第63話 トニカク、カネナイ<9>

「『握垗テケレシュメ』ってのは、『四殊ドルトテメラル』の元素げんそ魔導まどうにだけゆるされた特別とくべつな『施法イジュラート』のことだ」


「『四殊ドルトテメラル』の元素げんそ魔導まどう?」


ほのおこおりひかりやみのことだ。この四つの元素げんそは、残りの四つとちがって高次こうじの『ハルケトタルズ』、つまり『発動はつどう態様たいよう』が使えんだよ。そのうちの一つが『握垗テケレシュメ』だ」


「じゃあ、高次こうじの『発動はつどう態様たいよう』ってのは?」


「目に見えるような顕在的発動けんざいてきはつどうではなく、潜在的せんざいてきな“ちから”として発動はつどうさせるってことだ」


 いまいち、わかりませんな。


「――こおり元素げんそ本質ほんしつが何かわかるか、ツクモ」


こおり元素げんそ本質ほんしつ? こおらせるってことですかね?」


「そいつは効果こうかだ。本質ほんしつは、ねつうばうってことだ」


「ああ、なるほど」


氷魔導ひょうまどうの『握垗テケレシュメ』のわざは『凄冱遏ドンムシャルマク』とばれる。術師じゅつしの力がおよ範囲はんい空間くうかん全方位的ぜんほういてき超低温ちょうていおんにするもんだ。あれを何度なんども使われたら、この湿地しっち極地以上きょくちいじょうこおりの世界になっちまうだろうぜ」


 北極ほっきょくとか南極以上なんきょくいじょうこおりの世界ってことですか。

 ワニさんやカバさんがいそうな亜熱帯あねったい湿地しっちが、ペンギンさんや白熊しろくまさんのお気に入りになっちゃうんですね。


「どう対処たいしょすんですか?」


対処法たいしょほうは三つだ。一つ目は、『凄冱遏ドンムシャルマク』を使う前にウズベリをころすこと、二つ目は、同等以上どうとういじょうの力をぶつけて相殺そうさいすること、三つ目は、ウズベリが疲労ひろうして魔導まどうを使えなくなるまで、ひたすら防御ぼうぎょてっすることだな。」


「だけど、殺したくないんでしょ?」


「ああ、だから取れる手段しゅだんあとの二つになる。二つ目の手段は、あいつの『凄冱遏ドンムシャルマク』に、ほのおの『握垗テケレシュメ』である『燬殫灰クレレゲリドン』を、ぶつけて相殺そうさいさせてやりゃあいいんだが……。問題もんだいなのは、発動はつどうさせる力が強すぎて、ぶつかった時に大爆発だいばくはつこっちまうんだよ」


「大爆発?」


「ここら一帯が、ぶっ飛んじまうだろうな。それにウズベリ自身じしんも、ただじゃまねぇだろう。俺は平気へいきだがな」


 ヒュリア達もタダじゃすまなそうです。


「じゃあ、結局けっきょく、三つ目ですね」


「ああ、そうだ。なさけねぇが、あいつがつかれてめるまで結界張けっかいはってえることになる。ただし普通ふつう結界けっかいじゃあ、『凄冱遏ドンムシャルマク』には通用つうようしねぇ。『多重結界たじゅうけっかい』を使わなきゃならねぇだろう」


 アティシュリはエヴレンを見据みすえます。


「とにかくだ、なるだけ早くフシエを作ってくれ。俺だって無限むげんに力が使えるわけじゃねぇんだからよ」


「が、がんばります!」


 エヴレンは両手りょうてむねまえにぎり、鼻からつよいききました。


「――んぞっ!」


 するどさけぶアティシュリ。

 同時どうじに、青くかがやくウズベリが急接近きゅうせっきんしてくるのが見えました。

 アティシュリはてのひらをウズベリにけ、結界けっかいります。

 さらに彼女は、できあがった結界けっかい外側そとがわ三層さんそう結界けっかいかさねます。

 四重結界よんじゅうけっかいってわけです。

 これなら大丈夫だいじょうぶでしょう。


 ある程度ていどまでそばに来たウズベリは、鼻にしわをよせ、きばをむきだし、できあがった結界けっかいながめます。

 そして真黒まっくろひとみでアティシュリをにらみつけ、そんなもんぶちこわしてやる、って感じで咆哮ほうこうしました。

 その途端とたん、ウズベリの身体からだから強烈きょうれつ波動はどうはなたれたんです。


 見えない波動はどうひろがっていくのに合わせ、湿地しっちやぶこおっていきます。

 そしてアティシュリの結界けっかい外側そとがわから順々じゅんじゅん破壊はかいされていきました。


 ヒュリアとエヴレンが両手りょうて身体からだをさすりだしました。

 気温きおん急激きゅうげきに下がったようで、いきが白くなってます。

 すぐに倉庫そうこからマントを取出とりだして二人にわたしました。

 ジョルジは復体鎧チフトベンゼルがあるから大丈夫でしょう。


 亜熱帯あねったい植物達しょくぶつたち表面ひょうめんに氷の結晶けっしょう付着ふちゃくして白くひかっています。

 空気中くうきちゅうにはこまかい氷がきりみたいにただよってるのが見えます。

 南極なんきょくとまではいきませんが、アラスカとかシベリアみたいな雰囲気ふんいき出始ではじめてますね。


 結界けっかいほう四層よんそうのうち、外側そとがわ三層さんそう消滅しょうめつしてしまいました。

 ドラゴンの結界けっかいをここまでやぶるなんて……。

 『凄冱遏ドンムシャルマク』ってわざが、いかに強烈きょうれつ魔導まどうなのかがわかります。


あぶねぇ、あと少しで全部破ぜんぶやぶられるとこだぜ。そうなったら、当分とうぶん結界けっかいが使えなくなっちまうからな」


 やっぱドラゴンにも結界けっかい待機時間たいきじかん適用てきようされるんですね。

 アティシュリはのこった結界けっかい外側そとがわに、今度こんど四層よんそう結界けっかいかさねました。

 五重結界ごじゅうけっかいです。

 ウズベリはそれを見て、ふたた充典ドルヨルはじめました。


「エヴレン、僕らもはじめよう。――名前を言われてもわからないから、薬草やくそうはこを出すんで、そこからさがして」


 倉庫そうこの中からハーブが入ってる大きめの木箱きばこ取出とりだします。

 エヴレンははこのぞきこんで、早速さっそく物色ぶっしょくしはじめました。

 乾燥かんそうしたハーブは種類しゅるいごとに陶器とうきつつ小分こわけされています。

 地べたにこしろしたエヴレンは、つつすべて外に出して横一列よこいちれつならべ、一つずつふたけてにおいをいでいきました。

 

「まずはこれ、ナネシェケリです」

 

 エヴレンはえらんだつつれつからはずして自分の手元てもときます。

 ナネシェケリはペバーミントでしたね。


「それからグルチチェクです」


 グルチチェクは薔薇ばらの花びらでした。


「えーと、それからぁ……。これ、オーロツです」


 オーロツっていうのは、レモンバームのことみたいです。


「そして、あと一つなんですけどぉ……」


 エヴレンはすべてのつつにおいをえ、うでんでかんがんでます。

 そしてきそうな顔でげました。

 

「――ここにはありません」


「へっ?! 無いの!」


 こりゃ、あせりますね。


「はい、この箱の中にははいってませんでした」


「それって、どんな薬草やくそうなのさ?」


のこりのひとつは薬草やくそうじゃありません。たぶん“グンルクの精油せいゆ”です」


「グンルクの精油せいゆ? 何それ?」


「ウガリタの“グンルク”ってのは“乳香にゅうこう”のこった。――また、んぞ!」


 アティシュリの警告けいこくのすぐあと、ウズベリからふたたび白い波動はどうはなたれます。

 植物達しょくぶつたち凍結とうけつ一層激いっそうはげしくなり、こおり結晶けっしょう表面ひょうめんおおいつくされ、真白まっしろになってしまいました。

 有名ゆうめい蔵王山ざおうさん樹氷じゅひょうみたいです。


 そしてアティシュリの結界けっかいもまた、のこ一枚いちまいだけになっています。

 外側そとがわ四層よんそうやぶられたわけです。

 さっきよりも強くなってません?。


「ツクモ、もたもたすんなっ! あいつ、『凄冱遏ドンムシャルマク』の威力いりょくを上げてきたぞっ!」


 ドラゴン姉さんはイライラした声で言い、結界けっかい七重ななじゅうやしました。

 いそがんといけません。

 

「その乳香にゅうこうは、どうやったら手にれられんの?!」


「グンルクの精油せいゆは、グンルクの樹脂じゅし蒸留じょうりゅうして作られてます。それができるのは錬金術師れんきんじゅつしだけです」


「じゃあ、錬金術師れんきんじゅつしの店に行けば、あるってこと?」


錬成れんせい錬丹れんたん両方りょうほう生業なりわいにしている術師じゅつしのところなら、きっとあるはずです。ただ、とっても高価こうかで、精油せいゆりょうと同じぶんきん必要ひつようだって言われるほどです……」


 エヴレン君、うらめし屋の収入しゅうにゅうをなめてもらってはこまりますぜ。

 今僕らは、かなりのブルジョワなんすから。

 とにかく、お金で解決かいけつできるなら問題もんだいありません。


「エヴレン、うらめし屋の近くに錬金術師れんきんじゅつしっている?」


「えーと……、たしか……、西通にしどおりをわたったこうがわ一本裏いっぽんうらの道にあったと思いますけど」


「よし、じゃ行って来る」


 ロケットスタートで『倉庫そうこ』に入り、店にもどります。

 キッチンに出ると、ドラゴン店長てんちょう料理りょうりを作ってる最中さいちゅうでした。

 店長はフライパンでにくきながら、もう僕におどろきもせず声をかけてきます。


「ツクモ、いいところへ来たな。コフテの注文ちゅうもんが10だ、手伝てつだってくれ」


了解りょうかいです」


 コフテはハンバーグみたいなひき肉料理にくりょうりです。

 すでにできてるのが2つ、今店長が作ってるのが1つ。

 あとは、7つ作ればいいわけですね。

調理ちょうり』を使えば一瞬いっしゅん完成かんせいです。

 店長も肉を焼き上げ、さらうつしました。


「コフテ10、あがったぞ」


 チェフチリクさんが声をかけると、アレクシアさんとユニスがやってきて、コフテをはこんでいきました。

 それを見届みとどけ、これまでの事情じじょうを店長に話します。

 そしてかいにある錬金術師れんきんじゅつしの店から、グンルクの精油せいゆを買ってきてほしいとおねがいしました。


「――わかった。すぐに行ってこよう」


 チェフチリクは素早すばや裏口うらぐちから出ていきました。

 そのあいだ、キッチンは僕が担当たんとうです。

 注文ちゅうもんけて何品なんぴんか『調理ちょうり』すると、チェフチリクが戻ってきました。


「ダメだ、いくらんでもだれも出て来ない」


 留守るすなのか、もうちまったのか。

 たしかに、いい時間ではありますけど。

 まずい状況じょうきょうです。

 早くしないとヒュリア達が氷漬こおりづけになるかもしれません。


「他に錬金術師れんきんじゅつし、いませんかね?」


「わからんな。こんなことならまちの中をもう少し探索たんさくしておけば良かった」


 チェフチリクはアゴをでながら、顔をしかめます。

 そのとき僕のかたの上に灰色はいいろの小さなかげあらわれました。


「おお、タッチ、きてたのか」


 クックックといて立上たちあがったタッチは、口に何かをくわえています。

 受取うけとるとそれは木のせんがされた青く不透明ふとうめいなガラスの小瓶こびんでした。

 回復薬かいふくやくとか治癒薬ちゆやくはいってるびんよりも、かなり小さいです。

 

「何だよ、これ?」


 タッチは、キック、ククキ、といてこたえます。


「おお、そうか!」


 タッチの鳴声なきごえを聞いたチェフチリクが目をまるくしました。


「――それはグンルクの精油せいゆだそうだ。さっき自分が錬金術師れんきんじゅつしたずねときに、一緒いっしょについてきていたらしい。隙間すきまから中に入ってってきたようだ」


「それって泥棒どろぼうじゃないの?」


 タッチは右手をちょこっとげ、ココククと鳴きます。


「だから金貨きんか一枚いちまいしいそうだ。びんがあったところにいてくると言っている」


 なるほど、代金だいきんをちゃんとはらってくるのね。

 倉庫そうこから金貨を出してタッチに渡します。

 金貨をくわえたタッチは、すぐにふっと姿すがたしてしまいました。

 ネズミ小僧こぞうならぬイタチ小僧です。


 とにかく“乳香にゅうこう精油せいゆ”をゲットできました。

 これで何とかなりそうです。


「じゃあ、これでもどりますね」


「くれぐれも、気をつけてくれ。侃妖獣アシルビルギは自分らに匹敵ひってきする力を持っているからな」


 心配しんぱいそうなチェフチリクをあとのこし、電光石火でんこうせっかで『倉庫そうこ』に入り、湿地しっちに戻ります。


「はい、戻りましたっと」


 湿地しっち景色けしきが、さらに白さをしています。

 よくは見えませんけどこおった場所ばしょが、どんどん広がっていっている気もします。

 アティシュリの結界けっかいはと言えば、ついに九層きゅうそうにまでえていました。 

 エヴレン、ヒュリア、ジョルジは、結界けっかいのおかげで無事ぶじですが、女子二人じょしふたりの鼻のあたまさむさのせいで赤くなってます。


「シュリさん、状況じょうきょうは?」


「ああ、とりあえず大丈夫だいじょうぶだ。だが、ウズベリの方があぶねぇかもしれねぇ。あいつ、かんがえなしに『凄冱遏ドンムシャルマク』を連発れんぱつしやがって、もう身体がもたなくなってんだ」


 白くこおりついた世界せかいに立つ勇壮ゆうそうな青いライオン。

 身体は青くかがやき、また充典ドルヨルをしているとわかります。

 でもドラゴン姉さんの言うとおり、脚元あしもとがフラフラしていて今にもたおれそうです。


「エヴレン、たぶんこれがグンルクの精油せいゆだと思うけど、たしかめてみて」


 エヴレンのてのひらの上に青いガラスのびんを出しました。

 エヴレンはびんせんいてにおいをぎます。


「――はい、そうです。これでビルルルさんのフシエは完成かんせいです」


「よっしゃ、そんじゃ一旦全部いったんぜんぶを『倉庫そうこ』に戻すね……」


 そして『工作こうさく』を使ってヒュリアのてのひらの上に、ビルルルのフシエを具現化ぐげんかしました。


「できましたよ、シュリさん!」


「よしっ! 俺に渡せっ!」


 ヒュリアはアティシュリにフシエを手渡てわたしました。


「――ヒュリア、ツクモをジョルジに渡せ。ジョルジ、合図あいずしたらツクモと一緒いっしょに俺んとこまで来い。魂露イクシルを使うからよ。ツクモ、俺が結界けっかいいたら、お前が結界けっかいれ。よわくてもぇよりましだ」


 結界けっかいいたアティシュリは白い氷におおわれた地面じめんみしめ、慎重しんちょうにウズベリへ近づいていきました。

 アティシュリの結界けっかいが無くなったことで、極寒ごっかん冷気れいきがヒュリア達をおそいます。

 女子二人のマントやかみ眉毛まゆげやまつげなんかが、すぐに白くこおり始めます。

 ジョルジの復体鎧チフトベンゼルも、みるみるうちに氷におおわれていきました。


 焚火たきびはまだえてますけど、ほとんどやくに立ってません。

 いそいで結界けっかいり、冷気れいき侵入しんにゅうふせぎます。

 

「おいっ、ウズベリ。今度こんどこそビルルルのにおいがすんだろ」


 アティシュリはウズベリのすぐそばまでいき、フシエをつまんだうでを前に差出さしだしながらかたりかけました。

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