第78話 ウラニア―異端者の国<4>

 つぎよる営業えいぎょう開始かいしするころ、ザガンニンに帝国軍ていこくぐん到着とうちゃくしました。

 ただ、城壁じょうへきなかはいることはなく、そとにテントをって野営やえいしています。

 駐留ちゅうりゅう二日ふつかで、食料しょくりょうなどの補給ほきゅうのほかに、災厄さいやく荒野こうやとホロス砂漠さばくえてきた兵達へいたち休養きゅうようねているそうです。


 この駐留ちゅうりゅうで、ザガンニンの産業界さんぎょうかい一時的いちじてき盛況せいきょうとなりました。

 野営やえいしている騎士達きしたちが夜になると街中まちなか繰出くりだし、酒場さかば娼館しょうかんなどに殺到さっとうしたからです。

 もちろん、うらめし例外れいがいではありません。

 騎士達きしたちあいだでも料理りょうり美味うまいみせって評判ひょうばんになってるみたいですから。


 てなことで、二日目ふつかめ昼間ひるまから騎士達きしたちんだくれ、あちこちでイザコザがき、ザガンニンの警備隊けいびたい大忙おおいそがしでした。

 だけど三日目みっかめあさになると、さわぎがまるでうそだったかのようにまちしずかになります。

 早朝そうちょう帝国軍ていこくぐん人喰ひとくもりかって出発しゅっぱつしたからです。


 南側みなみがわのオルマン王国おうこくから進攻しんこうする帝国軍ていこくぐん五日前いつかまえふねでオルマンの地方漁港ちほうぎょうこうはいり、そこから北上ほくじょうしたそうです。

 五日前なら、もう人喰ひとくもり到着とうちゃくしているでしょう。

 だけど、丸太小屋まるたごやがすっかりくなってるのを見たら、拍子抜ひょうしぬけしたでしょうね。

 

 帝国軍ていこくぐん出発しゅっぱつしてホッとしている僕に、ドラゴン店長てんちょうから注意ちゅういはいります。

 この討伐とうばつはもちろん失敗しっぱいわるが、そこで警戒けいかいゆるめず、しばらくのあいだ用心ようじんした方がいいとのことでした。


 オルマンとマリフェトの近隣きんりんには、討伐前とうばつまえからおおくの密偵みっていひそんでヒュリアの動向どうこう監視かんししていたはずです。

 そして討伐とうばつ失敗しっぱいしたとしても、密偵達みっていたち当分とうぶん潜伏せんぷくをやめず、ヒュリアの行方ゆくえ追跡ついせきつづけるはずだからというわけです。


 そんなわけでヒュリアたち帝国軍ていこくぐんがいなくなったあとも、ヤムルハヴァの住処すみかごすことになったのでした。


 べつにヒュリア達が店にいなくても、うらめし屋にたいした損害そんがいはありません。

 ジョージアちゃん目当めあてのエロ親父達おやじたちがガッカリするだけです。

 ただ問題もんだいは、エヴレンです。

 神品学校しんぴんがっこう入学式にゅうがくしき明後日あさってせまっていました。

 そこで彼女とアティシュリだけ、マリフェトへかえることになったのです。


 ドラゴン達の身体からだけていた部分ぶぶんつにつれて、実体じったい取戻とりもどしていき、ほとんどもともどっていました。

 でもねんのためエヴレンをおくっていくアティシュリに、ザガンニンまで、ちゃんとべんですか?、っていてみます。

 そしたら、なめんじぇねぇぞ、ってにらんできたので、身体からだのほうは心配しんぱいなさそうです。

 

 ところで、ブズルタからもどってきて以来いらい、エヴレンの表情ひょうじょうくもったままです。

 マリフェトのたみとして一番知いちばんしりたくかったことを知ってしまったからだと思います。

 まあ、かみともあがめる聖師せいし様が魔族まぞくとのハーフじゃねぇ……。

 ウツになっても仕方しかたないでしょう。


 だけど、地球ちきゅうからきたぼくとしては、ちょっとモヤモヤするところはあります。

 バシャルの人間にんげんは、魔族まぞくってだけで真実しんじつを知ろうともせずに差別さべつしてますからね。

 ユニスとアレクシアさん達を見れば、根拠こんきょ差別さべつだってことがよくわかります。

 つのがあるってだけで、二人は人間とわりないんですから。


 そういえばエヴレンと知合しりあまえ魔族まぞくつの話題わだいになったとき、ユニス達が自分じぶんのものを見せてくれたことがありました。


 アレクシアさんが両耳りょうみみうえにあるシニヨンをくと、暗赤色あんせきしょくすこがったつのあらわれました。

 ながさは8センチぐらいでしょうか。

 シニヨンでかくせるくらいだから大したことはありません。

 おにしま金棒かなぼう振回ふりまわおんななのに息子むすこ自称じしょうする鬼娘おにむすめつのよりもほそくて、みじかいです。

 ちなみにパトリドスは二本角にほんづののことを“ディオ”、一本角いっぽんづのを“エナス”って言います。


 さてユニスのほうなんですけど、彼女のつのは、かなり風変ふうがわりでした。

 前髪まえがみげるとひたい真中まんなか縦長たてなが菱形ひしがた漆黒しっこくのオニキスみたいなつのあらわれたのです。


 だけどそれ、一見いっけんしただけじゃ到底とうていつのと言えるほどの代物しろものじゃありません。

 普通ふつうのエナスは5、6センチのつのひたいからななうえびてるらしいですが、ユニスのものはたかさ5ミリ、長対角線ちょうたいかくせんが1センチほどしかないのです。

 つのというより額飾ひたいかざりみたいです。


 あまりにちいさいのでユニスには、つのかくさなきゃ、みたいな強迫観念きょうはくかんねんうすいようです。

 余裕よゆう前髪まえがみかくれますからね。

 ずっと彼女のつのがどこにあるのか疑問ぎもんだったんですけど、これでなぞけました。


 つののことだけなら人間のくにかったって思えるな、ってユニスは言います。

 ウラニアではつのいろかたちなんかも、しをめる判断基準はんだんきじゅんになるらしく、平凡へいぼん顔立かおだちでも、つのがカッコいいとイケメン、キレカワになってしまいます。


 つの基準きじゅんはと言うと、真直まっすぐであること、あざやかな赤色あかいろであること、十分じゅうぶんながさがあること、ってらしいです。

 つまり、ユニスのつのは、ほぼ0点ってことです。


 どうやらふとってることだけじゃなく、つののこともいじめの原因げんいんになってたみたいです。

 でも、そんなユニスの0点なつのには、パトリドスにとっての重大じゅうだい秘密ひみつがありました。

 アレクシアさんが、そのことをかたってくれます。


「――ユニスのつの母方ははがたであるネリダ様の血統けっとうによるものです。ネリダ様のつのもユニスとそっくりなものでした。ウラニアの一般社会いっぱんしゃかいでは評価ひょうかひく形状けいじょうですが、このつのはる古代こだいよりつづく、『嘯巫女シロロス』の貴重きちょうちから受継うけついでいるあかしです。そしてそのちからこそが、『禁足地フリャキシ』へのみちひらくとされています」


 つまりれい秘宝ひほうかぎってのは、ユニス本人ほんにんってことみたいですね。


「チェフ様には、もっとはやくおはなしてもかったのですが……。もうわけありません……」


 ドラゴン店長てんちょうふかあたまげるアレクシアさん。


「――このことは、パトリドスの上流階級じょうりゅうかいきゅうにおいても一握ひとにぎりしからない最高機密さいこうきみつにあたる事項じこうだったので、おはなしするのを躊躇ちゅうちょしていました」


 ではなぜ今話してくれてるのかといえば、ユニスがあかるさを取戻とりもどしつつあるからということでした。

 つまり、僕らが信用しんようできるってかったってことでしょうかね。


にすることはない、アレクシア。知る者がすくないほど機密きみつれる可能性かのうせいひくくなるのは当然とうぜんのことだからな」


 ドラゴン店長の寛容かんようさにわりはありません。


「なるほどな、禁足地きんそくちのことを“フリャキシ”、それをひらちからものを“シロロス”ってぶのか……。まてよ、じゃあユニス、お前、アイオナの子孫しそんってことになんのか?」


 ドラゴンねえさんに見つめられたユニスは、ニヘラがおとぼけてます。


「はい、アティシュリ様、ご指摘してきとおりです」


 ユニスのわりにアレクシアさんがこたえました。

 

「アイオナ……。ひさしくわすれていただ……。彼女は災厄さいやくときに、パトリドスをまとめ、自分たちを支援しえんしてくれたのだったな……」


 チェフチリクは過去かこ記憶きおく辿たどるように目をじます。


「ああ、それに、孤児こじだったフゼイフェにとっちゃ母親代ははおやがわりとってもいいおんなだった……」


 アティシュリも感慨深かんがいぶかげにつぶやきました。


 やく1000年前、黒の災媼さいおうぐんが、突如とつじょ、ウラニアへんできました。

 ふいをつかれたウラニアの被害ひがい甚大じんだいで、人口じんこう半数以上はんすういじょうころされてしまいます。

 それと前後ぜんごして災媼さいおうぐんひがし大陸たいりく支配しはいしていたフリギオ王国おうこく王都おうとへも侵攻しんこうしました。

 歴史家れきしかは、このフリギオへの侵攻しんこうって、『災厄さいやくとき』のはじまりとしているそうです。


 もちろん、人間は自国じこく防衛ぼうえい優先ゆうせんさせたため、普段ふだんからきらっていたウラニアへ、援軍えんぐんおくるなんてことはありません。

 孤立こりつ滅亡めつぼうするかと思われたパトリドスをすくったのは、ウラニアに移住いじゅうしていたロシュやサフ、そして霊龍れいりゅう達です。

 そして滅亡めつぼうまぬがれたウラニアを再編さいへんしたのが、当時とうじ嘯巫女シロロスだったアイオナ・マトラクシアでした。


 彼女を中心ちゅうしんにしてウラニアは、くろ災媼さいおう軍への反撃はんげき開始かいしします。

 当初とうしょ、そのウラニアぐんひきいていたのが聖師せいしフゼイフェ・ギュルセルだったというわけです。


 災厄さいやくときくわしい状況じょうきょうを聞いたのはこれがはじめてでした。

 ドラゴン姉さんも店長てんちょうも、あまり話したがりませんから。

 ただ、このはなし一番いちばん要点ようてんは、このあとにありました。


「――聖師せいしフゼイフェがくろ災媼さいおう消滅しょうめつさせるために使つかったのは大魔導だいまどうではなく、パトリドスの“禁足地フリャキシ”から持出もちだした古代兵器こだいへいきなのです……」


 これには霊龍れいりゅう様達も、かなりおったまげたようでした。

 フゼイフェの特別とくべつ魔導まどうくろ災媼さいおう消滅しょうめつしたってドラゴン達もしんじてたみたいですから。


「だとすれば、その禁足地フリャキシにあるものは、秘宝ひほうではなく兵器へいきということになるのか?」


「はい、チェフ様。――現総代げんそうだいであるスタヴロス・ガタキはパトリドスの地位向上ちいこうじょう目指めざしており、それには軍事力ぐんじりょく強化きょうか最重要さいじゅうようだと標榜ひょうぼうしています。やつがユニスを拉致らちして禁足地フリャキシ解放かいほうしようとするのは、古代兵器こだいへいきによって人間達の国を殲滅せんめつし、ウラニアをひがし大陸たいりく覇者はしゃにしようとしているからなのです」


「そうか……。五龍ごりゅう消滅しょうめつして絶体絶命ぜったいぜつめいってときにフゼイフェがってきた“あれ”は、パトリドスの古代兵器こだいへいきだったんだな……」


 腕組うでぐみして何度なんどうなずくアティシュリ。

 そしてアレクシアさんは、災厄さいやくときのクライマックスへとはなしすすめました。


 くろ災媼さいおうたおすには、古代兵器こだいへいき災媼さいおうちかくまではこび、爆発ばくはつさせる必要ひつようがありました。

 でも、災媼さいおう周囲しゅういには数万すうまん化物達ばけものたちうごめいていて簡単かんたんにはちかづけません。


 そこでフェルハトは至高しこう亢躰こうたいじゅつ使つかって数万すうまんてきなか単騎たんき突入とつにゅうし、フゼイフェのためにみちひらいたのです。

 フゼイフェは、そのみちけて兵器へいきはこび、みずか犠牲ぎせいとなって黒の災媼さいおうもろとも爆死ばくししたのでした。

 歴史家れきしかくろ災媼さいおう消滅しょうめつって、『災厄さいやくとき』の終結しゅうけつとしています。


「あの二人ふたりがいなけりゃ、バシャルは滅亡めつぼうしてたろうぜ……」


「あれが兵器へいきだったなら、フゼイフェではなく自分じぶん霊龍れいりゅうはこぶべきだった……。しかしあの時点じてん自分じぶんらは、力を使つかたし、消滅寸前しょうめつすんぜん状態じょうたいでどうにもならなかった。彼らにはあやまってもあやまりきれない……」


 霊龍れいりゅう様達は、そろってにが表情ひょうじょうかべています。

 災厄さいやくとき状況じょうきょうを話したがらないのは、霊龍れいりゅう達にフェルハトやフゼイフェにたいする罪悪感ざいあくかん霊龍れいりゅうとしての役目やくめたせなかったという後悔こうかいねんがあるからかもしれません。


 さてここまでの話からさっするに、人間達は魔族まぞく感謝かんしゃこそすれ、虐待ぎゃくたいなんてもってのほかって気がします。

 なのに、彼らを奴隷どれいにしてばしたり、くすり材料ざいりょうにしてるなんて話もあるわけです。

 あまりにひどすぎです。

 

 マリフェトやオクル、帝国ていこく上層部じょうそうぶが、フゼイフェの正体しょうたいかせば魔族まぞくへの偏見へんけん解消かいしょうするでしょう。

 でも、彼らは1000年のあいだそれをしてきませんでした。

 自国じこく存在根拠そんざいこんきょるがしかねない不都合ふつごう事実じじつってことでしょうかね。

 それと、魔族まぞくという最下層さいかそう存在そんざいくことで国民こくみん不満ふまん希釈きしゃくし、国家こっか安定あんていさせるっていう理由りゆうもあるかもしれません。


 こんなパトリドスの現状げんじょうをくつがえすには、大陸中たいりくじゅう巻込まきこむような大事件だいじけんでもないがぎむずかしいでしょうね。

 だとすると、ガタキが古代兵器ごだいへいき使つかって大陸全土たいりくぜんどたたかいを仕掛しかけるっていう構想こうそうもわからなくはないです。

 ないですが、けっしておすすめできることじゃありません。


 よくアニメやドラマなんかで、すべての人がわらってらせるなかにする、なんてカッコいいこと言ってる主人公しゅじんこうがいますけど、あんなのは絵空事えそらごとです。

 どこかでわらう人がいればそのぶんべつのどこかでく人がかならず出てきます。

 それがこの仕組しくみなのです。

 つまり人間にとって良い世界は、パトリドスにとっては悪い世界ってわけです。

 地球ちきゅうでもおなじですね。


 ガタキみたいに世界せかい仕組しくみをそっくりえようするのもひとつの方法ほうほうだと思いますけど、僕みたいな一般地縛霊いっぱんじばくれい?には、大きなちから野望やぼうもありません。

 じゃあ、ヘタレの地縛霊じばくれいにできることって何でしょう?


 それは、すべての人じゃなく、自分じぶんちかくにいる人だけでもわらえるようにすることだと思います。

 具体的ぐたいてきに言うなら、エヴレンの誤解ごかいいてユニス達とギクシャクしないようにしてもらうってことでしょうかね。


 所詮しょせん一人ひとりの人間にできることなんて、その程度ていどです。

 人間はけっして万物ばんぶつ霊長れいちょうなんてえらいもんじゃありません。

 無力むりょくで、卑怯ひきょうで、ちっぽけで、目立めだちたがりの、とってもかなしい存在そんざいなのです……。


 ――いや、でも八上月最君やがみつくもくん

 きみわったねぇ。

 こんなふう他人たにんのことにくびむようになるなんて。

 人間関係にんげんかんけい否定的ひていてきだった以前いぜんきみは、どこへ行ったのさ。


 これって、いっぺんんでみた、せいなんでしょうかね。

 この変化へんかが、僕にとっていことなのか、わるいことなのか……。

 まだこたえをすことはできません。

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