第91話 エヴレン・アヴシャル‹8›

「おいっ! 責任者せきにんしゃせ、責任者せきにんしゃをっ!」


 アレクシアさんのこえかぶせるように、けわしい怒鳴どなごえこえてきました。

 ルゥタル先生せんせいゆるしをもらい、いそいで廊下ろうかへ出てみます。


自分じぶんがここの店長てんちょうだが、何事なにごとかな?」


 チェフチリクさま廊下ろうか入口いりぐち二人ふたり人物じんぶつ対峙たいじしていました。

 左右さゆうにユニスちゃんとアレクシアさんもいます。


 二人のうち、一人ひとり白髪頭しらがあたま気弱きよわそうな初老しょろうおとこ、もう一人は眉毛まゆげふとくてかお暑苦あつくるしい中年ちゅうねんおとこです。


 いつもにぎやかな食堂しょくどうしずまりかえり、お客さんの視線しせんが、全部ぜんぶそこにあつまっていました。

 いそいでユニスちゃんのとなりきます。

 アレクシアさんとユニスちゃんは、チェフチリク様のよこ三角さんかくにして男達おとこたちにらみつけてました。

  

「このみせでは料理りょうりに、こんなものをれるのかっ!」


 暑苦あつくるしい中年男ちゅうねんおとこ怒鳴どなりながら、ゆびでつまんだものをチェフチリク様につきつけます。

 それは大人おとな中指なかゆびぐらいあるムカデでした。


「ふむ、これはムカデだな?」


 チェフチリク様は興味深きょうみぶかそうにムカデをつめています。

 赤紫色あかむらさきいろをしたムカデは、もうんでるみたいですが、あまりに毒々どくどくしいのでした。


「そうだっ! これがこちらの紳士しんし料理りょうりはいっていたのだっ!」


 白髪頭しらがあたまの男はまゆをひそめてうなずきます。


「それはおかしいな。自分じぶんつく料理りょうりほか生物せいぶつはいるはずはないのだが……」


 くびをひねるチェフチリク様。

 大抵たいていものは、霊龍れいりゅう様をおそれてちかづきませんから、料理りょうりはいるわけがないのです。

 だけど中年男ちゅうねんおとこは、その態度たいど一層いっそうこえあらげました。


とぼけるなっ! これは由々ゆゆしき事態じたいなのだぞっ!」


なにかの間違まちがいではないか」


「ちっ、このままではらちがあかんな」


 一向いっこうみとめないチェフチリク様にごうやしたのか、中年男ちゅうねんおとこふところから黒銀色くろぎんいろ六角形ろっかっけい身分証みぶんしょう取出とりだしました。


わたしはザガンニンの二番警備隊隊長にばんけいびたいたいちょうアディリク・ベジェリクシスだ。周知しゅうちとおり、警備隊けいびたいはザガンニンの公衆衛生こうしゅうえいせい取締とりしまりもおこなっている。――このような事態じたいきたからには、藩庁はんちょう報告ほうこくし、このみせ営業停止えいぎょうていし措置そちすことになるだろうな」

 

何言なにいってんのっ! ばっかじゃないっ!」


 キレるユニスちゃん。


「ふん、きゃくへの対応たいおう問題もんだいありだな。これも報告ほうこくするぞ。停止期間ていしきかんがよりながくなるだろう」


 ユニスちゃんを、あざわらうアディリク隊長たいちょう


営業停止えいぎょうていし、それはこまるな。――ふむ、そうだ……」


 チェフチリク様は、はめていた指輪ゆびわ抜取ぬきとり、隊長たいちょうに見せました。


「これでなんとかならんかな」


「なんだ、その指輪ゆびわは?」


「これは私の友人ゆうじんがタニョ縁者えんじゃをキュペクバルからすくったときにもらったものだ」


 ユニスちゃんたち救出きゅうしゅつしたとき、一緒いっしょにタニョかたもいたとかで。

 そのときのおれいにヒュリアさんがもらったのが、あの指輪ゆびわだそうです。


「タ、タニョだと! ふざけたことを言うなっ! こんなみすぼらしい食堂しょくどう十三枢奥卿じゅうさんすうおうきょうのタニョかかわるはずがなかろう!」


 隊長たいちょう一瞬驚いっしゅんおどろいたようですが、すぐにいやらしいみをかべました。


「――おまえ指輪ゆびわ偽造ぎぞうしたな。十三枢奥卿家じゅうさんすうおうきょうけかたることは重大犯罪じゅうだいはんざいだ。営業停止えいぎょうていしではまされんぞ。わかっているのか、ああん?」


「これは本物ほんもののはずだが……」


「ならば、それをよこせ。私が公証人こうしょうにん真偽しんぎたしかめさせる」


「ふむ……」


 チェフチリク様はあごをなでながら、はりのようにほそめました。


「どうした、はやくよこせっ!」


「――わたしてはいけません!」


 毅然きぜんとしたこえがしました。

 一人ひとり女性じょせいちかづいてきます。

 この人がこえぬしでしょう。


 でもかおを見て、びっくり。

 それは以前いぜん売残うれのこっていた蟹蜘蛛ウルペルメ全部買ぜんぶかってくれた人だったんです。

 

「なんだお前はっ! 関係無かんけいないものはひっこんでいろっ!」


 隊長たいちょうふと眉毛まゆげ吊上つりあげて女性じょせい怒鳴どなりつけました。


 なが黒髪くろかみ細身ほそみだけどととのった肢体したいながひとみつやめいた桃色ももいろくちびる

 そして、そこはかとなくただよ大人おとな色気いろけ

 とし二十代後半にじゅうだいこうはんぐらいだとおもいます。


 服装ふくそうは、ちょっとくたびれた女冒険者おんなぼうけんしゃみたいだけど、以前いぜんわらず、その女性じょせいはとっても綺麗きれいなのでした。


関係かんけい? おおありだわ」


 すずしいかお微笑ほほえみながら、女性じょせいはチェフチリク様のそばにやってきます。

 そして指輪ゆびわを、じっとのぞきこみました。


「ちょっと見せてもらってもいいかしら。すぐおかえしするから」


 チェフチリク様、今度こんど躊躇ちゅうちょなく指輪ゆびわわたします。


 やっぱりひとは見た判断はんだんされちゃうね。

 隊長たいちょうさん、信用しんようできないかおしてるもん。


 指輪ゆびわをひっくりかえし、丁寧ていねい観察かんさつする女性じょせい

 しばらくすると、かおをあげ、にっこりしました。


「うん、たしかに、本物ほんものだわ」


「ふざけるなっ! おまえなにがわかるというのだっ!」


 目をむいておこ隊長たいちょう


「わかるわよ。本物ほんものには、タニョのものしからないしるしがついているのよ。これには、そのしるしがあるわ。だから本物ほんものなの」


「な、なんだと! なぜ、お前ごときがそれをっている!」


「――そんなことより隊長たいちょうさん、あなた、この男性だんせいとお知合しりあいなの?」


 白髪頭しらがあたまゆびさしてたずねる女性じょせい

 

「な、なにをっ! しょ、初対面しょたいめんだ!」


 動揺どうようかくせない隊長たいちょう


「へぇ、みせはいる前、おはなししてたようだけど」


「ひ、人違ひとちがいだっ!」


「あら、そう。まあ、いいわ。――だったら、全部ぜんぶあなた一人ひとり悪戯いたずらってことかしら」


 女性じょせい白髪頭しらがあたまにらみつけます。


「――あなたがふくろから、こそこそとムカデを取出とりだして、料理りょうりに入れるのを私見わたしみてたんだけど」


「う、うそだっ! でたらめだっ! お前のような下賤げせん冒険者ぼうけんしゃ言葉ことばなどだれしんじるかっ!」


 目を白黒しろくろさせて言返いいかえ白髪頭しらがあたま


「そのとおりだ! そもそも、お前は何者なにものだ! 無関係むかんけいのものがでしゃばりおって! いま公衆衛生こうしゅうえいせい取締とりしまりをおこなっているのだぞ! 邪魔じゃまするなら、お前も倍反罪はいはんざい逮捕たいほするからな!」


 隊長たいちょうも、ここぞとばかりたたみかけてきます。


「ああもう! 関係かんけいおおありだってったじゃない。――まったく、しょうがないなぁ。こんなことで正体しょうたいバラすことになるなんて……」


 溜息ためいきをついたあと女性じょせいこし小物入こものいれから、身分証みぶんしょう取出とりだしました。


 隊長たいちょうのものとちがい、その身分証みぶんしょううつくしい白色はくしょくをした掌大てのひらだい軟玉なんぎょく出来できていて、八角形型はっかっけいがたをしています。

 軟玉なんぎょくなかでも白色はくしょくのものは希少きしょう高価こうかなため、ってるひと王族おうぞくくに要人ようじんかぎられます。

 つまり、彼女は……。

 

「ほら、よくみなさい」


 女性じょせい軟玉なんぎょくられた文字もじゆびてます。

 隊長たいちょういきみました。


「これ、私の名前なまえね。さあ、隊長たいちょうさん、んでみて」


「ベ、ベルナ、タ、タニョ……?!」


 隊長たいちょう白髪頭しらがあたま顔色かおいろが、みるみるあおざめていきます。


「はい、よくできました」


 悪戯いたずらっぽっく片目かためをつぶってせたあと、ベルナさんのかおつきが一瞬いっしゅんかたつめいものへとわりました。

 そしてしずかだけどきびしい口調くちょうげたのです。


「私、ベルナ・タニョは、タニョ次期当主じきとうしゅにして、『応護主教おうごしゅきょう』のくらいにあり、『睹督ととく』のかん拝命はいめいするものである。――睹督ととくとしてうぞ。私の証言しょうげんは、やはりいつわりだとうったえるか?」


 おきゃくさん、わたしたち、そしてチェフチリク様さえも呆気あっけにとられちゃいました。


 まさか十三枢奥卿家じゅうさんすうおうきょうの人だったなんて……。

 しかも次期当主じきとうしゅ応護主教様おうごしゅきょうさまって……。

 応護主教おうごしゅきょうといえば、大主教だいしゅきょうつぎえらいのです。


 首座主教しゅざしゅきょうのぞき、主教しゅきょう最上位さいじょういはもちろん大主教だいしゅきょうです。

 いで、応護主教おうごしゅきょう掌院主教しょういんしゅきょう典院主教てんいんしゅきょう正主教せいしゅきょう従主教じゅうしゅきょうとなります。

 地方ちほう教会きょうかい主教様しゅきょうさまくらい典院主教てんいんしゅきょう藩主はんしゅくらい正主教せいしゅきょう普通ふつうなので、ベルナ様は、どちらよりもうえってことです。


 あと、睹督ととくっていうのは、国中くにぢゅうめぐって藩同士はんどうしあらそいなんかを調停ちょうていしたり、くに命令めいれいはんつたえ、ちゃんと実行じっこうされてるかをたしかめたりする官吏かんりです。

 官吏かんりとしても藩主はんしゅより上になります。


「ど、ど、どうか、おゆるしをぉぉぉぉぉっ!!!」


 隊長たいちょうすべりこむようにひざまずき、ふるえながらあたまゆかにこすりつけてベルナ様に土下座どげざします。


「――こ、これは私のあんではないのですぅ! 私はぁ、そのサイグスズ・サフテカルにぃ、どうしてもとたのまれぇ、この役回やくまわりを引受ひきうけただけなのですぅ!」


 白髪頭しらがあたまゆびさす隊長たいちょう

 ゆびさされたサイグスズは、ひっとこえげてしました。


「そのものをとららえよ」


 ベルナ様の下知げちき、こわもてのおきゃくさんが数人立上すうにんたちあがります。

 結果けっかげようとしたサイグスズは、こわもてさんに取押とりおさえられ、ぐったりしちゃったのでした。


 そのあと西にし城門じょうもんから警備隊けいびたいばれました。

 西にし城門じょうもんには三番隊さんばんたいめています。

 

 隊員達たいいんたちは、ベルナ様の正体しょうたいるとガチガチに緊張きんちょうしてました。

 応護主教様おうごしゅきょうさまくもうえの人ですから。


 そんなひと見守みまもられ、ワタワタしながらもなんとか事情聴取じじょうちょうしゅをこなした警備隊けいびたいは、アディリクとサイグスズをしばげると中央区ちゅうおうくにある警備隊本部けいびたいほんぶへと連行れんこうしていきました。

 あとでベルナ様立会さまたちあいいのもと取調とりしらべがされるみたいです。 


「――さぁてとっ、あぁあ、肩凝かたこるぅ。こういう堅苦かたくるしいの、あんまりやりたくないのよねぇ」


 自分じぶんかたたたくベルナ様。

 表情ひょうじょうもともどってます。


「――ベルナ殿どの、ご助力感謝じょりょくかんしゃする。このとおりだ」


 あたまげるチェフチリク様。

 私たちも一緒いっしょにお辞儀じぎです。

 

「あら、いいの、いいの。ああいう社会しゃかいのゴミを掃除そうじするのもうえもの義務ぎむなんだから。――それに、むしろおれいを言うべきは、私のほうなのよ」


「というと?」


「その指輪ゆびわあにのものでしょ?」


「兄? ブニャミン殿どののことかな?」


「ええ、そう。あなたのご友人ゆうじんが、キュペクバルにつかまったあに英雄えいゆうイドリスと一緒いっしょすくってくれたのよね。――こころから感謝かんしゃするわ」


 あたまげたあと、ベルナ様は苦笑にがわらいをかべました。


「あのあには、魔導まどう六冠テハレト天使てんしべない、剣術けんじゅつ格闘術かくとうじゅつ使物つかいものにならず、政治せいじも、経営けいえいも、学力がくりょく人並以下ひとなみいか駄目人間だめにんげんなのよ。だけど唯一ゆいつ、人ににくまれないっていう特技とくぎがあってね。そのおかげ公使こうしをやってるの。それでくに使節しせつとして魔導王国まどうおうこくオクルへったかえりに、キュペクバルにつかまったというわけ」


 両手りょうてひろかたをすくめるベルナ様。

 

ちちは、身代金みのしろきんやすまそうと、時間じかんをかけて交渉こうしょうしてたんだけど、あにのことを溺愛できあいしてるお爺様じいさま勝手かってにイドリスに救出きゅうしゅつたのんじゃって……。ちちはお爺様じいさま独断専行どくだんせんこう激怒げきどして、壮絶そうぜつ親子喧嘩おやこげんか勃発ぼっぱつよ……。なか取持とりもつ私はもう大変たいへん……」


「ブニャミン殿どのは、あのあと無事国ぶじくにもどられたのかな」


「ええ、ええ、無事ぶじも無事、うるさいぐらいピンピンしてるわ。また使節しせつになって、すぐにくにてってしいぐらいよ」

 

 そんなにくまれぐちたたいたのに、ベルナ様はとってもやさしい微笑ほほえみをかべます。


「だけど……、あんな駄目人間だめにんげんでも、私にとっては大事だいじあになの……」 


 お兄様にいさまのこと、大好だいすきなのかも……。


「――そうか、無事ぶじならばい」


 たのしげにうなずくチェフチリク様。

 人の笑顔えがおが、おきなのです。


「だからね、このくらいのことなんでもないのよ。もしほかにもこまってることがあったら言ってね。私にできることなら、なんでもさせてもらうから」


 私はベルナさまにおれいを言うため、まえすすました。


「――あ、あのベルナ様、先日せんじつ蟹蜘蛛ウルペルメってくださり、ありがとうございました」


「あらっ、あなた。あのときの売子うりこさんじゃない。ここではたらいてたんだ」


 ベルナ様はさくにおうじてくれました。


「はい、エヴレン・アヴシャルって言います」


「うんうん、あの蟹蜘蛛ウルペルメ、すっごく美味おいしかったわ、エヴレンさん。ひさしぶりに堪能たんのうしちゃったわよ。まあ、宿屋やどや調理人ちょうりにんいやかおしてたけどね」


 くすくすと悪戯いたずらみたいにわらうベルナ様。

 なんだか、ヤスミンおねえちゃんのことをおもい出してしまいました。

 ちょっとかんじがてるんです。


 そのときふいに、グーっていうれいおとがしました。

 ベルナ様のおなかです。


「あら、やだっ、おなか正直しょうじきだわ。私まだお料理注文りょうりちゅうもんできていのよ」

 

「そうか。なんでも注文ちゅうもんしてくれ。代金だいきんらぬ。すべてうちのおごりだ」


 チェフチリク様、心得こころえてらっしゃいます。


「そんな、わるいわよ」

 

「いいや、わずかばかりの謝礼しゃれいと思ってくれ」


「――ふふふ、そうなんだ。ここで固辞こじするのは無粋ぶすいよね。ならば、ありがたくおけさせてもらおうかしら」


 さらに、さっきサイグスズをつかまえてくれたこわもてのおきゃくさんのぶんもタダになりました。

 さすが、チェフチリク様です。


 こうして、緊急事態きんきゅうじたい回避かいひした、うらめし普段ふだんにぎわいがもどってきたのです。

 ちょうどルゥタル先生せんせい講義こうぎ区切くぎりがついたので、私はそのままみせ仕事しごとはいり、いつものようにいそがしい時間じかんながれていきました。


 あれっ、でも何か大事だいじなことをわすれてるがする……。

 なんだっけ……。

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