第87話 エヴレン・アヴシャル‹4›

 「ふんっ、まったく、くだらないわ。このわたし喧嘩けんかなんておろかな行為こういをするわけがないでしょ」


 ほっ。

 かった……。


 安心あんしんしたらまた、おなかってきました。

 いまのうちに、べかけだったごはんをかっこんどきます。

 のこすなんて、もったいないですから。


結局けっきょく魔獣まじゅう討伐とうばつに、あなた自身じしんなにもしていないのでしょ? きっと強力きょうりょく助力者じょりょくしゃがいて、その人達ひとたち討伐とうばつしたにきまってるわ」


 そうです、そうです、おっしゃるとおり。

 ぱくぱく。

 だから、私なんかとたたかっても仕方しかたないんです。

 もぐもぐ。


「そんなわけないじゃないですかっ!」


 反論はんろんするマルツちゃん。

 もういい、もういいんだよ、マルツちゃん。

 むしゃむしゃ。


「ふんっ、だったらアヴシャルさん、あなたの冠位ジルヴェは?」


五冠ゲブラの、もぐもぐ、風魔導ふうまどうです、むしゃむしゃ」


 口元くちもとをゆがめるフンダさん。

 綺麗きれいなんだから、そんなかおしないほうがいいのにねぇ。

 ぱくぱく。 


「ほら、みなさい。五冠ゲブラごときで、あの魔獣まじゅう討伐とうばつできるわけないわ」


 そうそう。

 たいしたことないんだから。

 もぐもぐ。


先輩せんぱい、エヴレンちゃんの本領ほんりょう元素魔導げんそまどうじゃありません。見てわかるでしょ。締盟ていめいじゅつですよ」


 マルツちゃんはウズベリのうえ両掌りょうてのひらひろげて、ひらひらさせました。

 フンダさんは、今気いまきづいたみたいにウズベリをにらみます。

 ウズベリもけじとにらかえします。


 このにらい、互角ごかくとみたよ。

 むしゃむしゃ。


「この小猫こねこ魔獣まじゅうたたかったってうの? きば立派りっぱだけど、こんな小さくては、到底とうていあの魔獣まじゅうたおせるとはおもえないわ」


 侃妖獣アシルビルギ身体からだおおきさをえられるってことを、みんなりません。

 なにせ、侃妖獣アシルビルギなんてものがいるってこと自体じたい、ほとんどられてませんから。

 ぱくぱく。


「おっしゃるとおりです、もぐもぐ。魔獣まじゅうたおしたのは私じゃなくて、助力者じょりょくしゃなんです、むしゃむしゃ。私、ホントによわいんで、ぱくぱく」


 よし、このままいけば、なんとかわりそう。

 もぐもぐ。


「やっぱりね」


 三人さんにん先輩せんぱいは、かお見合みあわせうなずいてます。

 ホント、仲良なかいいね。

 むしゃむしゃ。


「エヴレンちゃん、そういう謙遜けんそんぎゃく失礼しつれいだと思うよ」


「マルツちゃん……」


 くち人差ひとさゆびをあてて、しーっ、です。

 このまま、ヘッポコでわりにしようよ……。

 

 ああ、じゅるじゅる。

 このお吸物すいものあじうすいなぁ……。

 とにかく、はやえないと……。


「あくまでも、自分じぶん強者きょうしゃだと言張いいはるのね」


 いや、いや、いや。

 私はなに言張いいはってませんけどぉ!

 ぱくぱくぱく。


「――私のちちはザガンニンの藩主はんしゅギョクハン・アカン。はは十三枢奥卿家じゅうさんすうおうきょうけひとつ、カバ一族いちぞくでメフタプ・アカン。つまりがアカン十三枢奥卿家じゅうさんすうおうきょうけにも、ひけをとらない名誉めいよある家柄いえがら……」


 突如とつじょ、アカン先輩せんぱいうでひろげ、女優じょゆうさんみたいな口調くちょうかたはじめました。 


 綺麗きれいなのにわった人だ。

 もぐもぐもぐ。


「そのとおりですとも!」


素晴すばらしい御一家ごいっかです!」


 なんかながくなりそう。

 むしゃむしゃむしゃ。

 がりっ。

 あうっ、小石こいしはいってたよぉ……。


「――そして、奉術典礼ほうじゅつてんれい出場しゅつじょうするのは、十三枢奥卿じゅうさんすうおうきょうジュンブル令嬢れいじょうであり、天才てんさい名高なだかいヤスミン・ジュンブル。同世代どうせだい彼女かのじょ互角ごかくたたかえるものは、国内こくない皆無かいむわれるほどの強者きょうしゃ……」


 よしっ、かたってるあいだに、ごはんわらせちゃうぞ。

 ばくばくばく。


「――つまり私もふくめ、彼女とたたかっててる生徒せいとは、この学校がっこうにいないとっていいわ。ならば、たとえけるとしても、彼女とつりあうだけの高貴こうき家柄いえがらものが、試合しあいをするべきなのよ。いたはなしによれば、あなた借金しゃっきん右往左往うおうさおうしてる貧乏人びんぼうにんなのでしょう。そんな貧乏臭びんぼうくさ人間にんげん名誉めいよある奉術典礼ほうじゅつてんれい試合しあいにでるなんて、もってのほかだわ。はじりなさい!」


貧乏びんぼうが、ぷんぷんにおうわっ!」


「なんてくさいのかしらっ!」


 うわっ!

 このさかな揚物あげもの意外いがい美味おいしいよっ!

 もっとゆっくりべたかったなぁ。

 がつがつがつ。


「けれど、あなたがそこまで自分じぶんつよさを誇示こじするならば、こちらにもかんがえがあるわ……」


 よし、のこしておいた、このおにくをたべちゃえばわり。

 がぶがぶがぶ。


「――決闘けっとうしましょう」


「がぶっ?! ゲホッ、ゲホッ……」


 おにくのどにつまりました。

 このひとなにっているのでしょう。

 ポカンとしてる私に、アカンさんが念押ねんおしします。


「だ・か・ら、あなたと私で決闘けっとうするのよ。喧嘩けんかなんてしないわ。でも決闘けっとう高貴こうきものゆるされた名誉めいよある解決法かいけつほうひとつ。どちらかののぞみをかなえるには、うってつけの手段しゅだんだわ。そこで、あなたがてば、今後こんごこのけんについて二度にど文句もんくは言わない。でも、私がったなら、試合しあいへの出場権しゅつじょうけんゆずってもらうわよ」


 き、急展開きゅうてんかいすぎるよっ!


「ど、どうして、そういうことになるんですかっ?!」


本来出場権ほんらいしゅつじょうけんあたえられるべき私が、あなたの実力じつりょく疑念ぎねんをもっているからよ」


「そんな……、横暴おうぼうです……」


決闘けっとうしたくないというの?」


「もちろんですっ!」


 そうでなくても、おねえちゃんとの試合しあいなやんでるのにっ!

 これ以上いじょう厄介やっかいごとをやさないでしいのっ!


「やっちゃいなよ、エヴレンちゃん! こてんこてんにしちゃえ!」


 マルツちゃん……。

 なんか、ひっぱたきたくなってきたよ……。


「――自分じぶん強者きょうしゃだと言いながら、決闘けっとう拒否きょひするの? あきれた人ね。ならば試合しあいへの出場権しゅつじょうけん返上へんじょうしなさい」


 だから、言ってないって……。


「で、でも、私、試合しあいないと、学校がっこうやめされられちゃうかもしれなくてぇ……」


「ならば、学校がっこうおやめなさい。払込はらいこんだ入学金にゅうがくきんは私が肩代かたがわりしておかえしするわよ。そうね、三倍さんばいにしてさしあげるわ。貧乏人びんぼうにんには大金たいきんでしょう? いかが?」


 三倍さんばい

 金貨きんか300まいってこと!


 あうっ……。

 なんて魅力的みりょくてき提案ていあんなのぉ……。


 討伐報酬とうばつほうしゅうのこりは全部ぜんぶ借金返済しゃきんへんさいてさせてもらいました。

 なので、また、すっからかんです。

 来月らいげつ返済へんさい金貨きんか300まいのどからるほどしい……。


 でも、でも、です。

 ながたら、絶対ぜったいくにからのお給料きゅうりょうをもらったほうがおとくなはず。

 たしかに、いくつかの借金しゃっきん完済かんさいできるけど、それは一時いっときのこと。

 そのあとはずっと、自力じりき返済へんさいしなきゃなりません。


 うらめしのお給料きゅうりょうほかよりは割高わりだかだけど、くにくらべればすくないです。

 やっぱり、学校がっこうをやめるなんてできません。


 アカンさんは見下みくだしたように私をみつめます。

 おかねられて試合しあいをやめると思ってる?

 やすられてるなぁ。

 まあ、それもありか、ってかんがえてる自分じぶんもいるんですけど……。

 

 あうっ!

 もういいよっ!

 なんか腹立はらたってきたっ!


 多重多額債務者たじゅうたがくさいむしゃをなめるんじゃないっ!

 借金総額金貨約しゃっきんそうがくきんかやく30万枚まんまいなのだ!

 金貨きんか300まいなんて、はしたがねだよっ!

 ひかえおろう!

 

 この人とたたかってって!

 そんでおねえちゃんとたたかってって!

 そんで私を無視むしして引越ひっこしした理由りゆういてやるっ!

 ちからずくでも、いてやるんだからっ!


「わかりましたっ! 決闘けっとうしますっ!」

 

「うわっ、さすがエヴレンちゃん! そう言うと思ったよ!」


 うれしそうなマルツちゃん。

 まったく、このは……。

 

「ふんっ、そうこなければ面白おもしろくないわ」


 にやりとするフンダさん。

 なんか、この二人ふたりにハメられたがするよ……。


「――決闘けっとう日時にちじ明後日みょうごにち先休日ドルズンジュの8こく場所ばしょきた城門前じょうもんまえにあるはやし空地あきち介添人かいぞえにんかなられてくること。判事はんじは私が裁判所さいばんしょへおねがいしておくわ。よろしい?」


「わ、わかりました……」


「ふんっ、決闘けっとうけた度胸どきょうめてあげる。でも、当日とうじつになってげないでね」


「そうよ、げるんじゃないわよ」


げたら、一生辱いっしょうはずかしめてやるから」


 こうして、台詞ぜりふのこした三人さんにんは、のしのしとっていったのでした。


「うわぁ! 決闘けっとうよ! 決闘!」


 マルツちゃんがこえげます。

 するとまわりから数人すうにん同級生どうきゅうせいあつまってきました。


「すげぇな、おまえ!」


「やっぱり、魔獣まじゅうたおしたって本当ほんんとうなのね!」


「いけすかねぇアカンのヤツをたたきのめしてやれ!」


「ほんと、いつ見ても、あの人ムカつくわ」


「みんな、エヴレンちゃんを応援おうえんするわよね?」


 マルツちゃんが、生徒せいとたちを見回みまわして言います。


「もちろんだぜ」


「ええ、応援おうえんするわ」


 厄介事やっかいごとえちゃったけど、みんなとの距離きょりちぢんだのは、ちょっとうれしいかな。

 でもアカンさん、人気にんきないね。


「――どうせ、けるのがちだろ」


 みんなのうしろからめたこえが聞こえました。

 全員ぜんいんが、こえぬしけます。


「おまえなんかに、あの魔獣まじゅうたおせたはずがない」


 こえぬしは、すような視線しせんかえしてきます。

 ながめの黒髪くろかみ褐色かっしょくひとみ、きつくむすばれたくちびる

 たかくありませんが、制服せいふくうえからでも、ひきしまった身体からだつきがわかります。

 やさしく笑ったら、女子じょし絶対ぜったいほっとかない美男子びなんしなのでした。

 襟章えりしょう数字すうじは、1なので同級生どうきゅうせいです。


「あいつはサメト・フィルズ。ブラク・エルソイのおいよ」


 マルツちゃんが、しかめっつらおしえてくれました。

 ブラクさんのおいさん……。

 なんかまずいなぁ……。


伯父おじさんのたいはマリフェトで最強さいきょうだった。けるなんてありえないんだ……。きっとうら悪巧わるだくみをしたやつがいる。伯父おじさんは、そいつのわなにかかってんだんだ」


「それがエヴレンちゃんだって言うの?」


「そいつにそんな知恵ちえいさ」


 なんだとぉ、こらぁ。

 年下とししたのくせしてぇ。

 ウズベリに、がぶがぶさせるぞぉ。


「オルバイ、おまえじいさんは冒険者ぼうけんしゃだったとき、ブラク伯父おじさんと対立たいりつしてたよな。伯父おじさんのこときらってたんだろ」

 

 マルツちゃんが椅子いすって立上たちあがります。


「おじいちゃんが仕組しくんだっていうの?!」


「さあな。だが、おまえじいさんならやりかねないと思ってな」


「――な、なにってんのよ!」


おれかなら伯父おじさんをわなにはめたヤツを見つけして、つぐないをさせるつもりだ……」


 をつぶって両拳りょうこぶしふるわせてるサメトくん

 そしてひらき、言放いいはなちました。


覚悟かくごしとけよ、オルバイ!」


ちがうって言ってるでしょ!」


 怒鳴どなるマルツちゃんを無視むしして、サメトくんはサッサと食堂しょくどうて行ったのでした。


なによ、あいつ、ムカつく」


「――まえは、あんなヤツじゃなかったんだぜ」


 ぷんぷんのマルツちゃんに、ある男子だんし説明せつめいしてくれました。


「あいつはブラクさんのことをこころから尊敬そんけいしてたんだよ。っちゃいときから、ブラクさんみたいな冒険者ぼうけんしゃになるのがゆめだったのさ」


 かたのウズベリが、ほっぺたをちょろっとめまてきました。

 ごめんねって言ってるみたいです。

 たしかにウズベリがやったんだけど、くろ災媼さいおうあやつられてたわけだし……。


「あなたがわるいわけじゃないよ」


 ウズベリのあたまでてやりしました。


 そんなこんなで食事しょくじえた私たちは、ふたた講義こうぎを受けるために教室きょうしつもどります。

 まだ講義こうぎが2コマのこってるのです。


 だけど、食事しょくじあとってホントねむたくなります。

 まぶたが、くっつきそうになるのをこじけて頑張がんばりました。

 そして、眠気ねむけとのたたかいのさなか、本日ほんじ講義こうぎ終了しゅうりょうという朗報ろうほうとどいたことで私の勝利しょうりとなったのでした。


 マルツちゃんと一緒いっしょ教室きょうしつから出ようとすると、さっきの生徒達せいとたちが、また明日あしたねってこえをかけてくれました。

 うれしくて、にんまりしてしまいます。


「なに、そのかお?」


 あきれてるマルツちゃん。


「なんか、ひさしぶりの学校生活がっこうせいかつだなぁって、ね」


「そっか……。でもニヤニヤしてらんないわよ。決闘けっとう明後日あさってなんだからね。ちゃんと準備じゅんびしなくちゃ」


 アワワ、そうだった……。

 いきおいで決闘けっとうするなんて言っちゃったけど。

 どうしよう……。

 

「――大事だいじなのは介添人かいぞえにんよ。だれたのめる人いる? 介添人かいぞえにんは、中央ちゅうおう地方ちほう上級官吏じょうきゅうかんりとか組合くみあいちょう、あと裁判所さいばんしょ登録とうろくしてるひとしかなれないからね」


「えっ? そんな知合しりあい、いないよぉ」


「見つからないときは裁判所さいばんしょ紹介しょうかいしてもらうことになるけど紹介料しょうかいりょうが、たっかいのよねぇ」


「い、いかほどでしょう……」


金貨きんか10まい


 ゔぇっ!

 じ、じ、10まい


 ごぞんじのとおり、もうおかねのこってません。

 

「あうっ、そんなお金、ないよぉ……」


大丈夫だいじょうぶ最悪さいあく、うちのおじいちゃんにたのめばいいからさ」


「そっか、組合長くみあいちぃようさんだもんね」


「でも、エヴレンちゃんもさがしといて。おじいちゃんがダメなときもあるからね」


「わかった……」


 マルツちゃんとわかれたあと今日きょうのことをふか反省はんせい


 まさか、二度にどたたかうハメになるなんて……。

 霊龍れいりゅうさまやツクモさんがいたらなんて言うでしょう。

 ウズベリだよりのダメダメが、また厄介事やっかいごとやしてきたぞ、なんて……。 

 見捨みすてられちゃうかも……。


 あの承諾しょうだくしないで、先生せんせい相談そうだんしてからめればよかった。

 そうすれば、先生せんせいがアカンさんをめてくれたかも。

 でもでも、藩主はんしゅむすめじゃ先生せんせいめられないのかな。

 結局けっきょく逃道にげみちかったんだね。

 

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