第82話 ウラニア―異端者の国<8>

「ちょっと御二人おふたりに、きたいことがありましてね」


 いぶかしげな顔をする霊龍れいりゅう様方さまがた


「シャウラって、どんなものかわかります?」


 そうたずねてから、カシュントびょうのことを説明せつめいしました。


「――てめぇは、耶代やしろ任務にんむにある疫病えきびょうが、そのカシュント病だってうのか?」


 アティシュリはうたがわしげです。


「ええ、だってこんなはなしほかにはいじゃないですか」


「ふむ、それで、その治療薬ちりょうやくに、シャウラという原料げんりょう必要ひつようということか……。しかし、カシュント病もシャウラも、自分じぶんは聞いたことがい……。おまえはどうだ、シュリ」


 あごをなでながら記憶きおくさぐってる壌土じょうど龍様りゅうさま


おれもだよ……。ちっ、ムカつくぜ!」


 らないことにイラついてあたまをかきむしる炎摩えんま龍様。


「そうですか……。御二人おふたりが知らないんじゃ、どうしょもないですよね。――仕方しかたない、ほんじゃ、もどりますわ」


「ちょっとて、ツクモ」


 アティシュリが引止ひきとめてきます。


「はいはい、なんでしょか?」


数日中すうじつちゅうに、耶代やしろ住人じゅうにん一人増ひとりふえっから、そのつもりでいろや。まぁみじかあいだだけどな」


「えっ? だらるんですか?」


「エヴレンに締盟術ていめいじゅつほどきをしてくれるやつだ。俺たちじゃ、大雑把おおざっぱなことしかおしえられねぇかんよ」


「どんなひとが来るんですか?」


 またタヴシャンみたいなエロい妖精族ビレイの人でしょうか。

 だったら、ちょいたのしみ。


「チェフの話じゃ、70ぎのじいさんらしい」


「お年寄としよりですかぁ……」


 なんか、ガッカリ。

 そんな僕の気持きもちちを感じとったように店長てんちょうからフォローがはいります。


「ツクモ、これはエヴレンのためでもあり、バシャルのためでもある。彼女かのじょ再臨さいりんときかなら重要じゅうよう役割やくわりにな存在そんざいとなるだろう。それゆえ、そのちから十全じゅうぜん発揮はっきできるよう準備じゅんびしておきたいのだ。――ゆるしてもらえるだろうか?」


 さすがは、気遣きづかいができるチェフチリク様。

 ちゃんと許可きょかもとめてくださいます。

 それにくらべて、ヘソねえさんときたら……。

 もし僕がもどってなかったら、何のことわりもなくれて来て、強引ごういん居候いそうろうさせてたんでしょうね。


「わかりました。エヴレンを成長せいちょうさせるためだっていうなら、異存いぞんはありませんよ」


 てなわけで、霊龍れいりゅう様方を満足まんぞくさせたところで、僕はウラニアへと戻ったのでした。

 首飾くびかざりにはいり、ほのおつち霊龍れいりゅうらなかったとつたえると、閣下かっかはガックリとかたとします。

 そんな閣下かっかはげましになるかどうかはわかりませんが、任務にんむけんについて打明うちあけることにしました。


「――あのぉ、閣下かっかじつはこの疫病えきびょうの話、僕らにも関係かんけいあるんですよ」


 閣下かっか意表いひょうかれたかんじで顔をげます。


「そういえば、耶代やしろ疫病えきびょう蔓延まんえんふせげという任務にんむあたえていたな。これがそれなのか、ツクモ」


 僕を見下みおろしながら、ヒュリアがたずねます。


多分たぶん、そうだとおもうよ。耶代やしろさん、わざわざ“古代こだい”の疫病えきびょうって言ってるからね」


「ならば私達もシャウラというものをさがさなければならないということだな」


一体いったい、何のことですかな?」


 要領ようりょうていない閣下かっかに、任務にんむ説明せつめいをしました。


「ほう……、聞けば聞くほど不思議ふしぎな話ですなぁ……。つまり耶代やしろは、ずいぶんまえから疫病えきびょう感染かんせん予知よちしていたということになりますね……。まるでネリダのようだ……」


「ええ、まあ、こういう予言よげんみたいなのは、このけんかぎったことじゃないんです」


 任務にんむもそうなんですけど、それ以上いじょうにあのヒント……。

 あれはヤバイです。

 僕が耶卿やきょうになった時点じてんで、未来みらい状況じょうきょうや、やらなきゃいけないことまでがしめされてたわけですから。


 あれ、いてったのオペにいさんですよね。

 もしかして兄さん、超能力者ちょうのうりょくしゃなんでしょうか。


 あっ、でも、僕も一応いちおう超能力者ちょうのうりょくしゃだったんですよねぇ。

 あし小指こゆびをぶつけることしか予知よちできなかったけど……。


「まあ、そんなわけで、たいした力にはならないかもしれませんが、僕らもそのシャウラってやつをさがしてみようと思います」


 ヒュリアとジョルジもうなずきます。


「うむ、われ心当こころあたりをさぐってみるとしよう」


「いや、ありがたいお話です。ひとの力には限界げんかいがありますからね。霊龍れいりゅう様と耶代やしろたすけがあれば、きっと見つけられるでしょう」


 ちょっと元気げんきが出たみたいで、閣下かっか酒盃ゴブレットのこっていた林檎酒ミリティス一気飲いっきのみしました。

 しばらくの沈黙ちんもくあと、ヤムルがくちひらきます。


「――なんじの話はそんなところかえ、リガスよ?」


「ええ、おつたえすべきことはお伝えしました」


「そうか。――ならば、ジョルジ。つぎは、なんじ用件ようけんべるがよいぞ」

 

 ヤムルに名指なざしされ、をパチクリさせてるジョルジくん

 べていたプソミをいそいで飲込のみこみました。

 

「――じつは、オラ、どうしてもさがしてしい人がいるんですぅ」


さがしてしい人? その人物じんぶつはパトリドスということですかな?」


「んでがす」


 ジョルジ君は胸元むなもとちたパンくずをはらとして、居住いずまいをただします。


「――オラがまだ、ちっせぇころかっちゃがいえてって……。そんでもって七年前しちねんまえに、スルスクラムのもりりょうをしてる途中とちゅうとっちゃと仲間なかま魔人まじんころされちまって……。オラ、森んなか一人ひとりっきりになっちまったんです……」


 スルスクラムの森って、ジョルジ君の故郷こきょう、アヴジ王国おうこく西側にしがわにある大森林地帯だいしんりんちたいでしたね。

 ユニスたちたすけたところでもあります。


普段ふだんなら、そだことねぇのに、そんときは方向ほうこうまったくわかんねぐて、オラどんどんおくへ入りこんじまって。何日なんにちも、森をさまよっちまいました。目ぼしいいもんも見つからず、しめぇにはうごけねくなって、うしなって……。そんなオラを助けてくれたのがパトリドスの奥様おくさまだったんです。奥様おくさまは、オラをおぶって御自宅ごじたくはこんでくださり、食物くいものまで、めぐんでくだせぇました」


 とおをして、ふっとみをかべるジョルジ君。

 もしかして奥様おくさまのことを思い出しているのかもしれません。


「しばらくして元気げんきになったオラに、身寄みよりがねぇとわかった奥様おくさまは、自分じぶん一緒いっしょらさねぇかって言ってくださって……。結局けっきょく、そっから五年間ごねんかん、オラは奥様おくさまらすことになりました」


「なるほど、つまりその奥様おくさまについてりたいと?」


「んでがす。奥様おくさまはオラにとっていのち恩人おんじんです。だども二年前にねんまえくなられちまって……。だから、もしウラニアに親類しんるいかたがいんなら、おらせしだくて……」


「そうですか」


 ふかうなず閣下かっか


「アスパ君」


「はっ」


 閣下かっかはアスパさんをびよせ、さらに質問しつもんつづけました。


「その奥様おくさまのお名前なまえは?」


「ブロシナ・アルマオとおっしゃいました」


「ブロシナ・アルマオさん……。年齢ねんれいと、出身地しゅしんちは、分かりますか?」


はじめてあったとき56さいって言ってました。出身地はウラニアの南の街としか聞いてません」


「ブロシナさんは、なぜ森のおく一人ひとりらしていたのでしょうかね?」


「なんでも、わかいときにウシュメの奴隷商どれいしょうつかまって、奴隷どれいにされちまったそうです。んで、そいつにれられてたびしてる途中とちゅう盗賊とうぞくおそわれて……。奴隷商どれいしょうころされちまいましたが、御自分ごじぶんちかくにあったスルスクラムの森へげこんで助かったそうです。だども、森ん中をさまよったあげくに、とうとう倒れこんじまって……。それを助けてくれたのが、サフの旦那様だんなさまだったらしぐてぇ」


「サフの旦那様だんなさま?」


「はいぃ。人間でねく白妖精しろようせいで、お名前をピサゴル・ヤバンジュとおっしゃいます」


漂泊ひょうはく画家がかピサゴル!」


 閣下かっかこえ一段高いちだんたかくなりました。


「ふむ、われも聞いたことがあるぞ。バシャルじゅうたびしてまわる、所在不明しょざいふめいまぼろし画家がかじゃったかのう。その作品さくひん高額こうがく取引とりひきされておったはずじゃ」


「ええ、今では完全かんぜん消息しょうそく途絶とだえ、生死せいしさえも不明ふめいとされていましたが……。まさかスルスクラムの森にいたとは……」


「オラがいったときには、もう何年なんねんまえにピサゴル様はぐなってて……。でもピサゴル様のおはかからはなれたくねぐて、そのままここに一人ひとりらしてるんだっておっしゃってました」


「おお、ピサゴルはすでくなっていたのか……。しいことだ……」


 残念ざんねんそうにくび閣下かっか


「――いっぺん、ウラニアにかえらねぇんですかって聞いたことがありました。したら、奥様おくさまかなしそうに微笑ほほえみながら、こうおっしゃられました。さらわれる前、自分じぶん結婚けっこんしてて、まれたばかりのむすめがいた。だどもピサゴル様に助けられたときには、もう奴隷どれいになって十数年じゅうすうねんっちまってて……。さんざん人間にんげんどもによごされちまった自分が、ウラニアにもどっても、むすめ将来しょうらいつぶしちまうからって……」


 なんだか、とってもかなしい話です。

 それにつけても、人間エネコスってひどいすね。

 僕もその一人だと思うと、モヤモヤします。


「では、あなたが探してしいのは、ウラニアにのこされたブロシナさんの御主人ごしゅじんむすめさんということですかな?」


「んでがす。御主人ごしゅじんのお名前はイアペトスさん、むすめさんはコリーネさんだそうです」


「わかりました。――アスパ君、至急しきゅう調しらべてもらえるか」


「はっ」

 

「どのくらいかりそうかね」


明日中あすじゅうにはかならず」


「そうか、ではたのんだぞ」


「はっ」


 むねてて敬礼けいれいしたアスパさんは、そのまま早足はやあし部屋へやていきました。


「とういうことで、ジョルジ君。調査ちょうさ結果けっか明日あすまでっていただけますかな」


「もちろんでがす」


 閣下かっかは、そこでヤムルのほう向直むきなおります。


「――ヤムル様。調査ちょうさのこともありますし、時間じかんおそい。今夜こんやは、拙宅せったくにおとまりください」


「うむ、もちろん、そのつもりで来たのじゃ。――ところで、われがユニスやジョルジのことだけで、たずねに来たとは思うておらんじゃろうのう?」


 不敵ふてきみをかべるヤムルハヴァ。


「ほほう、もしや何か手にれられましたかな」


「おうよ! 先日せんじつは、よくも蒐集品しゅうしゅうひん自慢じまん散々さんざっぱらしてくれたのう。今日きょうはその仕返しかえしをしにきたというわけよ!」

 

「これは、面白おもしろい。ならばヤムル様、おちのしながどれほどのものか見せていただきましょうか。――それに、こちらにもあらたに、お見せしたいものがありましてね」


 いどむような目付めつきになる閣下かっか

 やっぱり、この赤鬼あかおにオジさん、あまロリドラゴンと同類どうるいみたいです。


「ならば、どちらのしながより貴重きちょうなものか、勝負しょうぶじゃ!」


 をむきだして威嚇いかくする水明龍すいめいりゅう様。


「いいでしょう。――しかし生半可なまはんかしなでは、私につことはできませんぞ」


「ふん、今のうちに、ほざくがよいぞ。我のしなを見てこしかすなよ」


 対峙たいじしてにらりゅうおに……。


 なんか、ものすげぇバトルがはじまりそうなんすけど。

 コレクターがグッズの自慢大会じまんたいかいするだけなんだよねぇ。

 オタクしゅうがハンパいわぁ。


「ヒュリアさんたちにも、私の素晴すばらしい蒐集品しゅうしゅうひんをお目にかけましょう」


 むね閣下かっか

 ヒュリアとジョルジ君は一瞬顔いっしゅんかお見合みあわせ、仕方しかたないな、ってかんじで立上たちあがります。

 ホント、どうでもいいわっ。


 閣下かっか霊龍れいりゅう様は、かたならべて横目よこめにらみ合いながら、イシシシシッ、ヌフフフフッとわらい、となり部屋へやつうじるとびらから中へ入っていきます。

 二人ふたりつづいてとびらはいると、部屋へやの中には様々さまざま品物しなもの所狭ところせましとディスプレイされていました。


「これは、すごい……」


 部屋へや見回みまわしたヒュリアがつぶやきます。


 さきほどの二倍以上にばいいじょうの広さに、彫像ちょうぞう塑像そぞう絵画かいがけんたてよろいじゅう宝飾品ほうしょくひんつぼさら、などなど……。

 統一性とういつせいとか調和ちょうわって言葉ことばからは程遠ほどとおい、雑多ざったなコレクションです。

 

 いやぁ、金持かねもちの道楽どうらくってヤツなんでしょうねぇ。

 なかには、どうみても如何いかがわしいかんじのものもチラホラ。

 ホントに価値かちかってるんでしょうか。

 

「どうですかな、私の蒐集品しゅうしゅうひんは?」

 

 自慢じまんげな閣下かっか

 

 ヒュリアは、よせばいいのに、ちかくにあった一際目立ひときわめだぞう視線しせんめてしまいます。

 それは、黄金おうごんでできた地母神キュベレイ佳麗かれいぞうでした。


 たかさは30センチほどで、たきながれるがけ背景はいけいになってます。

 ヒュリアの視線しせんに気づいた閣下かっかは、うれしそうにぞう説明せつめいはじめちゃうわけです。

 うわぁ、ながくなりそうや……。


「ヒュリアさん、なかなかお目がたかい。これは1000年以上前ねんいじょうまえ、ウラニアに移住いじゅうしたロシュの錬金師れんきんし作品さくひんです。純金製じゅんきんせいで、非常ひじょう精巧せいこうつくられておりましてな。しかもこの背景はいけいがけは……」


 閣下かっかがけのどこかにれた途端とたん、ガチャリと金属音きんぞくおんがしました。

 するとたき部分ぶぶん長方形ちょうほうけい切目きれめはいります。

 その切目きれめは、両開りょうびらきのとびらになっていて、中に空洞くうどうがありました。


「――かく小物入こものいれになっているのです。どうです、面白おもしろいでしょ」


 閣下かっかの瞳は、少年しょうねんのようにキラキラです。


「また、そのぞうの話か……。いい加減かげん、聞ききたわ……。たが、それが糸口いとぐちとなりブズルタの小部屋こべやを見つけ出せたのも事実じじつじゃしのう……。ああ、はらつ……」


 忌々いまいましそうなヤムルハヴァ。

 なるほど、ブズルタで地母神キュベレイうしろにある通路つうろを見つけられたのは、これのおかげってことね。

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