第76話 ウラニア―異端者の国<2>

 アティシュリはとなりに、しゃがんでいるヒュリアのかたきました。


あかひとみもの世界せかいほろぼす、だったか……」


 ヒュリアは、ハッとしてアティシュリのかおを見つめます。

 アティシュリは、何もかも分かってるようにうなずきました。


「そのあかひとみってのはよ、もともと五擾ごじょう災司さいしのことを言ったもんだろうぜ。本性ほんしょうあらわしたとき、あいつらはひとみ真赤まっかになるからよ……」


 うつむいたヒュリアは眉間みけんしわせ、下唇したくちびるみました。

 はげしいいたみに、じっとえている、そんなふうに見えます。


「ならばわたしは……、そいつらのせいで……、ずっとくるしんできたのですね……。ははも、ともも、恩師おんしも、私をたすけるために苦難くなんい、いのちとしました。――この湧上わきあがるにくしみを、私は、どうしたらいいのでしょうか……?」


 そう言うヒュリアの表情ひょうじょうが、徐々じょじょに般若はんにゃめんへと変貌へんぼうしていきました。

 かみめたくちびるからにじみ、にぎりめるこぶし小刻こきざみにふるえています。

 自分じぶんなかはげしい憎悪ぞうおあばれださないようにおさえこんでる、そんなかんじです。


 自分じぶんたすけてんでいった人々ひとびとへの罪悪感ざいあくかん、彼らを助けられなかった自分への失望感しつぼうかんしいたげてきた者への憎悪ぞうお、それらがこころの中で、ないぜになって、どうしたらいいかわからないんでしょう。


 でも、彼女のおそろしい形相ぎょうそうを見るにつけ、脳裏のうりにあるかんがえがかびます。

 彼女の本当ほんとうのぞみは、もしかすると、皇帝こうていになることじゃなく、しいたげてきた者への復讐ふくしゅうじゃないのかって……。

 そして復讐ふくしゅうすべき相手あいてには、自分自身じぶんじしんふくまれているんじゃないかって……。

 だから、いのちかえりみることもなく、あんなにはげしくたたかえるんじゃないでしょうか。


「そうか……。だったら『再臨さいりんとき』のたたかいに、手をしてくれよ。そんで、くろ災媼さいおう災司さいし達にお前のにくしみを、ぶつけてやりゃあいいじゃねぇか。皇帝こうていになったお前が手をしてくれんなら、こっちも心強こころづよいしな」


 アティシュリはかたいた手で、ポンポンとヒュリアをたたきました。


 上手うまいっ! 

 上手うまいなぁ、その切返きりかえし。

 にくしみにはまりそうなヒュリアに、皇帝こうていになった姿すがた想像そうぞうさせてまさせるなんて……。


 ヒュリアは、ハッとした風に顔をげ、アティシュリと目をわせます。

 そんな彼女にウインクするドラゴンねえさん。

 

「アティシュリ様……」


 ヒュリアは、そこで何度なんど深呼吸しんこきゅうしました。


「――もちろんです! 帝国ていこく全戦力ぜんせんりょくをもって、黒の災媼さいおうたたかいましょう!」


 にこりとわらって宣言せんげんするヒュリア。

 いつもの可愛かわいらしい笑顔えがおです。

 ホッとしました。


「――この『ヅムルト』は、アイダンがジェファの『カルクシュドネミ』のいわいにわせて成造せいぞうし、おくったものだ」


 ドラゴンと皇女おうじょのやりりをながしたかのように、ブズルタの耶宰やさいはヅムルトの来歴らいれきかたはじめました。


「アイダンは自分の『キヒリバル』と、この『ヅムルト』をつい傀儡くぐつとして成造せいぞうした。そのとき、アイダンはまだ500さいえたばかりだったが、当時とうじのブズルタで最高さいこう錬金師れんきんしであるセダト・バヤツをしの技量ぎりょうすでっていた……」


「そうそう、思い出したぜ。魔導王国まどうおうこくオクルに安置あんちされてるアイダンの傀儡くぐつ名前なまえは、キヒリバルだったな……」


 アティシュリがひざちました。


 説明せつめいあとむかしなつかしむように目をじているミトハト。

 妖精族ビレイなが時間じかんきてますからね。

 記憶きおくわる記憶きおく人間にんげん数十倍すうじゅうばいあるでしょう。

 もし悪い記憶きおくほうおおいなら、人間なんかよりもずっとつら生涯しょうがいごしたことになります。


 ときどき思うんですけど、長生ながいきすることが、絶対ぜったいに良いことってわけじゃない気がするんです……。


 やばいな……。

 いんキャのぬまにはまりそう……。

 ヒュリアのやみてられたかもしれません。

 なんとか、とにかくあかるいツクモくんもどらないと……。


「カルクシュドネミっていうのはなんですかねっ?!」


 とりあえず質問しつもんしてみました。

 突然とつぜん大声おおごえを出したのでヒュリアがびっくりしてます。 

 くらくなったときははらからこえを出す、それが僕のちないコツなのです。

 うたを歌うのも、きます。


「『ドネム』とは“500年紀ねんき”のことを言う。なかでもカルクシュドネミは5せつあるドネムのうちで最初さいしょおとずれるものだ。われ妖精族ビレイは、毎年まいとし誕生たんじょういわうわけではなく、ドネムのごとうたげもよおすのが習慣しゅうかんなのだ」


 なるほど、500年毎ねんごと誕生たんじょうパーティするんですね。

 ヅムルトは、ジェファって人におくった誕生たんじょうプレゼントってわけです。


「みゅみゅみゅっ! このじゅうも、しびいぃ!」


 能天気のうてんきなロリババドラゴンの興味きょうみは、いつのまにかとなりのガラスケースにうつっていました。

 そこには銃身じゅうしんながい、リボルバーのじゅうかざられています。

 いろはマットなシルバーで、銃身じゅうしんながさは30センチ以上いじょうあるでしょう。


「こりゃアイダンのじゅうだな。――あいつ、これをいてきやがったのか……」


 アティシュリはまゆをひそめます。


「このじゅうのプレートには何と書いてあるのでしょう?」


 ヒュリアにたずねられ、アティシュリがプレートを読上よみあげます。


「――つら悲惨ひさんながたたかいの思い出を、私の愛銃あいじゅう『グルルツ』とともわらせん、だとよ。フゼイフェが死んじまって、あいつは心底しんそこ戦争せんそうにくんでたからな。グルルツも戦争せんそう道具どうぐだと思っていてったんだろうぜ」


「みゅみゅ! こっちにはけんもあるぞえ!」


 ヤムルハヴァは、もうとなりのケースに移動いどうしています。

 そこには、重厚じゅうこう洗練せんれんされたつくりの両刃剣りょうばけんがありました。

 剣身けんしんうす黄味きみがかった銀色ぎんいろで、ついさっきみがげたようにきらめいています。

 れいによってアティシュリがプレートを読上よみあげました。


「私のあいすべき戦友せんゆう一人ひとり、フェルハト・シャアヒンのあたたかな思い出とともに、彼の愛剣あいけん『ベヤズヒラル』を永遠とわねむらせん……」


「こ、このけんは、太祖帝たいそてい様のものなのですかっ?!」


 目のいろえてさけぶヒュリア。


「そうらしいな。むかし、見た気もするが、わすれちまってたぜ」


「――これは、われのものじゃからなっ! 絶対ぜったいわたさんぞっ!」


 ベヤズヒラルを見つめるヒュリアの目が、あまりに物欲ものほしそうだったので、ヤムルハヴァがくぎしました。


 その後も、順々じゅんじゅんにガラスケースの中身なかみたしかめていきます。

 もちろん、のこりのケースの中にもアイダンの知人ちじんにまつわるしなかざられていました。

 そして最後さいごのケースに行着いきつくわけですが、そこには今までとは一風いっぷうわった物があったのです。

 それは一冊いっさつほんでした。

 

 おそらく革製かわせいであろうあつ茶色ちゃいろ表紙ひょうし

 わされたページかみは、よこから見ると大分だいぶばんでいます。

 本にえられたプレートの言葉は、つぎのようなものでした。


「私のであり学友がくゆうであるビルルル・アルカンとのたのしき探求たんきゅう日々ひびの思い出とともに、将来しょうらいこのもど同胞どうほうけ、このしょのこす……」


 なんだか今までとニュアンスがちがいます。

 ほかは“ねむらせる”とか“わらせる”だったのに。

 将来しょうらいのために、本を活用かつようしろって言ってるみたいです。


表紙ひょうしに、題名だいめいが書かれているようですが?」


 ヒュリアに指摘してきされ、アティシュリが題名だいめい読聞よみきかせてくれます。


「『あらたに生成せいせいした特殊とくしゅ錬鉱れんこう錬成れんせい耶代やしろ儀方ぎほうかんする研究けんきゅう考察こうさつ』だとよ。名義めいぎはアイダンとビルルルの共著きょうちょになってんぜ……」


 アイダンとビルルルが書いた耶代やしろの本?!

 そりゃすごい!

 つまり、これは魔導書まどうしょってことですね!


「ふんっ、本か、つまらんのう。我には不要ふようしなじゃ」


 ヤムルハヴァは御不満ごふまんのようです。

 

「だったら、この本、僕がもらってもいいですか」


勝手かってにするがいい」


 やりぃっ!

 良い物を手に入れました。

 これを読めば耶代やしろのことが、もっとわかるにちがいありません。 


 そのほか、ガラスケース以外いがいにも、金貨きんか宝石ほうせきはいったはこいくつかありました。

 ブズルタ復興ふっこう資金しきんに、アイダンがのこしていったものです。


 ブズルタをるとき、アイダンは言ったのだそうです。

 いつかかならもどってきて、ブズルタをまたロシュのみやこにするから、それまでまもっていてしいって……。


「その言葉ことばしんじ、700年余ねんあまりがぎた。――すでにアイダンがいない以上いじょう、もう同胞どうほう帰郷ききょうのぞめないだろうな……」


「まだ、わかんねぇぞ。西の大陸たいりくのザナートには、アイダンのむすめもいんだからよ」

 

 はげますドラゴン姉さん。


 だけど、今、スルーできないこと言いませんでした?

 アイダンのむすめ?!

 賢者けんじゃ様、子供こどもんでたの?

 

「ちょ、ちょっとってください! 賢者けんじゃアイダンにはむすめがいたんですか?!」


 質問しつもんの声が、うわずってるヒュリア。

 やっぱりおどろいてるみたいです。

 エヴレンとジョルジも、うそでしょ、みたいな顔になってます。


「ああ、いるぜ。名前なまえはシェラレってんだ。としは1000さいぐれぇだったか。今はザナートの導者ウナヤクメジュリシ一員いちいんになって、国政こくせい切盛きりもりしてるぜ。――ああ、そうか……。このことは、アイダンから口止くちどめされてたんだったけな……。まぁ、お前らなら、いいか……」


 ミスったなってふうに頭をかくアティシュリ。


「ち、父親ちちおやだれなんですか!?」


「――フゼイフェだよ」


「フ、フゼイフェって……、聖師せいしのことですか……?」


ほかだれがいんだ」


 くろ地縛霊じばくれい人間達にんげんたちは、口あんぐりですよ。

 まあ、僕の口はひらかないんですけどねっ。


「う、うそですっ! そんなの絶対ぜったいありえませんっ!」


 エヴレンが、ものすごいきおいで反論はんろんします。

 

「――聖師せいし様の縁者えんじゃは、義理ぎりむすめである『祐師ゆうしファトマ』様だけです! しかも、よりにもよって相手あいて賢者けんじゃだなんて……」


 アティシュリはあき気味ぎみはならします。


「ふんっ、お前がどう思おうが、事実じじつは事実だぜ。――そもそもマリフェトとオクルのなか建国当初けんこくとうしょから険悪けんあくなのは、こいつが原因げんいんなんだ。ファトマは、アイダンとシェラレのことを絶対認ぜったいみとめようとはしなかったし、オクルの創始者そうししゃどもは、フゼイフェのことをこころよく思っていなかった。まるところ、なかわるかったが、たがいの利害りがい一致いっちしたもんで、シェラレのことはやみほうむられちまったわけよ」


「そんな……」


 かたとすエヴレン。

 顔があおざめてます。

 かみにもひとしい聖師せいし様にかく発覚はっかくすれば、そりゃショックでしょう。


「マリフェトがみとめないのはかる気がしますが、なぜオクルまでがかくそうとするのでしょうか……?」


 くびかしげてるヒュリア


「そりゃ、お前、フゼイフェが魔族まぞくをひいてるからにまってんだろ」


「ひっ!」


 アティシュリの話を聞いたとたん、エヴレンが卒倒そっとうしました。

 たおれこむエヴレンをジョルジがあわてて受止うけとめます。

 これぞまさに、ダブル・クリティカル!


 そういえば、前に聞きましたねぇ。

 エヴレンにはまだ話してなかったんだ……。

 たしかバシャルではハーフのことを“止揚種しようしゅ”って言うんでしたっけ。


 だけどドラゴン姉さん、容赦ようしゃねぇなぁ……。

 当分とうぶんきないぞ、エヴレン。

 

「――そうか、あの少女しょうじょが今はザナートの導者ウナヤクか……。古人曰こじんいわく、ときとは巧妙こうみょう劇作家げきさっかたり、だな」


 苦笑にがわらいをかべるミトハト。


はなしは、それでわりじゃねぇぞ。――なんなら、シェラレにもむすめがいんからな」


 また目玉めだま飛出とびでそうになるわけですが、こんどはそこにミトハト先輩せんぱいくわわります。 


「つまり、そのむすめは、賢者けんじゃまごってことですか?」


「そうよ。――名前はたしか……、シュクレだったな」


「なるほど、アイダンのまごか……。こんな愉快ゆかいな話は700年ぶりだ……」


 かたまってる僕らを尻目しりめに、声をげてわらうミトハト。


「――姉様あねさま、つまらんはなしはそれぐらいで。そろそろこのはなれねば。我らの力がきかけておりますぞ」


 だまって話を聞いていたヤムルハヴァが現状げんじょうを思い出させてくれました。


「いけねぇ、すっかりわすれてたぜ。――わるいな、ミトハト、つづきはまた今度こんどだ。一旦いったんそとに出ねぇと、俺たちはえちまうからよ」


 てなわけで、そのあと撤収作業てっしゅうさぎょうとなりました。 

 ヤムルハヴァの命令めいれいで、ガラスケースと宝箱たからばこを『倉庫そうこ』にしまいます。

 大荷物おおにもつ移動いどうさせるときは、ホント、『倉庫そうこ』は便利べんりです。


 すべての物品ぶっぴんをしまいえると、広間ひろまはガランとしてしまいました。

 すっかりものくなったところにたたずむミトハト……。


 このさきもずっと、彼はブズルタでらしていかなくちゃなりません。

 僕とちがって耶代やしろからはなれられませんからね。


 だれもいない広大こうだい廃墟はいきょに、たった一人ひとり……。

 あまりにも孤独こどくで、さびしい気がします。


 わかれの挨拶あいさつをしようとしたアティシュリに、ミトハトがしずかにげました。


最後さいごひとつ、私のねがいを聞いてくれないだろうか?」


「なんでぇ、言ってみな。できるかぎりのことはすんぜ」


「――私の霊器れいき破壊はかいしてしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る