第90話 エヴレン・アヴシャル‹7›

処置しょちって……?」


「ああ、ウズベリの体内たいないにブルンメこうんで恃気エスラル吸収きゅうしゅうさせたそうだ。十分じゅうぶん恃気エスラル確保かくほできねぇから、形態変化けいたいへんかまったというわけよ」


「じゃあ、その処置しょち無効化むこうかすれば、ウズベリはしん姿すがたになるってことでしょうか?」


「ああ、そんとおりだ。ただよ、こいつはウズベリのいのちかかわることだからな、やるやらねぇはお前次第まえしだいよ、エヴレン。まあ、ウズベリが侃妖獣アシルビルギになって200年以上経ねんいじょうたつ。きっと身体からだ恃気エスラルれたはずだ。いまならきっと上手うまくいくとおれおもうぜ」


 いのちかかわるって……。

 そんな危険きけんなこと、やる意味いみあるのかな……。 


無効化むこうかできれば、今のウズベリよりもつよくなるんですよね」

  

「ああそうだ、ツクモ。つよくなるっていうか、もともどしてやるっていうべきだろうがな」

 

「エヴレン、だったらまようことないんじゃない。無効化一択むこうかいったくですすめようよ。わるしつよくなる。そんなら決闘けっとう試合しあい問題もんだいなくいけんじゃない?」

 

「だけど……」


 かたのウズベリは、すくっと立上たちあがりわたしつめかえしてきました。

 自分じぶん形態変化けいたいへんか必要ひつようだって自覚じかくしてるみたいです。


「もしかしたらんじゃうかもしれないんだよ。それでもいいの?」


 ウズベリはニャフってきながらうなずきました。

 きみのためでもあるんだよ、って言ってるようです。


自分じぶんのせいで、おまえこまらせたくないんだろうぜ」

 

 そっか……。


「ありがと……」


 ウズベリをせて、ほっぺにチューしてあげました。


「で、具体的ぐたいてきに、どうすんです?」


 ツクモさんにかれると、アティシュリ様はニヤリとしました。


全部ぜんぶてめぇの技量ぎりょうにかかってんだぜ、ツクモ」


「へっ? ぼくがやんですか? エヴレンじゃなくて?」


 アティシュリ様のはなしによれば、ビルルル様の処置しょち解除かいじょするには耶代やしろの『配置はいち』の機能きのう使つかうということでした。

 『配置はいち』は、耶代やしろの中にある“もの”をうごかす機能きのうですが、それを使つかってウズベリの体内たいないにあるブルンメこう除去じょきょするのだそうです。

  

「ウズベリの体内たいないにあるのって、もしかしてじゅんブルンメこうですか?」


 ウズベリの身体からだをまじまじと見ちゃいます。


「いいや、じゅんブルンメこうじゃあぎゃくいのちあぶねぇ。ウズベリの変異核種アストグチには精霊せいれい宿やどってんだぜ。じゅんブルンメこうじゃあ、体内たいないすべての恃気エスラル吸収きゅうしゅうされちまう。お前も見ただろ、おれたちの身体からだえていくのをよ」


 ブズルタでは、さすがの霊龍れいりゅう様もあぶないところでした。


「ウズベリに宿やどってる精霊せいれいも俺たちとおなじだ。えちまえばウズベリは、あのきよ。――変態女へんたいおんなは、ブルンメこう純度じゅんどを9割程度わりていどにおさえたみてぇだ。必要ひつよう恃気エスラルは、ちゃんとのこすように調整ちょうせいしたのさ」


 形態変化けいたいへんか大量たいりょう恃気エスラル体内たいないめぐはじめることでこりますから、精神せいしん維持いじできるぶんのこしてりょうらせばこらないわけです。


「『配置はいち』は“もの”をうごかせますけど、生物せいぶつには使つかえませんよ。まして身体からだなかって……」


 くびをかしげるツクモさん。


「ああ、だからウズベリにんでもらえばいいのよ。耶代やしろ死体したいを“もの”と判断はんだんすんからな」


 とんでもないおはなしです。


「そ、そんな……」


「カカカ、心配しんぱいすんな、エヴレン。ぬっていっても一時的いちじてきなもんだ……」


 アティシュリ様は、胸元むなもとから薄赤うすあかいろ小瓶こびん取出とりだしました。


「こいつは“ファハカイラチ”って毒薬どくやくでな。そのままむとんじまうが、濃度のうど調整ちょうせいすると仮死状態かしじょうたいにすることができんだよ。耶代やしろ仮死状態かしじょうたい身体からだも“もの”と認識にんしきするみてぇでよ。ビルルルは、こいつを使つかってウズベリを仮死状態かしじょうたいにしたあと、ジネプの『配置はいち』でブルンメこうめこんだようだ」

 

「じゃあ、もう一度いちどウズベリにませて、僕が『配置はいち』でブルンメこう取除とりのぞくってことすか?」


「そういうわけよ。――こいつはさけうすめて、すで濃度のうど調整ちょうせいしてある」


 アティシュリ様に小瓶こびん手渡てわたされます。

 なんだかこわくて、しばらく小瓶こびんを見つめちゃいました。


大丈夫だいじょうぶだ、エヴレン。取除とりのぞいたあと、しばらくきねぇだろうが、今やれば明日あすまでにはかならますはずよ。――そのくすりは、タヴシャンていうロシュの錬金師れんきんしのお墨付すみつきだ。タヴシャンはアイダンの弟子でしでよ。うでたしかだ。おれ保証ほしょうする」


 アティシュリ様に、ここまでわれたらしんじないわけにはいきません。

 すると、ニャフっていたウズベリが、くちひらいて私にけてきました。

 ませろってことみたいです。


「ホントにいんだね?」


 ねんすとウズベリは、くちひらいたままうなずきました。


「わかったよ……」


 びんせんいて、ウズベリのくち薄赤うすあか液体えきたいそそぎます。

 液体えきたいんだウズベリはゆかり、巨大きょだいあお牙獅子コカスラン姿すがたもどりました。


 しばらくは何事なにごともありませんでしたが、あるときさかいにウズベリがふらつきはじめます。

 ふらつきはすこしずつおおきくなり、突然とつぜんぐらりとかたむいたかと思うと、せま部屋へやうずめるように横倒よこだおしになったのでした。


 くち半開はんびらきになり、したがダラリとそとています。

 それに、ほとんど呼吸こきゅうをしていません。

 らない人が見れば、死体したいだって思うでしょう。


「よし、ツクモ、ブルンメこう取出とりだせ」


取出とりだせって言ったって、どこにあんですか?」


自分じぶん霊器れいきを見つけたときのことをおぼえてんだろ。感覚かんかくは、そんときとおなじだ。ただそいつを自分じぶん内面ないめんじゃなく、ウズベリにけてみろ。そうすりゃ場所ばしょがわかる」


「いやいや、簡単かんたんにいいますねぇ。――しょうがないなぁ。とにかく、やってみますか」


 ツクモさんはたおれているウズベリのそばちます。

 そしてしげしげと身体からだ観察かんさつはじめました。


「おおっ、なにこれ! 見える! 見えるぞぉっ! 赤黒あかぐろ球体きゅうたいとなりあおひかりがありますよ! これですかねっ!」


赤黒あかぐろ球体きゅうたい変異核種アストグチ、青いのがブルンメこうだ」


「じゃ、こいつを取出とりだせばいいんですねぇ。ほんじゃ、いきますよぉぉっ! ――よっこらしょっと!」


 へん掛声かけごえ同時どうじに、ウズベリのよこあおいしあらわれました。

 おおきさは人のこぶし三倍さんばい以上いじょうあります。


 よくこんなのが身体からだなかにあったねぇ……。

 おもくなかったのかなぁ……。


「よし、上手うまくいったな。――あとはウズベリ自身じしんまかせるしかねぇ」


 そのあと、ツクモさんは、ヤムルハヴァ様の部屋へやからウズベリを居間いま移動いどうさせました。

 これからヤムルハヴァ様のご機嫌取ごきげんとりのために部屋へや飾付かざりつけをしなきゃならないからです。


 居間いまくと、ウズベリは長椅子ながいすまえよこたえられていました。

 そばに行ってあたまでてやります。

 ちょっと心配しんぱいだけど、今は見守みまもるしかありません。


 するとそこへチェフチリク様がやってきました。

 眉をひそめてウズベリを見下みおろします。


「ウズベリのほう上手うまくいったのだろうな、シュリ?」


「ああ。あとは、こいつ次第しだいだがよ。まあ大丈夫だいじょうぶだろうぜ」


 長椅子ながいす寝転ねころがって欠伸あくびをするアティシュリ様。


「そうか、なによりだ。――ところでエヴレン、よる営業開始えいぎょうかいし時間じかんだが、今日きょうからルゥタルの講義こうぎけてもらう。仕事しごと講義こうぎが終わってからだ」


「はい、わかりました」


「ルゥタル、たのんだぞ」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、おまかひぇくだひゃれ」


 チェフチリク様がていくとルゥタル先生せんせい食卓しょくたく椅子いすこしかけ、ガクガクふるえなが私に手招てまねきします。

 

「ならば、エヴレン、早速始ひゃっひょくはじめようかのう」


 またおしりさわられないように警戒けいかいしながら、先生のかいの椅子いすすわります。


「とりあえず、ウズベリがておるでの、おぬひぃだけで出来できることをやっておくかのう。――まずは自分じぶん霊核ドゥルたひぃかめてみることじゃ」


自分じぶん霊核ドゥルですか……」


 ここんとこ、うらめしみなさんとの出会であいいからはじまり、ウズベリの討伐とうばつ、ブズルタの探索たんさく学校がっこうへの入学にゅうがく色々いろいろありすぎで、とってもまぐるしくって。

 霊核ドゥルたしかめるひまなんてありませんでした。


 じ、ふかなが呼吸こきゅうをしながら精神せいしん集中しゅうちゅうし、自分じぶん内面世界ないめんせかいへとりていきました。

 しばらくすると仄暗ほのくらいしろ世界せかい奥底おくそこにぶ銀色ぎんいろ球体きゅうたいが見えてきます。

 私の霊核ドゥルです。

 すぐそばまでき、あらためて霊核ドゥルながめてみました。


 球形きゅうけいをした霊核ドゥル側面上部そくめんじょうぶ周囲しゅういに、ちいさなよっつの突起とっきが90ごとに突出つきでています。

 これが、締棘ていきょくだったんですね。

 他人ひとのものを見たことがないので、霊核ドゥルには、こういう突起とっきがあるんだっていままでおもってました。


 ところで、締棘ていきょくの一つからはあおひかりせんうえかってびていてました。

 はる上方じょうほうまでつづいているみたいです。

 はしが見えないので、どこまでつづいているのかわかりません。


 ルゥタル先生せんせいによれば、ひかりせん内面世界ないめんせかい突破つきやぶって外部がいぶび、ウズベリの変異核種アストグチつながってるということです。

  

 さて、それじゃ霊核ドゥルなかはいります。

 霊核ドゥルに入るのはホントにひさしぶりなのでした。


 なか以前いぜんわらず、まばゆい薄青うすあお世界せかい

 そしてそこにたたずむ、私のしろ大樹たいじゅ冠導迪セフィル

 したのぞけば、薄赤うすあか世界せかいくろ繁根しじね壇導迪クルファ

 現実世界げんじつせかいではありえない、うつしく繊細せんさい幻影げんえい景色けしき


 借金しゃっきんのことも、試合しあいのことも、学校がっこうも、おみせも、普段ふだんわずらわしいことがこころからあらながされていきます。

 そしてまっさらな一人ひとりの私が、世界せかいそのものと対峙たいじしているのです。


 冠導迪セフィル現実げんじつちがうところはみどり一枚いちまいもついていないことです。

 わりにしろえだこまかく分岐ぶんきして、五冠ゲブラくらいひろがり、そこから恃気エスラル摂取せっしゅしているのです。


 冠導迪セフィル姿すがたは、以前いぜんとほとんどわりませんが、ひとつだけちがっているところがありました。

 一本いっぱんえだふとながびて、たくさんの小枝こえだやし、五冠ゲブラくらいの3ぶんの1をめるほどにひろがっていたのです。


 四冠ケセドくらい五冠ゲブラの位とのあいだにはえないかべがあって、小枝こえだはそれよりうえびることができません。

 そのため、たったところがって、そのままかべうようによこびていました。


 冠導迪セフィルみきれてさぐってみると、締盟ていめい術のえだだとわかりました。

 おどろいたことに以前いぜんとはくらべものにならないほど、そのえだからおおくの恃気エスラルながんでくるのをかんじます。

 ルゥタル先生せんせいにそのことをはなすと、まるくしていました。


じゅつきわめたわひぃでも、締盟ていめい術のえだをひょれほどまでに成長ひぇいちょうひゃひぇることはできなんだ。やはりチェフひゃまのお言葉通ことばどおり、おぬひぃえらばれたものなのじゃろうて。――ひゃてと、これで契約後けいやくご締棘ていきょく確認かくにんできたわけじゃな」


「はい」


 ルゥタル先生せんせい真面目まじめはなしをしているときは、ガクガクしないんだね。

 きっと余計よけいなことをかんがえてるときに、ガクガクするんだよ。

 とくに、おしりのこととか……。


「ところで元素魔導げんひょまどうにおける施法イジュラート心措レシム理解りかいひぃておるの?」


「はい、一応いちおう

 

「ならば、おぬひぃひかりひぇん元素魔導げんひょまどうにおける元素げんひょ心措レシム同様どうよう理解りかいひぇよ。ひかりひぇんは、おぬひぃとウズベリをつな恃気エスラルきずな恃絆エスラルウスルばれる。恃絆エスラルウスルつよ意識いひぃきひゅることにより、おぬひぃとウズベリはたがいを強化きょうかひゅることが可能かのうとなる」


強化きょうか?」


「ひょうじゃ。初歩ひょほ段階だんかいでは亢躰こうたい術に類似るいじひゅる効果こうかをもたらひゅことができる。ひゃらにはじゃ。――ツファン」


 ルゥタル先生せんせい右手みぎてまえし、てのひらひろげました。

 かたにいたツファンがてのひらうつります。


わひぃ元素照応性げんひょひょうおうひぇひほのおじゃ。ところがじゃ……」


 ルゥタル先生せんせい人差ひとさゆびてて、指先ゆびさき恃気エスラル集中しゅうちゅうさせました。

 そして居間いますみかざられていたおはなゆびけました。

 するとあおひか指先ゆびさきからちいさな旋風つむじかぜまれ、おはなかってびます。

 旋風つむじかぜは、はなびらをまきらしてえました。


「それって、風魔導ふうまどうですか?!」


「ひょうじゃ」


 ニヤリとするルゥタル先生せんせい


「ツファンには風精霊ふうひぇいれい宿やどっておる。わひぃ恃気エスラルきずなかいして、ツファンのちから使つかうことができるのじゃ。もちろんツファンもわひぃ炎摩導えんまどう使つかうことができるぞ」


「じゃ私もウズベリの氷魔導ひょうまどう使つかえるってことですか」


「ひょうゆうことよ。これらを総称して『互恰ビルリク』とぶ」


 スゴいだろうってふうにツファンが、カーときました。

 あのえらそうなかんじがもどってます。

 ウズベリがてるから、おおきくなってるのかも。

 小者感こものかんがすごいなぁ、このカラス。


「――ひゃらに互恰ビルリクは、共通きょうつうする魔導まどうにおいて、つよがわちから上乗うわのひぇひゅることができる。つまり、ウズベリが五冠ゲブラ以上いじょう風魔導ふうまどう使つかえるのなら、おぬひぃもひょれを自分じぶんのものとひぃて使つかうことができるのよ」


「すごいっ!」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、おどくのはまだはやい。互恰ビルリク初歩ひょほわざじゃ、まだまだおくふかいぞ。――決闘けっとう明日あひゅじゃったな。ならばウズベリがきるまでに、互恰ビルリク修得ひゅうとくひぃていることが最善ひゃいぜんじゃろうて」


「わかりました」


「まずは恃絆エスラルウスル容易ようい心措レシムとひぃてあつかえるように修練ひゅうれんひゅるのじゃ」


 というわけで私はウズベリがきるまで内面世界ないめんせかいで見たあおひかりせん、つまり恃絆エスラルウスルこころうつし、えないようにたも修練しゅうれんをすることになったのです。

 修練しゅうれんはじめてしばらくすると、こころ恃絆エスラルウスルをくっきりとうつせるようになりました。


「ふむ、なかなかひゅじもよいようじゃ」


 ルゥタル先生せんせいめてくれます。

 これならきっと互恰ビルリク使つかえるでしょう。

 あとはウズベリがきるのをつだけなのでした。


「チェフ様! 緊急事態きんきゅうじたいですっ!」


 突然とつぜん、アレクシアさんのさけごえ廊下ろうかからこえてきました。

 私の直観ちょっかんが、ヤバいってってます。

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