第93話 エヴレン・アヴシャル‹10›

かいわたしたちのあいだにメトディクさんがち、右手みぎてげてたからかに宣言せんげんします。

 

一昨日いっさくじつ当裁判所とうさいばんしょたい提訴人ていそにんフンダ・アカンによる決闘けっとう申請しんせいがなされた。さらに決闘指定日時けっとうしていにちじ受訴人じゅそにんエヴレン・アヴシャルが決闘指定場所けっとうしていばしょあらわれたことで、受訴人じゅそにん決闘裁判けっとうさいばん受諾じゅだくしたとみなされた。要件ようけん充足じゅうそくしたため、現時点げんじてんをもって当該申請とうがいしんせい受理じゅりされ、有効ゆうこうとなった。よってこの決闘けっとうは、ザガンニン区本年度第くほんねんどだい4ごう決闘裁判けっとうさいばん認定にんていされ、記録きろくされる。施行基準しこうきじゅん準級じゅんきゅうとし、勝敗しょうはい判事はんじ評価ひょうかにより裁決さいけつされる……」


 メトディクさん、むずかしいことをあんなにスラスラえるなんて、さすが判事はんじさんです。


「――判事はんじ、メトディク・カンタルジュ。提訴人ていそにん、フンダ・アカン。提訴人側介添人ていそにんがわかいぞえにん、タクム・テラシチュ。受訴人じゅそにん、エヴレン・アヴシャル。受訴人側介添人じゅそにんがわかいぞえにん、ベルナ・タニョ。両介添人りょうかいぞえにん身分みぶん身分証みぶんしょうにより確認済かくにんずみである。提訴人側訴求事項ていそにんがわそきゅうじこう受訴人じゅそにんもつ奉術典礼ほうじゅつてんれいにおける試合しあい出場権しゅつじょうけん受訴人側訴求事項じゅそにんがわそきゅうじこう提訴人ていそにん受訴人じゅそにんたいする今後一切こんごいっさい不干渉ふかんしょう。なお決闘裁判後けっとうさいばんご決闘けっとうかんする抗告こうこくは、いかなる場合ばあいにも受理じゅりされない……」


 でも、むずかしすぎてあたまはいってこないよ。

 ポカンとしていると、うしろろにいるベルナさま要点ようてんおしえてくれました。


むずかしいわよね。ほとんどながしていいけど、肝心かんじんなのは施行基準しこうきじゅん準級じゅんきゅうってことかしら。――決闘裁判けっとうさいばんには正級せいきゅう準級じゅんきゅうがあってね。正級せいきゅうは、まさにいのちのやりとりのこと。どちらかが戦闘不能せんとうふのうになるまでつづけられるの。でも準級じゅんきゅうは、このまま続行ぞっこうすればいのち危険きけんまたは身体からだ重大じゅうだい損傷そんしょうしょうじる場合ばあい判事はんじ判断はんだん決闘けっとう中止ちゅうしして勝敗しょうはいめることができるの」


「そうなんですか。こんなことしたことなくて……」


「まあ、普通ふつうらしをしてるひとにとったら、決闘けっとうなんてくだらないとおもうわ。申込もうしこまれても無視むししてげちゃうのが得策とくさくよ。げれば不名誉ふめいよってことで、官吏かんりなんかには出世しゅっせさまたげになるけど、そんなの庶民しょみんには関係かんけいないもの」


 あうっ……。

 そ、そうだったんだ……。


「きのうおしえてくれれば、やめてましたよ。いまになってそんな……」


 ちょっとムカつきました。


「ごめんなさい、あなたのちからてみたかったのよ。あのヤスミンさんがたたか相手あいてだもの。興味きょうみがわいちゃって」


 バツがわるそうにしたすベルナ様。

 マルツちゃんとおんなじで、このひとも、面白おもしろがってるがするな。


 でも、このたくさんの見物人けんぶつにんを思えば、仕方しかたないのかも。

 決闘けっとう見世物みせものなんだ。

 私は見世物小屋みせものごや珍獣ちんじゅうわらないんだ。

 

庶民しょみんにとったら裁判費用さいばんひようたかいしね。まあ、けたほうはらうことになるから、てばいいんだけどさ」


 ゔぇっ!


「い、いかほどでしょう……?」


金貨きんか30まいだったかな」


「あうっ!! き、金貨きんか30まい!!!」


 あわわわっ!

 これも初耳はつみみだよっ!

 だれも、そんなことわなかったぞ!

 霊龍れいりゅう様達さまたちわすれてたのかもしれないけど、マルツちゃん、なんでおしえてくれなかったのさぁ!


 キッとしてマルツちゃんをにらみつけました。

 でも彼女かのじょ片目かためをつぶって親指おやゆびててます。

 あれって、まさか……。


 ワザと言わなかったなぁぁぁっ!!!


 言ったらやらないとおもったんだっ。

 やっぱり面白おもしろがってる。


 わったら、ひっぱたく!

 おもいっり、ひっぱたく!

 決定けってい

 

 あううぅっ……。

 金貨きんか30まい……。

 また借金しゃっきん……。

 あっちも借金しゃっきん、こっちも借金しゃっきん……。

 私の人生じんせい借金しゃっきんまみれ……。


 なにさ……。

 なによ……。


 ちっく、しょぉぉぉぉぉっ!!! 


 絶対ぜったいけないんだからっ!

 借金増しゃっきんふやしてなるものかっ!


「――ちょっと、エヴレンさんっ、エヴレンさんっ。ねぇ、いてる?」


「あっ、ごめんなさい」


判事はんじから、介添人かいぞえにん退去命令たいきょめいれいがでたわ。私はそとにでるからね。はじめの合図あいず決闘開始けっとうかいしよ。――応援おうえんしてるから。ってね」


「はい、ありがとうございます」


 二人ふたり介添人かいぞえにん決闘場けっとうじょうそとるのを見計みはからって、メトディクさんが私とフンダさんに距離きょりをとるように指示しじしました。

 私たちはたがいにをそらすことなく、ゆっくりとあとずさりします。

 そして、ある程度ていど距離きょりいたところであしめました。


 まわりからおとがなくなります。

 きゅう心臓しんぞうがドキドキしてきました。

 手足てあしふるします。

 さっきまでなんともなかったのに……。

 

 がんばっていっておくしてくれた、うらめしのみんなのかおこころかんで。

 もしけたらみんな、どう思うんだろうってかんがえたらふるえがて。

 うであしをさすって、めようとしたんですがダメでした。

 それどころかひどくなっていきます。


 いまさら、そんなことかんがえても、しょうがないのに。

 ホント、ダメダメだな私って……。

 でも、どうしよう……。

 

 ふいに、ほっぺたをチロッとめられました。

 そしてニャウって。


 ウズベリが私をつめてます。

 ぼくがついてるから大丈夫だいじょうぶだよって……。

 綺麗きれい碧色へきしょくひとみを見たら、すうっとちからけてふるえがまりました。


「ウズベリ、いつもありがとね……」


 ウズベリは、いつだって私のことをまもってくれて、はげましてくれて……。

 なんだかなみだが出そうになるけど、いまはダメ。

 くのはってからだよ。

 

 メトディクさんが交互こうごに私たちの様子ようすたしかめます。

 そしてついに、げていた右手みぎてろし、するどこえげたのでした。


開始バシュラユン!」


 はじまるやいなや、フンダさんがさけびます。


「ケセクヴェリ!」


 守護天使コルユジュメレク頼号バシュカアドとともに、フンダさんの頭上ずじょうそらからしろ光柱こうちゅうりてきました。

 光柱こうちゅう地上ちじょうについてすぐ、白いもやわり、さらにつぎ瞬間しゅんかんには羽根はねった人型ひとがたになっていました。


 あたまとがった細長ほそなが三角形さんかくけいかおひたいからびる触角しょっかく、顔の側面そくめんについたおおきな

 ただ、くちひとわりありません。


 そして背中せなかには細長ほそながつるぎのような二枚にまい羽根はね

 これらが、たくましい男性だんせい身体からだについているのです。

 おおきさは人の二倍にばいほどで、フンダさんのあたまのすぐうえかんでます。


 まさに、むしひとざった姿すがたです。

 あのかお蝗虫こうちゅうでしょう。

 子供達こどもたちが、キチキチバッタってぶヤツです。

 

 ただ、天使様てんしさま実体じったいはありません。

 極言きょくげんするなら天使様てんしさまとは、しろもや出来でき幻影げんえいなのです。


屹牆きっしょう!」


 また、さけぶフンダさん。

 すると彼女かのじょ周囲しゅういしろ透明とうめいひかりかべができあがりました。


 結界けっかい上位魔導じょういまどう屹牆きっしょうです。

 屹牆きっしょうかべはフンダさんを中心ちゅうしんとした円周上えんしゅうじょいうきずかれてます。

 透明とうめいしろ円柱えんちゅうなかにいるってかんじです。

 

 こっちもはらをくくります。


「ウズベリ、いくよ」


 ウズベリはかたから飛降とびおり、大地だいちちました。

 そしてもと姿すがたもどります。

 

「何だ、あれ! 大きくなったぞ!」


「あんな締盟ていめいじゅつはじめて見たわっ!」


「あれって、獅子ししだよね?!」


「とっても綺麗きれい

 

 おどろいてる見物人けんぶつにん

 ウズベリのしん姿すがた、それは……。


 身体からだいろあおからしろへ。

 たてがみいろみどりに。

 大きさは、以前いぜんの3ぶんの1ぐらいに。。

 当然とうぜん凶猛きょうもうだったきば身体からだにともなってちぢんでしまいました。


 筋肉きんにくモリモリのゴツいおじさんが、すらっとして精悍せいかん美青年びせいねんわったってかんじ。

 もう牙獅子コカスランという名前なまえ相応ふさわしくありません。

 “白獅子しろじし”ってったほうがいいです。


 これなら、あの魔獣まじゅうおなじだっておもう人は、いないでしょう。

 ただ、ひとみいろだけは、うつしい碧色へきしょくのままです。

 そこはちょっとうれしいな。


 もちろん周囲しゅうい威圧いあつする猛々たけだけしさもありません。

 外見がいけんだけでフンダさんを降参こうさんさせる計画けいかく台無だいなしとなりました。

  

 フンダさんも、大きくなったウズベリにおどろいてましたが、すぐに取直とりなおしたようです。

 右手みぎて人差ひとさゆびを私にけました。

 指先ゆびさきあおかがやき、茶色ちゃいろたまんできます。

 四冠ケセド土魔導どまどう土弾どだんです。


 土弾どだん連続れんぞくして5はつ発射はっしゃされました。

 私の結界けっかいなら5はつもくらえば、限界げんかいえて使用不能しようふのうになっていたでしょう。

 でも、相手あいてはウズベリ。

 四冠ケセド魔導まどうなんて、かいさないのです。


 んできた土弾どだん前脚まえあしすべたたつぶしてしまいました。

 さすが侃妖獣アシルビルギ

 結界けっかいさえ使つかいません。


 愕然がくぜんとしてるフンダさん。


 なんかスカッとするね。

 ずいぶん馬鹿ばかにされたからなぁ。

 今度こんどは、こっちのばんだね。

 みどりたてがみゆびでくしけずりながら、私はウズベリのみみにささやきました。


「ウズベリ、天使様てんしさま屹牆きっしょうこわせる? こわせれば、そこで決着けっちゃくがつくと思うの。こんな決闘けっとうはやわらせたいんだ。――あっ、でも凄冱遏ドンムシャルマクはダメだよ。見物人けんぶつにんまでこおっちゃうからね。」


 わかったよってかんじでボフッとくウズベリ。

 しろ身体からだあおかがやはじめます。

 フンダさんのかおあおざめていきます。


 やっぱりウズベリがこわいんだよね。 


 咆哮ほうこうするウズベリ。

 同時どうじ大人おとな背丈せたけぐらいの竜巻たつまきまれます。

 はげしく渦巻うずま竜巻たつまきはフンダさんにかって突進とっしんしました。


 竜巻たつまきにはするどこおり欠片かけらじってます。

 以前いぜん、アティシュリ様に使つかったわざですが、威力いりょくちがいます。

 格段かくだんつよくなってるのです。

 

 竜巻たつまき地面ぢめんふかえぐり、その周囲しゅういこおりつかせながら屹牆きっしょうにぶつかりました。

 両者りょうしゃはげしくせめぎい、こおりつぶをまきらします。

 ちかくの見物人けんぶつにんんできたこおりおどろき、歓声かんせいげました。


 もちろん、この程度ていど屹牆きっしょうやぶれません。

 でも、それでいいのです。

 ウズベリは、この竜巻たつまき屹牆きっしょう防御力ぼうぎょりょく見切みきったのでした。

 本当ほんとう攻撃こうげきは、これからなのです。


 ウズベリは、おかえしとばかりに竜巻たつまき連発れんぱつします。

 そのかず、30以上いじょう

 それを率導テシュヴィクあやつります。

 いつのまにか屹牆きっしょう竜巻たつまき大群たいぐんにとりかこまれていました。


 そして……。

 ウズベリは、ふたたてんかって咆哮ほうこうします。

 するとすべての竜巻たつまき一斉いっせい屹牆きっしょうへぶつかっていったのでした。


 全方位ぜんほういから竜巻たつまきをぶつけられた屹牆きっしょうかたちゆがませながらも、しばらくはちこたえていました。

 だけど、限界げんかいおとずれます。

 すべての攻撃こうげき無効むこうにするはずのしろ障壁しょうへきは、ガラスがくだけるように崩壊ほうかいするとしろもやわり、えていったのでした。

 

 呆然ぼうぜんたたずむフンダさん。

 今起いまおこったことがしんじられないんでしょう。

 きそうなかおでケセクヴェリ様をあおぎ、ささやきました。


「なぜ、こんなことをゆるされるのですか……?」


 蝗虫こうちゅうかおをしたケセクヴェリ様の表情ひょうじょう読取よみとれません。

 でも、フンダさんを見下みおろしながらくびられたのでした。

 残念ざんねんだって言ってるみたいです。

 そして唐突とうとつに、ふわっとしろもやへともどり、あおそら吸込すいこまれるようにてんへとかえっていかれたのでした。


 屹牆きっしょうが、いかに強力きょうりょく防御ぼうぎょほころうとも、限界げんかいはあります。

 第一圏層天使プラタマメレイ様のちから上回うわまわ攻撃こうげきくわえられれば、崩壊ほうかいしてまうのです。

 つまりウズベリは、第一圏層天使プラタマメレイ様よりつよいってことになるのです。  


 見物人けんぶつにん唖然あぜんとしてます。

 天使様てんしさま屹牆きっしょうこわされたはなしなんていたことありませんから。

 しんとしずまりかえるなか、あちこちから、ひそひそばなしこえてきました。


「おい、マジかよ……。ありえねぇだろ」


天使様てんしさま屹牆きっしょうが、こわされるなんて……」


はじめてたぜ」

 

魔獣まじゅうたおしたってのは、やっぱり本当ほんとうだったんだな」


天使様てんしさまかえっちゃったんだ」


「あきれたつよさだ」


「見たはヘッポコなのによぉ」


「ヘッポコはひどいわよ。でもまあ……、よわそうよね」


「このさいだからよ、いさましいふたでもつけてやればいいんじゃねぇか」


「そりゃあいい」


 これを皮切かわきりに見物人けんぶつにんあいだで、私のふたをどうするかの議論ぎろんはじまったのです。

 ほんと、余計よけいなお世話せわだよ。


魔獣殺まじゅうごろし、なんてどうよっ?」


「ありふれてるわ」


「――“白獅子ひろじひひめ”なんてのは、どうかのう?」


「おおっ、いじゃねぇかじいさん」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ……」


 あれっ?!

 ルゥタル先生……。

 いつのまに……。

 ジョルジさん以外いがいだれないでってったのにぃ……。


白獅子しろじしひめ、エヴレン……。素敵すてきじゃない?」


つよそうだし、威厳いげんもあるな」


「――よしっまりだっ! 白獅子しろじしひめ、エヴレンでいくぞぉっ!」


 て、待て、待てぇいっ!

 何が、いくぞぉっ、だよ!

 勝手かってめるなぁっ!!!


「おぅっ!!!」


 あうっ!

 みんな、こぶしげて同意どういしてる……。


白獅子しろじしひめ、エヴレン! 白獅子しろじしひめ、エヴレン!……」


 いつのまにか大合唱だいがっしょうです。


 あうっ。

 ひめって。

 なんておおげさな。

 かおからそうだよ。


 ずかしいっ!

 あのスケベじじぃ、絶対許ぜったいゆるさん!


 「――まだけていませんわぁぁっ!!!」


 絶叫ぜっきょうするフンダさん。

 しずまる見物人けんぶつにんたち。


 さけんではみたもののフンダさんの身体からだはガクガクふるえています。

 だけどふるながらも、彼女のこしげていたけん抜放ぬきはなったのでした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る