。

 でも三冠ビナル結界けっかいなら、かなり使つかえます。

 なにかあればこれでみなさんをまもれますから。

 今日きょう一番いちばん成果せいかでした。


 総括そうかつするなら、できるできないはいといて、私の魔導全体まどうぜんたい四冠ケセドぐらいまで引上ひきあげられたってことなのです。

 

「ひゅばらひぃひ恩恵おんけいあたえられながら、使つかひこなひぇんとは、残念ざんねんなことよ。ウズベリのちからをものにできれば、一人ひとり数千ひゅうひぇん帝国騎士てひこくきひぃ相手あいてにひぃてもけはとらんに……」 


 やれやれってふうくびりながらルゥタル先生せんせいが言います。

 

 はいはい。

 自分じぶんのダメさぐらい、わかってますよぉだ。 

 むかしっから魔導まどう才能さいのうないって言われてきたんだから。

 いまさら、ねぇ。


 グッタリして修練しゅうれんえ、よる営業えいぎょう合流ごうりゅうします。

 しばらく仕事しごとをしていると、二人ふたり男性だんせいみせはいってきました。


「――こんばんは。二人分ふたりぶんせきいてるかい?」


 二人ふたりのうちのわか男性だんせいこえをかけてきました。

 切長きれながんだ褐色かっしょくひとみ特徴的とくちょうてき端正たんせい顔立かおだちの美青年びせいねんです。

 こんなに綺麗きれい男性だんせいはじめて見ました。

 ちょっと、うっとりしちゃいます。


「おい、女給じょきゅうせきはあるかといている」


 イラついたもう一人ひとりに、つよ調子ちょうしいただされました。

 頭髪とうはつくちひげが真白まっしろいかめしいかおつきのご老体ろうたいです。


「あうっ! す、すみません! ――ちょうど、あそこがきましたので、どうぞ」


「ありがと」


 美青年びせいねん華麗かれい片目かためをつぶります。

 私の心臓しんぞう、ドッキンこなのです。

 二人ふたりいているせきこしをおろします。

 ちかくにいたアレクシアさんがハッとして、すぐに注文ちゅうもんりにいきました。


「いらっしゃいませ」


「んっ、あなた?!」


 アレクシアさんを見て、まるくする美青年びせいねん


「――そのせつはありがとうございました、イドリス様」


 丁寧ていねいにお辞儀じぎをするアレクシアさん。


 あうっ!

 あの美青年びせいねんがイドリスさんだったんだ!

 

「ここではたらいているんですか?!」


「はい、あのときは名前なまえげず失礼しつれいしました。――私はアレクシアともうします」


「じゃあ、ほかかたも?」


「ええ、いますよ。――ユニス」


 おくからユニスちゃんがやってきます。


「――おおっ、英雄様えいゆうさまだぁ。ホントにたぁ」


「こら、ユニス、失礼しつれいでしょ。ちゃんとご挨拶あいさつしなさい」


「はいはい、あのときはありがとうございました。ホントたすかりました」


きみ元気げんきそうでなによりだよ」


 苦笑にがわらいをかべるイドリスさん。

 

「――えーと、あの仮面かめん女騎士おんなきし青年せいねんは?」


「あの方達かたたちはいませんよ。私たちをここに紹介しょうかいしたあと、また旅立たびだちましたから」


 あらかじめ用意よういしておいた理由りゆうつたえるアレクシアさん。


「そうですか……」


 イドリスさんのかおが、ちょっとくもります。


「――なんだイドリス、あの女騎士おんなきしになるのか?」


 ご老体ろうたい眉間みけんしわをよりふかくしてたずねます。


「うん、まあね……。ちょっとむかし知合しりあいにかんじがてたんだ……」


「あの仮面かめんしたは、無残むざん面相めんそうかもしれんぞ。おんなと見れば見境みさかいなくいつくその性癖せいへき、いい加減かげんにしたらどうだ。いつか命取いのちとりになりかねん」


 あきれたふう溜息ためいきくご老体ろうたい


「おいおい、人聞ひとぎきがわるいな、ヤフヤ。おれがいつ見境みさかいなくおんないついたっていうんだ」


 ご老体ろうたいは、ヤフヤさんていうみたいです。


「ふん、さっきもあの金髪きんぱつ女給じょきゅう色目いろめ使つかっていただろうが」


 あうっ!

 それって私のこと?!

 ほっぺたが、あつくなっちゃう。


 あわわ!

 ヤフヤさんが私をにらんでるぅ……。

 かおこわいよぉ……。


「ば、馬鹿ばか、ありゃ挨拶あいさつだろうが、挨拶あいさつ!」 

 

 ちがうからねぇって言いながら、バツがわるそうに私へるイドリスさん。

 ユニスちゃんとアレクシアさんは、ニヤニヤしてます。


「そんなことより、注文ちゅうもんだ、注文ちゅうもん昼抜ひるぬきでたからはらペコなんだよ」


「なんどきもわしひかっていることをわすれるな、イドリス」


「ったく、うるさいじいさんだ。――ほら、何をたのむんだ?」


 お品書しながきが食卓しょくたくひろげられます。

 イドリスさんは、今日きょうのおすすめの豚肉ぶたにく生姜焼しょうがや定食ていしょく

 ヤフヤさんは、とり丸焼まるやきにこめ野菜やさいめたサルマを注文ちゅうもんしました。 


 注文ちゅうもんけたアレクシアさんとユニスちゃんがほか接客せっきゃくまわるのを見計みはからい、イドリスさんのそばきます。


「あのぉ、すみません。ちょっとおはなしがあるんですが……」


「ん、何かな、可愛かわい女給じょきゅうさん」


 やわらかく微笑ほほえむイドリスさん。

 その途端とたん、ヤフヤさんが思いっきり咳払せきばらいをしました。

 イドリスさん、うるさそうにかおをしかめます。


「ごめんね、このじいさん意固地いこじでね。――で、はなしっていうのは」

 

じつはイドリスさんへわたすよう“田舎娘いなかむすめ”さんから手紙てがみをおあずかりしているんですが」


 “田舎娘いなかむすめ”っていた途端とたん、イドリスさんのかおつきがわりました。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る