第71話 僕たちは弁償ができない?<7>

 ヤムルハヴァのむちが、デカい“人型ひとがた”を打擲ちょうちゃくしますが、身体からだが大きいせいで簡単かんたん粉砕ふんさいされることはありません。

 ぎゃく右手みぎて鞭先むちさきつかみむと、そのまま振上ふりあげ、ヤムルハヴァを天井てんじょうにぶつけようとしました。

 ヤムルハヴァは振上ふりあげられるままに飛上とびあがり、ぶつかる寸前すんぜん回転かいてんして天井てんじょう両足りょうあしり、むちにぎっているデカい“人型ひとがた”にかって飛びます。

 そして、顔面がんめんこぶしなぐりつけ、破壊はかいしました。


 水明龍すいめいりゅうは、顔がくなった“人型ひとがた”のかたの上でジャンプし、空中くうちゅう一回転いっかいてんすると、右肩口みきかたぐち踵落かかとおとしをくらわせます。

 踵落かかとおとしの威力いりょくかたくずれ、むちにぎっていた右腕みぎうでゆかちました。


 ヤムルハヴァはちた右手みぎてから自分のむち取戻とりもどすと、片腕かたうでと顔をうしっても攻撃こうげきつづける“人型ひとがた”に強烈きょうれつ打擲ちょうちゃくあたえました。

 高速こうそく無数むすうたたきつけられるむち徐々じょじょに“人型ひとがた”の身体をけずっていきます。

 最終的さいしゅうてきに“人型ひとがた”は跡形あとかたもえてしまいました。

 

 アティシュリは、デカい“人型ひとがた”がなぐりつけてきたこぶしむかえつように自分のこぶしたたきつけます。

 二つのこぶしがぶつかると、“人型ひとがた”の方は爆発ばくはつするように吹飛ふきとび、そのまま上腕部じょうわんぶまで崩壊ほうかいしました。


 いきおいにったアティシュリはジャンプし、空手からて胴回どうまわ回転蹴かいてんげりを“人型ひとがた”の頭頂部とうちょうぶにぶちこみます。

 猛烈もうれつりはあたまから下腹部かふくぶまでをたたり、“人型ひとがた”は真二まっぷたつになり、左右さゆうくずちていきました。


 ウズベリは、はやうごきで相手あいて攻撃こうげきをかわし、デカい“人型ひとがた”の身体の部位ぶいすこしずつ千切ちぎっていきます。

 右腕みぎうで左腕ひだりうでくび右脚みぎあし……。

 右脚みぎあしられた時点じてんゆかたおれこんだ“人型ひとがた”から、ウズベリはのこった左脚ひだりあしきば引裂ひきさき、勝利しょうり咆哮ほうこうを上げました。


 ジョルジははしりながら、小、中の“人形ひとがた”のあし素早すばやけん斬払きりはらい、かずらしていきます。

 途中とちゅうちかくにたデカい“人型ひとがた”がジョルジをつかまえようとつかみかかってきました。

 ジョルジは自分に向かってくる大きなてのひら親指おやゆび斬落きりおとしてなすと、そのまま“人型ひとがた”の下半身かはんしんに向かって走ります。


 デカい“人型ひとがた”は右のローキックで応戦おうせんしますが、ジョルジはゆかあし隙間すきまにスライディングし、じくになっている左脚ひだりあしそばまですべりこみます。

 そこで素早すばや立上たちあがり“人型ひとがた”のすね袈裟懸けさがけけでりつけました。

 ローキックで右脚みぎあしを上げていた“人型ひとがた”は軸脚じくあしられ、切口きりくちにそってすべるようにゆかたおれていきます。

 ジョルジはさらに剣をりかぶり、倒れている“人型ひとがた”ののこった右脚みぎあし切断せつだんしました。


 みなさんの活躍かつやく懸念材料けねんざいりょうだったデカい“人型ひとがた”はすべ駆逐くちくされ、後はのこりを掃討そうとうするだけです。

 でも、背後はいごにある階段かいだんから、またあのガチャガチャというおとが聞こえてきます。

 気づいたヒュリアが声を上げました。


「アティシュリ様、上から追撃ついげきがきます!」


「よしっ、まえは、おおかた片付かたづいた! 先行さきいくぞ! つきあってたら、きりがねぇ!」


 アティシュリの合図あいず全員ぜんいん最下層さいかそう12階につづ最後さいご階段かいだんへ走ります。

 途中とちゅう残党ざんとうの小さな“人型ひとがた”がおそってきましたが、霊龍れいりゅう様達に蹴飛けとばされてかべたたきつけられ、バラバラになりました。


 なんとか“人型ひとがた”にいつかれる前に階段を駆下かけおり、地下12階へ到着とうちゃくします。

 最下層さいかそうは今までとちがい、通路つうろながさもはば半分はんぶんほどしかなく、左右さゆうにドアもありません。

 ただ、突当つきあたりには、2メートルくらいの大きさの白い女性じょせい石像せきぞうが立っていました。


「あのぞううしろ小部屋こべやへの入口いりぐちがある。そこへ走れ。やつらは中にはいってはぬ」


 ヤムルハヴァに言われ、僕らはぞうそばまで走ります。

 女性のぞうは、地母神じぼしんキュベレイでした。

 地母神じぼしんの左右には、つばさをたたんだ小さなドラゴンのぞう守護しゅごするかのようにすわっています。

 

 キュベレイは、マリフェトでは最高神さいこうしんとして信仰しんこうされ、くにでも豊穣ほうじょう女神めがみとしてあがめられてるみたいです。

 ザガンニンの街でも、あちこちで彼女の像を見ることができます。


 彼女は左手ひだりて長杖ながづえを持ち、綺麗きれいみこまれたかみの上には大きなかんむりかぶっています。

 ブズルタの地母神じぼしん御顔おかおは、とっても繊細せんさい美人びじん造形ぞうけいされていて、ローブみたいにゆったりとしたふくにつけていました。


 神像しんぞううらまわるとそこには、子供こども背丈せたけほどの小さな入口いりぐちが開いています。

 入口のまわりには、くずれたかべ残骸ざんがいらばっていました。


「この先に小部屋こべやがある。くぞ」


 ヤムルハヴァは、前屈まえかがみになりながら率先そっせんして中に入っていきました。

 つづいて僕らも中に入ります。

 ウズベリはライオンから小猫こねこモードになり、エヴレンのかたに乗りました。

 

 入口の先は、天井てんじょうひく真暗まっくらなトンネルになっていて、ヒュリア達はかなり窮屈きゅうくつそうにすすむことになります。

 しばらく進むとトンネルがわり、開けた場所ばしょいたようでした。

 でも真暗まっくらなのでまわりの様子ようすがわかりません。


 すると、カチカチと火打石ひうちいし打合うちあわせる音がして、すぐに、ぼうっとオレンジ色のひかりともりました。

 ヤムルハヴァが持参したロウソクに火をけたようです。


 彼女はロウソクを持って真暗まっくらな中をめぐり、途中とちゅう、見つけた三又みつまた燭台しょくだいのこっていたロウソクに火をけていきます。

 四隅よすみ中央ちゅうおうにあった燭台に火がともると、ようやくそこが八畳はちじょうくらいの部屋へやだってことがわかりました。


 部屋へやの中は、ほとんどものがありません。

 ただ、中央ちゅうおうつくえ二脚にきゃく椅子いすがあり、つくえの上にはチェスにた感じのボードゲームのようなものがいてあります。

 入口の正面しょうめんかべには、とびらかたちをした“み”がはいっていて、その上にれい暗号あんごうみたいな言葉、『おもいでとともに扉は開かれん』が刻印されたレリーフがかかげられていました。


 左側ひだりがわかべにはがくに入った一枚いちまいけられていて、そこにはロシュの女性がつくえの上にあるのと同じボードゲームを前にして考込かんがえこんでる姿すがたえがかれています。


 右側みぎがわ壁際かべぎわには女性の石像せきぞうがありますが、それがだれなのかわかりません。

 女性は知的ちてき美人びじんで、キュベレイ様とおなじようなローブを見につけ、左手ひだりてには火のいたロウソクを立てた三又みつまた燭台しょくだいを持ち、右手みぎて人差ひとさゆみをこめかみに当てていました。

 ただ背丈せたけはエヴレンと同じぐらいで、あまり大きくはありません。


「この“み”が、とびらってわけか……」


 アティシュリは正面しょめんにある“み”を、しげしげとながめています。


「そうです。そして、あの言葉……」


 ヤムルハヴァは、アティシュリのとなりならび、“み”の上の言葉を指差ゆびさしました。


「『おもいでとともとびらひらかれん』か……。そもそもだれおもなんだ?」


われにはまったくわかりませんな。この場をよく知る姉様あねさまの方がおわかりになるのでは?」

 

「いや、わからねぇなぁ。だいだい、最下層さいかそうに来たこと自体じたいはじめてだからよ」


「そうですか」


「こんなとびら、ぶちこわしちまえばいいんじゃねぇのか?」


「もちろんわれためしてみましたよ。しかし、この部屋の内壁ないへきには特殊とくしゅう鉱物こうぶつが使われているようで、打擲ちょうちゃくしても傷一きずひとかないのです」


「ほう、面白おもしれぇな。――俺も一遍いっぺんためしてみっか」


 アティシュリはこぶしにぎってかまえたかと思うと、いきなり“み”の真中まんなかなぐりつけました。

 部屋全体へやぜんたいふるわす振動しんどうこりましたが、とびら無傷むきずのままです。


「なるほど、こりゃ無理むりだな」

 

 かたをすくめるアティシュリ。


「――なんじら、何か気づかぬかえ?」


 ヤムルハヴァが振返ふりかえり、いかけてきました。

 返事へんじをするわりにヒュリアたちは首をふります


「ツクモ、悪賢わるがしこいてめぇなら、何か思いつくんじゃねぇか?」


 いや、悪賢わるがしこいって、何さ。

 意見いけんが聞きたいなら、せめて、頭の回転かいてんはやいとか、知恵ちえはたらく、ぐらいのこと言ってちょうだいよ。

 出だしからヤル気無きなくすよねぇ。


 まあ、でも、この部屋へや、ちょっと面白おもしろいかも。

 なんか“脱出だっしゅつゲーム”てきにおいがするんすよねぇ。

 あの意味いみありげな言葉、そして石像せきぞう

 それにボードゲーム……?


 だいだい、こんなだれもいない部屋に、なんでボードゲームがあるんでしょうか?

 絶対ぜったい、いらないですよね。

 でも全部ぜんぶがあのとびらを開けるためのヒントだって考えれば、しっくりきます。


多分たぶんなんですけど、この部屋の中にある物が、とびらを開けるためのかぎになってるんだと思いますよ」


 ヤムルハヴァが目をほそめ、僕を見つめます。


「ふむ、面白おもしろ意見いけんじゃ。やはり人間にんげんの考えには読切よみきれぬところがあるのう」


 霊龍れいりゅう様には“脱出だっしゅつゲーム”なんていうコンセプトはからないかもしれません。 

  

「俺達は、興味きょうみの無い物には無頓着むとんちゃくになっちまうからなぁ。――で、具体的ぐたいてきにはどうすりゃいいんだ?」

 

「そうっすね。とりあえず、それぞれの物をくわしく見てみましょうか」


 とにかくこの部屋が、本当ほんとうに“脱出だっしゅつゲーム”てきなものって考えていいかどうか、調しらべる必要ひつようがあるでしょうね。

 まずは、ボードゲームらしきものから調しらべてみることにしました。

 つくえかれたボードの上には、何かのキャラクターを彫刻ちょうこくした白と黒のこま散在さんざいしています。


「これはクシュトだな」


 ヒュリアがこまを一つ手にって言いました。


「クシュト?」


「ああ、ふるくからある盤上遊戯ばんじょうゆうぎの一つだ。ただし、これは略式りゃくしきだな。本来ほんらいたて9ますよこ9ますばんおこない、駒数こますうは42あるはずだ」


 たしかに、ここにある“クシュト”はたて5ますよこ5ますで、駒数こますうは15しかありません。


本来ほんらいいくさにおける戦術せんじゅつ考察こうさつのために作られたものだが、いつのころからか遊戯ゆうぎへと変化へんかしたようだ」


 思ったとおり、将棋しょうぎとかチェスにちかいもののようです。


「ふむ、しかし、黒のこまひとおおいな……。確か略式りゃくしきのクシュトの駒数こますうは14だったはずだが……」


 首をひねるヒュリア。

 駒数こますうが一つ多い……?

 きっと何か意味があるにちがいありません。

 一応いちおうつくえ椅子いす裏側うらがわとかもくわしく見ましたけど、おかしなてんはみつかりませんでした。


「クシュトのことは知ってたがよ、略式版りゃくしきばんがあるのは初耳はつみみだぜ。クソっ」


 右手で頭をかきむしるアティシュリ。


略式版りゃくしきばんは、戦場せんじょうなどに携帯けいたいされるため、ほとんどちまた普及ふきゅうしていません。ご存知ぞんじなくても仕方しかたないです」


 ヒュリアが、なだめます。


 次に右側みぎがわかべにある女性の石像せきぞうそばに行きました。


「これは、ズィルキしんさまぞうですね」


 エヴレンは、むねの前に手をんでぞうの前にひざまき、ズィルキ神にいのりをささげます。


「――ズィルキ神様は七主神エディゲンジのお一人ひとりであり、人のこころつかさどると言われています」


 七主神エディゲンジって言うのは、地母神じぼしんキュベレイを筆頭ひっとうとした七柱ななはしらの神様のことらしいです。

 マリフェトでは地母神じぼしん様との抱合だきあわせで七主神エディゲンジへの信仰しんこうさかんのようです。


「ズィルキ様は感情かんじょう欲望よくぼうゆめ記憶きおくなんかをあやつったり、いやしたりする女神めがみなんですよ。――でも……、このぞう……、普通ふつうちがってますね。右手の人差ひとさし指をこめかみにててるズィルキ様のぞうなんてはじめて見ました」


 エヴレンはぞうに顔をせて、なめるように見回みまわしてます。


「これが、ズィルキだって、どうしてわかんだよ?」


 イラついてる感じのドラゴンねえさん。


「だって左手に三又みつまた燭台しょくだいを持ってらっしゃるし、お顔はどう見てもズィルキ様のものじゃないですか」


「ちっ、石像せきぞうの顔なんか、見分みわけがつくかよ! だいたい、こんな神、人間にんげん勝手かってつくったもんじゃねぇか! 俺達にわかるはずかねぇ!」


 アティシユリは怒鳴どなりながら、両手りょうてで頭をかきむしります。


「ふむ、やはりなんじらをれてきて正解せいかいじゃったのう。人間にんげんこまかい事情じじょうなどわれらにはあずかり知らぬことじゃからな」


 ヤムルハヴァはうでんで、何度なんどうなずきました。

 自分の判断はんだんただしかったことに、ご満悦まんえつみたいです。


 まあ、とにかく、ぞうのポーズがちがってるわけね。

 これもヒントの一つってことでしょうか。

 もちろん、石像せきぞう背後はいごやら足元あしもとなんかもくわしく調しらべましたが、そこにはみょうてんはありませんでした。


 それから、左側ひだりがわかべにかけられている絵画かいがの前に向かいます。


「ここにかれてんのは、アイダンだな……」


 アティシュリがなつかしそうにつぶきました。


 この人が賢者けんじゃアイダンさんですか。

 タヴシャンさんより1,000さいぐらい年上としうえの人らしいですが、見た目、10だい少女しょうじょですね。

 でも、奉迎祭ほうげいさい山車だしの上に乗っていた人形にんぎょうとは、かなりイメージが違います。

 山車だしほうはもっと大人おとなっぽくて、凛々りりしい感じでしたから。


 の中の賢者けんじゃは、タヴシャンさんと同じように、褐色かっしょくはだ、くりくりとした暗青色あんせいしょくひとみ青銀色あおぎんいろかみをしてました。

 ただ髪型かみがたははショートボブにカットされてます。

 タヴシャンさんはキャバクラじょうって見た目でしたけど、アイダンさんはセーラーふく似合にあいやけいアイドルみたいです。


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