第86話 エヴレン・アヴシャル‹3›

 神品学校しんぴんがっこうは、ザガンニンの藩教会はんきょうかいのすぐとなりにあります。

 このあたりはまち中央区ちゅうおうくで、たくさんの重要じゅうような官公施設かんこうしせつあつまっているのです。

 とく教会きょうかい役所やくしょである藩庁はんちょうまちのほぼ中心ちゅうしんにあり、それぞれの正面玄関しょうめんげんかん西にしひがしけ、背中合せなかあわせにっています。


 藩教会はんきょうかい南側みなみがわ隣接りんせつする神品学校しんぴんがっこう校舎こうしゃは、マリフェトのまちでは一般的いっぱんてきしろかべあお屋根やねですけど、中央ちゅうおうで、そびえる鐘楼しょうろう特徴的とくちょうてきなのです。

 校舎こうしゃ三階建さんかいだてで、三階さんかい三年生さんねんせい二階にかい二年生にねんせい一階いっかい一年生いちねんせい教室きょうしつになってます。

 

 学校がっこう教育期間きょういくきかん三年さんねんで、卒業そつぎょうするとき試験しけんがあります。

 試験しけんかると天使様てんしさま招聘しょうへいできなくても主教補しゅきょうほ資格しかくあたえられるのです。

 

 お手洗てあらいを廊下ろうかすすみます。

 一年生いちねんせい教室きょうしつは、すぐ見つかりました。


 教室入口きょうしついりぐち茶色ちゃいろとびら

 とってもおもたそうで、なんだか威厳いげんがあります。

 把手とってにぎったとき、すこし躊躇ためらってしまいました。

 どんなひとがいるんだろって、こわくなったんです。


 教衆きょうしゅう学校のときは、こんなことかんがえたことなかったのに。

 学校にかようのは二年にねんぶりだし、緊張きんちょうしてるのかも。


 一度いちど深呼吸しんこきゅうしてから把手とってきました。


 とびらがギーっておとててひらきます。

 思ってたのとちがって教室きょうしつあかるくて、ひろくて。

 教壇きょうだんたいして生徒せいとせきが、うしろにいくほど階段かいだんみたいにたかくなっていくつくりになってます。


 さきていた生徒達せいとたち視線しせんが、一斉いっせいに私にけられました。

 おもわずかおせて、一番いちばんちかくの階段かいだんがります。

 そして、中段ちゅうだんぐらいにある座席ざせき腰掛こしかけました。


 ものすごい緊張感きんちょうかんおそってきます。

 身体からだいしみたいにかたくなってうごけなくなっちゃって……。

 かおせたまま、じっとしていると、突然話とつぜんはなしかけられました。


「あなた、エヴレンさんでしょ?」


 なんだかたのしげなこえです。 

 おどろいてかおげました。

 はなれたところにいたおんなが、私の左斜ひだりななまえせきうつってます。

 彼女がにっこりすると緊張感きんちょうかんが一気に薄れていきました。


「なんで、私のこと、ってるんですか?」


 あかみがかった茶髪ちゃぱつ

 褐色かっしょくひとみ

 美人びじんじゃないけど、可愛かわいらしい子です。

 でも、知合しりあったことはないはずですけど。


「だって、あなた有名人ゆうめいじんじゃない。それに、おかあさんからあなたのはなしをよくかされてたしね」


「お母さん?」


「うん、私はマルツ・オルバイ。お母さんはタサ・オルバイよ」


「タサさん?! 冒険者組合ぼうけんしゃくみあい受付うけつけの?!」


 にっこりわらってうなずくマルツちゃん。

 立上たちあがって、おもあたまげます。


「タサさんには、いつもお世話せわになってますっ!」


 ついこえおおきくなって、まわりの生徒達せいとたちから、こんどは不審ふしんけられました。


「もうっ! そんなの、いいからっ! はやすわってよ! ずかしいじゃない!」


 マルツちゃんが真赤まっかになってます。

 私のほおあつくなります。

 いそいでこしろしました。


 タサさんは、とってもやさしいかたで、いろいろとお世話せわになってるんです。

 荷物にもつあずかってくれたり、ごはんをごちそうになったり、おふるふくをくれたり。

 自分じぶんにもわたしぐらいのむすめがいるので、ほっとけなかったそうです。

 タサさんが言ってたむすめっていうのは、マルツちゃんのことだったんですね。


かたにいるお友達ともだちがウズベリちゃんね?」


 ウズベリのあたまでるマルツちゃん。


「よろしくね、ウズベリちゃん」


 いつもならいやがってきばをむくウズベリが素直すなおでさせてます。

 マルツちゃんも動物どうぶつかれる性質たちなのかもしれません。


「――いえ借金しゃっきん大変たいへんなんだってね。返済へんさいのために、あちこちで蟹蜘蛛ウルペルメるんで、ずっと野宿のじゅくしてるんでしょ? お母さん、いつもめてるわ。わかいのにたいしたものだって。あなたも見習みならいなさいって」


「そんな……。大したものじゃないです……」


 クスッとわらうマルツちゃん。

 笑窪えくぼ可愛かわいい。


「そうだ、最近さいきんは、うらめしらしてるのよね?」


「はい、給仕きゅうじをしてます」


「いいなぁ、お料理りょうり、とっても美味おいしいんでしょ?」


「そりゃもう、たぶんザガンニンでは一番いちばんだとおもいます」


 ここはむねって、断言だんげんできます。


「お母さんにこうってってるんだけど、なかなかれてってくれなくてさ。知合しりあいの食堂しょくどう遠慮えんりょしてるみたいなんだ。だから、お小遣こづかいためて一人ひとりべにくつもり」


「そうですか、是非来ぜひきてください。どれも美味おいしいですけど、ニホンノトウキョウというくにのお料理りょうりとお菓子おかし絶品ぜっぴんなんです」


「へぇ、ニホンノトウキョウかぁ、どこにある国なんだろ。もしかして西にし大陸たいりくかなぁ」


くわしくはらないですけど、とってもとおいところにあるそうです」


 そこでマルツちゃんは、大きくいききました


「――でもかった」


なにがです?」


「あなたとなら、仲良なかよくなれそうだから。この教室きょうしつには、顔見知かおみしりもいるんだけど、あんまりおちかづきになりたくないのよね」


「あうっ、まさかこわ人達ひとたちなんですか?」


ちがうわよ」


 クスクスわらうマルツちゃん。


「この学校、入学金にゅうがくきんさえはらえばだれでもはいれるでしょ。だけど、金貨きんか100まいは、高額こうがくだから、みんなあきらめちゃうのよね。私の友達ともだちも、おかねが出せなくて入れなかったのよ」


 私も討伐報酬とうばつほうしゅうかったら無理むりでした。



「――うちは、おじいちゃんが冒険者組合ぼうけんしゃくみあい組合長くみあいちょうで、お父さんが総務長そうむちょうしてるから、お金にすこ余裕よゆうがあって、なんとかはいれたんだ」


 マルツちゃんのおじいさんのナミクさんは、イカツい冒険者ぼうけんしゃふるえあがる恐持こわもての組合長くみあいちょうとしてられているそうです。

 だけど、正義感せいぎかんつよくて統率力とうそつりょくもあって、周囲しゅういからの信頼しんらいあついとか。

 数年前すうねんまえ現役げんえき引退いんたいしたんですが、ザガンニンのまちができたとき、組合くみあい総務長そうむちょうである息子むすこのジェミルさんからたのまれて組合長くみあいちょう復帰ふっきしたそうです。

 もちろんジェミルさんは、マルツちゃんのお父さんです。


「つまり、ここにいるのは、まち上級官吏じょうきゅうかんりとか、大きな商会しょうかい子女しじょってわけ。どいつもこいつも、わたくし庶民しょみんとはちがいますのよ、っていう嫌味いやみなヤツらだから友達ともだちになりたくないの。――あっ、でも私はちがうからね」


 片目かためをつぶるマルツちゃん。

 意外いがい毒舌どくぜつです。

 

 天使様てんしさま招聘しょうへいできても、神品学校しんぴんがっこう入学にゅうがくできなければ主教しゅきょう資格しかくはもらえません。

 だから、そういう人は天使様てんしさまとは関係かんけい仕事しごとにつくことになります。


 ただ、なかには民間みんかん巫女みこ祝史はふりとして、わずかな報酬ほうしゅう対価たいかに、耗霊もうりょう浄化じょうか請負うけおう人もいたりします。

 でも不安定ふあんていだし報酬ほうしゅうすくないので、らしていくのは大変たいへんみたいです。

 

 まあ、“熾恢しかい巫女みこ”様ぐらい有名ゆうめいになっちゃえば、浄化じょうか報酬ほうしゅうもかなり高額こうがくになるみたいですけど。

 とうのアティシュリ様は、もらった報酬ほうしゅう全部ぜんぶあまいものに注込つぎこんじゃうんだそうです。

 うらやましい……。


「――まさか、特級案件とっきゅうあんけん達成たっせいして入学にゅうがくする人がホントにいるなんてさぁ。しかもそれが、こんな華奢きゃしゃな女の子だなんて」


たすけてくれたのがすご人達ひとたちだったんですよ。私はたいしたことしてないんです」


「ふーん」


 マルツちゃんは、繁々しげしげと私を見つめます。


「――ところでさ、もう敬語けいごやめにしない? 同級生どうきゅうせいなんだし、なんなら私、年下とししただからさ」


 今年ことし一年生いちねんせい全部ぜんぶで18めいです。

 そのうち年齢ねんれい拡張枠かくちょうわく入学にゅうがくできたのは私だけです。

 つまり、同級生どうきゅうせいはみんな15さいで、年下とししたってことになります。


「あうっ、そ、そっかぁ……」


 ちょっと肩身かたみせまいのです。


 すると講義こうぎ開始かいしげるかねりました。

 同時どうじ先生せんせいはいってこられたので、おしゃべりはここまでです。


 一時限目いちじげんめ天使様てんしさまについての講義こうぎでしたが、そのまえに先生から襟章えりしょうくばられました。

 ひろげたつばさかたちをして、いろしろ胴体部分どうたいぶぶんあか数字すうじの1がえがかれたものです。

 えりにつけると、なんだかほこらしい気持きもちになりました。

 

 その四時限目よじげんめまで講義こうぎけ、やっと昼食休憩ちゅうしょくきゅうけいです。

 四時限目よじげんめでは、おなかが、ぐうぐうるのをこらえるのが大変たいへんでした。


 昼食ちゅうしょくは、一階いっかい食堂しょくどうでとります。

 ただ、献立こんだて一品いっぴんだけ。

 それに、うらめし屋のお料理りょうりくらべると質素しっそで、あまり魅力的みりょくてきじゃありません。

 でも、無料むりょうなので文句もんくは言えないのです。


 食堂しょくどうには一年生いちねんせいほかに、先生や二年生にねんせい姿すがたもあります。

 うちの学校は創立一周年そうりついっしゅうねんなので、まだ三年生さんねんせいはいないのです。


 すみっこにある食卓しょくたくでマルツちゃんと一緒いっしょべていると、なにやらものものしい雰囲気ふんいきをまとってちかづいてくる3つの人影ひとかげがありました。


 これ絶対ぜったいまずいことになるよ。

 私の直感ちょっかん、あまりはずれたことありません。


 あんじょう、3人は私達の前であしめます。

 そして中央ちゅうおうの女の子が私をつめたく見下みおろして言いました。


「あなたが、エヴレン・アヴシャルね?」


 綺麗きれい編込あみこまれた金髪きんぱつ

 ながいまつげとあおおおきなひとみ

 かたちはいいけれど皮肉ひにくそうにゆがんだくちびる

 美人びじんなんですけど、かなり高飛車たかびしゃかんじをけます。

 

「は、はい、そうですけど……」


「私は、フンダ・アカンよ」


 名前なまえを言いながらあたまげるんじゃなくて、さらにあごげてきました。

 襟章えりしょうにはあか数字すうじの2。

 もちろん上級生じょうきゅうせいです。


「この人、ザガンニンの藩主はんしゅむすめよ。さからわずに適当てきとうにあしらって」


 かおをしかめたマルツちゃんが耳打みみうちしてくれました。


「ご紹介しょうかいありがとう、オルバイさん。でも適当てきとうにあしらわれるのは心外しんがいだわ」


 フンダさんにもこえてたみたいです。 

 バツがわるそうにしたすマルツちゃん。


「そうよ、をつけなさいっ!」


私達わたしたち先輩せんぱいなのよっ!」


 フンダさんの左右さゆうにいる女の子が絶妙ぜつみょう調子ちょうしいのれてきます。

 ひだり一重目ひとえめふとった女子じょしみぎ鷲鼻わしばなせぎすの女子じょしです。


「左はチメン・ファラシュ、右はヨスン・チャマスル。ようするに金魚きんぎょのふんよ」


 さっきよりも、ずっと小声こごえでマルツちゃんがおしえてくれました。

 

「どうもはじめまして、アカンさん、ファラシュさん、チャマスルさん、新入生しんにゅうせいのエヴレン・アヴシャルです。よろしくおねがいします……」


 とりあえず挨拶あいさつです。


「ふんっ……」


 三人は値踏ねぶみするように、じろじろ見てきます。


「あなた、ブラク・エルソイでさえたおせなかった魔獣まじゅうたおしたのよね?」


 あごを上げたフンダさんが聞いてきました。


「ええ、はい、一応いちおう……、ですけど……」


 討伐とうばつうわさいて私にいに人達ひとたちは、みんな最初さいしょうたがってきます。

 まあ、こんなヨワヨワな見た目だから仕方しかたないんですけど。


しんじられないわ、こんな、ヘッポコむすめに……」


おっしゃるとおり、ヘッポコですわね」


「そうそう、ヘッポコだわ」


 だ、だれがヘッポコだ!

 それは、はじめて言われたよっ!

 3人でってたかって!

 でもたってるから、言いかえせないのっ!


 3人にイラついたかたのウズベリが立上たちあがり、ガンをばしてます。


 えるのだよ、ウズベリ。

 ここで、でっかくなっちゃダメだからね。


初対面しょたいめんで、そんな言いかたないんじゃありませんっ?!」


 マルツちゃんが、わりに言ってくれました。


「なぁに、オルバイさん、私に口答くちごたえするの? ヘッポコにヘッポコと言ってなにわるいというのかしら」


「アカン先輩せんぱい先輩せんぱいのそういうとこ、“後輩こうはいみんな”がきらってるってってます?」


 キッとしてマルツちゃんをにらむフンダさん。


「あなた、フンダさまたいして失礼しつれいじゃない! きらってる後輩こうはいは、あなただけよ!」


「そうよ、フンダ様が後輩こうはいきらわれるわけないでしょっ! すぐに訂正ていせいして謝罪しゃざいしなさい!」


 チメンさんとヨスンさんは、わらずいの手担当てたんとうです。


「アカン先輩せんぱいのそういうとこ、“みんな”がきらってるってってますか? ――訂正ていせい、これでいいですよね?」


 あざわらうマルツちゃん。

 あおってる、あおってるよぉ。

 自分じぶんさからうなって言ってたのにぃ。

 フンダさんのコメカミが、びしびしきつってるよぉ。


「オルバイさん……、いい度胸どきょうね……。私に喧嘩けんかるつもりなのかしら?」


 こわいよぉ……。

 こえに、どすがいてるよぉ……。


「いいえ、四冠ケセド土魔導どまどう使つか先輩せんぱいに、五冠ゲブラ水魔導すいまどうの私じゃ、相手あいてにならないですよ。――でも、エヴレンちゃんがわりに、その喧嘩けんかってくれますから」


 ゔぇっ!!

 おどろいてマルツちゃんを見ると、片目かためをつぶって親指おやゆびててます。

 マ、マルツちゃん……。

 何を言ってくれちゃったのかな……。


「――エヴレンちゃんが本当ほんとうにヘッポコかどうか、先輩自身せんぱいじしんの目でたしかめるべきでしょ」


 あうっ!

 マルツちゃん!!

 やめてぇぇぇっ!!!

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