第66話 僕たちは弁償ができない?<2>

 あまロリ少女しょうじょ呆然ぼうぜんと見つめるアレクシアさんは、かすれた声でつぶやきました。


「ヤムル様……」


 へっ?!

 ヤムルって、もしかして『水明龍すいめいりゅうヤムルハヴァ』さん?

 こんな、フリフリの少女が、霊龍れいりゅう様なの?

 ユニスと同じぐらいのとしに見えるけど……。

 ヤムル様って言うより、ヤムルちゃんです。


「何だ、てめぇ?!」 


 ののしられたスキンヘッドはこしげ、ヤムルハヴァに顔をちかづけます。

 ヤムルハヴァの背丈せたけは、スキンヘッドの三分さんぶんの二ぐらいしかありません。


「これはハゲてんじゃねぇ、ってんだよ!」


 どうでもいいわ、って突込つっこみたくなりますな。

 それはヤムルハヴァも同じだったみたいです。


「知らぬわっ!」


 怒鳴どなりながら、スキンヘッドの下アゴにアッパーカットをくらわせます。

 なぐられたスキンヘッドは宙高ちゅうたか舞上まいあがった後、ドサリと地面じめんちました。

 アゴがつぶれ、ひいひいいてます。


「何をしやがるっ!」

 

 アレクシアさんを取巻とりまいていた男達は、標的ひょうてきをヤムルハヴァに変更へんこうします。 

 

「やっちまえ!」


 イカツい男達が、一斉いっせいに甘ロリ少女につかみかかりました。

 どういう絵面えづらなのよ……。


おろか者がっ!」


 大喝だいかつしたヤムルハヴァから、あのドラゴンの殺気さっきはなたれました。

 殺気さっきたれた男達は、動けなくなってます。

 ヤムルハヴァはかたまった男達のあいだながれるような動きですりけ、同時どうじ強烈きょうれつな一撃いちげきをくらわしていきました。


 はらなぐられたやつ胃液いえきをゲロり、顔をなぐられた奴はかべたたきつけられ、股間こかんられた奴は顔を真赤まっかにして何度なんどもジャンプしてます。

 ヤムルハヴァがアレクシアさんの前に立ったときには、男達全員おとこたちぜんいん戦闘不能せんとうふのうになってました。


「お、おぼえてろよ!」


 アゴをつぶされたスキンヘッドが、てきモブにお決まりの台詞ぜりふさけんで、茶番ちゃばんはおしまいです。

 尻尾しっぽいてげていくわけです。

 はい、ご苦労様くろうさまでしたっ!。

 

 ヤムルハヴァはアレクシアさんを見上みあげ、にっこりと微笑ほほえみます。

 背中せなかのゼンマイで動く、紅茶好こうちゃずきの赤い自動人形じどうにんぎょうに、ちょっとてますね。

 こっちは青ですけど。


ひさしぶりよのぉ、アレクシア、息災そくさいであったか?」


 威厳いげんたっぷりの声で、しゃべりも婆臭ばばくさいです。

 ロリがおってません。


「ヤムル様……、なぜこちらに……?」


我家わがやに入った“盗人ぬすびと”に文句もんくを言いに来たのじゃ。――おっ!」


 ヤムルハヴァは、かっと目を見開みひらき、アレクシアさんのむねに顔をせます。

 ヤムルハヴァの顔はちょうどアレクシアさんの胸元むなもとと同じぐらいの高さなので、思いり僕と目がいました。


「みゅみゅっ! この宝石ほうせき、かぁいいっ!」

 

 みゅみゅっ? 

 今、みゅみゅっ、言うたぁ?

 しかも、さっきまでのババくさい声じゃなくて、甘ロリにぴったりのアニメ声になってます。


「いいなぁ、いいなぁ、しいなぁ。――ちょうだいっ?」


 あごに人差ひとさゆびて、ちょこっと首をかしげながら、おねだりするヤムルハヴァ。

 こりゃ、ロリきにはたまらんかも。

 でも何なの、このわりよう。

 別人べつじん、いやべつドラゴンじゃん。

 

「すみません、この首飾くびかざりは私のものではないので、差上さしあげることはできません」


「ぷぅっ」


 ほほをふくらませるヤムルハヴァ。

 あざと可愛かわいいってやつです。


「――なんじがおるということは、うらめし屋とか言う店はこのあたりにあるのかえ?」


 一瞬いっしゅん婆臭ばばくさドラゴンに戻るヤムルハヴァ。

 ギャップがスゴい。


「はい、そうです」


「ならば案内あないたのむ」


「――し、承知しょうちしました」


 そのまま案内あんないしようとするアレクシアさんにストップをかけます。


「アレクシアさん、香辛料こうしんりょう、香辛料!」


「あっ、そうでしたね」


 アレクシアさんは、おずおずと事情じじょうはなします。


申訳もうしわけありません、ヤムル様。必要ひつよう買出かいだをしてきますので、少し待っていただけますか?」


「よかろう。――ときにアレクシア、今の声のぬし何者なにものかえ?」


「ああ、ツクモさんのことですか」


 アレクシアさんが僕を見下みおろします。

 

「この宝石ほうせきが……?」


 ヤムルハヴァは、もう一度いちど僕をガン見してきました。


「どもっ、ヤムルハヴァさん、はじめまして」


 まゆをひそめるヤムルハヴァ。


「――うぬっ、おのれは何者なにものぞ?!」


「この霊器れいきに入っている耶宰やさいのツクモです」


耶宰やさい……? 姉様あねさまの言っていた“耶代やしろ儀方ぎほう”にかかわる者かえ?」


「はい、そうです」


 ヤムルハヴァは胡散臭うさんくさそうに目をほそめます。


耗霊もうりょう召喚しょうかんして屋敷やしきめ、せいあるもののごとくすと聞いたが……。おのれが、その耗霊もうりょうかえ?」


「はい、そのとおり」


 かる舌打したうちするヤムルハヴァ。


われらが浄化じょうかすべき耗霊もうりょうをこのようなかたち使役しえきするとは。ビルルルとやらは厄介やっかいなことをするものよ……。あいわかった。ともかくも買出かいだしとやらをませるがいい。我はここでっておる」


 こうして、香辛料スパイス調達ちょうたつしたあと、僕らは甘ロリドラゴンを、うらめし屋まで案内あんないすることになったわけです。

 ヤムルハヴァのよこを歩くアレクシアさん。

 かなり緊張きんちょうしてるみたいで顔が強張こわばってます。


「――ユニスはどうしておる?」


「げ、元気げんきにしています……」


 唐突とうとつたずねられ、うろたえるアレクシアさん。

 

「それは何よりじゃ。――なんじらを兄様あにさまあずけるときはこころいためたが、わぬ我のもとにいるよりもさがれたであろう。とくにユニスはのう」


「そ、そんなことは……」


「よいよい」


 苦笑にがわらいをかべるヤムルハヴァ。

 ユニスとのあいだに何かあったんでしょうかね。

 

 せまい路地ろじけてにぎやかな西通にしどおりに戻ってすぐ、うらめし屋が見えてきます。

 ヤムルハヴァは赤い建物たてものをしげしげと見上げながら店までの小道こみちを歩き、アレクシアさんのうしろについて耶代やしろはいりました。


「ただいまもどりました」


「おかえりなさい」


 テーブルをいていたメイド姿すがたのエヴレンが顔を上げます。


「あれっ、おきゃくさんですか?」


 アレクシアさんの後ろにいるヤムルハヴァに目をめたエヴレンは、にこにこしながらちかづいて声をかけました。


「かわいいですねぇ。おじょうちゃん、お名前は?」


 あきらかに自分より年下とししたの女の子と勘違かんちがいしてます。


気安きやすいぞ、人間にんげん


 どすのいた声で言い、ヤムルハヴァはエヴレンのほっぺたを、つねり上げます。


いたたたたっ!!!!」


 悲鳴ひめいを上げるエヴレン。

 それを聞きつけてキッチンから店長てんちょう、ユニス、ヒュリアが出てきました。

 トイレを掃除そうじしていたジョルジもとびらから顔をのぞかせます。


「――ヤムル?」


 ドラゴン店長は、いぶかしげな表情ひょうじょうかべて甘ロリドラゴンを見つめます。

 一方いっぽう、店長の横にいたユニスは顔色かおいろを変え、居間いまの方へげていきました。


兄様あにさま久方ひさかたぶりにございます」


 ヤムルハヴァはスカートのすそを軽く持上もちあげ、優雅ゆうがにお辞儀じぎします。


「チェフチリク様、もしや、こちらは……?」


 ヒュリアにたずねられたチェフチリクはうなずきながらげました。


水明龍すいめいりゅうヤムルハヴァだ」


水明龍すいめいりゅう様ぁぁぁっ?!!!!」


 目を白黒しろくろさせたエヴレンはヤムルハヴァの横にひざまずき、ペコペコ土下座どげざし始めました。


唐突とうとつ訪問ほうもんだな、ヤムル。火急かきゅう用件ようけんか?」

 

 ヤムルハヴァは皮肉ひにくっぽく鼻をらすと訪問ほうもん理由りゆうかします。 


「兄様、のぞんで来たわけではありませぬ。少しばかり姉様あねさま用向ようむきがありまして」

 

「シュリに?」


「はい。――先日せんじつ我家わがや盗人ぬすびとはいり、秘蔵ひぞうしなぬすんで行きましてね。そのことについてお聞きしたく……」


盗人ぬすびと? そんなことができる人間がいるのか?」


 チェフチリクの目がするどくなります。


「もちろん人ではございません」


「人間ではない? よくわからんが、一体いったい、何をぬすまれたのだ?」


「――牙獅子コカスラン毛皮けがわです」


 その場にいた全員ぜんいんいきみました。


牙獅子コカスランの……、毛皮けがわか……」


 チェフチリクは動揺どうようかくすように目をじ、アゴをでてます。


先日せんじつ突然とつぜん姉様あねさまがいらっしゃいましてね。美味うま果実酒シャラプをお持ちくださったのでうたげとなりました。我はついみすぎて寝込ねこんでしまい、気づくと姉様あねさますでにおかえりになられて……」


 シュリさん……あの毛皮けがわぬすんできたの……?

 これってかなりまずいんじゃ……。


「――数日後すうじつご宝庫ほうこをあらためたところ、牙獅子コカスラン毛皮けがわせておるのに気づきました。盗人ぬすびとはおそらく姉様あねさまであろうと考えておりますが、いかがでしょう?」


「ああ……、たしかにシュリが持ってきたが……」


 こんなにこまってるチェフチリクをはじめて見ました。


「やはりそうですか。――いかに先達せんだつとはいえ、他人ひとしなぬすむなどゆるされるものではありません」


 ヤムルハヴァの全身ぜんしんから、ドラゴンのヤバイ殺気さっきただよはじめます。


「あ、あの、ヤムルハヴァ様……」


 エヴレンがヤムルハヴァの前に立ちます。


「なんじゃ、また、つねられたいのかえ?」


「――アティシュリ様が毛皮けがわぬすんだのは、ウズベリを助けるためだったんです。だからどうか、おこらないでください」


 エヴレンが必死ひっし弁護べんごします。


「ウズベリ?」


「はい。――ウズベリ、おいでっ!」


 エヴレンが呼ぶと、居間いまの方から青い小猫姿こねこすがたのライオンがあらわれ、彼女のかたの上にりました。


「この子がウズベリです」


「みゅみゅっ!」


 ウズベリを見たヤムルハヴァは、またアニメ声になりました。


なにこの子ぉ、牙獅子コカスランそっくりぃ! かぁいいっ!」


 がらりと雰囲気ふんいきが変わったヤムルハヴァにおどろいたウズベリは、逆立さかだてて警戒態勢けいかいたいせいをとります。

 

「おいでぇ、おいでぇ、こっち、おいでぇっ!」


 ウズベリに向かって手を差伸さしのべるヤムルハヴァ。

 でもウズベリは、ふんって感じでそっぽを向きます。


意地悪いじわるしちゃ、いぃやっ!」

  

 ヤムルハヴァは素早すばやくウズベリをつかまえ、きかかえます。

 そして青いたてがみにほほを、すりすりしました。

 はげしくもがいたウズベリは手の中から逃出にげだし、ゆか飛降とびおります。

 りてすぐに巨大きょだいなライオンの姿に戻り、鼻にしわをせてヤムルハヴァに向かってきばをむきだしました。


「ほう、それがまことの姿か。まさに牙獅子コカスランそのものよのう。ますます気にったぞ」


 アニメごえの甘ロリむすめも、すぐに婆臭ばばくさ霊龍れいりゅう様の顔に戻りました。


「ウズベリとやら、我の飼猫かいねことなり、ともらさぬか? 人間どもと一緒いっしょにいても窮屈きゅうくつなだけじゃろう」


 ウズベリは水明龍すいめいりゅうさそいを否定ひていするように、咆哮ほうこうしました。


「ふむ、少ししつけが必要ひつようかえ?」


 ヤムルハヴァの身体からだが青くひかはじめます。

 それと同時どうじにウズベリも青いかがやきにつつまれます。

 両者りょうしゃとも魔導まどうを使うつもりでしょう。


 やめてくれぇぇぇ!

 耶代やしろが、ぶっこわれちゃうよぉ!

 こんなせまいとこでドラゴンとライオンの怪獣大決戦かいじゅうだいけっせんなんかしないでぇぇぇ!


「やめとけっ! アホどもが!」


 怒鳴どなり声が一触即発いっしょくそくはつ空気くうき切裂きりさきます。

 廊下ろうかからあたまをかきながらアティシュリがあらわれました。

 ヤムルハヴァはすような視線しせんをアティシュリに向けます。


「やっとお出ましですか、姉様あねさま

 

 アティシュリは気まずい顔でヤムルハヴァの前に立ちました。


姉様あねさま牙獅子コカスラン毛皮けがわ、おかえねがえますか?」


「もう、ぇよ」

 

い? 売払うりはらったとでも?」


 アティシュリはウズベリを助けるために、証拠しょうことして冒険者組合ぼうけんしゃくみあい提出ていしゅつしたことを説明せつめいしました。


「そういうことでしたか……」


 かたい表情で見守みまもっているエヴレンをチラ見するヤムルハヴァ。 


「――だから返したくても、返せねぇんだよ。わかったんなら、もうかえれ。お前がいると、ややこしくなる」


 ヤムルハヴァは目をじると、いしばり、両拳りょうこぶしをわなわなとふるわせ始めます。

 そして唐突とうとつにブチれました。


「ふざけんなよ、ぼうぼうトカゲっ! 他人ひとのおたからぬすんどいて、帰れだと! 先輩せんぱいと思って下手したてにでてりゃあ、調子ちょうしにのりやがって!」


 がなり立てるヤムルハヴァ。

 甘ロリじゃなく、オラオラになってます。

 

「ああん、てめぇ、俺に喧嘩売けんかうろうってのか。いい度胸どきょうだな、じとじとトカゲ!」 

 

 けじと怒鳴どなり返すドラゴン姉さん。

 二人のオラオラは、顔を突合つきあわせてガンをばし合います。

 

はじめて顔を合わせたときから気に入らなかったんだよ! 臆面おくめんもなく人前ひとまえにヘソをさらしやがって! てめぇのヘソなんかだれも見たくねぇんだよ! みっともねぇ!」


「てめぇのそのヒラヒラ、フリフリの格好かっこうの方が鼻につくだろうが! 無理むりやり若作わかづくりしやがって! しゃべりかたは、かびくせぇババアじゃねぇか!」

 

「みゃーっ!!!!」


「にゃーっ!!!!」


 同時どうじ奇声きせいを上げた二人は、両手りょうてくまみたいにげたかと思うと、いを始めました。


 こりゃまずいっ!

 世界せかいわりが来るぞっ!

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