第73話 僕たちは弁償ができない?<9>

「――ところでよ、さっき思いついたんだがな」


 椅子いすから立上たちあがったアティシュリはそばにやってきて、ヒュリアのまえにしゃがみます。


「てめぇ、魔導まどう使つかえてるよな、ツクモ?」


 そういえば、『倉庫そうこ』も使えるし、『転移てんい』もできてますね。


「ここの耶宰やさいもそうだが、てめぇが魔導まどうを使えるのは、耶代やしろ儀方ぎほうが、恃気エスラルじゃなく“べつちから”を元手もとでにしてるからじゃねぇか?」 


 “別の力”って……?

 どっかでいたような……。

 

「――そういえば前に、隠者いんじゃビルルルは恃気エスラル以外いがいの力で究極きゅうきょく領域りょういきに行ったって言ってましたよね。もしかして、それのことですか」 


「ああ、そうだ」


 アトルカリンジャじゃないビルルルは、導星アイフェイオンを使わず、“別の力”で一壇バチカルえ、究極きゅうきょく領域りょういきである玄域ギリシュに行き、魂露イクシル錬換れんかんしたんでしたね。


「じゃあ、僕たち耶宰やさいは、その力が使えるってことなんですね?」


「今んとこ、俺の推測すいそくでしかねぇけどな。――ツクモ、ためしに炎弾えんだんってみろ」


「わかりました」


 いつものように、恃気エスラルあつめようとしました。

 でも集めるはしからえてってしまい、いくら充典ドルヨルつづけても炎弾えんだんつことができません。


無理むりですね。かたぱしから恃気エスラルくなっていきますよ」


「そうか……。たとえ耶宰やさいでも、恃気エスラル元手もとでとする元素魔導げんそまどうは使えねえってことだな」


 アティシュリは目をほそめます。


「どういうことなんでしょう?」


耶代やしろ関連かんれんする魔導まどうは使えるが、通常つうじょう炎魔導えんまどうは使ねぇ……。つまり、“別の力”は耶代やしろ儀方ぎほうにだけ適用てきようされるってことになる。――きっと、ここの耶代やしろも、そいつを使って“人型ひとがた”をあやつってたんだろうぜ……」


「“別の力”はブルンメこうでは無効化むこうかされないってことですか?」


「そういうことだ」


 忌々いまいましそうにうなずいたアティシュリは、いつものようにあたまをかきむしります。


「あの変態女へんたいおんなめっ! 勿体もったいぶりやがって! “別の力”がなんなのかおしえとけば、耶代やしろ儀方ぎほう正体しょうたいも少しはつかめたはずなのによっ!」 

 

 んだあとでもビルルルさんは、ドラゴン姉さんをイライラさせとるのです。

 まあぎゃくに言うと、ドラゴンをここまで困惑こんわくさせるってことは、それだけすごい人だったってことでしょうね……。


たしか、“英気マナ”っていうのもありましたよね。それとはまたちがうんですか?」


本来ほんらい恃気エスラルってのは、“精神せいしん”とかかわり、英気マナってのは、“肉体にくたい”にかかわってくる。さらにそいつを発展はってんさせると、恃気エスラル周囲しゅうい元素げんそ霊体れいたいなどへの影響力えいきょうりょくを、英気マナ物体ぶったいへの制御力せいぎょりょく獲得かくとくする。そもそも魔導まどう術法じゅつほう儀方ぎほう区別くべつしてんのは、恃気エスラル英気マナ作用さようちがいからなんだよ」


 ものかかわる魔導まどうを、わざわざ儀方ぎほうって言うのは、そういうことだったんですね。


英気マナ物体ぶったい制御せいぎょできるし、ブルンメこうによって無効化むこうかされることもぇ。だが、そもそも英気マナじゃ、自分じぶん身体以外からだいがい物体ぶったいを“継続的けいぞくてき“にあやつるなんてことはできねぇはずなんだ」


「えっ、でも物体を制御せいぎょできるんでしょ?」


「もちろん、ある程度ていど制御力せいぎょりょくってる。だが原則げんそく、そいつは一回いっかいこっきりのもんで“継続的けいぞくてき”じゃねぇんだよ。英気マナじゃ、そこにちてる小石こいしでさえ簡単かんたんにはあやつれねぇのさ」


錬金術れんきんじゅつとか呪印じゅいんとかは物体ぶったいあやつってるんじゃないんですか?」


錬金術れんきんじゅつ呪印じゅいんも、制御力せいぎょりょく単発的たんぱつてきなもんだ。つまり、ひとつの命令めいれいひとつの動作どうさをさせることしかできねぇ。もし“継続的けいぞくてき”にものうごかしたけりゃ、その都度つどあらためて儀方ぎほうほどこさなきゃなんねぇのさ」


 なるほど。

 例えば呪印じゅいんを使って物を、みぎひだり直進ちょくしんって動かす場合ばあい、右に行け、左に行け、直進しろっていう命令めいれいを、そのたんびに儀方ぎほう構築こうちくしてあたえなきゃならないってわけです。

 かなり面倒臭めんどくさいっすね。


「だからよ、ここの耶宰やさいが、あんな自由自在じゆうじざいに“人型ひとがた”を動かしている元手もとでってのは、恃気エスラルでも英気マナでもねぇ、“別の力”ってことになるわけだ。くやしいが、そいつが何なのか、俺にもからねぇ。――ああ、ムカつくぜっ!」


 アティシュリはまた、頭をはげしくかきむしります。


「じゃあ、僕がブズルタで、『倉庫そうこ』を使ったり、『調理ちょうり』や『工作こうさく』できてるのも、恃気エスラルじゃなくて“別の力”のおかげってわけなんですね」


「そうなんだろうよ」


 イライラしすぎて、ちょっとおつか気味ぎみのドラゴンねえさん。

 まだまだ、耶代やしろ儀方ぎほうには秘密ひみつがありそうです。


姉様あねさま、つまらぬはなしはそこまでにして、さっさとツクモに謎解なぞときのつづきをさせてくだされ」


 くちとがらせて文句もんくを言うヤムルハヴァ。

 

「ヤムル、耶代やしろ儀方ぎほうは、つまらねぇで片付かたづけられるほど、些末さまつな話じゃねぇんだぞ。そもそも、無生物むせいぶつをあたかも生命体せいめいたいのようにしちまうこと自体じたい奇跡きせきみてぇなもんだ。しかも耶代やしろ成長せいちょうしていやがる。こんなことは霊龍れいりゅう記憶きおくにも前代未聞ぜんだいみもんの……」


 いからせて言返いいかえすアティシュリ。


「――はい、はい、そのあたりで結構けっこう。その御小言おこごと以前いぜんにも、おきしました」


 ヤムルハヴァは人差ひとさゆび突込つっこんで、両耳りょうみみふさぎます。


「ちっ、危機感ききかんのねぇ。これだから新参者しんざんものは……」


 アティシュリは口元くちもとゆがめ、声をとがらせました。


 てことで、霊龍れいりゅう様の小競こぜいのあとよる営業えいぎょう連絡れんらくけるまで、またひたすら謎解なぞときに没頭ぼっとうすることになります。


 ひたいあつめ、ああだこうだと思いついたことを議論ぎろんし、なんとかなぞこうとしたんですが、一向いっこうらちきません。

 結局けっきょく、ヒュリア達に夕食ゆうしょく配膳はいぜんし、僕はまた夜の営業えいぎょうのため、うらめしに行くことになりました。


 営業えいぎょうえて、夜中近よなかちかくにブズルタにもどって来たんですけど、進捗状況しんちょくじょうきょう変化へんかはありませんでした。

 かんがえすぎでヒュリア達の顔があおざめていたので、その日はお仕舞しまいということになりました。


 『倉庫そうこ』から五人分ごにんぶんのベッドを出して、小部屋こべやならべます。

 ブズルタの中では時間変化じかんへんかがわからないので、睡眠時間すいみんじかんをちゃんと確保かくほしないとヒュリア達はまいってしまうでしょう。


 そんなわけで、しっかりと睡眠すいみんをとり、頭をやすめてもらいました。

 そして日付ひづけが変わります。

 でもやることは昨日きのうわりません。


 じっとすわってかんがえてばかりだとおかしくなるので、ときどきレクリエーションをはさむことにしました。

 ヒュリア先生せんせいから剣術けんじゅつ指導しどうを受けたり、ウズベリといかけっこしたり、アティシュリ先生から格闘術かくとうじゅつかたおそわったりして身体からだを動かし、リフレッシュします。


 さいわい『倉庫そうこ』のおかげで、衣食住いしょくじゅうには心配しんぱいはありません。

 でもさすがにみんなきてきてるのがわかりました。

 いアイデアも出なくなり、あきらかな停滞ていたいムードがただよいます。

 そうこうしているうちに、とうとうブズルタないで、三日目みっかめあさむかえることになったのでした。

 

「まずいことになった……」


 早々はやばや起床きしょうしたドラゴン姉さんは、ぞんざいに椅子いすこしろすと、自分のうで見下みおろしボヤきました。

 なんだか、ご気分きぶんすぐれない様子ようす

 でも話かけたら、文句もんくを言われそうなんで、こういうときは、完無視かんむしかぎります。


 ドラゴンのボヤき声で目をましたヒュリアが、ベッドの上で起上おきあがります。

 そして、よせばいいのに声をかけちゃいました。


「どうされたんですか?」

 

「こいつを見てみろ」


 自分の右腕みぎうでを見せるアティシュリ。

 おどろいたことに、あか篭手こてをはめたうでとおしてうしろの景色けしきがぼんやりと見えてます。

 

「なんだか、けているように感じますが……」


「ああ、間違まちがいなくけてんぜ。俺達の身体を維持いじする恃気エスラルきかかってる証拠しょうこだ。これじゃって、あと二日ふつかってとこだな」


恃気エスラルきると、どうなるのですか?」


人間にんげんで言うところの“”をむかえるということじゃ」


 ぐったりした顔つきできてきたヤムルハヴァが口をはさみます。

 彼女は、たどたどしく椅子いすこしかけると机の上に右脚を載せました。


われ同様どうようじゃ」


 アティシュリのうでおなじでヤルハヴァの右脚みぎあし膝下ひざしたからさきうすくなり、えかかっています。


「そんな……」


 絶句ぜっくするヒュリア。 

 どうやらじゅんブルンメこう効果こうかあらわはじめたみたいですね。

 しかし、ドラゴンをすほどの力があるなんて……。

 ブルンメこう、あなどりがたし。


「このままここにいりゃあ、二日後には消滅しょうめつしちまうな……」


 アティシュリは目をじて腕組うでぐみします。

 なんか落着おちついてますけど、あせったほうが良いのでは……?


「だったら、一遍いっぺんそとに出て、うらめし屋にかえったらどうです? みせ一晩休ひとばんやすめば、ちゃんともともどりますよ」


 耶代やしろ機能きのうである『休養きゅうよう』なら10時間じかん復活ふっかつできるでしょう。


たしかに、てめぇの言うとおりかもしれねぇな、ツクモ……」


 霊龍れいりゅう様達さまたちは顔を見合みあわせ、うなずいました。


「よしっ、そんじゃ、俺達は一旦いったん、うらめし屋にかえらせてもらうわ。明後日あさってあさにはもどってっから、そんときまでにはなぞいとけよ」


「おそらく、この部屋へや耶宰やさい攻撃こうげきおよぶことはないじゃろうから、安心あんしんして謎解なぞときに専念せんねんするがよい。吉報きっぽう期待きたいしておるからのう」


 言いたいことだけ言って、部屋を出て行く霊龍れいりゅう様達。

 防御体制ぼうぎょたいせい不安ふあんは出ますが、ない方が謎解なぞとききに集中しゅちゅうできるでしょう。

 アイデアは出さないくせに文句もんくばっかり言ってきて、うるさいですからね。


 ドラゴン達が入口いりぐちのトンネルに姿すがたし、やれやれと思っていると、外からアティシュリの怒鳴どなり声が聞こえてきました。


「何じゃ、こりゃ!」


 何事なんごとかって見に行くと、キュベレイのぞうの前で霊龍れいりゅう様達が立尽たちつくしています。


「なんなんすか、大声おおごえして?」


 ぞうまわりこんでみると、目の前に驚愕きょうがく光景こうけいがありました。

 たぶん“人型ひとがた”を構成こうせいしていたガラクタだと思いますが、それが通路つうろふさぐように積重つみかさなり、かべになっていたのです。


「あの耶宰やさい野郎やろう、俺達を閉込とじこめやがったな」


 アティシュリはそう言うと、ガラクタのかべかって突進とっしんし、強烈きょうれつなパンチをたたきつけます。

 なぐられたかべには、大きなくぼみができましたが、あなくことはありませんでした。


「クソ耶宰やさいめ、“人型ひとがた全部ぜんぶかべ材料ざいりょうにしたにちがいねぇ。きっと階段かいだんまでの通路全つうろすべてがガラクタでめられてるんだろうよ。こいつをやぶって外に出るには、かなり時間じかんがかかりそうだ」 


姉様あねさま、もし上のかいもガラクタでくされているとしたら、二日で外に出られるかどうかわかりませぬぞ。――しかも、ごらんあれ」


 ヤムルハヴァが指差ゆびさす方を見ると、アティシュリにこわされてちたガラクタが、磁石じしゃく吸付すいつけられるようにかべもどっていき、今できたばかりのへこみを、どんどんなおしていくのでした。


こわはしから再生さいせいされては、たまったものではありませぬぞえ」


「俺達は、まんまとあいつのわなにかかったってことかっ!」


 をむきだして頭をかきむしるアティシュリ。


おそらく、“人型ひとがた”ではわれらにはてぬと思い、このふうじて兵糧攻ひょうろうぜめにする気でしょう。以前来いぜんきたときよりも格段かくだんに“人型ひとがた”のかずえていたのは、たたかわせるよりも、むしろこのかべを作るためだったかもしれませぬな。――ふんっ、あの耶宰やさい、かなりのわせものよのう」


 不愉快ふゆかいそうにはならすヤムルハヴァ


「どうするつもりですか?! このままだと二人とも消滅しょうめつしちゃうんでしょ?!」


「――あの耶宰やさいをやっつけたら、このかべくなるんじゃないですかね?」


 唐突とうとつに口をひらくエヴレン。

 全員ぜんいん呆気あっけにとられてフリーズします。

 でもたしかに、そのとおりです。

 ときどき、このおどろかしてくれますなわ。


「まったくだ。そんな簡単かんたんなことをわすれてるなんてよ」


 苦笑にがわらいをかべるアティシュリ。

 全員ぜんいん謎解なぞときに熱中ねっちゅうしすぎです。


「つまり、あいつの霊器れいきを見つけ出してこわせば、このかべくずれてとおれるようになるってことですね?」


 ぼくとしては、はじめて出会であったお仲間なかま霊器れいきこわすなんてしたくないですけど、はらえられません。


「まあ、そういうことなんだが……」


 眉間みけんにしわをせて考込かんがえこむアテシュリ。


「ヤムル、お前、上のかいにある部屋へや全部調ぜんぶしらべたんだよな?」


「ええ、大層手間たいそうてまが、かかりましたが」


ねんすけどよ、どこにも霊器れいきらしき物の気配けはいを感じなかったんだよな?」


「もちろんです。見つけていたなら、しっかと破壊はかいしておりましたものを」


「て、ことはだ……。おそらくやつ霊器れいきも、あのとびらこうにあるにちがいねぇ」


 アティシュリは振返ふりかえり、小部屋こべやに向かうトンネルをにらみつけました。

 うへっ!

 結局けっきょくなぞくことがマストってことなのねぇ。

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