第88話 エヴレン・アヴシャル‹5›

 あううっ……。

 入学にゅうがくして早々そうそう、なんでこんなイヤなことばっかりなんだろ。

 学校がっこうはいったことが、そもそも間違まちがいだったのかな……。


 なみだ鼻水はなみずいもにも出撃しゅつげきしてきそうです。

 でもいてる場合ばあいじゃありません。

 まえ問題もんだい片付かたづけてかないと。


 アカンさんとの決闘けっとうほうは、あまり心配しんぱいしてません。

 ウズベリが、でっかくなった時点じてんでほぼちでしょう。

 だって、あの姿すがたたら、ほとんどのひと戦意喪失せんいそうしつしちゃいますからね。


 アカンさんが、おねぇちゃんみたいに高圏こうけん天使様てんしさま招聘しょうへいできるんなら、ある程度勝負ていどしょうぶになるかもしれません。

 けど、マルツちゃんからそんなはなしなかったんで、たぶん招聘しょうへいできたとしても第一圏層天使プラタマメレイさまだとおもいます。


 普通ふつう相手あいてなら第一圏層天使プラタマメレイさま屹牆きっしょうがあれば、戦闘せんとう優位ゆういにすすめられます。

 でも、ウズベリに通用つうようするでしょうか。

 だって、炎摩龍様えんまりゅうさまつよいって言わせるんですよ。


 たとえ屹牆きっしょうでウズベリの攻撃こうげきをしばらくのあいだふせげたとしても、招聘しょうへい必要ひつよう恃気エスラル消耗しょうもうしてしまえば天使様てんしさまかえってしまいます。

 そうなればアカンさんは丸裸まるはだか

 もう勝目かちめはないでしょう。


 むしろ決闘けっとう心配しんぱいすべきは戦闘せんとうじゃなくて介添人かいぞえにんほうです。

 マルツちゃんのおじいさんに期待きたいしちゃいますけど、私の直観ちょっかんが、きっと無理むりだっています。

 つまりそれって自分じぶんつけろってことです。


 チェフチリクさまかアティシュリさま相談そうだんしたらだれ紹介しょうかいしてくれるかな。

 でも、決闘けっとうのこといたら、またツクモさんはあきれるんだろうなぁ。

 もしかして聖品せいひんであるお父様とうさまなら介添人かいぞえにんになれるかな。

 だけどいまからじゃわないし。


 うらめしもどったあとも、決闘けっとうのことをはなすのをまよってました。

 定休日ていきゅうびのうらめし屋は、普段ふだんからはしんじられないくらい、ひっそりとしています。

 霊龍れいりゅう様達さまたちはおかけだし、ユニスちゃんとアレクシアさんはお買物かいもの、ツクモさんはウラニアにいるので、みせには私一人わたしひとりです。

 結局けっきょく部屋へやじこもって、だれともはなせないままよるになりました。

 

 ユニスちゃんたちとツクモさんがもどってきて夕食ゆうしょく時間じかんです。

 なんだかちあけるのがこわくて、食事中しょくじちゅうずっと言葉ことばませんでした。

 せっかくの美味おいしいツクモさんのお料理りょうりも、ほとんどあじがわからなかったし……。

 結局けっきょく決闘けっとうのことはなにはなせないままねむってしまったんです。


 つぎ朝早あさはやくにめました。

 二度寝にどねしようとしたんですけどねむれません。

 仕方したななく階段かいだんりて居間いまにいきました。

 すると、チェフチリク様、アティシュリ様、ツクモさん、そして見知みしらぬおじいさんがいたんです。


「おはよう、エヴレン」


「おはようございます」


 いつものようにチェフチリク様がやさしい美声びせい挨拶あいさつしてくださいました。


「ちょうどいい、きみ紹介しょうかいしたいものがいるのだ」


紹介しょうかいしたいひと……?」


 自然しぜんとおじいさんのほうがいきました。

 あまりしわとかはないですが、ながばしたしろあごヒゲが特徴的とくちょうてきです。

 右手みぎてには手作てづくりっぽいつえってます。

 でも、一番気いちばんきになるのは、椅子いすすわってるだけなのに身体からだがガクガクふるえてることなのです。

 おさけみすぎで中毒ちゅうどくになった人みたいです。


「このものはハヤチ・ルゥタル。かつて魔導王国まどうおうこくオクルで1、2をあらそ締盟ていめいじゅつ使つかだった。――しばらくのあいだきみとして、うらめし屋に逗留とうりゅうすることになる」


「えっ?! えっ?! って、私の先生せんせいってことですか?!」


「そうだ」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、はじめまひぃて、むひゅめひゃん。今日きょうから、よろひぃくのう」


 ハヤチおじいさんは何本なんぼんけているせいで、しゃべるとそこから空気くうきれるみたいです。


「で、でも、私、学校がっこう勉強べんきょうとか、おみせ仕事しごととかあるし……」


大丈夫だいじょうぶだ、ハヤチからまなんでいるあいだ仕事しごとはいつもの半分はんぶん時間じかんいとツクモがいってくれている。だからその時間じかん利用りようしてまなべばいい」


「それに、仕事減しごとへらしても給料きゅうりょう同額どうがくはらうよぉ! なんて太腹ふとっぱらな僕! ――だから締盟ていめいじゅつ、モノにしてねぇ!」


 いつもどおり、わら仮面かめん能天気のうてんきです。


 給料きゅうりょうのことはありがたいけど……。

 こっちのにもなってしい……。

 いろいろありすぎてあたま爆発ばくはつしそうだよぉ……。

 

「――チェフの言うとおりだ。しっかりやれよ。お前はまだ、ウズベリの実力じつりょっく引出ひきだせてねぇんだからよ」


 うでんで何度なんどもうなずきながらアティシュリ様がおっしゃいます。


「で、でもぉ……」


「――奉術典礼ほうじゅつてんれいには、たくさんの人がにくるし、学校がっこう威信いしんが、かかってるんでしょ。下手へたなことしたら成績せいせきひびくんじゃない。だから、ちょっとでもおしえてもらってさ、試合しあいかしなよ」


 アワワ。

 そうでした。

 ツクモさんの言うとおりです。

 あの校長先生こうちょうせんせい、いい加減かげん試合しあいをしたら、なにをするかわかりません……。


「あうっ……。わかりました」


 私は居住いずまいをただしてハヤチおじいちゃんのまえちました。

 そして、深々ふかぶかとお辞儀じぎをします。


「よろしくおねがいします、ルゥタル先生せんせい


「ひょっ、ひょっ、ひょっ……。礼儀れひぎ心得こころえておるようじゃのう。ひょれになかなか、い“ひぃり”をひぃておる」


 えっ?

 ひぃり?

 ひぃりって、なに……?


「どれ、ちょひと感触かんひょくたひかめようかのう」


 身体からだをガクガクさせて立上たちあがったルゥタル先生は、つえをつきながらおどろくほど素早すばやく私の背後はいごまわりこみました。

 するとつぎ瞬間しゅんかん背筋せすじがゾクゾクってなったんです。


「あひゃあっ!」


 おも位わず悲鳴ひめいがでちゃいます。


「なかなか、よき心地ここちよのう……」


「な、何するんですかっ!!」


 おしりでられたのですっ!!!


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、にひゅるな。これはのう、わひぃ師事ひぃじひゅるための儀礼ぎれいひとつじゃて」


「お、おしりさわるのが儀礼ぎれいって言うですかっ!」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、ひょのとおり」


「スケベですっ! 痴漢ちかんですっ! 変態爺へんたいじじいですっ!」


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、ひぃかって、ひょの言いぐひゃはなかろう」


「あひゃあっ!」


 またさわられったよっ!

 ガクガクしてるくせに、そういうときのうごきがはやい。

 ひっぱたこうとしたのに、げられたよっ。

 ムカつくぅ!


「ヂ、ヂェブヂリクさばぁぁぁぁ……」


 あまりのことになみだ鼻水はなみず押寄おしよせてきたので、チェフチリク様にきつきました。


「すまんな、エヴレン。この者のわるくせだ。このさきさわられるだろうが、辛抱しんぼうしてくれ」


 とんでもないことを言われます。


「ゔぇっ?! ばたしが我慢がばんふるんでふかぁ?!」


「うむ……、ゆるしてほしい……」


 こまってるチェフチリク様。


 あうっ……。

 霊龍れいりゅう様がこまってる……。

 私さえ我慢がまんすればいいのかなぁ……。

 でも、おしえてもらってるあいだずっと、お尻触しりさわられるのぉ……。


「ルゥタル、しりさわるのは極力控きょくりょくひかえるのだ。こと次第しだいによっては、ゆるさんぞ」


 チェフチリク様から、キツめの注意ちゅういです。

 そうだっ、反省はんせしろっ!


心得こころえておりまひゅよ、チェフ様。ただ、このむすめ修練ひゅうれんなまけたときは、おもひきりひぃりペロンをひゃひぇてもらひまひゅぞ」


 し、しりペロン?!

 何それ?!

 まさか魔導まどう施法イジュラート?!


「――しかし、そんなにおしりがいいですかねぇ。僕はどっちかと言うとむねほうがいいなぁ。こうむねをモニュっとね」


 両手りょうてまえして鷲掴わしづかみのつきをするツクモさん。

 むねモニュ?!

 それも魔導まどう施法イジュラート……?!


 な、わけあるかぁぁっ!!!

 あらたな変態へんたい登場とうじょうだよ。 


「ほぉ、ツクモ殿どの胸派むねはでひゅか。まるで幼子おさなごのうようでひゅな。胸派むねは母親ははおやへの執着ひゅうちゃくかんじまひゅからな」


「いやいや、ちゃんと大人おとなですよ。胸派むねは女性じょせいたいする敬意けいいつねってますからね。だから突然とつぜんしりでるなんてことはしません。ちゃんと承諾しょうだくもらってからモニュモニュします。でも尻派しりはは、承諾無しょうだくなしでペロンでしょ。女性じょせいへの配慮はいりょけてんじゃないすか?」


尻派ひぃりはとて女性じょひぇいへの敬意けひひっておりまひゅぞ。ただひぃりというものは見るものにたいひぃてつねに、ひゃわりなひゃい、と無言むごんうったえかけをひぃてくるのでひゅ。常人じょうじんあらがへまひゅが、わひぃ尻派ひぃりはさからふことができず、ついついひぃりペロンにはひってひぃまうのでひゅ。けっひぃてよくだけで、ひぃりペロンをひぃているわけではありまひぇん」


 両腕りょううでひろげててんあおぎ、なみだするルゥタル先生せんせい


 おしりさわってほしいなんて言うわけないっ!

 まさに変態へんたい極致きょくちだよっ!

 

「おしりうったえかけてくるんですか……?!」


 けてるツクモさん……。

 やっぱりアホなんだ……。


「ひょのとおりでひゅ」


「すごいっ! おしり交流こうりゅうできるなんて! おむね交流こうりゅうしてくれるでしょうか?!」


「ツクモ殿どのむねたいひゅるあひつよひゃによるでひょうな」


「ルゥタル先生せんせい! 交流こうりゅうがしたいですっ……」


 先生せんせいまえひざまずいてあたまげるツクモさん。

 鷹揚おうよううなずくルゥタル先生。


「ふむ、ならば、コツを伝授でんじゅいたひぃまひょう」


「やったぁっ! ――ありがとうございますっ!」


 おどがるツクモさん。

 弟子でしがもう一人ひとりできたみたいです。


 だけどホント、おとこってスケベ馬鹿ばかだね。

 いてる自分じぶんがアホらしくなってきたよ。


ひぃりペロン、最高ひゃいこう!!」


むねモニュ、最高さいこう!!」


ひぃりペぇロンっ!!! むねモぉニュっ!! ひぃりペぇロンっ!! むねモぉニュっ!!」


 仲良なかよかたんで連呼れんこする変態同盟へんたいどうめい……。


「うるさいっ! このスケベっ! いっぺんんじゃえっ!」


 思いきり怒鳴どなりつけてやりました。


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、われんでも、もうひゅぐひぃぬわい」


「いや、もう死んでんだけどね」


 どっちもまったく反省はんせいしません。

 あうっ……。

 筋金入すじがねいりの変態へんたいどもです。


「――ところでよぉ、ウズベリはどうした?」


 おヘソをかきながらアティシュリ様がおっしゃいました。


「あれっ、そういえば……。いつもならすぐかたってくるのに……」


 まわりを見回みまわしても見当みあたりません。

 すると突然とつぜん食堂しょくどうからはげしいカラスの鳴声なきごえこえてきました。

 いそいでってみると、ウズベリとカラスが大喧嘩おおげんかしてたのです。


 大喧嘩おおげんかっていっても、カラスがわめきながら一方的いっぽうてきにウズベリに、つっかかっているのです。

 ウズベリは空中くうちゅうから突進とっしんしてくるカラスのくちばし鉤爪かぎつめ攻撃こうげきをヒラリヒラリとかわしてるだけなのでした。


 よく見るとカラスのつばさ左右さゆう二枚にまいずつで四枚よんまいあります。

 あきらかに普通ふつうじゃありません。

 妖獣ビルギですね。


「これ、ツファン、やめんか!」


 ガクガクしながらついてきたハヤチ先生せんせい怒鳴どなりました。

 こえいたカラスは攻撃こうげきをやめ、こっちにんできて先生せんせい右肩みぎかたにとまります。

 そしてうえから目線めせんで私たちを見回みまわしました。


 なんだかとってもえらそうだよ。


「おひゃわがひぇひぃて、ひゅいまひぇん。――これはわひ締盟ていめいじゅう複葉鴉イキリカルガで、をツファンともうひぃまひゅ」


 複葉鴉イキリカルガ

 そういう妖獣ビルギがいるんだぁ……。

 

もとは、ただのからひゅでひゅが、かぜ精霊ひぇいれいをとりこんで妖獣ビルギとなり、このとおり四枚よんまいつばさたのでひゅ。これとは、わひぃが40だひころ契約けいやくひぃ、ひょれ以降いこうひゅべてのいくひゃをともにひぃてきたのでひゅ」


 喧嘩けんかをやめたウズベリが、いつもどおかたってきます。

 それを見てツファンがカーときました。

 ウズベリを威嚇いかくしてるみたいです。

 でもウズベリは鳴声なきごえ無視むしして、そっぽをくと丸まってねむってしまいました。

 仲悪なかわるかんじだね。


「ほぉ、ひょれがウズベリでひゅか。チェフ様のおはなひでは侃妖獣アシルビルギだひょうでひゅが……、本当ほんとうでひゅかな?」


うたがうのか、ルゥタル?」


「め、滅相めっひょうもない。ただ、伝説でんひぇつでひぃかかたられぬ侃妖獣アシルビルギ姿すがたたいだけなのでひゅ」 


 チェフチリク様はかる溜息ためいきいておっしゃいました。

 

「ウズベリ、すまんがもと姿すがたになってみせてくれぬか?」


 チェフチリク様からたのまれたウズベリは、目をけるとゆか飛降とびおります。

 りた途端とたん勇壮ゆうそう牙獅子コカスランあらわれました。

 巨大きょだいあお獅子ししは、ルゥタル先生せんせいにらみつけます。

 だけどその矛先ほこさき先生せんせいじゃなくツファンにいていました。


 ウズベリは凶猛きょうもうきばくちおおきくひらき、ツファンに雷鳴らいめいみたいな咆哮ほうこうびせました。

 えられたツファンは、あたふたしながらルゥタル先生せんせい襟元えりもとくびっこんでかおかくし、ふるえてます。


 アワワ……。

 これって、さっきのおかえしだね。

 つっかかる相手あいて間違まちがえちゃったね、ツファンくん


「――素晴ひゅばらひぃ……。これが侃妖獣アシルビルギ……。はじめて見まひぃた……」


 呆然ぼうぜんとウズベリを見つめるルゥタル先生。

 

おひぃえがいがあるというものよ。ひょっ、ひょっ、ひょっ……」


 こうして私は嫌々いやいやながら、お尻好しりずきのスケベおじいちゃんの弟子でしになっちゃったのです。

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