第85話 エヴレン・アヴシャル‹2›

 もちろん、ただ綺麗きれいなだけじゃありません。

 おねえちゃんは、わたしなんかじゃくらべものにならないほど、魔導まどう才能さいのうにあふれていました。


 たとえば、5さい魔導まどうおぼえたんですけど、最初さいしょから五冠ゲブラ魔導まどう使つかえたそうです。

 いまでは三冠ビナル魔導師まどうしになっちゃったみたいだし。

 私なんか17歳になっても、五冠ゲブラまりなのに……


 それと傀儡くぐつ儀方ぎほう


 6歳の誕生日たんじょうびねこ傀儡くぐつをもらったんですけど、もらってすぐ、ほのお普精霊ふせいれい召喚しょうかんして傀儡くぐつ嵌入かんにゅうさせ、自在じざいあやつってみせたそうです。


 お姉ちゃんからいたんですけど、傀儡くぐつなか精霊せいれいれるには、まず傀儡くぐつ契約けいやくわして精霊せいれい名前なまえあたえる必要ひつようがあるそうです。

 だから、そのねこにはアジャンていう名前なまえがついてました。

 ウズベリの締盟ていめい契約けいやくてますね。


 締盟ていめい契約けいやくちがうところは、傀儡くぐつの中にいる精霊せいれいにずっと自分じぶん恃気エスラルあたつづける必要ひつようがあることです。

 つまり傀儡師くぐつしは、きてるときもてるときも、傀儡くぐつ恃気エスラルわれつづけちゃいます。


 これは恃気エスラル絶対量ぜったいりょうすくない人にとっては大変たいへんなことで、下手へたをすると病気びょうきになったり、んじゃったりするんです。

 でも、お姉ちゃんは6歳で、それをやってました。

 すごいでしょ。


 そして一番重要いちばんじゅうようなのは天使様てんしさま招聘しょうへいです。


 さきっておくと、天使様てんしさまにも精霊せいれいおなじように階級かいきゅうがあります。

 したからじゅんに、第一圏層天使プラタマメレイ第二圏層天使ズビティヤメレイ第三圏層天使ツルティヤメレイ最上圏層天使チャツルタメレイとなります。

 ひと招聘しょうへいできるのは第三圏層天使ツルティヤメレイ様までで、最上圏層天使チャツルタメレイ様が招聘しょうへいおうじることはありません。


 天使様てんしさま招聘しょうへいできるかどうかは、だいたい3、4歳でわかります。

 招聘しょうへいできるには、天使様てんしさまほうからはなしかけてこられて、自分じぶんぶようにさとすのだそうです。


 だから、その子はだれおしえられるわけでもなく、自然しぜん天使様てんしさま招聘しょうへいして、まわりをおどろかせるというわけです。

 そしておそくとも、6歳までに天使様てんしさまりてこなければ、その子に招聘しょうへいちからはないとされるのです。


 だけど、こんなふうにして招聘術しょうへいじゅつ使つかえるようになったとしても、普通ふつう第一圏層天使プラタマメレイ様をぶにとどまります。

 第二圏層ズビティヤから上位じょうい天使様てんしさま招聘しょうへいできる人は、とっても貴重きちょう存在そんざいで、まれにしかあらわれないのです。

 つまり、お姉ちゃんもその一人ひとりってことなのです。


 招聘しょうへいされた天使様てんしさまは『守護天使コルユジュメレク』、招聘者しょうへいしゃは『上擢かんなぎ』と呼ばれます。

 ちなみに、上擢かんなぎはウガリタだと『ヒズメット』っていいます。


 天使様てんしさま上擢かんなぎに『頼号バシュカアド』という呼称こしょう使用しようゆるして合図あいずにし、次回じかいからの招聘術しょうへいじゅつ省略しょうりゃくできるようにしてくれます。

 つまり頼号バシュカアドとなえるだけで、天使様てんしさまりてくるんです。


 お姉ちゃんの守護天使コルユジュメレク様の頼号バシュカアドは『ウフケヴェリ』でした。

 私も何度なんどかウフケヴェリ様におにかかかる機会きかいがありました。

 ウフケヴェリ様は、全身ぜんしんしろもやのようで実体じったいがなく、背中せなか四枚よんまい羽根はねち、人の身体からだ甲虫かぶとむしかおっているようなお姿すがたをしてました。


 むかしもり茸狒チャルマイムンれにおそわれたとき、お姉ちゃんはウフケヴェリ様を招聘しょうへいしたことがあります。

 茸狒チャルマイムンたち棍棒こんぼう私達わたしたちなぐりかかりましたが、ウフケヴェリ様の屹牆きっしょうまったちませんでした。


 一方いっぽう攻撃こうげき通用つうようしなくて混乱こんらんしてる茸狒チャルマイムン達に、アジャンが炎摩導えんまどうつめきば反撃はんげきします。

 結果けっか、ボコボコにされた茸狒チャルマイムン達は戦意せんいうしない、すたこらさっさとげていったのでした。


 こわかったけど、なつかしいおもです……。


 私、大人おとなになっても、ずっとお姉ちゃんと一緒いっしょいるんだ、って思ってました。

 おたがい、きな人と結婚けっこんして、子供こどもまれて、子供がまた友達ともだちになって。

 おかあさんになっても、おばあちゃんになっても、ずっと一緒いっしょって……。 


 でも、ある日突然ひとつぜん、もうあそばないってわれたんです。

 学校がっこうでも無視むしされて。

 いえたずねてもえなくて。

 そしてそのまま、メレクバチェシへ引越ひっこししてしまいました。

 あれ以来いらいえてません……。


 だから私には、ウズベリの気持きもちがよくわかるんです。

 ずっと一緒いっしょにいたいって思ってた人が、きゅうにいなくなる。

 それが、どんなにつらいかって。


 まるでこころおおきなあないたみたいで。

 あれから10年経ねんたったけど、まだあなじてません。

 それに時々ときどき、とってもいたくなるんです……。


 えーと、まあ、とにかくです。

 お姉ちゃんは、綺麗きれいで、カッコよくて、つよくて、たのもしくて。

 おとこの子だったら、きっときになってたはずです。


 先生達せんせいたちは、そんな人と私をたたかわせようとしてるんです。

 てるわけ、ありません。

 ていうか、たたかうことなんて、ありえません。


「――タイランは今や大主教だいしゅきょうとなり、大綱会議たいこうかいぎにおける発言権はつげんけんつよめている。おそらくむすめ名声めいせい後押あとおししのひとつとなっているのだろう。このままでは首座主教しゅざしゅきょう地位ちいまでれるかもしれん。しかし……、そんなことはだんじてゆるさんっ!」


 えるヤイガラズ先生。

 アクビをするウズベリ。


素行不良そこうふりょうでバエリンの田舎聖品いなかせいひんでしかやっていけなかったあいつが、あにという僥倖ぎょうこう当主とうしゅとなり、13枢奥卿すうおうきょう大主教だいしゅきょうだとっ! 冗談じょうだんにもほどがあるっ! 地母神キュベレイ様の御意志ごいしうたがいたくなるぐらいだっ!」


 はげしい口調くちょうに、校長先生こうちょうせんせいがひいてます。


「バエリンの神品学校しんぴんがっこう同期どうきもっと成績せいせきわるく、卒業試験そつぎょうしけん最下位さいかいでやっと通過つうかしたおろもの。そのうえ、酒好さけず女好おんなず博打好ばくちずき。素行そこうわるさから中央ちゅうおう人事じんじ忌避きひされ、領地経営りょうちけいえいしかのうかったのに……。首位しゅい卒業そつぎょうした私が主教しゅきょうで、あんなヤツが、今や大主教だいしゅきょうなどと……」


 どうやら、ヤイガラズ先生とタイラン小父おじ様は同級生どうきゅうせいみたいです。


 ヤスミンお姉ちゃんがまれてすぐ、お母様かあさま病気びょうきくなられました。

 だからタイラン小父様は、たくさんおさけんで酔払よっぱらい、屋敷やしき女中じょちゅうさんをっかけまわし、そのつど、お姉ちゃんにおこられてシュンとするという日々ひびごしていたのです。

 中央ちゅうおう仕事しごとがもらえなかったのは、そのせいかもしれません。

 さびしかったんでしょうけど、ちょっとカッコわるいです。


「ヤイガラズくん、そのくらいにしておきなさい」


「し、失礼しつれいしました」


 校長先生にしかられて、恐縮きょうしゅくするヤイガラズ先生。

 そのあと、校長先生は、ゆっくりと私のほうに顔をけました。


「――話は以上いじょうだ、アヴシャル君。もちろん承知しょうちしてもらえるだろうね」

 

「あ、あの……、わ、私……、おことわりします。試合しあいはできません!」


 身体からだふたつにげておびしました。


「ふむ、ことわるとうのかね」


「す、すいません……」


こまったね、きみ入学にゅうがくは、この試合しあいのためにみとめられたと言っても過言かごんではないのだよ。もしことわるというなら、君の入学にゅうがく取消とりけして退校処分たいこうしょぶんとすることになるが……」


 ゔぇっ!


「そ、そんなっ!」


 かおげると校長先生が、微笑ほほえんでいました。

 でも、全然笑ぜんぜんわらってなくて……。

 まるで獲物えものつめるおおかみみたい。

 やっぱりこわいです。

 

 やっとはいれた神品学校しんぴんがっこうなんです。

 退校処分たいこうしょぶんなんてひどすぎます。

 両親りょうしんにも入学にゅうがくできたって手紙出てがみだしちゃいました。

 それに、私のためにヤムルハヴァ様のとこから牙獅子コカスラン毛皮けがわってきちゃったアティシュリ様になんて言えばいいんでしょう。


 結局けっきょく、この危機きき乗越のりこえるには、試合しあい受入うけいれるしかない……。

 みたいです……。


「あうっ、わ、わかりばじたぁ……」


 いつものようになみだ鼻水はなみずあふれてきます。

 こうして、満足まんぞくそうな先生達せんせいたち見送みおくられ、私はきながら校長室こうちょうしつあとにしたのでした。


 学校から、うらめし屋にかえみちすがら、お姉ちゃんのことをずっとかんがえてました。

 どうしてあのとききゅうに、私からはなれていってしまったのかって。


 私がきらいになった?

 年下とししたあそぶのがバカらしくなった?

 理由りゆうが、まったくわかりません。


 かたの上のウズベリはいてる私を、心配しんぱいそうに見ています。

 でも言葉ことばをかけてあげる余裕よゆうは、ありませんでした。 


 うらめし屋にもどるとアレクシアさんとユニスちゃんが、開店準備かいてんじゅんびのお掃除そうじをしてました。

 二人ふたりは、私がいてるのにづき、ってきてくれます。


「どうしたんです? 大丈夫だいじょうぶですか?」


 アレクシアさんが背中せなかをさすってくれました。


「ど、どうぼ、すびばせん……」


 やわらかでやさしいてのひら感触かんしょく

 だけどどこかに、こわい、って感情かんじょうもあるんです。

 そんな自分じぶんが、とってもいやで、より一層悲いっそうかなしくなりました。


なんかあったの? イジメとか? そんなヤツ、ウズベリにやっつけてもらっちゃえばいいのに」


 ユニスちゃんが私の顔をのぞきこみます。  

 言ってることは無茶むちゃですけど、心配しんぱいしてくれてるのがわかります。

 さわぎをきつけて、チェフチリク様とツクモさんがうらからてきました。


「どしたの?」


 みどり仮面かめんをつけたツクモさんが、くびかしげてます。

 ヒュリアさんのしてる無表情むひょうじょう仮面かめんちがって、ずっとわらってるヤツです。

 見てるとなんだかイラついて、はらって、より大きな泣声なきごえが出てしまいました。


「泣いてるだけじゃ、わからないよ」


 かたをすくめるツクモさん。

 あの態度たいど

 められてるような気分きぶんになります。


「――エヴレン、落着おちつけ。ここには君をがいしようとするものはいない。ゆっくり深呼吸しんこきゅうをするがいい」


 おなかにひび美声びせいさとしてくださるチェフチリク様。

 深呼吸しんこきゅう何度なんど繰返くりかえして落着おちついた私にやわらかく微笑ほほえんでくださいます。

 校長先生こうちょうせんせいとは真逆まぎゃくやさしい笑顔えがおです。


 壌土じょうどりゅう様が、私なんかにやさしくしてくださる……。

 なんて有難ありがたいことでしょう。

 

「で、何があったのだ?」


「わ、わだじに、ほ、奉術典礼ほうじゅつてんれい試合しあいじろっで……、こ、こうぢょうぜんぜいが……。ご、ごどわるだら、退校処分たいこうしょぶんだっで……」


試合しあい? 奉術典礼ほうじゅつてんれいでか……?」


「ふぁい……」


「ふむ、あまり時間じかんがないようだな……」


 まゆをひそめてあごでるチェフチリク様。

 

たたかうっていったって、本気ほんきじゃないんでしょ。適当てきとうにヤっとけばいいんだよ」


 能天気のうてんきなツクモさん。

 あの笑顔えがお、ひっぱたきたくなります。


「わ、わだじには、む、無理むりでふ……」


「でも、自分じぶんたたかうわけじゃないよね。どうせ、ウズベリが全部ぜんぶやってくれるんだからさ。気楽きらくかんがえなよ」


 キッとしてツクモさんをにらみます。

 そして怒鳴どなってしまいました。


「ぞれでぼ、わだじには、無理むりなんでふっ!」


 怒鳴どなったあとたたまれなくなって、そこからしました。

 階段かいだんがって自分じぶん部屋へやはいり、寝台しんだいげます。


 お姉ちゃんと戦うなんて、無理むり、無理、無理っ!

 気楽きらくにできるわけないじゃないっ!!

 ツクモさんのバカぁ!!!

 絶対ぜったいいやーっ!!!!


 まくらかおしつけて、泣声なきごえころします。

 気持きもちがささくれて、またこころあないたみがはじめました。


 そんな私のみにに、ふわっとやわらかなれます。

 まるまったウズベリが、ほっぺたに背中せなかをくっつけてきたんです。


 ほんのりあたたかくて気持きもちよくて。

 すうっといたみが、ひいていきました。


「ありがと……」


 背中せなかでてやりました。


 でもホント、どうしたらいいんでしょうか。

 やっぱり試合しあいことわるべきでしょうか。

 でも、学校がっこうをやめされられちゃうし。

 だけど、お姉ちゃんとたたかうなんて……。


「エヴレン、大丈夫だいじょうぶかい?」

 

 とびらそとからツクモさんのこえがしました。


「さっきはゴメン。なんさわったかな」


 もやもやして素直すなお返事へんじができません。


「あのね、今日きょうは、おみせやすんでいいからさ。明日あしたから授業始じぎょうはじまるんでしょ。準備じゅんびあるだろうし、ゆっくりしてね。それからおひるはん、ここにいておくから、べて」


 ときどき、ツクモさんは無神経むしんけいだ、って思うときがあります。

 でも、基本きほんやさしい人?なんです。

 どこかにくめません。


 あうっ、そうだ……。

 お姉ちゃんのこと、にくめたらかったんだ。

 そしたらこんなになやまずに、たたかえたのに……。


 ぐるぐるかんがえてるうちにつかれて、そのままよるまでねむってしまいました。


 そしてつぎの日。

 登校初日とうこうしょにちです。


 うらめし屋は定休日ていきゅうびで、いつものようにチェフチリク様は早朝そうちょうから外出がいしゅつされました。

 定休日ていきゅうびには受持うけもちの区域くいき見回みまわりにかれるんです。


 それにここのところ、アティシュリ様も姿すがたえません。

 やっぱり見回みまわりをされているのか、それともべつ用事ようじなのか。

 自由奔放じゆうほんぽうかたですので、わかりません。

 

 ヤムルハヴァ様は、まだてらっしゃって、ヒュリアさんとジョルジさんは今日きょうかえれないようです。

 でもそのおかげで、ツクモさんは、三冠ビナル魔導師まどうしになっちゃったみたいです。

 ほんと、ちゃっかりしてます。 


 昨日きのうよるは、お姉ちゃんのことばっかりかんがえて、ほとんどねむれませんでした。

 昼間ひるまねむっちゃったせいもありますけど……。

 ぼーっとしたまま、昨日支給きのうしきゅうされた学校の制服せいふくそでとおします。


 ジュペと呼ばれる立襟たてえりで、くるぶしたけの青い上着うわぎで、教会きょうかい祭服さいふくでもあります。

 けると、すこしだけ元気げんきがでました。


 でも登校中とうこうちゅうに、何十回なんじゅっかいも、あくび連発れんぱつです。

 かたのウズベリも私にられて大あくびでした。


 学校についてすぐ、お手洗てあらいで顔をあらって、なんとかあたまをシャッキリさせます。

 そして校舎こうしゃの1かいにある、一年生いちねんせい教室きょうしつへとかいました。

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