第67話 僕たちは弁償ができない?<3>

 僕はいそいで霊器れいきから出て、チェフチリクにたすけをもとめました。


「チ、チェフさん! めてくださいよ! 霊龍れいりゅう同士どうしたたかったら、世界のわりじゃないですか!」


大丈夫だいじょうぶだ、見ているがいい」


 チェフチリクは悪戯いたずらっぽい微笑ほほえみをかべるだけで何もしません。

 いがはじまってすぐ、霊龍れいりゅう達の見た目が変化へんかしました。

 どちらもスッポンポンになってます。


 もう、わけわからん……。

 勝手かってにしてくれぇ……。


「イシシシシシッ!!!!!」


 ヤムルハヴァがなみだながしながらわらいだしました。

 アティシュリがわきしたを、くすぐってるからです。 

 ヤムルハヴァは見た目通めどおりペチャパイで、お子様体型こさまたいけいしとりますね。

 素早すばや体勢たいせい入替いれかえたヤムルハヴァは、アティシュリのあしかかえるとあしうらをくすぐります。

 

「ウカカカカカッ!!!!!」


 をよじらせて笑うアティシュリ。

 しかし、すぐにあしうばかえし、今度こんどはヤムルハヴァの首筋くびすじまわします。


「イシシシシシッ!!!!!」


 ヤムルハヴァも負けじとアティシュリのみみかえします。


「ウカカカカカッ!!!!」 


 手に汗握あせにぎ一進一退いっしんいったい攻防こうぼう……?

 そしてつい決着けっちゃくときおとずれます。

 耳のあなにヤムルハヴァの舌先したさきはいったとたんアティシュリが、にょーっとさけんでノックダウンとなりました。


おもったか……」


 仰向あおむけけで気持きもちよさそうに倒れているアティシュリを見下みおろし、ヤムルハヴァが言放いいはなちました。

 完全かんぜんにイっちゃってる感じのアティシュリが、はぁはぁしながらたずねます。


「お前の“たり”は、どこだったんだよ……」


今回こんかいの“当たり”は、ヘソです」


 ヤムルハヴァは自分じぶんのヘソを両手りょうてかこみ、突出つきだして見せました。

 

「ちくしょう、俺のヘソ出しをバカにしたのは、自分の“当たり”から目をらすためだったか……」


「どんないくさにもさく必須ひっすですから」


 どや顔を見せるヤムルハヴァ。

 舌打したうちしたアティシュリはくやしそうにこぶしゆかたたいたあと観念かんねんしたように言いました。


うでを上げたじゃねぇか、ヤムル、見直みなおしたぜ。あれほどなめらかに、耳のあなしたをすべりこませてくるとはよ……」


姉様あねさまこそ、最速さいそく首筋くびすじめにくるあたり、お見事みごとです」


 ヤムルハヴァはアティシュリに手を差伸さしのべ、がらせました。

 そのまま握手あくしゅする二人ふたりは、さわやかに笑い合ってます。

  

 何……、これ……?

 何を見せられたわけ……?

 オリンピック選手せんしゅみたいに健闘けんとうたたえあってますけど……。

 素裸すっぱだかですよぉ!

 見てるほう全員ぜんいん放心状態ほうしんじょうたいですよぉ!


「で、ヤムル。報奨ほうしょうに何をのぞむつもりだ?」


「そうですねぇ……」


 全裸ぜんらのままではなしすすめる霊龍れいりゅう様達。

 さすがにもうツッコんどかないと……。

 

「そのまえにふくましょうよ、服を!」


 ツッコまれた霊龍れいりゅう様達は、そうだった、みたいな顔をすると一瞬いっしゅんで服を着た姿すがたもどりました、


 しかし、あっちもはだか、こっちも裸……。

 ここはヌーディストのシェアハウスかよっ!

  

 こころさけびを察知さっちしたかのように、店長てんちょう苦笑にがわらいしながら説明せつめいしてくれました。

  

霊龍れいりゅうは、いかなる理由りゆうがあっても相争あいあらそうことをきんじられている。ゆえに対立たいりつしたときは、たたかう以外いがい方法ほうほう決着けっちゃくをつけるのだ。もちろん相手あいてによって方法はことなる。――シュリとヤムルは、この方法で決着けっちゃくをつけると取決とりきめているのだ」 


 だけど、くすぐりっこって……。 

 平和的へいわてきではあるとは思いますけどぉ。 

 なんかこうもっとスマートなやり方ないんすかねぇ。


以前いぜんにも言ったが『りゅう』は“霓体げいたい”という特殊とくしゅなもので、一部いちぶ基本的きほんてき感覚かんかく持合もちあわせていない。ただし『りゅう』の保持者ほじしゃのぞめば、“肉体にくたい”と同様どうよう感覚かんかく付与ふよすることができる。――あの二人の場合、全身ぜんしん触覚しょっかく付与ふよした後、さらにもっとよわ部分ぶぶん設定せっていして、そこをさきに、くすぐった方のちとしている」


 なるほど、それが“当たり”ってことね……。


「じゃあもしかして店長も、アティシュリと対立たいりつしたときは、くすぐりで決着けっちゃくつけるんですか?!」


 なんか、想像そうぞうすると絵面えづらこえぇよ。


「いや、自分はもっぱら“ウチュルソイ”を使う」


 “ウチュルソイ”って言うのはどうやら、ジャンケンのことみたいです。

 ちょっとホッとしました。

 アティシュリとチェフチリクが全裸ぜんらで、くすぐり合ってるなんて想像そうぞうしたくもありません。


 だけど、くすぐりっこにジャンケンって……。

 子供こどもあそびかよ。

 世界の守護者しゅごしゃ実態じったいを知れば知るほど、尊敬そんけいねんうすれていくなぁ。


「――ふむ、牙獅子コカスラン毛皮けがわかえせないというなら、相応そうおう弁償べんしょうをしてもらえましょうか?」


 ヤムルハヴァは下あごに人差ひとさゆびを当て、首をかしげてます。


相応そうおう弁償べんしょうか……。何がしいってんだ?」 


「できれば、あのウズベリという妖獣ビルギいただきたいのですが……」


 必死ひっし形相ぎょうそうを浮かべたエヴレンが、ウズベリの顔の前に立って両手りょうてひろげます。 


「たとえ、霊龍れいりゅう様のお言葉ことばでも、それはできませんっ! ウズベリは私の友達ともだちなんです!」


「おのれは何者なにものじゃ?」


「わ、私は、エヴレン・アヴシャルともうします」


「人の分際ぶんざい霊龍れいりゅうさからうとは、いい度胸どきょうよのう……」


 ヤムルハヴァに、にらみけられたエヴレンの目と鼻からなみだ鼻水はなみず噴出ふきだします。


「わだじど、ごの子は締盟契約ていめいけいやくじだんでふぅ! だがらずっど一緒いっしょだんでふぅ! 一緒だんでふぅ!」


 涙と鼻水を撒散まきちらしながらわめきます。

 

「ウズベリは、エヴレンの締盟獣ていめいじゅうなんだよ。はいそうですかって他人たにんにくれてやるわけねぇだろう」


 エヴレンをかばうアティシュリ。


「このむすめころして契約けいやくわらせれば、よろしいのでしょう?」


 それを聞いたエヴレンは一瞬泣いっしゅんなむと、ひきつった顔でヤムルハヴァを見ました。

 そしてすぐに、さっきよりも大きな声で泣き始めます。


「エヴレンを殺させるわけにないかねぇな、ヤムル」


 本気ほんきのトーンですごむアティシュリにかい、ヤムルハヴァは皮肉ひにくっぽく鼻をらします。


戯言ざれごとですよ……。姉様あねさま態度たいどおもんばかるに、どうやらこのむすめ、バシャルの行末ゆくすえふかかかわりありと見受みうけましたゆえ。――ならばいのちをとらぬわりに姉様あねさまとこのエヴレンとやらに、我の“趣味しゅみ”につきあっていただくことで手打てうちといたしましょう」


「俺だけじゃなくエヴレンも付合つきあわせるってのか」


「このむすめがウズベリのあるじなら、牙獅子コカスラン毛皮けがわ弁償べんしょうをする義務ぎむがあるのは当然とうぜんでしょう」


「まあそうだがよ……、エヴレンに俺達の手助てだすけができるほどの力があるとは思えねぇな」 


「力のしでかたがつくなら、とっくに我一人われひとりことませておりますよ」


「ほう……、力じゃ解決かいけつしねぇ問題もんだいがあるってわけか。一体いったい、俺達を何に付合つきあわせるつもりだ」

 

「――我とともにブズルタへ行ってしいのです」


「ブズルタだと?!」 


 目をまるくするアティシュリ。

 ブズルタって、どっかで聞いたような気が……。

 さっした店長がブズルタの解説かいせつをしてくれました。


「ブズルタはふるきロシュの地下都市ちかとしだ。ウラニアと人の国との境界きょうかいよこたわるブズル山脈さんみゃく頂上付近ちょじょうふきん入口いりぐちがあり、そこから地下ちかに向かって住居じゅうきょが広がるという構造こうぞうをしている。数百年前すうひゃくねんまえにアイダン達が西にし大陸たいりくうつって以来いらいだれんでいないはずだが」


 そうでした、そうでした。

 タヴシャンさんや賢者けんじゃアイダンの故郷こきょうでしたね。


「あんな廃墟はいきょに行ってどうすんだ? ぼしいもんはみんなアイダン達が持ってって、何もぇだろう?」


 首をひねるアティシュリ。

 

じつ都市とし最下層さいかそうえられた神像しんぞう背後はいごあなからつうじる小部屋こべやに、未踏みとうとびらを見つけたのですよ」


未踏みとうの扉……?」


「ええ、あの扉のおくには、きっとロシュのかくされた秘宝ひほうがあると我はんでおります。姉様方あねさまがたには、それを蒐集品しゅうしゅうひんにくわえる手助てだすけをしてほしいのです。――遺憾いかんながら、我一人われひとりでは、どうしても扉を開けることができないのです……」


「そうか……、まあ、あそこじゃ、俺達も人間とわらねぇぐらい無力むりょくになっちまうからなぁ……」


 アティシュリは忌々いまいましそうに頭をかきむしりました。


「それゆえ、たとえ脆弱ぜいじゃくな人間でも、扉を開くための手蔓てづるを見つけてくれるかもと」


「つまり、それが報奨ほうしょうってことで良いんだな。――ブズルタなら、俺の知合しりあいにタヴシャンていうロシュがいるかられてったらどうだ? 人間なんかより、きっとやくに立つと思うぜ」


駄目だめですよ、姉様あねさま。我は、ロシュのたから持去もちさろうとしているのです。タヴシャンとやらがだまって見ているわけがありません。きっと邪魔立じゃまだてしてくるでしょう」


「ふん、まあそうだろうな。――おい、ツクモ。てめぇ、もちろんエヴレンを助けてくれるんだよな?」


 おねがいという名の命令めいれいですな。

 エヴレンは、霊龍れいりゅう様達が勝手かってに話を進めたせいでオロオロしてます。


「はいはい、助けますよ。僕としても『盟友めいゆう』をほったらかしにするつもりはないですから」

 

 心配しんぱいしないでって感じで僕がうなずいてみせると、エヴレンは、ようやくホッとしたようでした。

 ポケットからハンカチを取出とりだし、思い切り鼻をかんでます。


「――おのれがツクモなのかえ?」


 ヤムルハヴァはすような視線しせんを僕に向けてきます。


「はいはい、さっき、ご挨拶あいさつした耶宰やさいでございます」


「つまり、それが正体しょうたいというわけか。珍妙ちんみょうめんかぶりおって。思ったとおり胡散臭うさんくさやつよのう」


 胡散臭うさんくさいんじゃなくて、くさいんですけどねっ。


「ところでですけど、どうしてもそのブズルタに行かなきゃいけないんですか?」


「おのれが代わりに牙獅子コカスラン毛皮けがわ相当そうとうする弁償べんしょうができるというなら、さしひかえてもかまわんぞ、ツクモよ」


「だったら、おかね弁償べんしょうするってのは、どうすかね?」


「金などいらん。我の“趣味しゅみ”は、気にった可愛かわいらしいもの、美しいものをあつめることじゃ。金などでえられるものではない」


 ヤムルさんも、かなり面倒めんどう趣味しゅみをお持ちのようで。

 シュリさんにしてもチェフさんにしても、ドラゴン様方はみんな一筋縄ひとすじなわじゃいかない趣味趣向しゅみしゅこうを持ってますよねぇ……。

 ちょっとイラついたんで、このあまロリドラゴンに文句もんくをつけてみようと思います。


「シュリさんのこと盗人ぬすびととか言ってましたけど、ロシュの都市としから勝手かってにおたから持出もちだすのも泥棒どろぼうじゃないんすか?」


 屹度きっとして僕を、にらむヤムルハヴァ。

 ほんと、このドラゴン、人をゴミ虫みたいな目で見てくるよねぇ。


「ブズルタがてられてより幾星霜いくせいそう。もう二度にどとロシュ達がかえることもなかろう。ならば、そんな廃墟はいきょより何を持去もちさろうと誰がとがめようか。タヴシャンとやらも、こちらからわたりをつけぬば、ブズルタなど気にもめてはいまい。所詮しょせん、ロシュにとっても、あそこは過去かこ遺物いぶつぎぬのよ」


 屁理屈へりくつっぽいですけど、言いたいことはわかります。

 マジで大切たいせつ場所ばしょだったら、廃墟はいきょになんかしないでしょうしね。

 まあ、泥棒どろぼうというより、宝探たからさがしとでも考えた方が精神衛生上せいしんえいせいじょういのかも。

 

「――話はついたな。で、ブズルタには、いつ行くんだ?」


 僕がだまりこんだので、アティシュリがその場をおさめます。


姉様あねさまのご都合つごうがよろしければ、いつなりとも」


「そうか、そんじゃ、今から行くぞ」


「えーっ、今から行くんすかぁ」


厄介事やっかいごとは、さっさとませるにかぎんだよっ!」


 こうして、アティシュリに、ごり押しされた僕たちは、湿地しっちでの討伐とうばつ引続ひきつづき、地下ちかダンジョンでの宝探たからさがしなんてことを、またぞろする破目はめになったのでした。

 宝探たからさがぐみ選抜せんばつされたのは湿地しっちのときと同じかおぶれ、エヴレン、ヒュリア、ジョルジの三人です。

 ただし、エヴレンには、もれなくウズベリもついてきます。

 もちろん店長、ユニス、アレクシアさんには、店の方をお願いしました。


 そして僕はといえば前回同様ぜんかいどうよう宝探たからさがしに参加さんかしながら、店の営業えいぎょうもこなすわけです。

 八面六臂はちめんろっぴ活躍かつやくってのは、こういうことを言うんでしょう。


 でもだらめてくれないんだよねぇ。

 最近さいきんヒュリアも、当然とうぜんのこと、みたいな顔してるし……。

 ちょい、さびしみ……。


 とりあえず準備じゅんびととのえて『勝手口かってぐち』から出発しゅっぱつしようとしたとき、肝心かんじんなことを言いわすれたのに気がつきました。

 アティシュリ達にさきに行ってもらい、店長の前にもどります。


「チェフさん、じつはさっきへんな男達におそわれまして……」


おそわれた……?」 


 チェフチリクの目が、はりのようにするどくなりました。

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