第77話 ウラニア―異端者の国<3>

何言なにいってんだ、おまえ!」


 アティシュリはおこって言返いいかえします。


おれは、またここにて、お前と昔話むかしばなしでもしようとおもってんだぜ。ついでに、同胞はらからのレケジダルハもれてくるつもりだ」


気持きもちはありがたい。だが、もうこのに、わたしがあるべき理由りゆうくなった」


 ミトハトは、少年しょうねんのようにんだひとみでガランとした広間ひろまなか見回みまわしました。


「アイダンがに、おもしなも無くなった。過去かこに私のことを見知みしっていたものも、アイダンより年上としうえばかりだ。700ねんれば、ほとんどが異相次元グクレルわたってしまっただろう」


 しめやかなこえ深々しんしんひびわたります。


「私は、この広間ひろまねむ同胞どうほうの思い出とともにごしてきた。それゆえ耶宰やさいとしての存在意義そんざいいぎは、いつしかブズルタの保守管理ほしゅかんりではなく、思い出をまもることへと変貌へんぼうしていたようだ。だがそれは、けっして不快ふかいなことではない。700年ものあいだてつくほどの孤独こどくえられたのはひとえに、同胞どうほうのこしたやさしき思い出のおかげだ。――それがくなった以上いじょう、私もえるべきだと思えるのだ」


 ミトハトは、ふいに振返ふりかえると、おくにあるかべ指差ゆびさしました

 するとなにかべ一部いちぶ回転かいてんして、背面はいめんかくされていたものがあらわれます。

 それは金色きんいろ金属きんぞくつくられたうつくしい造花ぞうかでした。

 たかさは1メートルぐらいで、はな一輪いちりんいてます。


 くき花弁はなびらすべ金色きんいろですが、花の中心部分ちゅうしんぶぶんだけはべつ素材そざいつくられていました。

 オシベとかメシベがあるとこです。

 それは、ピラミッドをたて引伸ひきのばしたような正四角錐型せいしかくすいがた紫色むらさきいろ鉱石こうせきでした。

 大きさはコーヒのミニかんぐらいあります。


 首飾くびかざりの霊器れいきとよくてます。

 マアダンダマルこう間違まちがいないでしょう。

 きっとあれが、ブズルタの霊器れいきだと思います。

 アイダンがつくったんでしょうかね。

 なんかとっても芸術的げいじゅつてきです。


「ここにあるもんをそのままにして、かえりゃいいんだろがっ! そうすりゃ、えるなんて、つまんねぇかんがえもくなんだろ!」


「ちょ、ちょっと姉様あねさま、何をおっしゃるのですっ! これらは、もうわれものです! ちゃんと持帰もちかえりますからね!」


 血相けっそうえて文句もんくうヤムルハヴァ。


繰返くりかえしになるが、なぞいた者には、ここのしな自由じゆうにさせてくれというのがアイダンのめいだ。それにさからうことはできん」


 苦笑くしょうしながらくびをふるミトハトに、イライラをつのらせるアティシュリ。


「シェラレやシュクレ、ロシュの同胞達どうほうたちいたいとは思わねぇのか?!」


いたくないと言えばうそになる。だが、ってどうなる? 数千年後すうせんねんごには、彼らさえこのからえてしまい、結局けっきょくまた、私だけがのこされることになるのだ。ブズルタがあるかぎり、私は永遠えいえんに、このにとどまるしかない……」


 んだあと現世げんせにとどまって、永遠えいえんにありつづける。

 それってどんな気持きもちなんでしょう……。


 僕はまだ死んでもないから、わかりません。

 まわりにはヒュリアたちもいてくれるんで孤独こどくでもありません。

 だからいまのとこ消滅しょうめつしたいって気持きもちにはならないでいられてます。


 でもおな耶宰やさいなのに、ミトハトは状況じょうきょうちがいます。

 したしいひとだれもいないブズルタで700年も、たった一人ひとりごしてきたのです。

 たずねてものといえば、盗賊とうぞくばっかりだし……。

 こころつかててしまうのも当然とうぜんです。


 そのうえ、そんな状況じょうきょうが、このさき永遠えいえんつづいていくとしたら……。

 つかれるどころかこころこわれ、くるってしまうかもしれません。

 自意識じいしきうしない、世界せかい理解りかいすることもできなくなり、ただブズルタに侵入しんにゅうするもの機械的きかいてき排除はいじょしていくだけの存在そんざいてるのです。


 それってまさに、怪談かいだんかたられるおそろしい化物ばけものの“地縛霊じばくれい”そのものじゃないですか。

 そうなる前に自分じぶん消滅しょうめつさせたいと思っても無理むりはないがします。


「――永遠えいえんつづくであろう孤独こどく容赦ようしゃなくり、こころらおうと待構まちかまえているのがわかる。今の私にはもう、それにあらがうだけの気力きりょくのこっていない。だから正気しょうきうしなう前に、霊器れいき破壊はかいし、解放かいほうしてしいのだ」


「お前の言いたいことはわかる……。俺らにもたようなとこがあるからな……。でもよ、はいそうですかってこわせるわけねぇだろ……」


 アティシュリはかおをしかめます。


「そうか……、ならばそのうれいをのぞ手助てだすけをしよう。――もし霊器れいきこわさないというなら、通路つうろめたままにする。破壊はかいしないかぎり、お前達まえたちそとられんというわけだ」


「お前……」


 アティシュリはおこるというよりも、かなしげにミトハトをにらみました。


「ああっ、もう問答もんどうはたくさんじゃ! 姉様あねさまができぬというなら、われがやりますぞえ!」

 

 すすみ出たヤムルハヴァは、金色きんいろ造花ぞうかちかづいていきます。

 ヤムルハヴァの背中せなかにらみながらアティシュリは怒鳴どなりました。


「――本当ほんとうにいいのかっ?! 霊器れいきこわされた耶宰やさいは、転生てんせいできずに元素げんそ分解ぶんかいされるかもしれねぇってビルルルは言ってたぞ!」


 えっ!

 それ、ホント?!

 初耳はつみみです。

 じゃあ僕も霊器れいきこわれたら元素げんそになるってこと……?


 いや、待てよ……。

 そう言えば、オペ兄さんもそんなこと言ってたような気がする。

 じゃあこれって、マジな話ってこと?

 そんな殺生せっしょうなぁ……。


元素げんそ分解ぶんかいされるということは、この世界せかい一部いちぶとなるということだ。それは耶宰やさいとして永遠えいえん孤独こどくをかこつより、素晴すばらしいことのように思えるが……」


 元素げんそ分解ぶんかいされて世界せかい一部いちぶになる。

 それってホントに素晴すばらしいことなんでしょうか?


 二度にどと人間にんげん転生てんせいできないってことですよね。

 かんがえただけでへんになりそうです。

 僕はえられそうにありません。


「ふんっ、ときどき、人間にんげんってやつがマジでからなくなるぜ! 何もかもさとったようなことを言いやがって!」


 にがった表情ひょうじょうで、ぼやくアティシュリ。


本当ほんとうに、いいのかっ!?」


たのむ」


 ミトハトはしずかに微笑ほほえみました。


姉様あねさま、よろしいですねっ?!」


 霊器れいきの前につヤムルハヴァがたずねます。

 

「――ああ」


 アティシュリは、つかれたような声で審判しんぱんくだしました。


 返事へんじ合図あいずにヤムルハヴァがむちるいます。

 鞭先むちさきするど破裂音はれつおんをともない、正確せいかくに花の中心ちゅうしんにある霊器れいきをとらえました。

 造花ぞうか上部じょうぶ粉砕ふんさいされ、霊器れいきゆかちます。

 あっという無数むすうの、ひびれがひろがったかと思うと、つぎ瞬間しゅんかん霊器れいきはバラバラにくだりました。


「さらばだ」


 最後さいご言葉ことばのこし、ミトハトの身体からだ急速きゅうそくにオレンジいろ粒子りゅうしへとわっていきます。

 身体からだすべてが置換おきかわったとたん、粒子りゅうし花火はなびみたいに周囲しゅうい飛散とびちってしまいました。


 こうしてミトハトだった存在そんざいは、この世から旅立たびだっていったのです

 そのにいた全員ぜんいん、しばらくのあいだ、何も言えず呆然ぼうぜんたたずむことしかできませんでした。


 その沈黙ちんもくやぶったのは、ほかならぬぼくです。

 

「今、粒子りゅうしになってませんでした……?」


 あきらかにフェルハトさんのときとかたちがいましたよね。


「ちっ、大馬鹿おおばか野郎やろうが……。だから、言ったじゃねぇか……」


 アティシュリは吐捨はきすてるようにつぶやきます。


「まさか、元素げんそになっちゃったってことですか……?」


「ああ、そうだっ! あいつがめたことだからな! もう俺らには、どうすることもできねぇよ!」


 つよめに怒鳴どなるアティシュリ。

 でも、あきらかにかなしげです。


「そんな……」


 こころから、ごっそりちからけてった気がします。

 ミトハトの消滅しょうめつ僕自身ぼくじしん将来しょうらいにもふかかかわってますから。

 もし霊器れいきこわれたら、僕も元素げんそ分解ぶんかいされるかもしれません。

 

 そういえば、もう一人ひとり先輩せんぱいであるジネプはどうなったんでしょう。

 彼女はビルルルが死んだとき、自分じぶん霊器れいきこわれるように呪印じゅいんをかけてもらっていました。

 ビルルルの死後しご、この一人ひとりのこることにえられなかったからです。

 彼女も粒子りゅうしになったんでしょうか……。

 それとも、あのって転生てんせいしたんでしょうか……。


「――さあ、もう退散たいさんいたしましょう。これ以上いじょう長居ながい命取いのちとりです」


 ヤムルハヴァにうながされ、“思い出”の広間ひろまあとにすることになります。

 通路つうろに出ると、まれていたガラクタはくずれ、人がとおれるほどの空間くうかんができていました。


 かえみち誰一人口だれひとりくちひらくことなく、ただ出口でぐちかって黙々もくもくあつつづけます。

 みんな、ミトハトの選択せんたくおもみを噛締かみしめてるようでした。


 巨大きょだいなエントランスをけると、そとくもぞらで、ゆきしろはなびらのようにちていました。

 ただゆきってるだけなのに、なんだかとても綺麗きれいせつなくて、まるでてんがミトハトの解放かいほういわっているように思えます。


 ブズル山脈さんみゃくはこれから冬真盛ふゆまっさかりをむかえ、ゆきこおりざされます。

 耶宰やさいのいなくなった耶代やしろは、どうなっていくんでしょう。

 二度にどだれにもれぬまま、永遠えいえんゆきもれてしまうんでしょうか。


 吐息といきがまたしろくなり、さむさのせいでエヴレンが身体からだをさすりはじめました。

 僕には気温きおんかんじることはできませんが、相当寒そうとうさむそうです。

 『倉庫そうこ』から防寒具ぼうかんぐ取出とりだし、ヒュリアたちわたしました。


 太陽たいようが見えないので今が何時なんじぐらいなのかわかりませんが、チェフさんからひる営業えいぎょう連絡れんらくがないので、まだ午前中ごぜんちゅうだと思います。

 霊龍れいりゅう達は全身ぜんしん五分ごぶんいちぐらいが、すでにけています。

 見た感じ普段ふだんわらなそうですが、実際じっさいはかなりヤバいんじゃないでしょうか。

 

 とりあえず、『倉庫そうこ』にれた荷物にもつを、ヤムルハヴァの宝庫ほうこはこばなきゃなりませんので、一旦いったん、ムズラクダウ山にもどることになりました。

 ドラゴンのってそら舞上まいあがると、やわらかそうな大粒おおつぶゆきがヒュリア達のかお身体からだたったり、かすめたりしていきます。

 周囲しゅういを見るとドラゴンの上下左右じょうげさゆう幻想的げんそうてきゆきかわながれていました。


 ドラゴンにって見るゆき

 ヤバいくらいに、エモいです。

 でも、なんだかかなしい気持きもちにもなります。

 だってもしかしたら、ゆきの中にミトハトがいて、僕らを見ているかもしれませんから……。

 

 ヤムルハヴァの洞窟どうくつもどった僕は、こころにじみ出てくるかなしみをわすれるため、チャッチャッと仕事しごとをこなしていきます。

 仕事しごと集中しゅちゅうすれば余計よけいなことをかんがえずにみますからね。


 ゲットしたもの宝庫ほうこにしまい、ヒュリア達に朝食ちょうしょく提供ていきょうし、霊龍れいりゅう様にはおちゃとキャラメルを出します。

 そのあとは、倉庫そうこに入り、ビルルルとアイダンが書いた魔導書まどうしょ調しらべてみることにしました。


 魔導書まどうしょは、かなりあつくてなかはビッシリとウガリタ文字もじめられてます。

 もちろん、むことはできません。

 ドラゴンねえさんか、店長てんちょうにおねがいするしかないでしょう。

 魔導書まどうしょまえに考えこんでいると、またミトハトの姿すがたこころかんできました。

 自分をしかりつけながらイメージを振払ふりはらいます。


 するとグッドタイミングでチェフさんからひる営業えいぎょう連絡れんらくはいりました。

 ブズルタの任務終了にんむしゅうりょう報告ほうこくがてら、うらめしもどることにします。


 店にもどるとチェフさんの方からも、ある報告ほうこくがありました。

 人喰ひとくもり帝国ていこく騎士団きしだんかっているとのことです。

 ヒュリアの予想よそうたりましたね。


 騎士きし総数そうすうは1万5千で、三個騎士団さんこきしだんにあたります。

 みなみのオルマン王国側おうこくがわから北進ほくしんする部隊ぶたいに1万、マリフェトがわから南進なんしんする部隊ぶたいに5千が割振わりふられてます。

 ヒュリアをがさないように南北なんぼくから挟撃きょうげきするつもりなんでしょう。

 南側みなみがわの1万はすでもりに入っていて、北側きたがわから攻入せめいる5千の方は補給ほきゅうのため、明日あした、ザガンニンに到着とうちゃくするそうです。

 

 しかし1万5千って……。

 ちっぽけな丸太小屋まるたごや少女一人しょうじょひとり戦争せんそう仕掛しかけるつもりなんでしょうかね。

 まったくフザケたはなしですな。

 きっとこれって、ドラゴンねえさんのせいですよねぇ。

 あんなふうにトゥガイ達をおどかしたから、帝国ていこくさんは念入ねんいりに兵力へいりょくととのえたんでしょう。

 でも、ほのおのドラゴンとやりあうには、1万5千でもすくないと思いますけど。


 こんな状況じょうきょうじやマリフェトにもどるのは、難しいです。

 人喰ひとくもり勝手口かってぐち使つかえないうえに、帝国騎士ていこくきしが5千人もいるんじゃ、下手へた街中まちなかあるくこともできません。

 店長てんちょうからも、無理むりしてかえってくるより、しばらくヤムルハヴァのところに逗留とうりゅうすべきだという御言葉おことばいただきました。

 シュリとヤムルの身体からだ完全かんぜんなおってからでかまわないだろうってことです。


 ひる営業えいぎょうえて洞窟どうくつもどり、チェフさんの意見いけんつたえると、ロリババドラゴンは、あからさまにいやかおをします。

 でもすぐに、まあ仕方しかたないのう、と言って、あっさり滞在たいざい許可きょかしてくれました。


 なぜ許可きょうかしてくれたのか。

 もちろん好意こういからじゃありません。

 宿泊費代しゅくはくひがわりにわれたのみもいてもらうぞえ、ってことなのです。

 何をさせられるのか……。

 ちょっとこわい。

 

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