第92話 エヴレン・アヴシャル‹9›

「ごちそうさまぁ!」


 にこにこしたあかがおのベルナさまが、挨拶あいさつしにてくれました。

 おさけはいって、かんじに仕上しあがってるみたいです。


「いやぁ、美味おいしかったなぁ! さすが、うらめし! すごっ、うまっ、が怒涛どとうのように押寄おしよせてきたわっ! とくにあの鳥肉とりにく焼物やきもの! あれ、最高さいこうね!」


「ああ、鳥肉とりにく照焼てりやきですね」


「そうそう、こうばしくって、甘辛あまからくって……。あんなあじはじめてよ。照焼てりやきかぁ、おいしかったなぁ……」


「ええ、わたし大好だいすきなんです。料理長りょうりちょうさんの故郷こきょうであるニホンノトウキョウでも人気にんきのお料理りょうりだとか」


「へぇ、ニホンノトウキョウかぁ、ってみたいわねぇ。きっと美味おいししいものが一杯いっぱいあるにちがいないわぁ」


 したなめずりをするベルナさま

 はなしてるうちに私も照焼てりやきべたくなりました。

 つぎのまかないにしてくれるようツクモさんにおねがいしなくっちゃ。

  

「――ところで、エヴレンさん。さっきがついたんだけど」


 真顔まがおになるベルナ様。


くに問題視もんだいししていた魔獣まじゅうたおして、今度こんど奉術典礼ほうじゅつてんれい試合しあいするひとも、あなたとおな名前なまえなんだけど……。まさか本人ほんにんじゃないわよねぇ……?」

 

 ずかしくてほほあつくなりました。


「あうっ……、わ、私です……」

 

「ええっ、本当ほんとにっ! あなたがそうなのぉ! 茸狒チャルマイムンみたいな、筋肉きんにくモリモリでゴツい女性じょせいだっていううわさだったけど……。こんな華奢きしゃおんなだったなんて……」


 ベルナさん、くちをあんぐりしてます。

 

「人はかけによらないものねぇ。――でもすごいわ。あの魔獣まじゅうたおすなんて。くに討伐部隊とうばつぶたい派遣はけん検討けんとうはじめたとこだったのよ」


私一人わたしひとりちからじゃないんです。助力じょりょくしてくれたのがすご人達ひとたちだったんです」


「だとしてもすごいわよ。ヤスミンさんも油断ゆだんできないわね」


「えっ、もしかしてヤスミンおねぇちゃんのことってるんですか?!」

 

「お姉ちゃん? まさかいもうとなの?」


「いいえ、子供こどもころしたしくしてて。そのときのかたなんです」


「あら、そうなの。じゃあ、幼馴染おさななじみってわけね。――じつは私がザガンニンに理由りゆうはね、今度こんど奉術典礼ほうじゅつてんれい無事ぶじ開催かいさいされるのを見届みとどけるためなのよ。ホントならヤスミンさんと一緒いっしょるはずだったんだけど、評判ひょうばんのうらめし料理りょうり堪能たんのうしたくて、無理言むりいって一人ひとりはやめにちゃったんだ」


 ベルナ様は片頬かたほほをぷっとふくらませます。


「ヤスミンさんもさそったんだけどねぇ……。私は計画けいかくしたがって行動こうどうします、ってすっぱりとあしらわれちゃったわ。――あのってむかしから、ああだったの? ほんと、なんか無感情むかんじょうっていうか、つめたいっていうか……。わらってるところを見たことないんだけど……」


「そ、そんなことないはずですけど……」


 子供こどもころは、したしみやすくて、よくわらってたのに……。

 どうしちゃったんだろう……。


「ヤスミンさんは三日後みっかごにザガンニンにるわ。多分たぶん教会きょうかい逗留とうりゅうするから、いに行ったらいいわよ」


「は、はい……」


 三日後みっかごに、おねぇちゃん、るんだ……。

 もしいにいったら、なんうだろう……。

 つめたくされるかな、それとも怒鳴どなられる?

 なんか、すごくこわいよ……。


「さてと、そろそろかえるわね。でも、明日あしたよるるわよぉ。ここにいるあいだに、うらめし料理りょうり全部征服ぜんぶせいふくしてみせるから!」


 かおまえこぶしにぎりしめるベルナ様。

 えてます。


 あうっ!

 そうだっ!

 明日あしたっ!

 おもしたよっ!


 かえろうとするベルナ様のうでにすがりつきました。


「す、すいませんっ!」


「どうしたの!」


 怪訝けげんな顔のベルナ様。

 でも、引下ひきさがるわけにはいかないのです。 


「ベルナ様、おはなしがあるんです!」


 ダメもと決闘けっとう介添人かいぞえにんになってしいっておねがいしました。


 裁判所さいばんしょは、とっくにまっちゃってます。

 ただ、朝一番あさいちばんに行けばなんとかうかもしれません、

 けど、紹介しょうかいできる人がいなかったら……。


 そこでわりです。

 けが確定かくていして、学校がっこうをやめさせられます。

 それはけないと。

 なのでいまできる最善さいぜん方法ほうほうをとらなきゃです。


決闘けっとうって、相手あいてだれなの?」


「フンダ・アカンさんです」


 まるくするベルナ様。


「それって、藩主はんしゅむすめってこと……?!」


「はい……」


「なんでまた、そんなことになっちゃったの?」


 フンダさんとの一部始終いちぶしじゅうをベルナ様におはなししました。


「はぁ、まったく……、あのむすめは……。“へびへび”とはよく言ったものね。権威主義的けんいしゅぎてきなとこ、父親ちちおやそっくりだわ。ろくなことしないんだから……」


 かたをすくめるベルナ様。

 どうやら藩主はんしゅさんも、厄介やっかいな人みたいです。


「わかったわ、そういうことなら、介添人かいぞえにん引受ひきうけるわよ」


 にっこりするベルナ様。

 この笑顔えがおいやされます。


「ほ、ほんとですかっ! ありがとうございますっ! たすかりましたっ!」


「もちろん、やるからにはつのよね?」


「はい、退校処分たいこうしょぶんだけは絶対ぜったいイヤですから」


「ふふふ、魔獣まじゅうたおしたあなたの実力じつりょくが見られるのね。とってもたのしみだわ」


「そんな……、ずかしいです……」


 そのあと決闘けっとう時刻じこく場所ばしょ確認かくにんしたベルナ様は、元気げんきよくって、みせていかれたのです。


 ホッとしてけました。

 でも、まだ仕事しごとのこってます。

 きすぎないようにしないと。


 だけど……。

 三日後みっかご……。

 ホント、どうしよう……。

 

 介添人かいぞえにんのことが解決かいけつしたばかりなのに。

 なんか、のろわれてる?

 ああっ、天使様てんしさま、私はどうすればいいのでしょう……。

 

 なやみながらも、無事今日ぶじきょう仕事しごとえられました。

 色々いろいろあってクタクタだけど、ウズベリのことをわすれちゃいけません。

 様子ようすを見に居間いまへ行ってみました。

 仕事前しごとまえとあまりわらないように見えます。


 あれっ、でも……。

 なんか身体からだいろうすくなったかな……。

 のせい?


 まあ明日あしたになればわかるでしょう。

 おやすみって言って、あたまでてあげました。


 お風呂ふろはいり、寝床ねどこにつきます。

 つかれているはずなのに、なかなかつけません。

 子供こどもころおもが、あれこれとあたまかんで……。


 たのしかったこと、かなしかったこと、うれしかったこと、つらかったこと……。

 どの思い出にも、おねぇちゃんがいて……。

 もう私の一部いちぶっておもえるぐらい……。

 

 自然しぜんなみだがあふれてきます。

 何度なんど寝返ねがえりをうってると廊下ろうかから怒声どせいこえてきました。


「ツクモ! かくれても無駄むだじゃ! われだましたつみわすれてはおらんだろうなっ!」


 ヤムルハヴァ様が、おもどりになったようです。

 となり部屋へやとびらひらいて、ツクモさんのこえこえました。


「ど、どうもぉ、ヤムルさぁん。お元気げんきそうで、なによりでぇす」


「ツクモ……。ようもわれからちからうばえたものよ。覚悟かくごはできておるのぅ?」


「いやだなぁ、覚悟かくごだなんて。――ってますぅ? 耶代やしろなかじゃ、ぼくたいする攻撃こうげきすべ無効むこうになるって」


なんじゃと?!」


「あはっ、らなかったでしょ。だから、つみとかばつとか一旦いったんわすれましょうよ。ねっ? ねっ?」


「ちっ、おのれのそのかんじ、またからぬことをたくらんでおろう?」


「そんなことありませんって。ただ、あたらしく耶代やしろ出来できたヤムルさんのお部屋へやを見てしいなって思ってるだけです」


われ部屋へやじゃと?! ――そうえば姉様達あねさまたちも、ここに自身じしん部屋へやっておられたな。つまり盟友登録めいゆうとうろくとやらをすると、耶代やしろにそのもの部屋へやができるというわけか……」


「さすが、ヤムル様。さっしがいい」


「ふん、つまらん部屋へやをもろうたところでわれいかりはおさまらんぞえ」


「まあまあ、とにかくなかを見てくださいよ。ヤムル様のために飾付かざりつけをしたんですから」


飾付かざりつけとな? ――くだらんことをしておったら、部屋へやごとぶちこわしてくれる」


「はい、はい、わかりましたから、とにかく、どうぞぉ」


「――みゅみゅっ!? かべ寝台しんだい窓掛まどかけも、みんな水色みずいろじゃ! しかも、なんとうつくしい! われ様々さまざまためしてみたが、こんなあわいろはじめてた……」


「ヤムルさん、水色好みずいろすきですもんねぇ。自分じぶんいろでもあるでしょ。だからこれにしたんです。ニホンノトウキョウじゃ、パステルカラーって言うんですよぉ」


「うぬっ……、だが、まだじゃ。この程度ていどでは……」


「じゃあ、これ、どうすかぁ?」

 

「みゅみゅみゅみゅっ!! なにこれぇ! かぁいいっ♡! あっ、こっちも、かぁいいっ♡! すっごい、すっごいよぉ♡!!」


 わぁた、ヤムルハヴァ様のアニメごえ

 ツクモさんからいたんですが、ニホンノトウキョウでは、ちっちゃなみたいにカワイイこえのことをアニメごえっていうらしいです。


「どうですぅ? りましたぁ?」


「もうっ、ちゅき、ちゅきぃっ! あか上着うわぎ黄色きいろくまさんも、おひげがピンとしたはな黄色きいろねこさんもいいけど、とくにこのあお花柄はながらふくのウサギさんっ! かぁいいよぉっ♡! くちがバッテンなとこが、ちょうかぁいいっ♡!!」

 

全部ぜんぶ、ニホンノトウキョウで人気にんきのぬいぐるみなんです」


「みゃーっ♡! みゃーっ♡!」


「どうでしょう、これで今回こんかいのことはゆるしてもらえないかとぉ……」


「――うぬっ、うぬぬっ! 小癪こしゃく耗霊もうりょうめ。さかしらな使つかいおって……」


「もしゆるしていただけないなら、とりま、ぬいぐるみたち倉庫そうこにしまってぇ……、部屋へやいろもともどしてぇ……」


「ええいっ! わかった! これで今回こんかいけんゆるしてやるっ! だから部屋へやもぬいぐるみも、このままにせよっ! よいなっ!」


「さすがヤムル様! うつわおおきい!」


「ちっ、この詐欺師さぎしめっ! つぎは、こうはいかんからなっ!」


 ぷぷぷぷっ。

 ヤムルハヴァ様って、なんか可愛かわいい。

 ぬいぐるみ、おきなんですねぇ。


 それにしても、ツクモさん、さすがというか、悪賢わるがしこいというか……。

 霊龍れいりゅう様を手玉てだまっちゃうんだから。

 私もをつけないと。

 でも、二人ふたりのやりとりをいてて、なんか気持きもちがらくになったよ。


 おかげで、いつのまにかねむってしまい、あさまでぐっすりでした。

 そして、とうとう決闘けっとうたのです。


 ツクモさんが、おひるのまかないにつくってくれた鳥肉とりにく照焼てりやきをもりもりべた私は、足取あしどりもかるきた城門じょうもんそばにあるはやしへとかったのでした。

 一緒いっしょ女給姿じょきゅうすがたのジョルジさんがきてくれました。

 何かあったときのためにってツクモさんにたのまれたみたいです。


 そして、かたうえにはもちろんウズベリがいます。

 今朝けさ、なかなかきないわたししたでペロペロしてこしてくれたのでした。

 大分変だいぶかわってて、こされたとき、ウズベリだってわかりませんでした。

 けど、目をましてくれてホントかった。


 はやしなかにある空地あきちにたどりくと、そこにはもうたくさんの見物人けんぶつにんあつまっていました。

 見物人けんぶつにんあいだから、がんばってぇって声援せいえんこえます。

 こえほうを見るとマルツちゃんと学校がっこう友達ともだちです。

 笑顔えがおをふりました。


 反対側はんたいがわにはチメンさんとヨスンさんもいました。

 ものすごい形相ぎょうそうで私をにらんでます。

  

 さらにおくほうには校長先生こうちょうせんせい副校長先生ふくこうちょうせんせい、そしてサメトくん姿すがたもありました。

 きっと私のちからが、どの程度ていどなのかたしかめにきたんでしょう。


 空地あきち円形えんけいをしていて、その中央ちゅうおうに4人の人物じんぶつがいました。

 一人ひとりはもちろんベルナ様。

 ベルナ様とはなしているのは、黒いジュペをた、しゃきっとしたおじいさん。

 そしてフンダさんとたよりなさそうな青年せいねんです。


「――じゃあ、ってきます」


「オラ、ここで応援おうえんしてますからぁ。ぃつけてぇ」


 心配しんぱいそうなジョルジさん。

 大丈夫だいじょうぶですよってむねたたいてみせました。

 空地あきち中央ちゅうおうちかづいていくと、ベルナ様がってきてくれました。


 のこりの三人さんにんも私に視線しせんけます。

 おじいさんは、にこにこ、フンダさんは、いらいら、青年は、おどおど、ってかんじです。

 

「――エヴレンさん、昨日きのう、ちゃんとねむれた?」


 ベルナ様、なんだかたのしそうです。


「はい、もうぐっすりで。ウズベリにこされちゃいました」 


「あらっ、そのがウズベリってこと?」


 ウズベリがニャフって返事へんじをしました。


「ふふふ、あなたの締盟ていめいじゅうね。じゃあエヴレンさんは締盟ていめい術師じゅつしってわけね」


「あはっ、もとちがうんですけど、いろいろあって締盟ていめい術師じゅつしにされちゃったのです」


「なんだか事情じじょうがありそうね。あとでかせてもらおうかしら。――おっと、こんな場合ばあいじゃなかったわね。紹介しょうかいしとかなくちゃ」


 まず、しゃきっとしたおじいさん。

 この人は今日きょう決闘けっとう判事はんじさんで、お名前なまえはメトディクさんです。

 ちなみに正主教様せいしゅきょうさまです


 そしてフンダさんと一緒いっしょにいたたよりなさそうな人。

 はん書記官しょきかんをしているタクムさんです。

 もちろんフンダさんの介添人かいぞえにんです。


「まさか、タニョ家とつながりがあるなんてね。――あなたを見損みそこなっていたようだわ」


 にくらしげなフンダさん。

 ふふぅん、ちょっと優越感ゆうえつかんだね。


 でもフンダさん、なんかおとなしい。

 アゴをげたかんじがないよ。

 ベルナ様がいるせいかも。

 なにせ13枢奥卿家すうおうきょう応護主教様おうごしゅきょうさまだもんね。


 紹介しょうかいわると、かまえていたようにまちから8こくらせる時鐘じしょうおとこえてきました。

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