第79話 ウラニア―異端者の国<5>

 エヴレンとウズベリがアティシュリにおくられてマリフェトにもどった日の夕方ゆうがた、ヤムルハヴァが宿泊費しゅくはくひ請求せいきゅうをしてきました。


「では、宿代やどだい支払しはらってもうらおうかのう」


一体いったい、どうしろってうんです?」


「『倉庫そうこ』にブズルタで蒐集しゅうしゅうしたしなおさめたなら、われともものところってもらおう」


もののところ? だれなんです?」


 もしかしてべつ霊龍れいりゅうさんのとこでしょうか。


「うむ、やつわれは、かねてよりたがいの蒐集品しゅうしゅうひんについて交流こうりゅうがあってな。以前いぜんやつ住処すみかに行ったおりいやというほど自分じぶんしなについて自慢じまんしくさっての。だから仕返しかえしに、ブズルタより蒐集しゅうしゅうしたしなを見せて溜飲りゅういんをさげようとおも次第しだいじゃ」


「そのひとを、ここにれてくるほうはやいんじゃないですか?」


住処すみかをこれ以上いじょう人間にんげんられることははなはだ不愉快ふゆかいじゃし、やつおくむかえなど御免ごめんこうむるわ。――それに、おのれの『倉庫そうこ』のちから利用りようしないかろうよ」


「そんじゃ、その相手あいて蒐集品しゅうしゅうひんせびらかす手伝てつだいをすればいいんですね」


「見せびらかすとは言葉ことばぎようぞ」


 くちとがらせるあまロリドラゴン。

 自分じぶんのやってることが子供こどもじみてるって、ちょっとは自覚じかくあるみたいです。


「で、そのお相手あいては、どこのだれなんです?」


其奴そやつはリガス・ステリオ、ウラニアの軍事局ぐんじきょく長官ちょうかんじゃ。在所ざいしょはウラニアの首都しゅとアストランにある」


 軍事局長官ぐんじきょくちょうかんはウラニアぐん最高司令官さいこうしれいかんらしいです。


「その人、かなりえらいんですよね!?」


「じゃろうな。――まあ、われには関係かんけいない」


 きてるときは、一国いっこく御偉おえらいさんとうことなんて、ありなかったのに。

 んでからの大出世だいしゅっせ! 

 でも、全然ぜんぜんうれしくないわぁ。


 当初とうしょ、ヤムルハヴァはぼくとヒュリアだけをれて行こうとしたんですが、ジョルジがどうしても一緒いっしょに行きたいと言張いいはりました。

 なんでそんなに行きたいのかいたら、人物じんぶつ素性すじょうについてたずねたいらしいのです。


 くわしくはきませんでしたが、魔族まぞく知合しりあいがいるみたいです。

 結局けっきょく、ヤムルハヴァは、おりのジョルジのねがいをことりきれず、同行どうこうゆるしました。


 てなわけで、ヒュリアたち水明すいめいりゅうり、ウラニアの首都しゅとアストランにかって飛立とびたったのです。

 僕のほうは、店長てんちょうからよる営業えいぎょう連絡れんらくはいったんで、一旦いったん、うらめしもどることになりました。


 ウラニアの首都しゅとアストランは、ムズラクダウやま北方ほっぽうにあり、ウラニアの国土こくどのほぼ中央ちゅうおう位置いちしています。

 ウラニアの中央部ちゅうおうぶ湖沼こしょうおお点在てんざいし、緑豊みどりゆたかで風光明媚ふうこうめいび場所ばしょだとか。

 それに火山地帯かざんちたいもあり、いたるところ温泉おんせんいているそうです。


 太陽たいようしすむ前に出発しゅっぱつしたヒュリア達は、二つのつき仲良なかよ天空てんくうならころには、アストランちかくのもり到着とうちゃくしたようです。

 よる営業えいぎょうひまになったのを見計みはからって合流ごうりゅうすると、わたしておいたランプのあかりをたよりにくらもりなかをアストランへかってあるいているところでした。


 れいのごとく霊龍れいりゅうは、まち近辺きんぺん着陸ちゃくりくするわけにはいきません。

 だから、周囲しゅういから見えないようにはなれたところり、そこからあるくことになるわけです。

 なのでよるは、ランプが必需品ひつじゅひんとなります。

 真暗まっくらもりすすんでいると、途中とちゅう視界しかいひらけて湯気ゆげ立上たちのぼみずうみあらわれました。

 

「このみずうみには温泉おんせんいておっての、おかげ周辺しゅうへんふゆでもあたたかく、ゆきもらんのじゃ」


 ヤムルハヴァが指差ゆびさしたところ見ると、水面みなもがゆらゆらとらぎ、湯気ゆげただよっていました。 

 たぶん湖底こてい温泉おんせん噴出口ふんしゅつこうがあるんでしょう。


「――それゆえ、おおくの動物どうぶつ昆虫こんちゅうどもが、このあたりをねぐらにしておる」


 温泉おんせんかぁ……。

 んでから一度いちどはいってないなぁ……。

 あの爽快感そうかいかん開放感かいほうかん、もう一遍いっぺんあじわってみたいけど。

 ねつかんじないいま身体からだじゃ、無理むりですよねぇ。

 けてくるぅ……。


 湯気ゆげけぶ湖岸線こがんせん沿ってすすんだあとふたたびルートはみずうみからはなれてもりかいます。

 膝上ひざうえまである草地くさちはいると、前方せんぽうからガサガサとなにかが、うごめくおとこえてきました。

 月明つきあかりのしたらすと、そこには巨大きょだいなカエルとカマキリが対峙たいじしていたのです。 

 

 カエルのおおきさは2メートルぐらいあり、褐色かっしょく身体からだには、たくさんのイボがついてます。

 カマキリのほうはカエルの半分はんぶんくらいの大きさで、いろ真黒まっくろです。

 まだ羽根はねえていないので、地球ちきゅうのカマキリとおなじなら、たぶん幼虫ようちゅうじゃないかとおもいます。


 カエルはカマキリを捕食ほしょくしようとしているようで、時折ときおりくちひらいてしたをチロチロとのぞかせてます。

 したばしてカマキリをからめとるなんでしょう。

 カマキリは両手りょうてかまって威嚇いかくしてますが、あきらかに体格たいかくけてます。


聱黽イキバシルカス大鎌虫イリオラクツトクス子供こどもじゃな。まあ、すぐに決着けっちゃくがつくじゃろう。すこつとするか」


 アストランへ行くにはくさむらをける必要ひつようがあります。

 ヤムルハヴァのことだから、邪魔じゃまじゃ、とかって蹴散けちらすのかと思いました。

 でもしずかに弱肉強食じゃくにくきょうしょくたたかいを見守みまもっています。


 子供こどもみたいな傍若無人ぼうじゃくぶじんさはりをひそめ、厳粛げんしゅくかおつきです。

 自然しぜん摂理せつりには、敬意けいいはらうってことでしょうかね。

 人間にんげんにも、これくらい使つかってくれるといいんですけど。

 

 カエルが前脚まえあし足踏あしぶみをすると、それにられてカマキリも身動みじろぎをします。

 そのすきをついてカエルがしたばし、カマキリの胴体どうたいらえました。

 そしてすぐにした引戻ひきもどしてカマキリをくちくわえます。

 カマキリは、カエルのかおかま引掛ひっかけ、飲込のみこまれまいともがいてます。


 それを見ていたら、突然とつぜんみょうかんがえがかんだんです。

 カマキリをたすけなきゃって思ちゃって……。

 なんでなのかは、かりません。

 だけど、あえてさからおうというにはなりませんでした。

 てことで、ヒュリアにおねがいします。


「ヒュリア、僕をあのカエルにけて」


 いつもどおみどり仮面かめんをつけたヒュリアは、理由りゆうかず、首飾くびかざりをってカエルに向けてくれました。

 何も聞かないところに、僕らの信頼関係しんらいかんけいふかさをかんじますなぁ。

 ちょい、うれしみ……。

 

 速攻そっこう恃気エスラルあつめ、カエルにかって土弾どだん発射はっしゃしました。

 野球やきゅうボールぐらいのつちたまがカエルの脇腹わきばら直撃ちょくげきします

 カエルは衝撃しょうげき横倒よおだおしになり、カマキリをほうしてしまいました。


 その連続れんぞくして二発にはつ土弾どだんたれたカエルは、尻尾しっぽいてげていきます。

 まあ尻尾しっぽいんですけどね。


 われずにんだくろいカマキリは、大きな目玉めだまで、こちらをじっと見つめています。

 なんだか、僕を見てる気がしますね。

 たすけてくれた相手あいてをわかってるんでしょうか?。

 たっぷり一分以上いっぷんいじょう、こっちを見ていたカマキリは唐突とうとつに、ぷいときびすかえすともりえていきました。 


「ツクモ、なぜ大鎌虫イリオラクツトクスたすけた?」


 怪訝けげん表情ひょうじょうあまロリドラゴン。


「うーん、僕にもよくわかりませんねぇ……」


「なんじゃそれは……。まった耗霊もうりょうというやつは……。付合つきあいきれんのう……」


 ヤムルハヴァはあきがおくびると、また歩きだしました。


 それからやく20ぷん

 やっとのことでもりけると、まえ巨大きょだい城壁じょうへきあらわれたのです。

 

いたぞ。アストランじゃ」


 ヤムルハヴァがげます。

 

 城壁じょうへきまえには、昼間ひるまならまちはいろうとするひとれつがあるんでしょうが、よるけているせいかだれもいません。

 ただ、つのえた衛兵えいへい二人ふたり、ライフルをかたにかけ、頑丈がんじょうそうな金属きんぞくとびら両側りょうがわ見張みはっています。


 バシャルには拳銃けんじゅうだけでなくライフルもあるんすねぇ。

 ちょい、びっくり。

 しかも深緑色ふかみどりいろ軍服ぐんぷくてるんで、自衛隊じえいたいみたいです。


 ヤムルハヴァは僕らをたせ、一人ひとり城門じょうもんちかづいていきました。

 やってきたヤムルハヴァに、ギョッとする衛兵えいへい

 そりゃフリフリドレスの少女しょうじょ夜中よなかあらわれたら、何事なにごとかと思いますわな。


 あまロリドラゴンは胸元むなもとから取出とりだした金属きんぞくのプレートを提示ていじします。

 プレートを見た衛兵えいへい顔色かおいろえると、テンパったかんじでむね右拳みぎこぶしてて直立不動ちょくりふつどうになりました。


「――もういぞ」


 ヤムルハヴァが、僕らに手招てまねきします。


 衛兵達えいへいたちは、あたふたしながら城門じょうもんひらくと、すぐに両側りょうがわち、また直立不動ちょくりつふどう体勢たいせいをとります。

 ヤムルハヴァは、そのあいだ悠々ゆうゆうけていきました。

 ヒュリアとジョルジは、ちょっと早足はやあしになっていていきます。


 城門じょうもんけると、一人ひとり中年男性ちゅうねんだんせいっていました。

 ひたいからあか一本角いっぽんづのやし、綺麗きれいくちひげをととのえ、胸元むなもと肩口かたぐち金色きんいろ刺繍ししゅうはいったくろいジャケットとズボンをています。

 衛兵達えいへいたちよりも確実かくじつにおえらいさんでしょうね。


「ヤムル・エジェヴィトさまですね。ステリオ閣下かっかよりうかがっております。私は南西門なんせいもん戍卒じゅうそつ隊長たいちょうをしているパナギともうします。卒時そつじながら閣下かっか御自宅ごじたくまで随行ずいこうさせていただきます」


 パナギ隊長たいちょう右拳みぎこぶしむねて、ふかあたまげました。


「うむ、よきにはからえ」


 ヤムルハヴァは鷹揚おうよううなずきます。

 どうやらヤムル・エジェヴィトってのが人間社会にんげんしゃかいでのとおみたいです。

 しかしVIP待遇たいぐうですな。

 これってやっぱり軍事局長様ぐんじきょくちょうさまのご威光いこうってことなんでしょうねぇ。


 てことで、パナギ隊長たいちょう先導せんどうされ、僕らはアストランのまちへとあしれたわけです。


 魔族まぞくくにウラニアの首都しゅとアストラン。

 そこは僕の想像そうぞうと、かなりちがっていました。


 まず、今歩いまあるいている道路どうろ

 表面ひょうめんは、バシャルでお馴染なじみの石畳いしだたみじゃなく、なめらかなコンクリートみたいなもので舗装ほそうされています。

 とっても近代的きんだいてきです。


 さらに等間隔とうかんかく設置せっちされた街灯がいとう

 どう見てもロウソクやランプのひかりじゃありません。

 とってもあかるくて、蛍光灯けいこうとうのようです。


 そしてそんなあかりにらされたアストランの街並まちなみ。


「おおっ!」


 思わずこえちゃいました。

 なぜかといえば、まるで東京郊外とうきょうこうがいにあるどこかのまちのようだったからです。

 タワマンみたいな高層こうそうではないですけど、3かいから5階建かいだてぐらいのビルがみちさきまでつづいています。

 地球ちきゅうもどったのかと錯覚さっかくしてしまいそうです。


「どうした、ツクモ?」


 ヒュリアがいてきました。


「あっ、ごめん。――ちょっとまち景色けしきがさぁ」


「ああ、たしかにな……。人のまちとはまったちがう……」


 ヒュリアもおどろいているようです。

 彼女は建物たてものちかづき、かべれました。

 そばで見ると、かべ材質ざいしつはレンガやいしではなく、やっぱりコンクリートのようなものでつくられています。


耶代やしろかべ手触てざわりが、そっくりだ……」


 城蟻ディヴィク君の『バア』とコンクリートの感触かんしょくは、てますからね。


 だけど、このアストランのかんじ……。

 っかかりますよね。

 もしかして“科学技術かがくぎじゅつ”ってやつじゃないでしょうか。


 まさにラノベやゲーム設定せっていのお約束やくそくひとつ。

 魔法まほう支配しはいする世界せかいひそかに存在そんざいする科学かがくくに


 ということは、あの街灯がいとう……。

 電気でんき使つかってる……?


 じっくりと街灯がいとう観察かんさつしていると、いつのまにか繁華街はんかがいらしきところていました。

 ビルの1階部分かいぶぶん小洒落こじゃれ食堂しょくどう酒場さかばはいっていて、おいしそうな料理りょうりにおいがただってきます。


 きゅう人通ひとどおりがえ、そこかしこから音楽おんがくわらごえこえ、すれちが人達ひとたちかもたのしげです。

 全員角ぜんいんつのえてますけど、れてしまうとになりません。


 ヒュリア達が人間にんげんだってバレるかもって警戒けいかいしてたんですけど、だれも気づきませんでした。

 まあ、よるだし、みんな酔払よっぱらってたせいかもしれません。


 とんがり屋根やねとうがいくつもある、おどろおどろしい魔王城まおうじょう

 そのうえぶ、たくさんの凶暴きょうぼうなドラゴン。

 残忍ざんにん武器ぶきち、しろまもるゴブリンやオーガ。

 邪悪じゃあくなオーラをまとい黄金おうごん玉座ぎょくざすわ魔王まおう


 こんな光景こうけいは、パトリドスにはてはまりません。

 結局全部けっきょくぜんぶ人間にんげん押付おしつけたイメージってことです。

 むしろ、まち景色けしき東京とうきょうてますからね。

 宇宙戦艦うちゅうせんかん艦橋かんきょうで、なにもかもみななつかしい、ってつぶやきたくなりますな。


 にぎやかな繁華街はんかがいけると、雰囲気ふんいきがガラリとわります。

 人通ひとどおりが途絶とだえ、しずかで重々おもおもしい空気くうきつつまれたような感じがしました。


 どうやら官庁街かんちょうがいのようです。

 そのままさらにおくへと歩きつづけ、ある5階建かいだてのビルのまえ辿たどきました。


 パナギ隊長たいちょうは僕らをたせ、建物たてものの前に立つ衛兵えいへいさん言葉ことばわしてなかに入り、しばらくしてからもどってきました。


官舎かんしゃ衛兵隊えいへいたい事情じじょう説明せつめいしておきました。どうぞおはいりください。ステリオ閣下かっかのご自宅じたく最上階さいじょうかいとなっております。――私は持場もちばもどりますので、ここで失礼しつれいいたします」


 パナギ隊長たいちょうは、そうって敬礼けいれいするとみちかえっていきました。

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