第65話 僕たちは弁償ができない?<1>

 明方あけがた、うらめし屋にかえくと、きてる人達はすぐに寝室しんしつ直行ちょっこうです。

 そりゃ、あれだけの目にあえば、みんなグッタリですよね。

 エヴレンもつかれきってるんで、とりあえず居間いまのソファでねむってもらうことにします。


 アティシュリが言っていたようにウズベリは身体からだちぢめて小猫こねこぐらいの大きさになり、よこになったエヴレンの顔のそばで、気持きもちよさそうに寝息ねいきを立てはじめました。

 あの巨大きょだいなライオンとはても似つかない可愛かわいらしい姿すがたです。


 ニユスとアレクシアさんもてしまったので、きているのは僕と霊龍れいりゅう様だけになりました。

 とりあえず食堂しょくどう集合しゅうごうし、ウズベリのことをどうするか相談そうだんです。

 討伐とうばつ証拠しょうこ提出ていしゅつできなければ、エヴレンは学校に行けません。

 しかも申込もうしこ期限きげんは、今日きょうれてあと四日。

 だからって、ウズベリの“首ちょんぱ”は、見たくないし……。


 アティシュリは、うらめし屋にもどってから、ずっとだまんで何かかんがえていましたが、唐突とうとつすわっていた椅子いするように立上たちあがります。


「――俺はちょっと出てくる。今日きょうの夜までにはかえってっからよ。エヴレンには、心配しんぱいしねぇで大人おとなしくってろって言っとけ」


 そう言いくとアティシュリは、そそくさと勝手口かってぐちから出ていきました。

 僕とチェフチリクはわけがわからず彼女の後姿うしろすがた見送みおくることしかできませんでした。


 その日から、うらめし屋は通常営業つうじょうえいぎょうにに戻ります。

 従業員じゅうぎょういんみなさんも、今までどおいそがしい時をごすことになりました。


 ただあらたな、懸念材料けねんざいりょうひと持上もちあがります。

 ランチタイムがわって休憩きゅうけいをとろうとしたとき、かみをきっちりと七三分しちさんわけにととのえた、細身ほそみの男が店に入ってきたのです。


 神経質しんけいしつそうな目つきに、への字にがった口。

 年は40さいぐらいでしょう。

 出会であってすぐにいややつってわかります。

 名前はスアド・アルダンマ。

 マリフェトにあるポラト商会しょうかい支店長してんちょうだそうです。


 スアドは昼飯ちゅうしょくのためじゃなく、“魅力的みりょくてきもう”をするためにいらっしゃったのだそうで。

 何かというと、うらめし屋の土地とち金貨きんか3000枚で買ってやろう、ってお話でした。


「こんなのろわれた土地に金貨3000枚は、かなりの僥倖ぎょうこうだろう。さらに今すぐ移転いてん手続てつづきをするなら、500まい上乗うわのせしてやるぞ」


 だそうです……。

 もちろん対応たいおうしてくれたドラゴン店長てんちょう速攻そっこう拒絶きょぜつです。

 激怒げきどしたスアドは、店長やユニス達をさんざん罵倒ばとうして帰っていきました。


 なんなのよ、あのオッサン。

 何が、ってやろう、だ。

 何が、500枚上乗まいうわのせ、だ。

 

 かねさえあれば、なんでも思いのままだとでも?

 るわけないじゃん。

 腹立はらたつなぁ。


 『倉庫そうこ』からしおを出して、スアドの背中せなかけてげつけてやりました。

 もちろん気づかれないように、こっそりですけどね。

 こういうとき、僕ってちいせぇ、って思います。


 その日の営業時間えいぎょうじかんわり、閉店作業へいてんさぎょうをしていると、勝手口かってぐちからアティシュリが戻ってきました。

 ドラゴンねえさん、なんかあお荷物にもつかついでます。


 かなりつかれたご様子ようすで、食堂しょくどうはいるなりかついでいた荷物にもつをテーブルの上に投出なげだしました。

 そして、どさりと椅子いすこしを下ろすと、無遠慮ぶえんりょにエヴレンを呼びつけます。


 今日一日きょういちにち大人おとなしくっていたエヴレンは、いそいで居間いまから飛出とびだしてきました。

 うしろから小猫こねこモードのウズベリもついてきます。


明日あした、ギルドへ報告ほうこくするとき、こいつを証拠しょうことして提出ていしゅつしろ」


 テーブルの上の青い荷物にもつ指差ゆびさすアティシュリ。

 広げてみるとそれは、ウズベリそっくりの青いライオンの毛皮けがわでした。

 大きなきばを持つあたまもちゃんとついてます。

 ドラゴン姉さんの説明せつめいによると『牙獅子コカスラン』の毛皮けがわだそうです。


 牙獅子コカスランはウズベリの原型げんけいとなった動物どうぶつで、こいつにかぜ精霊せいれいこおり精霊せいれい宿やどったことでウズベリが生まれたらしいです。

 ただ、牙獅子コカスランはアティシュリの先代せんだいころには絶滅ぜつめつしています。

 だから、この毛皮けがわ金貨きんか換算かんざんすると1万枚まんまい以上いじょう価値かちがあるんだそうです。

 

 あまりの金額きんがく最初さいしょことわっていたエヴレンでしたが、ほか方法ほうほうがあんのかってドラゴン姉さんに言われ、結局けっきょく恐縮きょうしゅくしながら毛皮けがわ受取うけとることになりました。


 つぎの日、エヴレンは冒険者組合ぼうけんしゃくみあい牙獅子コカスラン毛皮けがわ提出ていしゅつし、報酬ほうしゅうの金貨1000枚と達成証明書たっせいしょうめいしょを手に入れました。

 彼女は、そのあし神品学校しんぴんがっこうかいます。


 申込もうしこみの条件じょうけん入学金にゅうがくきんの金貨100枚と討伐達成とうばつたっせい証明書しょうめいしょ提出ていしゅつでした。

 それを受取うけとってすぐ、学校側がっこうがわ入学にゅうがく許可証きょかしょう発行はっこうしてくれたそうです。

 これでエヴレンは、れて神品学校しんぴんがっこう新入生しんにゅうせいとなったのでした。


「こんだに、うれじいごどふぁ、あでぃばふぇんっ! あでぃがどうござひばじだぁぁぁ!」


 うらめし屋に戻ってきて泣きじゃくるエヴレン。

 よしよしって頭をでてたら、チャイムおんとともに羅針眼らしんがん立上たちあがりました。


『エヴレン・アヴシャルを盟友登録めいゆうとうろくしてください。ただし登録者とうろくしゃ口頭こうとうによる承諾しょうだく必要ひつようです』


 はい、来ましたぁ。

 思ったとおり、耶代やしろはエヴレンを盟友めいゆうにするつもりだったんですね。

 彼女に事情じじょうを話すと、私でければ、ってこころよ登録とうろく承諾しょうだくしてくれました。

 

 てことで、夜をってエヴレンを盟友登録めいゆうとうろくしたわけです。

 当然とうぜん、エヴレンの部屋へや二階にかい増築ぞうちくされることになります。

 エヴレンは自分の部屋が出来できたことに感激かんげきし、またもやなみだ鼻水はなみず洪水こうずい引起ひきおこしました。


 実家じっかに帰ったとき以外いがいは、ずっと野宿生活のじゅくせいかつしてたみたいで、自分専用じぶんせんようの部屋をもらえたことが相当嬉そうとううれしかったみたいです。

 そのあとすぐ、れい眠気ねむけがやってきまして、彼女は真新まあたらしい自分のベッドでねむりにつきました。

 もちろん彼女のそばには、小さな青い獅子ししせているわけです。


 一方、羅針眼らしんがんさんの仕事しごとにブレはありません。


耶宰やさいが新しい術法じゅつほう取得しゅとくしました』


 お約束やくそくのアプデです。

 ちょいアゲで、術法じゅつほうらんを見てみると一番下いちばんしたに『締盟術ていめいじゅつ締棘ていきょく2』の表示ひょうじ追加ついかされてました。

 つまり僕も締盟獣ていめいじゅうてるようになったのです。


 術名じゅつめいうしろにある『締棘ていきょく』ってのは、この前アティシュリが言っていた“霊的装置れいてきそうち”のことです。

 これを霊核ドゥルつ者だけが締盟術師ていめいじゅつしになれるのです。

 あと数字すうじですが、これは締棘ていきょくをいくつ持ってるかをしめしています。


 通常つうじょう締盟術師ていめいじゅつし締棘ていきょくを1つしか持ってません。

 だから契約けいやくできる態盟獣ていめいじゅうも1たいだけです。

 つまり『締棘ていきょく』が2つなら、2体の締盟獣ていめいじゅう契約けいやくできるわけです。


 締盟獣ていめいじゅうを2体持てるってことは、かなりレアケースらしいですね。

 アティシュリが、この1000年でアイダンだけだって言ってましたから。

 あとで、僕が二つの締棘ていきょく取得しゅとくしたのを知ったドラゴン姉さんが、頭をかきむしりながら難癖なんくせをつけてきたことは言うまでもありません。


 ところで、締盟獣ていめいじゅう2体でレアなら、エヴレンはまさにスーパーレアってことになるんでしょうかね。

締棘ていきょく』が4つですから、4体の締盟獣ていめいじゅうが持てるわけです。

 チェフさんの話では、霊龍れいりゅう記憶きおくをたどって過去かこさぐっても、そんな存在そんざいがいたためしいそうです。


 耶代やしろさん、こういう人を見つけるのが御上手おじょうず

 やっぱり耶代やしろさんも『因果律いんがりつ』にみちびかれてるんでしょうか。

 ヒントはまだ半分以上はんぶんいじょうのこってますから、この手の人材じんざいがこれからもあつまってくるにちがいありません。

 

 さて、神品学校しんぴんがっこう入学式にゅうがくしきなんですけど、来月らいげつ九日ここのかおこなわれるそうです。

 ちなみに来月らいげつは“コチ”のつきばれます。

 学校には寄宿舎きしゅくしゃもあるんですが、自宅じたくからの通学つうがくみとめられています。

 二階にかい部屋へやができたエヴレンは当然とうぜん、うらめし屋から学校へかようことになりました。

  

 でもって、ひと屋根やねしたらすことになったエヴレンに、ちょっと踏込ふみこんだ質問しつもんをしてみることにしたのです。

 それは、アヴシャル家の借金しゃっきん総額そうがくっていくらなのか、ってことです。

 正確せいかくにはわからないんですけど金貨30万枚以上あると思います、ってこたえでした。


 答えを聞いた僕らは、いた口がふさがらない状態じょうたいおちいりました。

 エヴレンの負担ふたんかるくするため、一旦いったん、うちで全額立替ぜんがくたてかえればいいかって思ったんですけど、金貨30万枚はおおすぎました。

 立替たてかえは無理むりですね。


 だからといって、ほっとくわけにもいきません。

 学校にかよいながら蜘蛛くもやキノコを売歩うりあるけば、そのうちたおれてしまうでしょう。

 そこでエヴレンにも、うらめし屋のメイドたいくわわってもらうことにしました。


 うちではたらけば一定いってい金額きんがく保証ほしょうできるし、賃金ちんぎんたかめですから、今までよりもらく返済へんさいができるはずです。

 この提案ていあんを聞いたエヴレンは、あでぃがどうございばふぅ、を繰返くりかえし、目と鼻からふたた歓喜かんき噴水ふんすい放出ほうしゅつしました。

 こうして、うらめし屋のメイド隊は3人から4人に増員ぞういんされたのです。


 その、うらめし屋にはジョージアちゃん目当めあてのエロオヤジだけでなく、エヴレン目当めあての屈強くっきょう冒険者ぼうけんしゃさんもあつまるようになりました。 

 外国がいこく冒険者ぼうけんしゃが、わざわざザガンニンまでやってきて、エヴレンを勧誘かんゆううしていくなんてこともあります。

 魔獣まじゅう討伐とうばつしたエヴレンは、一躍時いちやくときの人になってしまっていたのです。


 そんなこんなで月がわり、コチの月の一日ついたち

 みんなで昼のまかないをべたあと、僕はアレクシアさんと一緒いっしょりなくなった香辛料スパイス買出かいだしにでかけました。

 西通にしどおりを一本入いっぽんはいったった路地ろじには、早朝そうちょう市場いちばが立つだけでなく、色んな調味料ちょうみりょうなんかを売る店も点在てんざいしていてとても便利べんりです。

 しかもあるいて10分ぐらいなので、はらごなしには丁度ちょうどいいお散歩さんぽにもなります。

 

「――ツクモさん、ヒュリアさんのこと何とかなりませんか」


 胸元むなもとにぶらさがる僕にかってグチりはじめるアレクシアさん。

 目下もっかの彼女のなやみはユニスの裸族問題らぞくもんだいなのです。

 

「そう言われてもねぇ」


「彼女がふくてくれれば、ユニスももとに戻ると思うんです」


無理むりだと思いますよぉ。ヒュリアのあれは筋金入すじがねいりです。宮殿きゅうでんじゃ、子供こどもころからずっと素裸すっぱだかごしてきたらしいですから」


 帝国ていこく皇族こうぞくって自分のはだか相当そうとう自信じしんがあるみたいです。

 ヒュリアの父上ちちうえである皇帝陛下こうていへいかもプライベートははだかごしてたそうですから。

 つまり彼女の“あれ”は、遺伝いでんなのです。


 そのとき前から歩いてきたスキンヘッドのイカツい男がふいにちかづき、アレクシアさんに右肩みぎかたをぶつけてきました。

 アレクシアさんが、ひらりとをかわすと男はつんのめって地面じめんたおれます。


「何しやがるっ!」


 男はたおれたままアレクシアさんを怒鳴どなりつけました。

 おいおい、こっちのセリフだろ。


「ぶつかってきたのは、そちらの方でしょう」


 アレクシアさんは、冷静れいせい対応たいおうします。


「なんだ、どうしたっ!」


 男の声を聞きつけ、その仲間なかまらしいやつらが路地裏ろじうらからバラバラとあらわれました。

 どいつもこいつも人相にんそうわるくて、一目ひとめ一般人いっぱんじんじゃないのがわかります。

 立上たちあがったスキンヘッドの男は、顔をき出して、アレクシアさんに詰寄つめよってきました。


「おい、姉ちゃん、どうしてくれる。たおれたせいで手首てくびれちまったよ」 


 手首てくびを、ぶらぶらとるスキンヘッド。

 いたがりもせずにれてる時点じてんれてないのがわかります。

 バカ丸出まるだしです。

 つまりこれって、因縁いんねんをつけられたってことなんでしょう。


「くだらない」


 アレクシアさんは無視むしして行こうとしますが、男達に取囲とりかこまれてしまいます。


「おいおい、人にケガをさせといて、だまって行くつもりか!」


 スキンヘッドは声をあらげてアレクシアさんの襟首えりくびをつかもうとします。

 つかまれる寸前すんぜん、アレクシアさんはスキンヘッドの横面よこっつらを思い切りひっぱたきました。

 引っぱたかれたいきおいで吹飛ふきとんだ男は、横を通りすぎようとしていた人物じんぶつにぶつかってしまいます。


 その人物は青い日傘ひがさをさし、頭に白いヘッドドレスをつけ、フリフリの薄青うすあおいドレスに身をつつんだ少女しょうじょでした。

 ゆるふわの青いかみこしまでばし、綺麗きれい丸顔まるがおにはつぶらな琥珀色こはくいろひとみと、ふっくらとした桃色ももいろのアヒルぐちがそろってます。

 いわゆる“あまロリ”ってやつですな。


 甘ロリ少女は、ぶつかってきたスキンヘッドをゴミクズでも見るような目つきで、にらみつけます。

 そして可愛かわいらしい外見がいけん似合にあわないドスのいた声で言いました。


けがらわしいハゲざるめ、ひねりつぶされたいか?」

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