第81話 ウラニア―異端者の国<7>

英雄えいゆうイドリスですか……。あんな有名人ゆうめいじんかかわっているとは……。しかし、アレクシアめ、みなさんのお手をわずらわせおって……。これでは、ユニスの護衛ごえいにした意味いみがないではないか」


 すわりなおした閣下かっかは、にがった表情ひょうじょう林檎酒ミリティスをあおりました。

 どうやらアレクシアさんは、閣下かっかがユニスの護衛ごえい任命にんめいしたみたいです。


 元々もともと特殊部隊とくしゅぶたい所属しょぞくしていて、女性じょせいではトップクラスの兵士へいしだったそうで。

 だから、あんなアスリートみたいなボディなんですね。

 納得なっとくです。


 おっと、アレクシアさんといえば、伝言でんごんたのまれていたのをおもしました。


「ああ、わすれてました。ユニスとアレクシアさんから閣下かっかへの伝言でんごんあずかってます。――アレクシアさんからは、自分じぶん失態しったいでユニスがさらわれたことへのおびと二度にどとこのようなことがないよう、より一層いっそう警戒けいかいつとめますってことでした」


「だと、いのだが……。二度と霊龍れいりゅう様方さまがたの手をわずらわせることがきないようにねがうばかりだ……」


 林檎酒ミリティス手酌てじゃくしながらひとりごつ閣下かっか

 なんか新橋しんばし赤提灯あかちょうちんでグチる中間管理職ちゅうかんかんりしょくのおじさんみたいや。


「ユニスからは、だいぶ元気げんきになったから、あんまり心配しんぱいしないでしい、自分じぶんのことで閣下かっかかなしんでる姿すがたを見たくないから、とのことでした」


「ユニスがそんなことを……。気遣きづかいいができるようになったか……。成長せいちょうしたなぁ……」


 うれしそうに目をほそめる閣下かっか

 おやバカ丸出まるだしです。


なんじとネリダにだまされてユニスをあずかったときは、さすがのわれも、行末ゆくすえあんじたものよ。人間同士にんげんどうしあらそ介入かいにゅうすれば世界秩序せかいちつじょばっせられるからのう。しかし、これまでわれにも兄様あにさまにも、なんの不都合ふつごうこらんところをみると、おとがしということじゃろうな」


 かたをすくめるヤムルハヴァ


けっしてだまそうとしたわけじゃありませんよ。すべてはネリダの『予断ポイベこうもとづいてしたことです。転地療養てんちりょうようという名目めいもくでヤムルさまにユニスをあずけたのは、われらとガタキのあらそいに貴女あなた巻込まきこんではならないというネリダの配慮はいりょなんですから」


 閣下かっかは、ごっつい両掌りょうてのひらかおあらうようにこすります。

 

「――しかし、ネリダがくなったとことをってユニスがたおれたときは、どうなることかと思いましたが……。おはなしかぎり、元気げんきでやっているようで、なによりです……。ヒュリアさんたちのように、我等われら理解りかいしめしてくださる同僚どうりょうもいらっしゃるようだし、いつかむかしあかるさを取戻とりもどしてくれるとしんじましょう」

 

 両手りょうてろした閣下かっか表情ひょうじょうはさっぱりしていて、かたすこしだけかるくなったように見えました。

 ちょっとでも安心あんしんしてもらえたなら、かったです。


 あまロリドラゴン、蒐集品しゅうしゅうひんを見せびらかすためとか言ってましたけど、じつ心配しんぱいしてる閣下かっかにユニス達の近況きんきょうつたえにたってことなんですね。

 ちょっと見直みなおしました。


「――しかし、うらめしとは、わった名前なまえですなぁ」


 まゆをひそめる閣下かっか


「ツクモがかんがえたものじゃ。こやつには名付なづけ才能さいのうがなくてのう」


「なるほど……、それは残念ざんねんですな」


「じゃろう」


 うなず二人ふたり

 ロリババと赤鬼あかおに失礼しつれいだなっ!


「――閣下かっかとユニスのご両親りょうしん親交しんこうが、御在おありだったので?」


 失笑しっしょうぎみのヒュリアがたずねます。


「ええ、ユニスのちちであるカリトンは年下とししたでしたが、直属ちょくぞく上司じょうしであり、友人ゆうじんでもありましてね。生前せいぜん家族かぞくぐるみで歓待かんたいしてくれたものです。それに、なん伝手つてもない叩上たたきあげの軍人ぐんじんであるわたしが、軍事局長官ぐんじきょくちょうかんという高位こういにつけたのも、かれのおかげなのですよ」


 ヒュリアの酒盃ゴブレット林檎酒ミリティスそそぎながかたってくれる閣下かっあ

 なつかしそうに微笑ほほえんでます。

 い思い出なんでしょう。


 ウラニアには貴族きぞくのような特権階級とっけんかいきゅうはありませんが、それでも名家めいかばれる家系かけいがいつくか存在そんざいしているそうです。

 ときるにしたがって、多少たしょう入替いれかわりはあるようですけど、彼らはウラニアの中枢ちゅうすうにな役職やくしょくめているというわけです。


 ユニスの父、カリトンさんの家系かけいであるヴァシレイオもそのひとつです。

 ヴァシレイオ家は古代こだいにウラニアの初代総代しょだいそうだいつとめた、ヘリオスさんを輩出はいしゅつしているのだそうです。


 もちろんはは、ネリダさんの家系かけいであるマトラクシア家も嘯巫女シロロスちから受継うけつ名家中めいかちゅう名家めいかですからね。

 魔王まおう姫君ひめぎみおおげさですけど、ユニスがウラニアの由緒正ゆいしょただしき御令嬢ごれいじょうであることはたしかなようです。


 でも、そんな御令嬢ごれいじょう耶代やしろのダイニングで裸族らぞくになってると知ったら、閣下かっかくちから心臓しんぞう飛出とびだすんじゃないすかね。


「――ところで、ヤムル様、こちらからもいくつかお知らせしたいことあるんですが」


「ほう、何事なにごとじゃ」


 怪訝けげん面持おももちちのヤムルハヴァ。


「まずは、ユニス達とかかわるものからお話ししましょうか」


 前置まえおきした閣下かっか林檎酒ミリティス一口飲ひとくちのんでのどうるおしました。


「――ガタキ総代そうだいについての新情報しんじょうほうです」


 言うまでもなくガタキ総代そうだい現状げんじょう、ウラニアのトップですから、人間側にんげんがわからすると魔王まおうってことになります。


さきほど林檎酒ミリティスのことでれましたが、先々月せんせんげつ北部ほくぶのスリノスという寒村かんそんで、ある事件じけんこりましてね……」


 閣下かっかはスリノス村できた乱闘事件らんとうじけんのあらましを略述りゃくじゅつしてくれました。


 こと発端ほったんは、ウシュメ王国おうこくとウラニアの内務局ないむきょく課長かちょうであるエウゲン・ガリノスというおとこみ、パトリドスの女性じょせい子供こどもばかりをねらって誘拐ゆうかいし、彼らを高額こうがく対価たいか引換ひきかえにウシュメに売渡うりわたしていたことにあります。

 どうやら噂通うわさどおり、ウシュメにられた人達ひとたち奴隷どれいにされるわけじゃなく、ころされ、くすり原料げんりょうにされているようです。

 

 エウゲンは、閉山へいざんされた銀鉱山ぎんこうざん再調査さいちょうさかくみのにして、スリノス村に誘拐ゆうかいのための拠点きょてんきずきました。

 村人むらびとはエウゲンのしん目的もくてきを知らず、むしろ村興むらおこしになるとかんがえ、諸手もろてげてエウゲンを受入うけいれてしまったのです。

 きっと何事なにごとければ、スリノス村を拠点きょてんとした誘拐ゆうかい近隣きんりん人達ひとたち恐怖きょうふさせていたことでしょう。


 でも、天網恢恢疎てんもうかいかいそにしてらさず。

 わるいことは、かならずバレるわけでして。


 スリノス村の宿屋やどや潮騒しおさい』の息子むすことロシュの女性じょせいが、ひょんなことから彼らの悪事あくじを見つけてしまいます。

 そして、この二人とエウゲン達のあいだ大立回おおたちまわりがあり、宿屋やどや息子むすこ証言しょうげんによると、ロシュの女性じょせいがたった一人で武装ぶそうした10人以上にんいじょう悪人達あくにんたちすべたおしてしまったのだそうで。

 結果けっか事件じけん解決かいけつし、ウラニアを震撼しんかんさせていた誘拐ゆうかい全貌ぜんぼうあかるみにたというわけです。


 にしても、ひがし大陸たいりくにはタヴシャン以外いがいにもまだロシュの人がいたんですねぇ。

 しかも、じゅう武装ぶそうしただいおとこを10人以上いじょうたおすなんて、相当強そうとうつよいです。

 もしかして、アレクシアさんみたいなアスリートタイプで筋肉きんにくモリモリなのかも……。


「――つまり今までウラニアで頻発ひんぱつしていた誘拐事件ゆうかいじけんは、すべてエウゲンという者の犯行はんこうだったということかえ?」


「ええ、実行犯じっこうはん中心人物ちゅうしんじんぶつはエウゲンで間違まちがいないでしょう。ただ私は、エウゲンをかげからあやつっていたのは、ガタキだとかんがえています」


 閣下かっかは、さっきヒュリアをにらんだときとはくらものにならないほどのつめたい表情ひょうじょうになりました。


「――もともと内務局ないむきょく総代直属そうだいちょくぞく組織そしきであり、ガタキのいきがかかった者が多数従事たすうじゅうじしてましてね、これまで捜査そうさの手がはいることはありませんでした。しかしこの事件じけんをきっかけに、先日せんじつ大掛おおがかかりな内部調査ないぶちょうさ実施じっしされたんです。現在げんざい私達は、押収おうしゅうした資料しりょう分析中ぶんせきちゅうでしてね。上手うまくいけば、これまで手をつかねていたガタキの尻尾しっぽつかまえることができるかもしれません」


やつ同胞どうほう売飛うりとばし、大層儲たいそうもうけたことじゃろうなぁ?」


 ヤムルハヴァははりのように目をほそめます。


「でしょうね……。最近さいきんやつ大金たいきんとうじ、傘下さんかにある組織そしき増強ぞうきょうはかっているふしがあります。げんに“人間エネコス排撃連盟はいげきれんめい”などの急進的きゅうしんてき地下組織ちかそしき急速きゅうそく規模きぼ拡大かくだいさせていますからね。――自分じぶん権力けんりょくのために同胞どうほういのち対価たいかにするとは、まさに鬼畜きちく所業しょぎょうですよ」


「ならば、しか引締ひきしめて捜査そうさし、かならずや天罰てんばつをくだしてやるがよい。彼奴あやつはネリダの襲撃しゅうげきかかわっておるのじゃろう? けっしてゆるしてはならんぞ」


心得こころえております。今のところどちらの事件じけんかんしてもかくたる証拠しょうこはありませんが、やつ処断しょだんするまであきらめるつもりはありませんよ」


 まさに魔人まじんのようにくちゆがめる閣下かっか

 子供こどもが見たら泣出なきだしそうや……。


「――ふむ、それで? ガタキのことのほかにも、まだ何かあるのかえ?」


「はい、ガタキのけん重大じゅうだいなんですが、ヤムル様にはむしろ、これからはなすことのほうに、よりみみかたむけていただければと思います」


「ふむ、なにごとかのう」


 閣下かっかは、また林檎酒ミリティスんで、一呼吸置ひとこきゅうおきます。


現在げんざい、ウラニアの南部なんぶで、ある疫病えきびょう流行りゅうこうしているのです」


 ん?

 なんですとっ?!

 

疫病えきびょうじゃと?」


「はい、感染力かんせんりょくはそれほどつよくありませんが、じわじわとひろがりつつあります」


「どのようなものかえ?」


「おそらく、カシュントびょうばれる疫病えきびょうではないかと医師達いしたち結論けつろんづけています。エフラトン殿どの翻訳ほんやくした記録きろくにあるカシュントびょう同様どうよう症状しょうじょう患者かんじゃあらわれているそうでしてね」


「エフラトン? 1000年前ねんまえ姉様方あねさまがたに手をしたサフの者じゃな」


 ライトエルフで、医聖いせいともばれる仮面かめんドクターでしたね。


「ええ、サフの方々かたがた災厄さいやく時以前ときいぜんからウラニアに移住いじゅうし、『監理任機ユポロギスティ』に使用しようされている古代こだいパトリダ翻訳ほんやくつとめてくれていましてね。――作業さぎょう困難こんなんきわめたようですが、数百年すうひゃくねんかけて部分的ぶぶんてき翻訳ほんやく成功せいこうし、パトリダの『辞書じしょ』が作成さくせいされました。エフラトン殿どのはその『辞書じしょ』を使つかい、監理任機ユポロギスティ医療領域いりょうりょういきにある記録きろく翻訳ほんやくをしてくださったんです」


「で、その翻訳ほんやくは何と言っておるのじゃ?」


記述きじゅつよると、カシュント病はやく9000年前ねんまえにウラニアに蔓延まんえんし、全人口ぜんじんこう八割はちわりいたらしめたとされています。具体的ぐたいてき症状しょうじょうとしては、皮膚ひふあかくただれ、最後さいごには全身ぜんしんくさっていたります。致死率ちしりつは10わりで、発症はっしょうすればたすかる見込みこみはないそうです」


 なやましげにくび閣下かっか

 9000年前ってことは“古代こだい”ですよね。

 じゃあ、やっぱこれが耶代やしろさんの任務にんむのヤツなのかな……?


「今のところ、感染かんせん南部なんぶにあるゼスタシアのまち限定げんていされているため、戒厳令かいげんれいいてまちへの出入でいりりを禁止きんしし、情報統制じょうほうとうせいにより外部がいぶ状況じょうきょうれないようにしています。その甲斐かいあって、感染かんせんひろがりはおさえられ、近隣きんりんまち騒動そうどうきることもありませんでした。しかし医師達いしたちは、いつ爆発的ばくはつてき感染かんせんがあってもおかしくないと警告けいこくしています。だから、そうなるまえに、なんとか疫病えきびょう根絶こんぜつできないかと毎日頭まいにちあたまなやませておる次第しだいで……」


「エフラトンは治療法ちりょうほう明示めいじしてはおらんのか?」


「なにせ9000年前に流行りゅうこうして以後いご感染かんせん記録きろくいので、エフラトン殿どのもあまり重視じゅうししていなかったようです。そのため明確めいかく治療法ちりょうほうしめされておらず、治療薬ちりょうやくの大まかな処方しょほうしか記載きさいされていません」


 治癒ちゆじゅつ病気びょうきなおせればいいんですけど、できませんからねぇ。

 くすりとかほか方法ほうほうたよるしかないわけです。


処方しょほうがあるだけしとすべきであろう」


「もちろん、そうなんですが、治療薬ちりょうやく必要ひつよう原料げんりょうなか不明ふめいものがありまして、くすり合成ごうせいすることができず現場げんば混乱こんらんしているのです。――それで、ふる知識ちしき霊龍れいりゅう様ならば、そのものをご存知ぞんぢかと思いまして」


「ふむ、もうしてみるがよい」


「“シャウラ”という物なんですが」


「シャウラ……? いたことがないのう」


「そうですか……」


「じゃが、姉様あねさま兄様あにさまなら何か知っているかもしれんのう。――おい、ツクモ!」


「はいはい、わかってますよ。ちょっと聞いてきますから」


 すぐさま倉庫そうこに入り、うらめしもどります。

 もう閉店へいてんしていてホールにだれもいなかったので、ダイニングにってみました。

 するとチェフチリクとアティシュリがソファにすわって何やら話しています。

 ドラゴンねえさん、無事ぶじかえってこれたみたいですね。


「どうした、ツクモ。こんなおそ時間じかんに」

 

 横目よこめぼくを見つけたチェフチリクがこえをかけてきました。


「おい、ツクモ! エヴレンは、ちゃんとかえったかんな!」


 なんかむくれてるアティシュリ。

 ザガンニンまでべるのかってうたがったのをにもってたんですかね。


「いや、さすがほのおりゅう。おみそれしました」


 すこしゴマをすっときましょ。

 ドヤがおになるドラゴン姉さん。

 機嫌きげんなおったようです。

 

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