第84話 エヴレン・アヴシャル‹1›

「エヴレン・アヴシャルくん入学にゅうがくおめでとう」


 禿頭はげあたまくろいアゴひげやしたコルカン・ハプシュルマク校長先生こうちょうせんせいが、笑顔えがおでおいわいをべてくれました。

 でも、わらってるようで笑ってないみたいな笑顔が、とってもこわいです。


「――早々そうそうですまないのだが、君には、八日後ようかごおこなわれる『奉術典礼ほうじゅつてんれい』で魔導まどう試合しあいをしてもらいたい」


「えっ?! えっ?! 試合しあい!? わたしがですか!?」


 こえおどろいてかたうえにいるウズベリが身体からだをビクッとさせました。

 入学式にゅうがくしきあと突然とつぜん校長室こうちょうしつ呼出よびだされたとおもったら、いきなりこんなことわれちゃいました。


 おおきなつくえ両肘りょうひじいてすわっているハプシュルマク校長先生のとなりには目付めつきのわるいピシュマン・ヤイガラズ副校長先生ふくこうちょうせんせいっています。


「そうだ。今年ことしは、我校わがこう記念きねんすべき創立一周年そうりついっしゅうねんだ。それをいわ奉術典礼ほうじゅつてんれいは、全国ぜんこくからおおくの賓客ひんきゃくまねき、まちげての盛大せいだいなものとなる。なかでも魔導まどう試合しあい一番いちばん行事ぎょうじだ。首都しゅとメレクバチェシの中央学校ちゅうおうがっこうより優秀ゆうしゅう生徒せいとまねき、我校わがこう選抜せんばつした生徒せいと試合しあいをさせ、我校わがこうにおける生徒せいと成長せいちょう将来性しょうらいせい披露ひろうするという重要じゅうよう役割やくわりがあるのだ。もしそこで、他愛無たあいな結果けっかせば、我校わがこう存続そんぞくあやぶまれかねない」


 校長先生にわってヤイガラズ先生が説明せつめいしてくれました。

 

 神品学校しんぴんがっこう入学式にゅうがくしき構内こうない中央ちゅうおうにある地母神キュベレイ様の祠堂しどうおこなわれました。

 出席しゅっせきした新入生しんにゅうせいは20人足にんたらずで、盛大せいだいとはがたいものでしたが、厳粛げんしゅく品格ひんかくがあって、とっても清々すがすがしい気持きもちになれたんです。


 私はずっと、神品学校しんぴんがっこう入学にゅうがくできさえすれば、なにもかも上手うまくいくって思ってました。

 主教補しゅきょうほになって、くに官吏かんりになって、お給料きゅうりょうもらって、借金しゃっきんかえして。


 だけど、アティシュリさまから、あんなことをかされて……。

 これまでの私の信仰しんこうって一体いったいなんだったんだろってかんがえると、あたまが、ボーっとしてしまいます。


 マリフェトというくに佑師ゆうしファトマ様が、みずからを犠牲ぎせい人間世界にんげんせかいすくった聖師せいしフゼイフェ様のれいなぐさめ、神々かみがみ同等どうとうくらいあたえるために創設そうせつされた地母様じぼさま教会きょうかいはじまりです。


 災厄さいやくときあいだ、フゼイフェ様はファトマ様をとおして地母神キュベレイ様と交流こうりゅうし、その意図いと英雄えいゆうフェルハトや賢者けんじゃアイダンにつたえ、おおくの困難こんなん乗越のりこえられたのだそうです。


 その、ファトマ様は教会きょうかい設立せつりつすることで、雑多ざった神々かみがみへの信仰しんこうを、地母神キュベレイ様を最高神さいこうしんとしてひとつにまとめられました。

 地母神キュベレイ様を最高神さいこうしんにするということは、その意図いと実践じっせんしていたフゼイフェ様が、最高神さいこうしん庇護ひごけた人間にんげんであり、かみちか存在そんざいだったって、みなされるというわけです。


 そして現在げんざい、ファトマ様ののぞみは成就じょうじゅし、おおくの人が天使てんし様、霊龍れいりゅう様と同様どうようにフゼイフェ様を信仰しんこうするようになりました。


 だけどフゼイフェ様が人間にんげんじゃなくて魔族まぞくだとれたらどうなるでしょう。

 人々ひとびとはフゼイフェ様を排斥はいせきし、庇護ひごあたえていた地母神キュベレイ様さえ糾弾きゅうだんするかもしれません。

 そうなれば地母神キュベレイ様への信仰しんこう基盤きばんとしているマリフェトはわりです。

 たとえそんな結果けっかにならないとしても、たくさんの人が私のようになやみ、くるしむことは間違まちがいありません。


 バシャルでは魔族まぞく強制的きょうせいてき奴隷化どれいかし、過酷かこく仕打しうちをしているというはなしをよくみみにします。

 それは、ずっとむかしからつづいていて、むことがありません。

 なぜ虐待ぎゃくたいつづくのでしょう。

 おもうに、人々のこころ魔族まぞくへの恐怖感きょうふかん嫌悪感けんおかん浸透しんとうしてしまっているからじゃないでしょうか。


 いましんじられていませんが以前いぜんは、魔族まぞく人間にんげん子供こども女性じょせいさらって、べたりなくさみものにするって話がまことしやかにかたられていたんです。

 魔獣まじゅう魔人まじん仕業しわざだって思われる事件じけんなんかも、魔族まぞくのせいにされて、話に真実味しんじつみしていきました。


 こんなことが何千年なんぜんねんものあいだ繰返くりかえされれば、魔族まぞくへの恐怖感きょうふかん嫌悪感けんおかん、ひいては憎悪ぞうお蔓延まんえんしたとしても無理むりはありません。


 私だって子供こどもころおやの言うことをかないと、魔族まぞくべてもらうからっておどかされてました。

 たとえ真実しんじつではないとしても、こんなふう社会しゃかい浸透しんとうしてしまうと、それを打消うちけすのは、とってもむずかしいでしょう。


 フゼイフェ様を敬慕けいぼするファトマ様でさえ、その真実しんじつおおやけにできなかったことに、この問題もんだい根深ねぶかさをかんじます。

 地母神キュベレイ様は、すべての生命せいめい相互そうご尊重そんちょうされるべきである、とおっしゃっているのに、なぜ魔族まぞくされたのでしょう。

 まるで彼らだけ、そこからはぶかれているかようです。


 マリフェトはウラニアを国家こっかとしてみとめてはいますが、正式せいしき国交こっこうむすんでいません。

 それでも三傑さんけつくになかではもっともウラニアに友好的ゆうこうてきであるといえるかもしれません。


 帝国ていこく交易こうえきのためウラニアの商人しょうにん受入うけいれていますが、国家こっかとしてみとめていませんし、魔導王国まどうおうこくオクルにいたっては、商人しょうにんさえ受入うけいれず、交流こうりゅうするがないようです。

 こんなことも、魔族まぞく地母神キュベレイ様の相互尊重そうごそんちょうおしえからはぶかれている実例じつれいといえるでしょう。


 私、自分じぶんでは魔族まぞくたいする偏見へんけんすくないほうだと思ってきました。

 だけどユニスさん達とらすことで、やっぱり受入うけいれきれないところがあるって気づいたんです。

 だから彼女達かのじょたちあいだにもえないかべができてしまって、うわつらだけで仲良なかよくしているみたいな感じでした。


 きっとユニスさん達もそんな私の気持きもちを見抜みぬいていて、たりさわりのせっかたをしてくれていたんだと思います。

 そして、そんなうそ平和へいわあまえて、ずっとこのままでいやって自分じぶんをごまかしてました。


 だけどフゼイフェ様のはなしいて、このさき、ユニスさん達と、どうせっしていけばいいのか、どう神様かみさまへの信仰しんこうたもてばいいのかからなくて……。

 魔族まぞくたいする嫌悪感けんおかん罪悪感ざいあくかん、そして地母神キュベレイ様への信仰しんこう疑念ぎねんあいだいたばさみになってます。


 それで、うらめし仕事しごとにもはいらず、おさらとしたり、注文ちゅうもん間違まちがえたり。

 ユニスさん達とかおわせると、アワアワしちゃったり。

 入学式にゅうがくしきまでのあいだ、ずっとそんなだったんで、入学にゅうがくできたんだっていううれしさがうすらいでしまって……。


 こんなはずじゃなかったのに……。

 きっとうれしくて、しきいちゃう、って思ってたのに……。


 だけどいざ出席しゅっせきしてみると、おごかな雰囲気ふんいきつつまれて、いろんななやみが浄化じょうかされていくのを感じました。

 地母神キュベレイ様への信仰心しんこうしんにも、またあかりがともったんです。

 それで、おしっ、心機一転しんきいってんがんばるぞっ!って思いました。


 でもその途端とたん呼出よびだされて……。

 そしたら大勢おおぜいまえ試合しあいしろだなんて……。

 気持きもち、ぐちゃぐちゃです。


 そんな私の気持きもちになんか、おかまいなくヤイガラズ先生は話をつづけます。


「――今年度こんねんど入学条件にゅうがくじょうけんを17さいにまでひろげて生徒せいと募集ぼしゅうしたのは、帝国ていこく無配慮むはいりょ拡張戦略かくちょうせんりゃくそなえるというだけでなく、この奉術典礼ほうじゅつてんれい勝利しょうりできる人材じんざい確保かくほにもあったのだ」


 キュペクバルをほろぼし、いまはアザット連邦れんぽう戦争せんそうをしている帝国ていこく

 アザットをくだしたあと、その矛先ほこさきをマリフェトへけないともかぎらないということでしょうか。

 こわはなしですけど、それで入学条件にゅうがくじょうけんひろげられたことは、私にとって幸運こううんでした。


「アヴシャルくんきみは、典礼てんれい勝利しょうりるに最適さいてき人材じんざいかんがえられるのだよ」


 思ってもみないことをハプシュルマク先生が言います。


 ハプシュルマク先生は神品学校しんぴんがっこう校長こうちょうだけでなく、ザガンニンをまとめる藩主教はんしゅきょうもしています。

 藩主教はんしゅきょう様をはじ教会きょうかい主教しゅきょう様達はザガンニンにおける地母神キュベレイ様への信仰しんこうやしなうことにささげられているのです。


 その仕事しごとひとつに耗霊もうりょう浄化じょうかもあります。

 ツクモさんも、耶宰やさいになってなかったら、浄化じょうかされちゃってたかもしれません。


「――どういうことでしょうか?」


「君は、かの高名こうめい冒険者ぼうけんしゃブラク・エルソイのいのちうばった魔獣まじゅう討伐とうばつした。その力があれば、試合しあいつなど造作ぞうさいはずだ」


 いつのまにか、ウズベリを討伐とうばつしたことがひがし大陸中たいりくじゅうつたわってしまって……。

 とってもこまってます。 

 いろんなたいから勧誘かんゆうされたり、ごつい冒険者ぼうけんしゃさんに勝負しょうぶいどまれたり。


 私はただ、魂露イクシルをウズベリのあたまけただけなのにっ!


助力じょりょくしてくれたのがすご人達ひとたちだったんですっ! 私の実力じつりょくじゃないんですっ!」


 なにしろ八大霊龍はちだいれいりゅう一柱ひとはしら炎摩えんま龍様ですもんね。


謙遜けんそんする必要ひつようはない。ブラク・エルソイの100人隊にんたいでもたおせなかった魔獣まじゅうをたった5人で討伐とうばつしたのだ。たとえ助力者じょりょくしゃ屈強くっきょうだったとしても、君自身きみじしんが、それに匹敵ひってきするごうものであることに間違まちがいいはあるまい」


「いいえ、謙遜けんそんじゃないんですっ! ――ホントに私はたいしたことなくて……」


 アティシュリ様のこともそうですけど、ヒュリアさんやジョルジさん、ツクモさんのことは秘密ひみつにしておかなくちゃなりません。

 だから討伐達成報告とうばつたっせいほうこくのときにもみなさんの名前なまえせず“助力者四人じょりょくしゃよにん”としか記載きさいできませんでした。


 名前なまえ記載きさいされれば、討伐とうばつ功績こうせき記載きさいされた全員ぜんいんのものになります。

 でも“助力者じょりょくしゃ”ってだけでは、全部ぜんぶ代表者だいひょうしゃである私の功績こうせきとされてしまうんです。


「――とにかくだ、君以外きみいがい今回こんかい大役たいやくつとまる人物じんぶつはいない。君も我校わがこう生徒せいととなったからには、その名誉めいよ発展はってんのために貢献こうけんすべきだと思わんかね」


 ヤイガラズ先生が、非難ひなんするようにくちはさみます。

 

「そ、それは……、そうです……、けど……」


「それにだ、対戦相手たいせんあいては、君とまった無縁むえんものではないのだ」


「えっ、私のってるひとなんですか?」


 しかめっつらうなずくヤイガラズ先生。


「――中央学校三年ちゅうおうがっこうさんねん女生徒じょせいとで、氏名しめいをヤスミン・ジュンブルという。おぼえがあるのではないかね」


「えっ!」


 名前なまえを聞いてあたま真白まっしろになりました。


「13枢奥卿すうおうきょうひとつ、ジュンブル家の令嬢れいじょうで、傀儡くぐつ儀方ぎほうひいで、三冠ビナル魔導師まどうしでもあり、さらには第二圏層だいにけんそう守護天使コルユジュメレク様を招聘しょうへいすることができるという近年稀きんねんまれ天才てんさいだ」


「ヤスミンおねえちゃん……」


 くちから名前が、こぼれます。

 あのころくらくてにがくておもたい感情かんじょうもどってきました。


「ジュンブル家は、アヴシャル家が剥奪はくだつされた13枢奥卿すうおうきょう地位ちいわりに授与じゅよされたのだろう。君にとっては宿敵しゅくてきといってもいいのではないかね。今回こんかい奉術典礼ほうじゅつてんれいで、その宿敵しゅくてきはなかすことができれば、アヴシャル家の祖先達そせんたち溜飲りゅういんげようというものだろう」


「そんな! 宿敵しゅくてきだなんて!」


 9年前ねんまえまで、バエリンのまちには、うちの屋敷やしきがまだのこっていました。

 バエリンは、ザガンニンのすぐひがしにある中規模ちゅうきぼまちです。

 私は、そこでまれ、借金しゃっきんかたられるまでの8年間ねんかんらしたんです。


 そして、うちのとなりにあったのがジュンブル家の屋敷やしきでした。

 ジュンブル家には私よりひと年上としうえおんなの子がいました。

 それがヤスミンおねえちゃんです。

 としちかくて、いえとなりで、どちらもパッとしない田舎いなかの『聖品せいひん同士どうしだったんで、私達は、すぐ仲良なかよくなりました。


 聖品せいひんていうのは、くにから褒賞ほうしょうなので領地りょうちあたえられ、そこからがる収益しゅうえきすべての収得しゅうとくゆるされた特別とくべつ資格しかくのことを言います。

 そうでない公地こうちでは収益しゅうえきくにぜいが、かかっちゃいますから。


 当時とうじ、私が天使てんし様を招聘しょうへいできないことがわかって、アヴシャル家は13枢奥卿すうおうきょう地位ちい剥奪はくだつされ、国からの俸給ほうきゅうたれてしまいました。

 そのうえ、お父様とうさま主教補しゅきょうほ資格しかくを持ってはいたんですが、ずっと病気びょうきだったんではたらいていませんでした。

 だからうちは、バエリン近郊きんこうのこっていたわずかな領地りょうち管理かんりして生計せいけいてるしかなかったんです。


 一方いっぽう、ヤスミンお姉ちゃんのお父上ちちうえのタイランさんは、主教しゅきょうになれはしたんですが、素行そこうわるくて中央ちゅうおう仕事しごとにはけなかったんだそうです。

 だから分家ぶんけしたときに、おにいさんからもらったバエリンの領地りょうちうつり、うちとおなじように、そこを管理かんりしてらしていました。


 両家りょうけともパッとしないって言葉ことばが、ぴったりでしょ?


 仲良なかよくなった私達は、教衆きょうしゅう学校がっこうからかえると、すぐにまちそとにある、領地りょうちかけ、入城制限時刻にゅうじょうせいげんじこくギリギリまであそまわっていました。

 教衆きょうしゅう学校がっこうっていうのは6さいから15歳までの子供達こどもたち一般教育いっぱんきょういくける学校がっこうのことです。


 ときどきあそびに夢中むちゅうになって制限時刻せいげんじこくえてしまい、城門じょうもんまでむかえにたお母様達かあさまたちに、大目玉おおめだまをくらうこともありました。

 

 こしまでばした紫色むらさきいろかがや黒髪くろかみ琥珀色こはくいろひとみ

 女性じょせいでも口付くちづけたくなるようなあざやで、ふっくらしたあかくちびる

 わらうとしろ八重歯やえばのぞいて。


 まだ10歳にもなっていないのに、ヤスミンお姉ちゃんは、とても綺麗きれいで、大人おとなびていて……

 私のあこがれだったんです。


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