第72話 僕たちは弁償ができない?<8>

賢者けんじゃアイダンはクシュトがきだったんですか?」


 の中のアイダンは、つくえの上にあるのとおな略式版りゃくしきばんのクシュトの盤面ばんめんを見て、考込かんがえこんでいます


「いや、そんなはなしいたことねぇな」


 アティシュリは、しかめっつらくびりました。


「もちろん、あいつがクシュトをしてるとこなんざ、見たことがねぇ。やりかたを知ってるかどうかさえあやしいぜ……」


 をよく見るとクシュトの盤上ばんじょうでは、しとくろこまのそれぞれがすみすみをつなぐようにななめにならび、綺麗きれいなバツじるしえがいていました。


「ヒュリア、クシュトの勝負しょうぶで、こんなふう綺麗きれいなバツじるしになることってあるの?」


「うーん、絶対ぜったいいとはいえないが、まずありないと思う」


 なるほどね。

 てことは、この絵にも、おかしなポイントがあるってわけです。


「そういやぁ、思い出したぜ……」


 アティシュリはアイダンの絵を見つめながら、苦笑にがわらいをかべました。


「アイダンは、真面目まじめふくているようなやつだったけどな。時々ときどき、ちょっとした悪戯いたずら仕掛しかけてくることがあってよ。――この部屋へやもんには、その悪戯いたずらにおいがただよってる気がすんな……」


 ふむふむ、そういうことなら、やっぱり“脱出だっしゅつゲーム”と考えて正解せいかいなんでしょうね。 

 だとすると、すべての物にある違和感いわかんはきっと、あのとびらを開けるためのヒントにちがいありません。

 

「――で、ツクモ、何かわかったか?」


 アティシュリが霊器れいきのぞきこんできます。


「あのねぇ、いくらなんでも、そんなすぐわかりませんって。少し時間じかんをくださいよ」


「ちっ、仕方しかたねぇな。さっさとませろよ」


「そうじゃぞ、ツクモ。われらは、そうながくこの場にいられぬのだからな。すべては、おのれの謎解なぞときにかかっておるのじゃ。左様心得さようこころえよ」


 自分勝手じぶんかって文句もんくれながら椅子いすこしろし、ふんぞりかえるアティシュリとヤムルハヴァ。

 何よ、その態度たいど

 僕に考えさせて自分達じぶんたちは何もしない気だな。


「いやいや、みなで考えましょ。そのほうが、効率的こうりつてきですって」


「もちろんだ。ツクモだけにやらせず、私達も考えよう」


 そう言ってエヴレンとジョルジの顔を見回みまわすヒュリア。

 エヴレンとジョルジも素直すなお同意どういしてくれてます。

 やっぱりヒュリアはやさしいな。

 ありがたみ。


 それにくらべて……。


「俺は、人間にんげんどもの、こういう小賢こざかしさが苦手にがてなんだよ。だから謎解なぞときは、全部ぜんぶまえらにまかせっからな、たのんだぜ」


 ねむそうに大あくびをするアティシュリ。


姉様あねさまおっしゃとおりじゃ。なんじらをれて来たのは、まさにこのためなのじゃから、早急そうきゅう解明ときあかしてみせよ」


 ひまそうにかみをいじくり出すヤムルハヴァ。

 

 こいつら……。

 丸投まるなげかよ……。

 まあでも、大雑把おおざっぱ霊龍れいりゅう様達には、謎解なぞときのための繊細せんさい思考しこうなんかを期待きたいするのは、どだい無理むりなのかもしれません。

 いないものとして考えましょう。

 

「――よしっ、時間かかりそうだから、とりあえずはらごしらえをしとこうか」


 しゃけおにぎりと味噌汁みそしるを出してゆかならべました。

 いちいち、椅子いすとテーブルを用意よういしなくてもいいってヒュリアに言われたからです。


「わあ、おにぎりだぁ」


 目をかがかせるエヴレン。

 湿地しっち討伐以来とうばついらい、おにぎりは彼女のお気に入りになのです。

 ジョルジも復体鎧チフトベンゼルはずし、おにぎりにかぶりつきました。

 にくはいってないので、気楽きらくに食べられるんでしょう。

 ヒュリアもなんだかんだ、おにぎりがきみたいで、ちょっとうれしそうです。


 人間達が食事しょくじをしているのを見たアティシュリが、ふてくされたような顔になったのでキャラメルを支給しきゅうします。

 ヤムルハヴァにも、何かべますか、って聞いたら、我もそれをしょくしたいって、おにぎりを指差ゆびさすので、同じものをわたしました。

 ヤムルハヴァは、おにぎりを一口ひとくち食べると目をまるくし、れい奇声きせいげます。


「みゅみゅみゅっ! うんめぇっ! 何これっ!」


 ふふふ、見たか、しろはんちからを!

 高級こうきゅうなおかずなんかくても、きたての白飯しろめしは、最強さいきょうなのです。

 おこめよ、ありがとう。

 日本人にほんじんまれてかった。


 みんなが、おにぎりを美味おいしそうに食べているのを見て満足まんぞくしていると、うらめし屋から『談結だんけつ』で通信つうしんはいりました。

 相手あいてはチェフさんです。


「ツクモ、そろそろひる営業えいぎょうだが、もどって来られるか? 無理むりなら、自分らだけでませるが……」


「ああ、そうですか。ちょうど時間が出来できたんで、一旦いったんみせに戻りますよ」


 早朝そうちょうにブズルタに入って、お昼までに最下層さいかそう到着とうちゃくしたってことは、やっぱりスピードクリアってことなんですかね。

 霊龍れいりゅう様がいたおかげでしょうけど。


「そうか、ではっている」


 ここでじっと考えるのも良いけど、何かべつのことをやってる方が、インスピレーションがってくることがありますよね。

 だから一度いちどうらめし屋にもどろうと思います。


「えーと、昼の営業えいぎょうはじまりますんで、うらめし屋に行ってきますね」


なまける気かえ、ツクモ?」 


 ヤムルハヴァのうたがいのまなざし。


「いや、なまけるわけじゃないですよ。仕事しごとしながらの方が、良い考えがかぶんですって」


「ふむ、一理いちりあるが、おのれに言われるとうそっぽく聞こえるのう」


 やっぱ、僕へのバイアスが強い。

 アティシュリにも、こういうとこあるよねぇ。

 霊龍れいりゅう様達は、自分らの浄化対象じょうかたいしょうである耗霊もうりょうが、大手おおでってあるいているのが気にわないんでしょう。


「とにかく、ちょっくら行って来まぁす」


 そう言いいて『倉庫そうこ』に入り、うらめし屋に戻りました。

 キッチンに入った僕を見て、店長てんちょう支度中したくちゅう看板かんばん営業中えいぎょうちゅうに、ひっくりがえします。

 すると開店かいてんっていた客達きゃくたちが、どっと入店にゅうてんしてきまた。


 ランチタイム戦争せんそうはじまりです。

 つぎから次へはいってくるオーダーをこなしながら、あたま片隅かたすみ小部屋こべやのヒントのことを考えてみました。


 なんでクシュトは通常版つうじょうばんではなくて、略式版りゃくしきばんなんでしょうか?

 それにこまが一つおおいって……?。

 ヒュリアの話だと略式版りゃくしきばんこましろ7、くろ7の14個です。

 でも、あそこにあるのは黒が一つ多くて15個です。


 数字すうじの15に意味いみがある?

 それとも、黒が一つ多いことが重要だとか?


 それから、女神めがみズィルキが自分の頭を指差ゆびさしているのは、どういう意味いみでしょう。

 自分は、イっちゃってます、のジャスチャーでしょうか?

 でも神様かみさまに、そんなことさせるとは思えません。


 ズィルキはこころつかさどってるそうですから、心と頭がふか関連かんれんしてることをあらわしてる?

 

 さらに、あの絵の中のアイダンは、よく知りもしないクシュトを前に、なんで考込かんがえこんでるんでしょ?

 きっとつくえの上にある実物じつぶつのクシュトと絶対関係ぜったいかんけいありますよね。

 あと、バツじるし……。

 ヒュリアの話ではゲーム中に、あんな局面きょくめんになることは無いそうですが……。


 バツじるし自体じたい意味いみがあるとか?


 そして『おもいでとともとびらひらかれん』っていう言葉ことば

 この“おもいで”ってアイダンの思い出ってことでしょうか?

 でも、もしアイダンの思い出と、とびらのヒントに関連かんれんがあるなら、彼女の事情じじょうを知らない僕らには手の出しようがないかもです。

 アイダンとしたしかったアティシュリなら何かわかるんでしょうかね。

 

 ランチタイム中、ヒントのことを考えつづけましたけど、結局けっきょく、何のこたえも出せませんでした。

 怒涛どとう昼営業ひるえいぎょうわったので、部屋のヒントのことをチェフチリクやユニス達にも聞いてみます。


「なるほど、つまり君は、そのなぞくことでとびらが開くと考えているのだな……」


 店長てんちょうは、いつものようにアゴをでながら思案顔しあんがおです。

 でも、一緒いっしょに考えてくれるところに、壌土じょうどりゅう様のやさしさがあらわれてますよね。

 どっかのお二人ふたりさんとは、雲泥うんでいです。

 

「なんか面白おもしろそう。私も考えてみるね、ツクモさん」


 まかないのおにぎりを頬張ほおばりながらユニスが協力きょうりょく申出もうしでてくれました。


「ユニス、口に物を入れながらしゃべらない。はしたないでしょ」


 一緒いっしょに、おにぎりを食べているアレクシアさんが注意ちゅういします。

 一応いちおう、彼女にもヒントついてたずねみました。


「なんだかむずしそうな話ですね、私はそういうのは苦手にがてで……、ごめんなさい」


 ふむ、あっちの二人と同じような反応はんのう……。

 もしかして……、脳筋のうきん仲間なかまなのか……?

 ところで、チェフさんもアイダンに会ったことがあるんでしょうか。


店長てんちょうもアイダンとは面識めんしきがあったんですか?」


「もちろんだ。自分も彼らとともに“黒の災媼さいおうたたかったのだからな。――だが、シュリと同じで、アイダンがクシュトきだったという話は聞いたことがない」

 

「やっぱり、そうですか」


「ツクモ、ひとつ言っておくことがある。シュリと自分はブズルタやアイダンについて知っているが、ヤムルは全く知らんと言っていい。だから、あいつにたずねてもたいした情報じょうほうられないだろう」


「なんで、ヤムルさんは知らないんです? 一緒いっしょに戦ったんでしょ?」


 首をるチェフチリク。


「ヤムルは、自分らと世代せだいことにするのだ」


世代せだいことにする?」


「ああ、“災厄さいやくとき”は非常ひじょうはげしいたたかいだった。八大霊龍はちだいれいりゅうのうち、五龍ごりゅう消滅しょうめつするほどにな。その五龍ごりゅうとはみずかぜかみなりひかりやみだ。そのため消滅しょうめつした元素げんそ霊龍れいりゅうには応急的おうきゅうてきな“ヴェラセト”がこり、新しい精霊王せいれいおうりゅうえらばれることとなった。つまりヤムルは“災厄さいやくとき”を経験けいけんしていないあたらしい霊龍れいりゅうなのだ」


 “ヴェラセト”は霊龍れいりゅう代替だいがわりのことでしたね。

 それにしても五龍ごりゅう消滅しょうめつしたって……。

 どんだけすごい戦いだったのよ。


「ああ、だからチェフさんとシュリさんを兄様あにさま姉様あねさまって呼んでるんですね」


「そういうことだ」


 先輩せんぱい後輩こうはいってわけです。


あたらしいくせに、すっごくえらそうだけどね……」


 くらい目をしてニスがつぶやきます。


「やめなさい、ユニス!」


 たしなめるアレクシアさんを、にらみつけるユニス。


「あっちがわるいんじゃない! デブはみにくいとか言ってさ! 最低さいてい! 大嫌だいきらい!」


「ユニス! チェフ様がいらっしゃるのよ!」


 なるほど、ユニスがあまロリドラゴンをけてたのは、そういうことでしたか。

 あの霊龍れいりゅうなら言いそうだわぁ……。

 相手あいてのことなんぞ、おかまいなしで自分のきらいを表明ひょうめいするもんね。

 強者きょうしゃには弱者じゃくしゃくるしみなんて、わからないんでしょう。

 まあ、ドラゴンだし……。


「いいんだ、アレクシア。あいつの発言はつげんには目にあまるところがある。人間は自分らとはちがうということが、まだよくわかっていないのだ。――すまんな、ユニス」


「チェフ様が悪いわけじゃありません……」


 ユニスは三つ目のおにぎりに、かぶりつきながら、もごもごと言いました。

 ちょっと気まずい雰囲気ふんいきになったので、話を戻しましょう。


「それじゃ、女神めがみズィルキのぞうについて、何かわかります?」


「そうだな……、そもそも妖精族ビレイと人間とでは信仰しんこう対象たいしょうことなる。本来ほんらい地母神以外じぼしんいがい七主神エディゲンジは人間がつくったもので、妖精族ビレイ信仰しんこうしていないからな。それなのに何故なぜ、アイダンはズィルキのぞういたのか……? そこには信仰意外しんこういがいべつ意味いみがあるように思える」


「僕も、そう思います」


「――だとすれば、ズィルキによって表象ひょうしょうされている概念がいねんに意味があるのかもしれないな」


「“こころ”ってことですか」


「ああ、だが一概いちがいに“心”と言っても、そのあらわれ方には種類しゅるいがあるだろう。『おもいでとともとびらは開かれん』と言うからには、“記憶きおく”に関係かんけいがあるのではないかな」


「なるほど、だから頭を指差ゆびさしているのかもしれませんね」


 そのあとも、しばら議論ぎろんしたんですが、大した成果せいかはありませんでした。

 というわけで店は三人にまかせて、よる営業えいぎょうまでのあいだ、またブズルタに行くことにします。

 倉庫そうこけてヒュリアの胸元むなもとへ、ひとっび。


「はいっ、戻りましたっ!」


 戻ってみると、ヒュリア達がむずかしい顔をして首をひねっています。


「どう、何か思いついた?」


「いや、ダメだ。それぞれの物が、どうむすびつくのか、まったくわからない」

 

 ヒュリアは困惑気味こんわくぎみに僕を見下みおろしました。

 ジョルジとエヴレンも、おなじくって感じでうなずきます。

 まあ、そう簡単かんたんけるわけないでしょうね。

 なんせ最下層さいかそうのお宝部屋たからべやですから。


「てめぇはどうなんだ、ツクモ?」


 あいかわらず椅子いすに、ふんぞりかえってるアティシュリが声をかけてきます。


「いや、チェフさんにも聞いてみたんですけど、わかりませんねぇ」


「ふんっ、口ほどにもないのう」


 つくえに、うつせたヤムルハヴァがはならしました。

 いや、あんたら全然ぜんぜん考えてないんでしょ。

 そんなんで、うえから言われたくないわぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る