第75話 ウラニア―異端者の国<1>

「――反乱はんらんにより、大勢おおぜい同胞どうほういのちとした。おそらくわたしは、その後悔こうかいねんつよすぎて異相次元グクレルわたることができず、ブズルタにとらわれることになったのだろう……」


耶宰やさいとしてのおまえ役割やくわりは何なんだ?」


「アイダンよりめいじられたことは、ブズルタの保守管理ほしゅかんりだ。しかし、このらすぞくどもにうたび、こころいかりが湧上わきあがり、いつしかわなつくり、さらには“人形ひとがた”をしてあやつすべにつけるにいたった」


 やっぱ進化しんかしたんですね。


「――しかし、よくあのなぞけたものだ。簡単かんたんけはしないだろうとアイダンはむねっていたのだがな。さすがは霊龍エジダルハだ」


「お前、おれたちが霊龍エジダルハだってわかるのか?」


「お前たちの会話かいわはすべていているからな」


「ちっ、耶宰やさいってのは本当ほんとえねぇな」


 あたまをかきむしるアティシュリ。


 うへっ、ずっと観察かんさつされてたのねぇ。

 まあ耶宰やさいは、りたくなくても、耶代やしろないこったことは全部ぜんぶわかっちゃいますから。

 僕もおなじです。


「とにかくだっ、俺の予想通よそうどおり、あのなぞ全部ぜんぶ、アイダンの仕業しわざだったてことだな。まったく、んだあと面倒臭めんどくさいやつだぜ……」


「アイダンが死んだというのは、やはり事実じじつなのか?」


「ああ、そうだ。お前、知らなかったのか?」


以前いぜん人間にんげんからき、一応いちおうってはいたが……」


 ミトハトはあおやわらかなひかりはな天井てんじょうをゆっくりと見上みあげました。


「私は、ここにいるのに、あのがもうこのにいないという事実じじつ受容うけいれがたくてな……」


 ミトハトの表情ひょうじょうかなしげで、さびしげで、一気いっき生気せいきうしなったように見えました。

 まるでひとかたちをした抜殻ぬけがらようです。

 なんだか見ているこっちも、つらくなってきます。


 もしヒュリアになれたら、僕もこんなふうになってしまうんでしょうか……。

 だれくちひらくことができず、いたいくらいの静寂せいじゃくが僕らを包込つつみこんでいきました。


 でも、そんな雰囲気ふんいきなどおかまいなしのかたがお一人ひとり

 ゴーイングマイウェイなヤムルハヴァさまでございます。


「――あのなぞいたのはわれらではない。なんじおな境遇きょうぐうものじゃ」


 悪戯小僧いたずらこぞうのようなかおげるヤムルハヴァ。

 支配しはいしていた静寂せいじゃく一瞬いっしゅんえていきました。

 こういう場面ばめんだと、彼女かのじょ普段ふだんわらない言動げんどうにホッとさせられます。


「私と同じ境遇きょうぐう? それはどういう意味いみだ?」


「つまりは、耶宰やさいということじゃ」


「私のほかにも耶宰やさいがいるのか……。この数日すうじつ、お前たちをていたが、頭数あたまかず五人ごにんなのに声音こわね六人分ろくにんぶんあった。その六人目ろくにんめ耶宰やさいということか」


「はい、そのとおりです。はじめまして、ミトハト先輩せんぱい後輩こうはい耶宰やさいのツクモともうします」


 ヒュリアが霊器れいき胸元むなもとから持上もちあげ、ミトハトに見せてくれました。


「その首飾くびかざりがしゃべっているのか……?」


「はい、そうです」


 ミトハトはあなくほどぼくを見てきます。


「――ならばツクモよ、お前の耶代やしろは、だれほどこしたのだ?」


「ああ、そのけんですかぁ。――じつは、わからないんです」


 アティシュリさんとはじめてったときも聞かれましたね。


「わからない? お前を召喚しょうかんした術師じゅつしがいたはずだが」


「いないんですよねぇ、これが……。それに僕は、耶代やしろつくるのにわせて召喚しょうかんされたんじゃなく、元々もともとあった耶代やしろばれたみたいなんです」


「わけがわからんな」


「はい、僕自身ぼくじしんもわかりません。ただ、元々もともと耶代やしろはビルルルさんがつくったそうですよ」


「ビルルル……!」


 名前なまえを聞いたミトハトは、目をまるくします。


「そうか、あのものか……。ならば合点がてんがいく。そもそも耶代やしろ儀方ぎほうは、ビルルルが編出あみだしたすべだからな……」


 目をじてうなずくミトハト。


「――アイダンが数万年すうまんねん一人ひとり天才てんさいなら、ビルルルは数百万年すうひゃくまんねん一人ひとり天才てんさいと言える。あの者の知恵ちえは、ながきにわたたくわえられた妖精族ビレイ知識ちしきはるかにえていた……」


 やっぱビルルルさんは、すごい人だったみたいです。


「だとしてもツクモよ、何故なぜ、お前はこの場にいるのだ? 耶宰やさい耶代やしろからはなれられぬはず。そもそも、お前の耶代やしろはどこにある?」


 いままでの経緯けいいをミトハト先輩せんぱいはなしました。


「――なるほど、耶代やしろ霊器れいきとはべつに、あらたな霊器れいき成造せいぞうしてなかはいり、耶代やしろ識圏ブルゲからしたというわけか。そのうえ『倉庫そうこ』、『転居てんきょ』、『建替たてかえ』の特殊とくしゅ機能きのう耶宰やさいによる魔導まどう使用しよう……。そして、それらすべてが耶代やしろからの指示しじ結果けっかだと言うのだな……。しんがたはなしだ……」


 眉間みけんにしわをせるミトハト。


「ツクモと私の状況じょうきょうは、かなりちがっているようだ」


「あなたも、耶代やしろから指示しじされたりします?」


「いや、私の耶代やしろ指示しじをしてきたことなど一度いちどもない。アイダンの説明せつめいでは、耶代やしろとは耶宰やさいめいしたがうもので、そのぎゃくはありえないはずなのだ。――だが、あのビルルルのことだ、私を召喚しょうかんしたときよりさら耶代やしろ発展はってんさせていても不思議ふしぎではない。お前の召喚者しょうかんしゃがいないのも、ビルルルがあらたな儀方ぎほうくわえたからかもしれんな」


 ミトハトは、大きくいききました。

 もちろん僕らは呼吸こきゅうなんてしませんけど、きてるときのくせって、んでもとれないんですよねぇ。


「ところでミトハトさん、一応いちおう謎解なぞときのこたわせをしたいんですけど、良いすかね?」


「そんな必要ひつようあんのか? もうこたかってんだろ」


 アティシュリが面倒臭めんどくさそうに言います。


「うーん、ホントのこと言うと、なぞいたのは僕じゃなくて、耶代やしろなんですよねぇ……。しかも、ああいうふうにやれって言われただけで、ちゃんとしたこたえはおしえてもらってなくて……」


「なんじゃ、ツクモ、お前がいたのではないのか。すこしは見直みなおしておったのじゃが、所詮しょせん役立やくたたずということよのう」


 またゴミむしを見るような目で見てくるあまロリドラゴン。

 ほかみんな視線しせんも、どことなくつめたいような……。


「いやいや、耶代やしろに言われてることは、比喩的ひゆてきだったり、ほのめかされてたりしていて、正確せいかく表現ひょうげんじゃないんですって。だから、それを状況じょうきょうにあてはめ、適切てきせつ行動こうどう選択せんたくするのは僕にまかされてるんです。それって、かなりの努力どりょく試行錯誤しこうさくご必要ひつようなんですよぉ」


「ならば耶代やしろは、どのようなことをおのれにつたえたか、申述もうしのべてみるがいい」


「聞いてもわからないと思いますよ」


「いいから、もうせ」


 仕方しかたなく備考欄びこうらんのヒントを読上よみあげます


「『ビンゴゲームには漢字かんじさんいてみる』ってもんです」


「――ビ、ビンゴゲ? カンジ? なんじゃ、それは?!」 


「ほらね、だから言ったでしょ。これは僕の故郷こきょうであるニホンノトウキョウの言葉ことばなんで、余所よその人にはわからないんですよ」


「つまり耶代やしろは、ツクモにしかわからぬ言葉ことば使つかって指示しじを出しているということです。それを私たちに理解りかいできるようにやくしてくれていることこそ、耶代やしろという未知みち儀方ぎほう介在かいざいとしてのツクモの役割やくわりが、重要じゅうようであるというあかしではありませんか」


 ヒュリアの素晴すばらしいアシストがまりました。

 グウのないヤムルハヴァは、忌々いまいましげに、そっぽをきます。


 思い知ったか、ロリババドラゴンめ。

 サンクス、ヒュリアぁぁぁ。

 やっぱり一番いちばん理解者りかいしゃきみだよぉぉぉ。

 

「その耶代やしろ言葉ことばで、なぜなぞけたのか理解りかいしがたいが……。ともあれ、アイダンが仕掛しかけたなぞこたえをはなしてかせよう」


 ミトハトはそう前置まえおきして、あの部屋へやなぞについて説明せつめいはじめました。


 まず最初さいしょに、部屋へやそとかれていた地母神じぼしんキュベレイのぞうについてです。

 彼女は、バシャルの創造主そうぞうしゅ万物ばんぶつはは、すべてのちからみなもととして人間に知られていますが、じつ妖精族ビレイしか知らないべつ異名いみょうがあるのです。

 それは、かくされた経路けいろみちび世界せかいごう背負せおう者、というものです。


 ヤムルハヴァは、ある人からこの異名いみょうのことを聞いていたおかげで、ぞううらにあるあなを見つけることができたのです。

 どういうことかというと、かくされた経路けいろごう背負せおう、というところから連想れんそうしたらしいです。


 つぎかべかざられたつくえかれたクシュトですが、やっぱりあれはクシュトのこま文字もじえがけということだったみたいです。

 そして、なん文字もじえがけばいいのかというヒントが、反対側はんたいがわかれていた女神めがみズィルキのぞうでした。


 エヴレンが指摘してきした女神像めがみぞうのおかしな仕草しぐさ、つまりあたま指差ゆびさすポーズは、ある言葉ことばの“頭文字かしらもじ”をえがけという意味いみだったのです。

 その文字もじというのは、女神めがみズィルキがつかさどるもののひとつ、“おもいで”です。

 なぞめくくりとも言うべき『おもいでとともとびらひらかれん』の文言もんごんは、どの言葉ことばの“頭文字かしらもじ”をえがけばいいのかのヒントにもなっていたわけです。


 最後さいごに、“おもいで”という単語たんごをウガリタ変換へんかんすると“ハフィザ”となり、ウガリタ文字もじで“ハ”の子音しおんあらわ文字もじは、漢字かんじの“さん”にそっくりなかたちをしているということでした。

 これって、よっぽどウガリタ精通せいつうしてないとけませんよね。


「このなぞける者は、おそらく妖精族ビレイだけだろうとアイダンは言っていたが、その予測よそく見事外みごとはずれたようだ」


 ミトハト先輩せんぱいはそうおっしゃりますが、妖精族ビレイ知識ちしきい者にとびらひらくことはできなかったでしょう。

 耶代やしろがチートなヒントをくれなかったら、きっと僕らもなぞけなかったはずです。

 そうなれば部屋に閉込とじこめられたままになり、霊龍れいりゅう様達は消滅しょうめつ、バシャルに天変地異てんぺんちい発生はっせい、なんてことになっていたかもしれません。


 マジであぶないところでした。

 やっぱ耶代やしろさん、たよりになります。


かたがどうであれ、とびらひらいたお前たちには、この場にあるすべてのもの始末しまつまかせよう」


われらが自由じゆうにしてよいということじゃな?」


「そのとおりだ。これはアイダンからのめいでもある」


ねがったりかなったりよのう」


 ホクホクがおのロリババドラゴン。

 アティシュリ以上いじょう現金げんきん性格せいかくしてます。


「――ならば早々そうそうに、おたから見分けんぶんをさせてもらおうかのう。我らには時間じかんいのでな」


「いかようにもするがいい。すでにすべては、私の管理かんりからはずれた」


 ミトハトはかたをすくめました。


 部屋を見渡みわたしたヤムルハヴァは、みゅみゅっと奇声きせいげ、一番目立いちばんめだってる物のところへ小走こばしりにかっていきます。

 面白おもしろそうなオモチャを見つけた幼稚園児ようちえんじみたいです。

 僕らは仕方しかたなく、ロリババドラゴンをいかけました。


 そこにあったのは、人よりも大きめサイズの“人形にんぎょう”です。

 僕らをおそってきたガラクタの“人型ひとがた”とは別物べつもので、とても繊細せんさいつくられたうつくしいものでした。


「こいつは『傀儡くぐつ』だな……」


 アティシュリがポツリと言いました。


 綺麗きれいなガラスケースにはいっている傀儡くぐつは、深緑色ふかみどりいろ金属きんぞく出来できていて、どことなく復体鎧チフトベンゼルていました。

 復体鎧チフトベンゼルとの明白めいはくちがいは、左右さゆうみみうえ両肩りょうかたつのがあること、両手両足りょうてりょうあしゆびにはウズベリみたいなするどつめがついていること、そして背丈せたけが2メートル以上いじょうあることです。


「すっげぇ、かっけぇ! これ、もぉらいっ♪ われのものぉ♪ 絶対ぜったいわれのものぉ♪」


 ガラスケースに、かぶりつくヤムルハヴァ。 


「こいつはおどろいたぜ……」


 しゃがみこんだアティシュリは、傀儡くぐつ足元あしもとかれていた金属きんぞくのプレートを見つめています。 

 プレートには読むことができない文字が書かれていました。


「ウガリタ文字もじですね。何と書かれているんですか?」


 となりにしゃがんだヒュリアも、プレートをのぞきこみます。


「――今は親友しんゆう『ジェファ・カラクベット』のなつかしきおもとともに、彼女の傀儡くぐつ『ヅムルト』を永遠とわねむらせん、だとよ……」


「ジェファ・カラクベット? アイダンの親友しんゆうですか? アティシュリ様は、ご存知ぞんじなのでしょうか?」


「もちろん、ってるぜ。――ジェファ・カラクベットってのは『五擾ごじょう災司さいし』の一人ひとりだったロシュのおんなだ」


五擾ごじょう災司さいし?」


「ああ、今の人間達にんげんたちわすれちまってるだろうが、くろ災媼さいおうには大物おおもの配下はいかが五人いてな、そいつが五擾ごじょう災司さいしってばれてたんだよ」


 アティシュリは苦虫にがむしつぶしたような顔になりました。


「――もと普通ふつうの人間やロシュだったんだが、くろ災媼さいおう取込とりこまれ、災司さいし成下なりさがりやがったのさ」


「そんな奴等やつらがいたとは、知りませんでした」


まつりなんかじゃ災媼さいおうばっかり取沙汰とりざたされてっから仕方しかたねぇわな。――ジェファって女はアイダンの幼馴染おさななじみ子供こどもころは、ずいぶんなかかったらしい。だがブズルタでの反乱後はんらんご、ウラニアに移住いじゅうしてからは距離きょりができ、ある事件じけんがきっかけで完全かんぜん決別けつべつしたそうだ」

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