第80話 ウラニア―異端者の国<6>

 敬礼けいれいする衛兵えいへいよこけ、建物たてものはりります。

 官舎かんしゃだけあって内装ないそうはとても高級感こうきゅうかんにあふれていました。


 あかるいひかりげかける照明しょうめいは、そと街灯がいとうみたいに質素しっそじゃなく、豪華ごうかなシャンデリアです。

 かべいろ落着おちついた茶色ちゃいろで、所々ところどころ生花せいかけた花瓶かびんや、おえらいさんの胸像きょうぞうなんかがかざられてます。

 そしてゆかにはハリウッドスターがあるきそうなあか絨毯じゅうたんかれていました。


 いや、どこの世界せかい上級市民じょうきゅうしみんってのは、こういうとこにんでますよねぇ。

 くーっ、うらやましい!


「とってもあかるいなやぁ! まんず、昼間ひるまのようですぅ!」


 まるくしたジョルジがこえげました。


「こっちじゃ」


 ヤムルハヴァのかったさきには、うえへの階段かいだんがありました。

 ってったるなんとやらってことなんでしょ。

 階段かいだんよこには守衛室しゅえいしつがあって、そのまえにプロレスラーみたいにガタイの衛兵えいへいっています。

 かおほうも、絶対ぜったいあっちけいひとってかんじで、あまりおちかづきになりたくないタイプです。


 でもそんな強面こわもて衛兵えいへいが、まえぎるフリフリのあまロリむすめあたまげるわけです。

 権力けんりょくってやつのちからをつくづく実感じっかんさせられちゃいます。


 ゴツい衛兵えいへい見送みおくられて階段かいだんを5かいまでがると、そこにはひろめの踊場おどりばがありました。

 おくに、綺麗きれい木目もくめかぶ重厚じゅうこうとびらが、一つだけ見えます。

 どうやらワンフロワー全部ぜんぶがリガスさんのまいのようですね。

 さすが軍事局長官ぐんじきょくちょうかん、セレブや……。


 ヤムルハヴァは高級こうきゅうそうなとびらまえに立つとノックしながら声をかけました。


「リガス、おるかえ?! われじゃ!」


 名乗なのりもせずに、われじゃ、でますなんて、さすが霊龍れいりゅう様。

 普通ふつうなら、あぶない人と間違まちがわれてライフルで狙撃そげきされちゃうかもしれません。


 しばらくすると足音あしおとちかづいてきて、ゆっくりととびらひらかれました。

 パナギさんみたいにフォーマルなくろジャケットとズボンをけた女性じょせいかおします。

 一本角いっぽんづので、タヌキがお可愛かわいらしい感じ。

 としは20代後半だいこうはんぐらいでしょうか。


「ヤムルさま、おちしておりました」


 女性じょせいは90度近どちか身体からだげて御辞儀おじぎをしました。


「おお、アスパ。息災そくさいで、なによりじゃ」


 アスパとばれた女性じょせいかおげます。

 口元くちもと微笑ほほえんでますけど、わらってませんね。

 たぶん、おびえてんじゃないかと。

 ヤムルハヴァがドラゴンだってってるのかもしれません。


「はい、ありがとうございます」


ひげオヤジは、いるかえ?」


 軍事局ぐんじきょくのトップをつかまえて、ひげオヤジって……。


「はい、もう少々しょうしょうちください」


 アスパさんも、そのまま受入うけいれてます。

 ひげオヤジでOKなのね……。

 給湯室きゅうとうしつ課長かちょう陰口かげぐちをたたくOLみたいや。


 しばらくっているとなかから野太のぶと男性だんせいの声がしました。


「――おたせしました。どうぞ、お入りください」


 ぼくらはとびらよこひかえるアスパさんのまえとおって中へはいりました。


 出迎でむかえてくれたのは、しっかりとくちまわりにひげたくわえたワイルドけいのオジさまです。

 両耳りょうみみうえあか二本角にほんつの

 おおききなはな

 としは40代後半だいこうはんぐらい。

 身体からだおおきくてふとめですが、ぶよぶよでなく、がっしりとしています。

 これで皮膚ひふあかかったら、まさに赤鬼あかおにです。


「どうも、ヤムル様。ご来訪らいほうを、おちしておりました」


 人のさそうなみをかべてるリガス閣下かっか

 格好かっこうはかなりラフで、上にはガウン、下にはパジャマのズボンみたいなものをています。

 パナギ隊長たいちょうくらべると、大分だいぶリラックスした姿すがたです。

 水明龍すいめいりゅう様の突然とつぜんのご訪問ほうもんあわてて、そこらへんにあるものをとりあえずたってとこでしょう。


「――おれの方々かたがたは?」


 怪訝けげん視線しせんを、こっちにけてくるリガス閣下かっか

 一瞬いっしゅん笑顔えがおえ、どことなくつめたい表情ひょうじょうになりました。

 ヒュリアが身体からだ強張こわばらせます。

 

「うむ、仮面かめんおんなはヒュリア、おとこほうはジョルジと言う。たとおり、人間エネコスじゃが、ゆえあってれてきた。この者達ものたちはユニスとともにらしておってな、パトリドスへの偏見へんけんもほとんどたぬ。――あまりこわかおをするでないぞ」


 ユニスの名前なまえたことで安心あんしんしたのか、リガス閣下かっか表情ひょうじょうやわらぎました。


「おお、そうでしたか! ヒュリアさん、ジョルジさんはじめまして、私はリガス・ステリオともうします。どうぞよろしく。――ユニスがご面倒めんどうをおかけしていないといいですが」


「い、いえ、こちらこそ、よろしくおねがいいたします、閣下かっか


 ヒュリアは右拳みぎこぶしむにて、ふかあたまげます。

 ジョルジもあわてて、ヒュリアのマネをしました。


ゆえあって仮面かめんをつけおりますが、ご容赦頂ようしゃいただきたい。――ユニスさん、アレクシアさんとは、一緒いっしょみせはたら同僚どうりょうでもあります」


「そんなにかしこまらずに、どうか気楽きらくにしてください。私もこんな格好かっこうですし……」


 最敬礼さいけいれいするヒュリアを見て、まずそうにあたまをかく閣下かっか


なんじにらみつけるからであろう。そうでなくても魔人顔まじんがおをしとるんじゃ、こわがられているという自覚じかくをもつがよいぞ」


子供こども女性受じょせいうけはしない顔だってことぐらいわかってますよ! でも魔人顔まじんがおってなんです! 私はれっきとした人間ですからね!」


 かお真赤まっかにして反論はんろんする閣下かっか

 ついに赤鬼あかおにあらわる。


自覚じかくがあるなら結構けっこうじゃ。シシシシッ……」


 嫌味いやみったらしくわらうヤムルハヴァ。


自分じぶんだって、いいとしこいて少女趣味しょうじょしゅみのくせに……」


 閣下かっかは、そっぽをいて、ぼそぼそつぶやきます。


「なんぞ言ったか!」

 

「いえいえ、こっちのはなしです」


 ヤムルハヴァににらまれても、どこかぜっとぼける閣下かっか

 あのむしけらを見るような目付めつきにビクともしないとは……。

 この二人ふたり結構良けっこういいコンビなのかもしれません。

 

 閣下かっかすすめで、ヒュリア達はテーブルの周囲しゅういにあるコの字型じがたのソファにこしろしました。

 部屋へや中央ちゅうおうにおかれた銀色ぎんいろのテーブルのうえには、たくさんの美味おいしそうな料理りょうりみかけのおさけならんでいます

 食事中しょくじちゅうだったんでしょうね。


「――ユニスは、またはたらいているんですね。それはなによりですな。身体からだうごかしていれば、落込おちこまずにすみますから」


われもとにおったときよりも、ずっと元気げんきそうじゃったわ」


 ヤムルハヴァは面白おもしろくなさそうにくちとがらせます。


「ということは、チェフチリク様は、またあたらしいみせはじめられたのですかな?」


 チェフチリクのこともられてるみたいですね。

 閣下かっか正面しょうめんのソファで女王様じょうおうさまみたいに、ふんぞりかえあまロリドラゴンは、鷹揚おうようくびりました。

 

「いや、兄様あにさまみせではない。――ほれ、ヒュリアの胸元むなもと首飾くびかざりがあるじゃろ。そやつの店じゃ」

 

 リガス閣下かっかは、意味いみがわからずに、きょとんとしてます。

 そりゃ当然とうぜんですわな。

 ならば自己紹介じこしょうかいといきましょうか。


「どうもぉ、閣下かっかはじめましてぇ。ただいま紹介しょうかいあずかりました、首飾くびかざりこと、ツクモともうします。よろしく、どうぞぉ」


「し、しゃべった?! 首飾くびかざりが?!」


 苦笑にがわらいをかべたヤムルハヴァは、ぼく素性すじょう説明せつめいしました。

 

「――で、では、ツクモさんは、その耶代やしろ儀方ぎほうとやらで耗霊もうりょうから耶宰やさいという存在そんざいになり、われらと意思疎通いしそつうができるということですか?」


 閣下かっかおびえた感じで横手よこてのソファにすわるヒュリアの胸元むなもとに顔をちかづけ、僕をのぞんできます。

 ヒュリアは何ともないみたいですけど、らん人は、いやらしい中年ちゅうねんオヤジが女性じょせいむねをガン見してるっておもうかもしれません。


「そうじゃ。――本来ほんらいなら滅却めっきゃくすべきものなのじゃが。腹立はらだたしいかぎりよ」


 ロリババドラゴンは、忌々いまいましげに言います。

 何かあれば、すぐに滅却めっきゃくしてきそう……。

 をつけねば……。


「なるほど……。しかし、あまり認知にんちされていませんが、隠者いんじゃビルルルとは、やはり驚嘆きょうたんすべき人物じんぶつだったようですなぁ……」


 リガス閣下かっかふか溜息ためいききました。

 ウラニアでもビルルルのことは、ほとんどられてないみたいですね。


 ぼくらがとおされた部屋へやあらためて見回みまわすと、ひろさは高校こうこう教室きょうしつぐらいあって、そこかしこに豪華ごうか家具かぐ調度品ちょうどひんかれていました。

 さらに一方いっぽうかべ全面ぜんめんがガラスりになっていて、アストランの綺麗きれい夜景やけいが見えてます。

 恋人達こいびとたちのデートスポットとして、かなりバエそう。


 うらめし窓以外まどいがいで、こんなとおったガラスに、めぐりったのははじめてなのでした。

 バシャルの人間社会にんげんしゃかいでは、まだ透明とうめいうすいガラスは普及ふきゅうしていません。


 ブズルタの蒐集品しゅうしゅうひんのケースにも綺麗きれいなガラスが使つかわれてましたけど、あれはロシュの技術ぎじゅつでしたし。

 ザガンニンのいえ建物たてものまどガラスは不透明ふとめいで、かなりのあつさがあり、こことくらべると大分不細工だいぶぶさいくです

 やっぱりウラニアの技術力ぎじゅつりょくは、かなりたかいと見るべきでしょう。


「――どうです、みなさん、かったら一緒いっしょべませんか? 最近さいきん美味うま林檎酒ミリティスに入れましてな」


 リガス閣下かっか自分じぶんまえにある酒瓶さかびん持上もちあげてみせました。


「ほう、林檎酒ミリティスか。ためしてみるのもわるくないのう」

 

「そうこなくちゃいけません。――ツクモさんは、飲食いんしょくなさるのですかな?」


「いいえ、僕はべれません。とっても残念ざんねんなんすけどねぇ」


「そうですか。――アスパ君、3人分にんぶん酒盃しゅはいをおししてくれ」

 

 ちょっとうれしそうなリガス閣下かっか

 食事しょくじは、一人ひとりべるより、大勢おおぜいで食べる方が美味おいしいともいいますし。

 すぐにアスパさんが、3人分にんぶん酒盃ゴブレットはこんできました。


 ヤムルハヴァはった酒盃ゴブレットを、横柄おうへい差出さしだします。

 閣下かっかは、ゴマ社員しゃいんみたいにうやうやしく林檎酒ミリティスそそぎ入れました。

 一口飲ひとくちのんだヤムルハヴァは、美味うまそうにくちびるめます。

 ちょい可愛かわいいって思ってしまうとこが、くやしいですっ!


たしかに、これは上物じょうものじゃのう」


「そうでしょ、そうでしょ。――ヒュリアさんとジョルジ君もどうぞ、やってください。タラトルをつけた焼立やきたてのプソミと一緒いっしょなら最高さいこうですぞ」


 パトリドスの言葉ことばで、タラトルっていうのはデイップソース、プソミってのはパンのことみたいです。

 デイップをつけたパンを食べ、林檎酒ミリティスを飲んだヒュリアがうなりました。


「これは、いますね。とても美味おいしいです」

 

 となりに座るジョルジ君も、んだ、んだ、とはげしく同意どういしながら、林檎酒ミリティスをすすってます。

 

ってもらえたようですな。この林檎酒ミリティス北部ほくぶのスリノスむらにある『潮騒しおさい』という宿屋やどやから仕入しいれたものでしてな。在庫ざいこすくなくなってたんですが、無理むりを言って手に入れたんです。――人間エネコスとの貿易ぼうえき再開さいかいしたあかつきには、優秀ゆうしゅう輸出品ゆしゅつひんになると見込みこんではいるんですが、大量生産たいりょうせいさんができないところが問題もんだいでしてねぇ」


 自慢じまんげにかたるリガス閣下かっか


「うむ、このあじなら大層売たいそううれることじゃろうて。――うらめし屋にもけたなら、評判ひょうばんになるのでないか、ヒュリア?」


「はい、これほどの林檎酒ミリティス宮廷きゅうていにもありませんでした」


 イケるくちのヒュリアがめるぐらいだから相当美味そうとううまいんでしょうね。

 僕も飲めたらいいんだけど……。

 無理むりだよねぇ……。


 だけど、うらめし屋の料理長りょうりちょうとしては、このまま見過みすごすわけにはいきません。

 ちょっとおねだりしてみます。

 

「もしよければ、あとで1ぽんもらえませんかね」


「よろしいですよ」


 閣下かっかこころよおうじてくれました。

 うぇーい、林檎酒ミリティス、ゲットだぜ。


「――ところでヤムル様、今日きょうは、どのようなご用件ようけんで?」


 ジューシーな骨付ほねつにくに、かぶりついた後、子供こどもみたいにゆびめる閣下かっか

  

「もちろん、ユニス達の近況きんきょうつたえることが一番いちばん眼目がんもくじゃ。なんじも知りたいじゃろう」


 前置まえおきしたヤムルハヴァは、ユニス達がキュペクバルにさらわれた時の話をはじめました。

 えた閣下かっかは、食事しょくじの手をめ、まゆをひそめます。

 

「そんなことが……。ユニスが無事ぶじかった……。しかし、チェフチリク様だけでなく、アティシュリ様までがおましとは……。大事おおごとだったのですな……」


「まっことよ。霊龍れいりゅう正体しょうたいかし、人間にんげん助力じょりょくうなど、滅多めったにないことなのじゃが……。これもすべて、この耗霊もうりょうのせいかもしれんのう」


 横目よこめで僕をにらむロリババドラゴン。

 なになに、僕のせいだって言うわけ?!

 言返いいかえそうかと思いましたけど、霊龍れいりゅう様とフレンド登録とうろくしちゃったのは事実じじつなんで、やめときました。


「ヒュリアさん、ジョルジ君、ツクモさん、みなさんにもご迷惑めいわくをおかけしたようですな。――あの両親りょうしんわってこころから感謝かんしゃいたします……」


 立上たちあがり、あたまげる閣下かっか


「私たちだけのちからでは無理むりだったでしょう。英雄えいゆうイドリスがなければ、全員ぜんいんやれれていたはずです……」


 馬鹿正直ばかしょうじきはなすヒュリア。

 全部ぜんぶ自分達じぶんたちのおかげなのよ、ってしとけば良いのに。

 まあ、そこがまた好感度高こうかんどたかいとこなんですけどね。

 



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る