第64話 トニカク、カネナイ<10>

 ウズベリは、ふらふらしながらも、近づくアティシュリにかってきばをむき出し、うなり声をはじめます。


「ほら、思い出せ」


 アティシュリはウズベリの鼻先はなさきにフシエをきつけます。

 ウズベリはフシエのにおいをぐと、うなるのをめ、アティシュリの手ごとあおい大きなしたでペロっとなめました。


「わかるだろ……」


 かたの力をいたアティシュリはウズベリのあたまでようとしました。

 でもそれは間違まちがいでした。

 ドラゴンの手がれた途端とたん、ウズベリから白い波動はどうはなたれのです。

 かわすことができず、アティシュリは一瞬いっしゅんこおりついてしまいます。


 ウズベリは白い彫像ちょうぞうになったアティシュリをよこからなぐりつけました。

 アティシュリの身体からだこしのあたりから二つにれ、上半身じょうはんしんんでくなってしまいました。


「アティシュリ様!」


 ヒュリアたち悲鳴ひめいを上げます。


 これって死んだってこと?!

 まさかね……。

 

「ツクモ、アティシュリ様は……くなられたのか……?!」


 ヒュリアは目の前の出来事できごとしんじられないようです。

 だけどウズベリの前にはアティシュリの下半身かはんしんしかありません。

 

霊龍れいりゅう様が、こんな簡単かんたんに死ぬとは思えないけどなぁ……」


 そもそもドラゴンて死ぬの、っていう疑問ぎもんもあります。


「ああ、私もそう思う。きっと復活ふっかつされるはずだ」

 

 問題もんだいはそれが“いつ”なのかってことです。

 僕の結界けっかい一発いっぱつでお釈迦しゃかになりました。

 とりあえず今回こんかいはヒュリア達をまもれましたけど、羅針眼らしんがんかられい報告ほうこくがありまして、当分とうぶん結界けっかい使つかえなくなってます。


 のこるはエヴレンの結界けっかいだけですけど……。

 『五冠ゲブラ』の魔導まどうで、どれだけ『凄冱遏ドンムシャルマク』をふせげるんでしょう。


 結界けっかいえたせいで、また強烈きょうれつ冷気れいきおそってきます。 

 女子二人じょしふたりかみはカチカチにかたまり、いきは、すぐこおりになってはなや口のまわりにりつきます。

 

いたいっ!」


 みじか悲鳴ひめいを上げるエヴレン。


「どしたのっ?!」


よろいうでがくっついて、無理むりやりはがしたら、これです」

 

 エブレンがうでを見せます。

 手首てくびあたりに、えぐれたようなきずができてがあふれていました。

 たぶんうでをはがしたとき、皮膚ひふをもってかれたんでしょう。

 こういう状況じょうきょうだと金属きんぞくよろいは、かなり危険きけんですね。


いちゃだめだよ。目も鼻もカチカチになるからね」


 いまにも泣き出しそうなエヴレンをあわててめます。


「は、はい……」


 エヴレンは大きく深呼吸しんこきゅうして泣くのをこらえました。

 きずほうは、すぐに治癒術ちゆじゅつをかけたんで大丈夫だいじょうぶでしょ。


「ツクモさん、あいつ、また充典ドルヨルしてねぇですか」


 ジョルジの言うとおり、ウズベリの身体からだが青くかがやき出してました。

 でも、立ってられないみたいで地面じめんはらばいになってます。

 そんなになっても、まだ攻撃こうげきするつもりなんでしょうか。


 こりゃヤバいね。

 エヴレンに結界けっかいってもらうしかないかな。


 でも、『凄冱遏ドンムシャルマク』を食止くいとめられるとは思えません。

 ドラゴンの結界けっかいさえ破壊はかいするんですから。


 『溶岩弾ようがんだん』で、こっちから攻撃こうげきをしかけるってこともできますけど……。

 通用つうようするかどうか……。

 下手へた刺激しげきしたらき上がっておそいかかって来ますよね。

 『凄冱遏ドンムシャルマク』だけでなく、あのつめ攻撃こうげきも今となっては、ふせぎようがありません。

 げるにしても、発動はつどうする前に『凄冱遏ドンムシャルマク』の効果範囲こうかはんいける自信じしんはないですし……。


 んだか……。

 いやいや、ヒュリア達のいのちがかかってます。

 あきらめるわけにはいきません。

 耶代やしろのヒントにあったんだから、かならず何か打開策だかいさくがあるはず。


「――ツクモさん、ビルルルさんのフシエ、まだつくれますか?」


 けわしい表情ひょうじょうでエヴレンがいてきました。

 ちょっと凛々りりしいかんじ。

 こういう顔もできるんだ。


「作れるけど、どうすんの?」


「私がきます」


「行くって、きみがフシエをわたすってこと?」


「はい。――たぶんあの子、私をころさないと思いますから」


「さっきは、たまたまだったかもよ?」


「そうかもしれません。でも、アティシュリ様がいない今、あの攻撃こうげきけたら全滅ぜんめつします。そうなる前に手をたないと」


 おっしゃるとおりですが、かなり危険きけんですよね。

 みとめるべきか、いなか……。

 いろんなかんがえが頭の中でグルグルまわります。

 でもふいに、以前いぜんアティシュリが言った言葉ことばかびました。


耶代やしろってやつはよ、主人しゅじんである耶卿やきょうの命を危険きけんにさらすことは絶対ぜったいにねぇ……)


 だとしたら、ここでヒュリアは死なないはずです。

 この討伐とうばつは、耶代やしろのヒントからはじまってますから。

 きっとエヴレンの行動こうどうも、耶代やしろみきっているにちがいありません。

 彼女にけてみましょう。


「わかった。じゃ、これ」


 エヴレンが差出さしだした手の上に、もう一度いちどフシエを具現化ぐげんかします。

 フシエをにぎりしめたエヴレンは自分じぶんに言い聞かせるように宣言せんげんしました。


「じゃ、行ってきます……」


「ちょっとって、僕も一緒いっしょに行くから。――ジョルジ、僕をエヴレンにわたして」


 上手うまくいったなら魂露イクシルあたえる必要ひつようがありますからね。


「だったら、オラも行きますよ」


「それはダメだよ。エヴレン以外いがいの者が行けば、あいつまたおこってあばれるだろ」


 ジョルジはあきらめた感じでかたとし、僕をエヴレンに渡しました。


たのんだぞ、エヴレン、ツクモ」


 声をかけるヒュリアに、エヴレンはつようなずかえします。

 そして僕をくびにかけ、青くかがやいているウズベリに向かって歩き出しました。

 ウズベリは、またきばをむき出してグルルルとき始めます。


 エヴレンの身体が小刻こきざみにふるえてるのが分かります。

 そりゃこわいでしょう。

 たたかっても見込みこみゼロですから。


「けっこう勇気ゆうきあるんだね、見直みなしたよ」


「そ、そんなことないです。ひざがガクガクしてますから」


 アティシュリの下半身かはんしんの横を通り、ライオンの顔の前にエヴレンは立ちました。

 手をばせばとど距離きょりです。

 ウズベリは、すぐにでもおそいかかってきそうな獰猛どうもうな目つきで彼女を見据みすえます。


 うなり声で地面じめん振動しんどうし、僕にまでつたわってきました。

 それに、動物園どうぶつえんぐよりも強烈きょうれつ獣臭けものしゅうもしてます。


 エヴレンはふるえながらにぎめていたフシエをてのひらにのせ、ウズベリの鼻先はなさき差出さしだします。

 矢庭やにわ立上たちあがったウズベリは巨大きょだいな口を開き、エヴレンの頭に齧付かぶりつこうとしました。

 咄嗟とっさに目をつぶり、かたをすくめ、エヴレンは身体を硬直こうちょくさせます。


 わったって思いました……。

 でも、エヴレンがただしかったみたいです。


 鋼鉄こうてつでも食いちぎりそうなウズベリのするどきばはエヴレンの頭ギリギリでまり、それ以上いじょうちかづいてきませんでした。

 そのわりに、きばさきからウズベリの唾液だえきれて、エヴレンのかたまわりにポタポタとちてきます。

  

 時間じかんにしたら1ぷんぐらいだったでしょう。

 でもずっとながく感じました。


 ゆっくりとはなれていくウズベリの口。

 もと位置いちもどった青いライオンは、首をかしげて不思議ふしぎそうにエヴレンを見ています。

 もう、にらむことも、うなることも、そして充典ドルヨルもしていません。

 さっきまでの猛烈もうれつ殺気さっきうそのように落着おちついてます。


「――エヴレン、きみちだ。フシエをウズベリにわたして」


 おずおずと目をひらいたエヴレンは大きく深呼吸しんこきゅうしたあと、ウズベリの前にゆっくりとフシエをきました。

 あまえるようにいたウズベリは、フシエをころがしたりめたりして、じゃれつきます。

 まさに大きな“ねこ”みたいです。


「たぶんもうおそってこないね。じゃあ、魂露イクシルを出すよ。ただし、取扱とりあつかいには注意ちゅういしてね。ものすごい力を持ってるから」


 魂露イクシル酒盃ゴブレット取出とりだしてエヴレンの手にのせます。

 ひさしぶりにおもてに出た奇妙きみょう液体えきたいは、あいかわらず振動しんどうつづけていました。


「これをかけてやれば完了かんりょうだ。でも全部ぜんぶかけちゃダメだよ。数滴すうてきらせばいいからね」


 フシエをめているウズベリにおそる恐るちかづくエヴレン。

 ウズベリは横目よこめでチラっとエヴレンを見ただけで、何もしません。

 たてがみに顔をうずめられるほどのそばに立ったエヴレンは、慎重しんちょう酒盃ゴブレットかたむけ、ライオンの頭に魂露イクシルらしました。 

 その途端とたん、青い巨体きょたいがブルブルっとふるえます。


 真黒まっくろだったひとみ徐々じょじょんだ碧色へきしょくへとわっていきます。

 エメラルドグリーンってやつですね。

 それとともに、ウズベリのしたがフシエからエヴレンの顔にうつりました。


「あははっ、したのざらざらかんすごいです」 


 唾液だえきまみれでわらうエヴレン。

 ウズベリは正気しょうき取戻とりもどせたようです。


「エヴレン!」


 ヒュリアとジョルジがってきます。

 ウズベリは二人ふたり警戒けいかいするように顔を上げました。


大丈夫だいじょうぶ友達ともだちよ」


 エヴレンがげるとウズベリは緊張きんちょうゆるめ、また彼女をめる作業さぎょうもどりました。


 これで一件落着いっけんらくちゃくと言いたいところですが、一つ問題もんだいが……。

 アティシュリさん、どうなったんでしょう。


 すると突然とつぜん、僕の心をんだみたいに霊龍れいりゅう下半身かはんしんほのおを上げました。

 みるみるうちに下半身かはんしんは、ほのおけてしまいます。

 呆気あっけにとられているとやぶおくにもほのおがあるのに気がつきました。


 その直後ちょくご、二つのほのおもうスピードで上空じょうくうまいい上がります。

 そして真暗まっくら夜空よぞらでぶつかり、一つの巨大なほのおになりました。

 よる太陽たいようのようにさかほのお次第しだいにドラゴンのかたちになっていきます。


 ほのお徐々じょじょおさまっていくと、赤くかがや炎摩龍えんまりゅう姿すがたあらわれました。

 数回すうかいつばさをはためかせた炎摩龍えんまりゅうは、近くの空地あきち着陸ちゃくりくします。

 しばらくすると空地あきちから、ボヤきごえこえてきました。


「ったく、むかしなじみにひでぇことしてくれるぜ」


 やみの中からアティシュリがあらわれました。

 以前いぜんと何も変わらないヘソ出しコーデで、頭をかきむしってます。


「アティシュリ様! ご無事ぶじでしたか!」


 ヒュリアがり、ドラゴンの手をとります。


かった……」


 ちょっとれてるドラゴンねえさん。


心配しんぱいかけちまったか……。まあ、俺達は、あの程度ていどじゃ消滅しようめつしねぇよ」


 アティシュリはエヴレンの顔をめてるウズベリを見て、あきれたふうわらいました。


「やっともどったか。やっぱ、その目の方がってるぜ」


 ウズベリはアティシュリにかいボフッ、ボフッときます。

 それを聞いたアティシュリは目をまるくしました。


「――お前が良くても、エヴレンがどうするかはからねぇぞ」


 ウズベリに言いかえしたアティシュリは、唾液だえきまみれのエヴレンのそばり、彼女のかたをポンポンとたたきました。


「よくやったな、エヴレン。ありがとうな」


 アティシュリが頭を下げました。


「そ、そんな……、私なんて……、全然ぜんぜん……、役立やくたたずで……」


 そこまで言ったエヴレンの目と鼻からなみだ鼻水はなみず噴出ふきだします。


「どっでもこわがっだでふぅ。ぜっだい死んじゃうっで、おぼいまじだぁぁぁ」


 エヴレンはアティシュリのむねに顔をうずめ、泣き出しました

 我慢がまんしてたんでしょうね。

 アティシュリは、エヴレンの頭をやさしくでます。

 復体鎧チフトベンゼルいだジョルジとヒュリアが微笑ほほえましげに、その様子ようすながめています。


 エヴレンが落着おちついたころ、アティシュリは彼女にある提案ていあんを持ちかけました。


「エヴレン、お前、締盟術師ていめいじゅつしにはならねぇって言ってたよな」


 ハンカチで思いきりはなをかんだ後、エヴレンはうなずきました。


「だがよ、ウズベリがお前と締盟契約ていめいけいやくしてぇって言ってるぜ」


「えっ?!」


 エヴレンは思わずウズベリの顔を見上みあげます。

 ライオンは、そうだよ、って感じでまたエヴレンの顔をめました。


「でもあなたそれでいいの? 締盟ていめいしたら今までみたいに自由じゆうじゃなくなるのよ」


 みじかくボフッとえるウズベリ。


「いいんだとよ。それよりも、お前と一緒いっしょにいてぇらしい」


「私と一緒いっしょに……?」


 ウズベリは、ひくく、ながく、遠吠とおぼえします。


「――ビルルルがいなくなって、ずっとさびしかったみてぇだ。だからお前とははなれたくないんだとよ」 


 エヴレンはれたようにわらうと大きなライオンの顔にほおずりしました。


「そうよね……、きな人がいなくなったら……、つらいものね……。うん、わかったわ。こんなダメダメの私でいいのなら、締盟ていめいしましょ」


 アティシュリから締盟契約ていめいけいやくのレクチャーけ、エヴレンはウズベリのひたいに手をてました。

 彼女の手が青くかがやき出します。


名前なまえはどうする。契約けいやく完了かんりょうするには締盟獣ていめいじゅうに名前をつけなきゃなんねぇんだよ」


「じゃ、ウズベリで」


 即答そくとうするエヴレン。


「いいのか、それで。そいつはビルルルが勝手かってにつけたもんだぞ」


「いいんです。だってウズベリって、とってもひびきですから」


「そうか……、ウガリタで“ウズベリ”ってのは“献身けんしん”って意味いみだぜ」


「“献身けんしん”……。素敵すてきな名前ですね」


「じゃあ、名前を宣言せんげんして、手をはなせ」


 うなずいたエヴレンはおごそかに言いわたします。


「お前の名前はウズベリよ」


 手がはなれるとウズベリのひたいとエヴレンのてのひらには青くかがや五芒星ごぼうせいかんでいました。

 こうして青い獅子しし借金娘しゃっきんむすめは強いきずなむすばれたのです。


「――よっしゃあ、じゃあ討伐完了とうばつかんりょうですね。だったらこんなとこ、さっさとオサラバしましょうよ」


 ヒュリアが何度なんどうなずいてます。

 はやかえりたいんですね


「あっ!」


 唐突とうとつにエヴレンが声をあげました。


「どしたの? まだ何かあんの?」


 色々いろいろありぎて、もうお腹一杯なかいっぱいなんすけど。


冒険者組合ぼうけんしゃくみあい討伐達成とうばつたっせい証拠しょうこ提出ていしゅつしなきゃならないんでした」


証拠しょうこ?」


討伐とうばつした魔獣まじゅうくびか、全身ぜんしん表皮ひょうひ必要ひつようなんです……」


 全員ぜんいん視線しせんがウズベリに集中しゅうちゅうしました。

 ウズベリは、やけ気味ぎみ夜空よぞらへ向かってえます。

 ドンマイ、ウズベリ。

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