第94話 エヴレン・アヴシャル‹11›

 じつわたしも、お母様かあさまよろいけんってようとしたんです。

 でも、やめました。

 ウズベリをしんじなきゃっておもったから。

 ウズベリがいればけんよろい必要ひつようないはずだって。


 でも、ルゥタル先生せんせいってました。


 締盟ていめいじゅう信用しんようすることは重要じゅうようだが、けっして友人ゆうじんのようにせっしてはいけない。

 自分じぶんにあるけんやり同程度どうていどにつきあうべきだ。

 締盟ていめいじゅう武器ぶきであり、友人ゆうじんではない。

 いのちあやうくなったときには、締盟ていめいじゅうたてにして自分じぶんまもるのだ。


 以前いぜん、オクルには自分じぶんよりすぐれた締盟ていめい術師じゅつしが、たくさんいた。

 しかしかれらのおおくは、戦場せんじょうからもどることができなかった。

 なぜなら締盟ていめいじゅう大切たいせつにしすぎて、かれらをたてにすることができず、いのちとしてしまったためだ。

 

 だから締盟ていめい術師じゅつしは、締盟ていめいじゅうとの関係かんけい明確めいかく一線いっせんき、けっして親密しんみつになりすぎてはいけない、ということでした。

  

 だけど私、思ったんです。

 ウズベリと一緒いっしょたたかううとき、武器ぶきおなじようにせっすることなんてできないって。

 だってもう、ウズベリは友達以上ともだちいじょう存在そんざいですから。

 ウズベリをしんじて、私のすべてをまかせようって。


 きっと戦場せんじょうたらわたし早死はやじにしちゃうのかもしれません。

 でもいんです。

 ウズベリをたてにしてまで、自分じぶん生残いきのこりたいって思いませんから。


 ウズベリは、ゆっくりとフンダさんにちかづいていきます。

 まるで草原そうげん散歩さんぽしてるかのようです。

 だけど、全身ぜんしんからは、ものすごい殺気さっきはなっているのです。


 けんかまえたフンダさんは、いしばって殺気さっきえています。

 なかなかの根性こんじょうです。

 ちょっと見直みなおしました。


 いつしかウズベリはフンダさんのまえにまで行着いきつきました。

 鼻先はなさき剣先けんさきが、くっつきそうな至近距離しきんきょりです。

 ウズベリはけんなんてにもめず、はなにしわをよせきばをむき、グルグルとのどをならしながら彼女かのじょにらみつけました。

  

「いやぁぁぁっ!!」


 殺気さっきえられず絶叫ぜっきょうしたフンダさんは、やけくそ気味ぎみにウズベリにりつけました。

 もちろん、けんとどきません。

 ウズベリの右前脚みぎまえあしが、するど金属音きんぞくおんとともにけんたたったのです。

 られた剣先けんさきちゅうび、かなりはなれたところの地面じめん突立つきたちました。


 手元てもとのこったかんをかざし、をくいしばるフンダさん。

 両目りょうめからなみだが、あふれそうになっています。

 ウズベリは彼女のギリギリまでかおちかづけると、普段ふだん倍以上ばいいじょう迫力はくりょく咆哮ほうこうしてみせました。

 

 フンダさんはかみなりたれたように身体からだ硬直こぷちょくさせ、そのにヘナヘナとへたりこみます。

 両目りょうめからボロボロとなみだながちると、彼女はアーンってこえげながら、ちっちゃな子供こどもみたいにきだしたのでした。

 あのアゴをげてたひと同一人物どういつじんぶつとは思えません。


「――終結ドゥルユン!」


 メトディクさんが、右手みぎてげながらげます。

 右手みぎては、そのまま私にけられました。


勝者しょうしゃ受訴人じゅそにん、エヴレン・アヴシャル。――この結果けっかをして、裁決さいけつ言渡いいわたす。提訴人ていそにん訴求事項そきゅうじこう棄却ききゃくし、受訴人じゅそにん訴求事項そきゅうじこう認容ようにんする。これをもって本年度第四号ほんねんどだいよんごう決闘裁判けっとうさいばん終結しゅうけつする」


 メトディクさんの宣言せんげんがなされた途端とたん、ものすご拍手はくしゅ歓声かんせい湧起わきおこりました。


 ウズベリは、いているフンダさんに、ざまぁみろっていうふうけ、こちらにもどってきました。

 一方いっぽう、フンダさんのところには、介添人かいぞえにんのタクムさん、そしてチメンさんとヨスンさんがけつけます。


 私は思いっきりウズベリのかおびついてみどりたてがみかおをうずめます。

 そしてほほをスリスリしました。

 

「やっぱつよいね、ウズベリは。最高さいこうだよ」


 当然とうぜんでしょってかんじで、ボフッとえるウズベリ。

 そのままちいさくなって、いつものようにかたりました。

 

「――やったわね、エヴレンさん! あなたのちよ!」


 興奮こうふんした様子ようすのベルナさまはしってきます。


「まさか天使様てんしさま屹牆きっしょうこわしちゃうなんて! ウズベリちゃん、つよいのねぇ!」


 ベルナ様にめられたウズベリは、まんざらでもなさそうにニャウってきました。


「エヴレンちゃぁぁん! すごかったぁ!」


 はしってきたマルツちゃんにきつかれました。


「このねこおおきくなれるんだな!」


ねこじゃなくて、獅子ししでしょ」


「しかし、天使様てんしさまかえしちまうとわな!」


「ほんとよ、こんなのはじめてたわ!」


 友達ともだちも、みんなおどろいてます。


「ウズベリちゃん、色変いろかわってない?」


 マルツちゃんがくびをかしげました。

 ここはツクモさんが用意よういしてくれたこたえかえします。


「なんか成長せいちょうしたみたいなんだよね」


「へぇ、そうなんだ」


 マルツちゃんと友達ともだちは、うたがいもせずにうなずいてます。

 こんなこたえでいのかなって思ったけど、どうせみんな妖獣ビルギのことなんてよくらないんだから大丈夫だいじょうぶだよってツクモさんにわれたんです。

 そのとおりでした。


 でもかった。

 みんな、ったことよろこんでくれてる。

 ちょっとうれしいな。

 がんばって決闘けっとうした甲斐かいがあるよ。

 

 あうっ、そうだ。

 うれしがってるだけじゃダメだった。

 ここはいっぺん、おしおきしとかないと。


いたっ!! ――なにすんのぉ!!!」  


 あたまさえるマルツちゃん。

 思いきり脳天のうてんをひっぱたいてやったのです。

 

自分じぶんむねいてみなさぁい……」


「なんのこと、エヴレンちゃん?! そんなこわかおしてぇ!」


「とぼけても無駄むだだよぉ……。訴訟費用そしょうひようのこと、言わなかったよねぇ……」


「だ、だって言ったら、やらないでしょ、だからぁ……」


「――もういっぱぁつ!」


 今度こんどは、おしりにお見舞みまいです。


「やぁんっ! エヴレンちゃんがつってしんじてたから言わなかったの!」  


今回こんかいゆるすけど、つぎはないよぉ、マルツちゃぁん……。また、やったらウズベリにガブガブさせるからねぇ……」


「ごめんなさぁいぃぃ! そのこわかおやめてぇぇ!」


「――ふふふ、これで心置こころおきなく、奉術典礼ほうじゅつてんれいられるわね、エヴレンさん」


「あうっ! そ、そうでした……」


 ベルナ様の言葉ことば現実げんじつ引戻ひきもどされました。

 

 だよね……。

 本番ほんばん奉術典礼ほうじゅつてんれいだった。

 でも心置こころおきなくって……。

 気楽きらくに言ってくれるよ……。


「――フンダお嬢様じょうさま! 一緒いっしょにお屋敷やしきもどりましょう!」


「ついてこないで! 一人ひとりにして!」


 フンダさんが決闘場けっとうじょうからていこうとしていました。

 そのあとをタクムさん達三人たちさんにんっていきます。


「お父上ちちうえっておられます! とても心配しんぱいしておいでですよ!」


「タクムさんの言うとおりです、フンダ様!」


かえりましょう、フンダ様!」


「どんなかおしてお父様とうさまえっていうの! かえれるわけないじゃない!」


「どこにかれるつもりですか?!」


「私の勝手かってでしょ!」


 怒鳴どなったフンダさんは、あたふたしたタクムさんたち引連ひきつれ、ひとごみにまぎれて見えなくなりました。

 

「――あらあら、アカンじょうはヘソげちゃったみたいね。まぁ、あのにはくすりよ。これにりて、すこしは反省はんせいしてもらいたいものだわ……」


 ベルナ様はフンダさんがえたあたりをじっと見つめてます。

 まゆをひそめてしばらなにかをかんがえてるみたいでしたが、くるりとこちらへ振返ふりかえりました。


「――えっとぉ、それじゃこれで、お役御免やくごめんってことね。私このあと用事ようじがあるから、そろそろくわ、エヴレンさん」


「そうですか。今日きょう本当ほんとうにありがとうございました、ベルナ様。いろいろお手数てすうをおかけして、すいません」


「いいの、いいの。あとのことは、カンタルジュ判事はんじまかせてあるから心配しんぱいしないで。――よるにはまた、うらめし屋行やいくから、よろしく」


 ベルナ様はをふりながらはしっていきました。


 そのあと、私たちは押寄おしよせる見物人けんぶつにんをかきわけながら、なんとか決闘場けっとうじょうからの脱出だっしゅつ成功せいこうしたのです。


 おみせへのみちすがら、マルツちゃんと友達ともだち女給姿じょきゅうすがたのジョルジさんにずっと見とれてました。

 ほんと、私なんかよりずっと綺麗きれいで、おとこひとって言われてもしんじられませんからね。

 今度こんどうらめしてねって、にっこりされた男子だんしなんか、顔真赤かおまっかにしてカチカチになってました。


 みんなとわかれて、うらめしもどると休憩時間きゅうけいじかんになってて、居間いまみなさんがあつまっていました。


ったそうだな、エヴレン。おめでとう」


 いつもどおり、やさしいチェフチリク様のこえ

 いた途端とたんなみだ鼻水はなみずがあふれだしてきます。


「あでぃがどうございばふ……」


白獅子しろじしひめだっけ? カッコいいじゃん」


 いつもどおり、意地いじわるわら仮面かめんこえ

 いた途端とたん、イライラがこみげてきます。


「うるざいでふっ!」


 そのとなりで、スケベじいさんが、にやにやしてるのにもムカつきました。


「――でも、無事ぶじでよかったよ」


 にくまれぐちに、ちょっぴりえられるやさしさ……。

 ほんとツクモさんて、ズルいです……。


 づいたらなみだまらなくなって。

 しばらくつづけてしまいました。


 みなさんあきれながらも、やさしく見守みまもってくれてて……。

 ほんわかした時間じかんでした。


 そんなこんなでれてよる営業時間えいぎょうじかんがやってきました。

 店内てんないにぎやかになるとおきゃくさんから、あるうわさこえてきたんです。


「――藩主はんしゅむすめ、ここのエヴレンちゃんに決闘けっとうけただろ」


「ああ、子供こどもみてぇに大泣おおなきしたらしいじゃねぇか、みっともねぇ」


「それでよ、ずかしくなったみてぇで、行方ゆくえをくらましたらしいぜ」


「くらましたって、どういうことだよ?」


決闘けっとうあと屋敷やしきもどってねぇんだとさ。藩主様はんしゅさま半狂乱はんきょうらんになってんだとよ」


 フンダさん、かえってない?

 どこへっちゃったんだろう。

 ちょっと責任感せきにんかんじちゃうよ。


「――どもぉ、こんばんはぁ。今日きょうちゃった」


 片目かためをつぶってベルナ様がご来店らいてんです。


「いらっしゃいませぇ、おちしてましたぁ」


「――いらっしゃいませぇ、ベルナさん」


 ほか接客せっきゃくをしていたユニスちゃんとアレクシアさんも、ベルナ様にづいて笑顔えがお挨拶あいさつします。

 

「さぁて、ぞんぶんにべさせてもらうわよぉ」


 食卓しょくたくについたベルナ様は、早速さっそく品書しながききをります。


「あの、ベルナ様、フンダさんのこと……」


「ああ、お嬢様じょうさま恰好かっこうつかなくて、家出いえでしちゃったみたいね」


大丈夫だいじょうぶなんでしょうか」


平気へいき平気へいき、ああいう手合てあいは、ほっとくのが一番いちばんよ。――それよりも、注文ちゅうもん注文ちゅうもん


「は、はい、どうぞ」


「このてんぷらって、どんなかんじ?」


「えっとですね、さかなにく野菜やさいなんかを小麦粉こむぎこのころもをつけてあぶらげた料理りょうりで、しおとかツケだれをつけてべるんです。これもニホンノトウキョウじゃ人気にんきらしいですよ」


「そうなんだぁ。――じゃあ今日きょうはまず、この“てんぷら定食ていしょく”をもらおうかしら。それと葡萄酒ぶどうしゅもおねがいね」


承知しょうちしました」


 厨房ちゅうぼう注文ちゅうもんとおすと、ツクモさんがまたたてんぷら定食ていしょくつくしてくれました。

 いつみても耶代やしろちからってすごいです。

 すぐさま、完成かんせいしたてんぷらをベルナ様のところへはこびます。


「いやほんと、調理ちょうりはやすぎるわぁ、このおみせ


 わらってごまかしながら、てんぷら食卓しょくたくならべます。


「へぇ、これがてんぷら? ――なんだか綺麗きれいなお料理りょうりねぇ。それににおい。ゴマあぶらげてるのね」


「ええ、そうなんです。あじ美味おいしいですよ。――それじゃ、ごゆっくり」


「あっ! って、エヴレンさん!」


「は、はい、なんでしょう?」


「ちょっと、おねがいがあるんだけどぉ」


「あっはい、なんでも言ってください。ベルナ様のおねがいなら、どんなことだってやらせてもらいます。もちろん、私にできることならですけど」


 ベルナ様には、お世話せわになりっぱなしですから。


「あら、ありがとう。――じゃあ、そばにてくれる」


「はい」


「天ぷらの説明せつめいしてしいのよ。えーと、この野菜やさいなにかしら?」


「オクラですね」


「ふぅん、そうなんだぁ」


 そこでベルナ様はまわりからは聞取ききとれないくらいの小声こごえになりました。


「――藩主はんしゅが私に見張みはりをつけてるの。きゃくまぎれてみせのどこかにいるわ。あいつらにかれるとまずいから、てんぷらの説明せつめいでごまかして、必要ひつようなことは小声こごえはなすわね」


「は、はい」


 藩主はんしゅ見張みはりを?

 そっか応護主教様おうごしゅきょうさまだもんね。

 くに重要人物じゅうようじんぶつだから、見張みはりつけられても不思議ふしぎじゃないか。


「じゃあ、こっちの野菜やさいは?」


「えっと、ナスですね」


「――明日あしたばん、このみせにイドリスがるのよ」


「えっ、イドリスって、あの英雄えいゆうイドリスですか?!」


 ベルナ様にわせて、私も小声こごえにします。


「うん、そう。じつはここで約束やくそくしてたんだけど、このあいだけんかおバレしちゃったじゃない。だから直接ちょくせついにくくなっちゃって。――ああ、ナスね! 私、ナスきなのよぉ!」


 てんぷらでかくすようにして食卓しょくたくに、そっと封筒ふうとうかれました。


「彼がたら、これをわたしてしいの」

 

「これって?」

  

内緒ないしょなんだけど、恋文こいぶみよ、恋文こいぶみ


「えっ、恋文こいぶみっ!」


 おどろいてもどっちゃいました。

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