第62話 トニカク、カネナイ<8>

 復体鎧チフトベンゼル装着そうちゃくしたジョルジが、剣をかたにかつぐようにかまえてウズベリに突進とっしんしていきます。


「ジョルジ、迂闊うかつ仕掛しかけんじゃねぇ!」


 アティシュリが制止せいししますが、いきおいのついたジョルジはまりません。

 ウズベリの脇腹わきばら急接近きゅうせっきんし、剣をり下ろします。

 しかしウズベリは素早すばや身体からだまわして剣をよけ、するどつめがついた前脚まえあしでジョルジを横殴よこなぐりりにしました。


 ジョルジはいつもどお攻撃こうげきながそうとしましたが、ウズベリのは人の斬撃ざんげきよりもはるかに強烈きょうれつでした。

 剣がはじかれ、復体鎧チフトベンゼル左肩ひだりかたつめかれ、ジョルジはっ飛ばされてしまいます。

 復体鎧チフトベンゼルの青いかがやきは、やぶはるおくまで飛んでいき、見えなくなってしまいました。


「目ぇませや、ウズベリ!」


 アティシュリは目でえないぐらいのはやさでウズベリにちかづき、右拳みぎこぶしで顔をなぐりつけます。

 今度こんどはウズベリが、ぶっ飛ばされるばんでした。

 ウズベリは、やぶをなぎたおしながら、ごろごろところがっていきます。


「シュリさん、知合しりあいってどうゆうことですか」


 アティシュリは転がるウズベリから目をはなさずにこたえます。


「――あいつは、むかし、ビルルルとらしてたことがあんだよ」


「ビルルルさんと?!」


「そうだ、そこで俺とも知合しりあいになったんだ」


「じゃあ、あやつられてるってのは?」


「あの、黒い目、ありゃ泯俘ユランタンル特徴とくちょうだ。黒の災媼さいおうあやつられたやつらはみな、ああなっちまうんだよ」


 泯俘ユランタンル

 ウガリタ語なんでしょうね。

 意味いみはわからないけど、とにかく黒の災媼さいおうの言いなりってことですか。

 だから人をころしまくってたんだ。


 でも、さっき話したばかりで、もうその影響えいきょうくわすってヤバくないですか。

 黒の災媼さいおう……。

 バシャルのどこかにマジで“いる”ってことですね……。


「あいつは死にかってたとこをビルルルにたすけられてから、なついちまってな。ときどきやってきちゃ、自分の獲物えものなんかをみついでたのよ。もとのあいつは臆病おくびょうもんで、殺しができるようなたまじゃねぇんだ。――ちっ、気ぃつけろ、また来んぞっ!」

 

 アティシュリがそら見上みあげます。

 二つのつきくもにかくれ、今夜こんやまったひかりのないピッチブラック。

 そこに青くかがやくウズベリがあらわれました。

 くまより大きい身体からだが、サッカーボールぐらいに見えます。

 かなりのたかさです。


「あいつ、空を飛べるんですか?!」


「いや、飛べはしねぇ。跳躍ちょうやくしたんだ」


 ジャンプだけで、あの高さかい。

 さすがドラゴン姉さんに、つよいって言わせるだけあります。


 ウズベリは、空中くうちゅう氷魔導ひょうまどうを使い、自分のまわりに数十すうじゅうの『氷弾ひょうだん』をつくりだしました。


「あいつこおりかぜの二つの魔導まどう使ってませんか?」


「ああ、ウズベリは妖獣ビルギ上位体じょういたい侃妖獣アシルビルギだからな。侃妖獣アシルビルギには、二つ以上いじょう精霊せいれい宿やどってんだよ」


 侃妖獣アシルビルギ

 二つの以上の精霊せいれいが宿るって。

 そんなやつもいんのかよ。


 ウズベリはつくりだした氷弾ひょうだんをアティシュリめがけて、一気いっきにぶつけてきました。

 

 それを見たアティシュリは、右掌みぎてのひら落下らっかしてくる氷弾ひょうだんけます。

 てのひらが青くかがやくと、すぐに薄青うすあおいドームじょう結界けっかいあらわれて僕たちをおおいました。


 落下らっかしてきた氷弾ひょうだんは、猛烈もうれついきおいで結界けっかい衝突しょうとつします。

 ひとつの大きさは、エクササイズに使うバランスボールぐらいありますね。

 氷弾ひょうだんというより、氷岩ひょうがんですな、こりゃ。


 数十発すうじゅっぱつの大きな氷弾ひょうだんがぶつかり、結界けっかいはたわみ、はげしく振動しんどうしました。

 さらに、ぶつかった部分ぶぶん一瞬いっしゅんこおりついてるように見えます。

 氷弾自体ひょうだんじたい衝撃力しょうげきりょく氷結力ひょうけつりょく、そして弾数たまかず重力加速度じゅうりょくかそくどの四つの条件じょうけんかさなったおそろしい攻撃こうげきです。


 でも、心配御無用しんぱいごむよう

 攻撃こうげきける結界けっかいほう普通ふつうじゃありません。

 世界せかい守護者しゅごしゃである炎摩龍えんまりゅう様の結界けっかいなんですから。

 結局けっきょく、たくさんのドでかいこおりかたまりは、すべて、はじきかえされてくだりました。

 僕の結界けっかいだったら、きっとまた羅針眼らしんがんから警告けいこくされて途中とちゅう消滅しょうめつしてましたよ。


 空中くうちゅうから地上ちじょうなんなく着地ちゃくちしたウズベリは、うなり声を上げながらふたたびアティシュリと対峙たいじします。


「ここにゃ、人間がいねぇから、少しばかりマジに相手あいてをしてやんぜ」


 言いはなったアティシュリの身体が青く輝きます。

 すると今度は彼女の頭上ずじょう巨大きょだいな『炎弾えんだん』が数十個すうじゅっこあらわれました。

 こっちも炎弾えんだんって言えるサイズじゃないです。

 軽自動車けいじどうしゃぐらいの大きさがありますから。


 朱色しゅいろほのの真暗まっくら湿地しっちを、はるとおくまでらしてます。

 ミニ太陽たいようあつまりです。


大層たいそうなおもてなしには、丁寧ていねいなおかえしをしなくちゃ、なっ!」


 アティシュリの気合きあいわせて、巨大きょだい炎弾えんだんがウズベリにかって飛んでいきました。

 ウズベリはそれと同時どうじはしり出します。

 おどろいたことに、あれだけえだつたがからまってるやぶの中を、サラブレットみたいに走っていきます。

 しかもジグザグに。


 アティシュリの炎弾えんだんはウズベリの急速きゅうそく方向転換ほうこうてんかんについていけず、何もない場所に着弾ちゃくだんして爆発ばくはつし、壮大そうだい火柱ひばしらをあげます。

 結局けっきょく炎弾えんだんはウズベリをとらえることができず、湿地しっちのあちらこちらにひろ焼跡やけあとのこしただけでした。


 炎弾えんだんの攻撃がわると、湿地しっちはまた暗闇くらやみざされました。

 真暗まっくらな世界で唯一ゆいつ、小さな焚火たきびだけが宇宙うちゅう中心ちゅうしんみたいに輝いてます。


 ヒュリアの話だと『元素弾げんそだん』って人のこぶしぐらいの大きさのたまたまわざのはずではなかったですか。

 この規格外きかくはずれのやり合い、すごすぎです。

 これが、魔導まどう深遠しんえんってヤツなんすかねぇ。


 でもなんか、ちょっとあこがれてしまいます。

 こんな凄い魔導まどう、自分でも使ってみたいですもん。

 おえら魔法使まほうつかいのじいさんたちが、蜘蛛くもさんや骸骨がいこつさんの弟子でしになりたがるのもからんではありません。


「ツクモ、何か良い手はねぇのか。俺はあいつをころしたくねぇ。――今はいかついなりだが、ビルルルといるときは小猫こねこほど大きさになって、さんざんあまえてたもんだ。ビルルルうでかれてねむってたときの、あいつのしあわせそうな顔がわすれらんねぇんだよ」


 アティシュリはきそうな顔で頭をかきむしります。

 ドラゴン姉さんのおも出話でばなしでピンときました。

 あのヒントのなぞがやっとけたのです。

 でも、もう一度いちど確認かくにんしときます。


「ウズベリは、小猫こねこほどの大きさになれるんですか?」


「ああ、そうだ、あいつの身体は俺達にちけぇ。変身へんしんはできねぇが、大きさをある程度ていどえることができんだよ」

 

 身体をちぢめて、ライオンが小猫こねこになる。

 つまりヒントにあった『まよねこ』ってのは、あのウズベリのことなんでしょう。


「それを聞いて分かりましたよ。――耶代やしろは、あいつにフシエをわたせって言ってるんです」


「なんだと?!」


「だから『匂袋においぶくろ』のことですよ。さっき見せてくれたじゃないですか。あれを渡せばこの状況じょうきょう解決かいけつされるんだと思います。だってあれ、ビルルルさんと同じにおいがするんでしょ」


「ビルルルのにおいか……。なるほど、ためしてみる価値かちはありそうだ」


 アティシュリはむね谷間たにまからフシエをり出し、ウズベリに向かって怒鳴どなりました。


「おい、ウズベリ! 俺のことはわすれても、ビルルルのことはおぼえてんだろ!」 


 ビルルルの名前なまえが出たとたん、ウズベリはうなるのをやめました。

 いかりの表情ひょうじょうは、いつしかかなしみのそれに取ってわります。

 そしてあまえるようなせつない声で月の見えない真暗まっくらな空に向かって遠吠とおぼえをしました。


「ほら、こいつをやる。だからおとなしくしろ」


 アティシュリはフシエを手にせ、ウズベリに近づいていきました。

 ウズベリは警戒けいかいするようにまたうなり声を上げはじめます。

 アティシュリは、手がとどくほどのそばまで近づき、ウズベリの鼻先はなさきにフシエをし出しました。


 ウズベリはフシエにはなを近づけ、一瞬いっしゅんにおいをぎます。

 これでOKと思って気をゆるめた途端とたん、ウズベリは咆哮ほうこうを上げ、アティシュリを前脚まえあし横殴よこなぐりにしました。

 さすがの炎摩龍えんまりゅうもウズベリの豹変ひょうへんについていけず、やみの中になぐり飛ばされてしまいます。


 全身ぜんしんからはげしいいかりのオーラが発散はっさんされたとたんウズベリは視界しかいから、ふっと消えました。

 あせりながらさがしていると、ヒュリアがさけびます。


「ツクモ、上だ!」


 僕らの頭上ずじょうから青いかげちかかってきます。

 すぐに、結界けっかい再度さいど発動はつどうしたんですけど、その直前ちょくぜんエブレンが悲鳴ひめいを上げました。

 突然とつぜん、上からウズベリにおそわれておどいた彼女は、思わずヒュリアのそばからはなれてしまったんです。

 匂袋においぶくろわたして、はいおしまいって結界けっかいいたのが間違まちがいでした。

 その結果けっか、エヴレンは結界けっかいそとで、自分の10倍近ばいちか体格たいかくのライオンとじか御対面ごたいめんすることになってしまったのです。


「あわわわわ……」


 あまりの恐怖きょうふ尻餅しりもちをつくエヴレン。

 ブルブルふるえながら、自分にむかってきばをむく青いライオンを見上げます。

 ウズベリは一時いっとき躊躇ちゅうちょもなく前脚まえあしを上げ、その青黒あおぐろ禍々まがまがしいつめ容赦ようしゃなくエヴレンに向かってち下ろしました。


 心にエヴレンがズタズタに引きかれるイメージがかびました。

 でも、ライオンの前脚まえあしはエヴレンの顔の寸前すんぜんまってたんです。

 とっさに頭を両腕りょううでかばっていたエヴレンは、腕の隙間すきまから怪訝けげんな顔でウズベリを見つめてます。


 ウズベリは困惑こんわくした風に顔をゆがめてます。

 なぜエヴレンをころせないのか自分でもわからない、そんな感じがしました。


「エヴレンさんっ!」


 ウズベリの頭上に飛び上がったジョルジが、背後はいごから剣でりつけました。

 ウズベリはエヴレンに気をとられ、ジョルジの剣を完全かんぜんけることができません。

 ジョルジの剣はウズベリの右肩みぎかたふかきずをつけました。


 悲鳴ひめいのようなえ声を上げたウズベリはジャンプして、その場からげ出します。

 かれたかたから紺色こんいろ?がながれ出しています。


大丈夫だいじょうぶですか?」


「は……、はい……」


 ジョルジがエヴレンを助けこします。


「――あの子、私を殺さなかったです……」


 ジョルジを見つめ、エヴレンがつぶやきました。


「大丈夫か!」


 アティシュリが戻って来たんで、一安心ひとあんしんです。

 エヴレンはアティシュリにり、うったえました。


「――アティシュリ様、あの子、私を殺さなかったんです」


「そうか……。完全かんぜんあやつられてるわけじゃねぇようだな。まだもともどせる可能性かのうせいのこってるわけだ。――だが、肝心かんじんの戻す方法ほうほうが分からねぇ」


 アティシュリは忌々いまいましげに頭をかきむしります。


「あのぉ、シュリさん、ちょっと思いついたんですが」


「なんでぇ」


魂露イクシルを使えばウズベリを元に戻せるんじゃないですか。ヤルタクチュだってなおったんでしょ」


 アティシュリは頭をかきむしるのをやめ、かみなりたれたみたいな表情で僕をみつめました


たいかにそうだ……、魂露イクシルなら戻せるにちがいねぇ……。たまには良いこと言うじゃねぇか、ツクモ」


 いやいや、結構頻繁けっこうひんぱんに良い事言ってる気がするけどなぁ。


「ただ、それにゃあ、あいつの動きを止めなきゃなんねぇぞ」


「だからたぶん、そのためにフシエが必要ひつようなんじゃないんですかね」


「そういうことか……。だがよ、さっきあいつは俺ごとフシエをぶっ飛ばしたんだぜ」


「きっと霊龍れいりゅうくさくてビルルルさんのにおいがえてたからですよ」


「てめぇ、言うにことかいて、霊龍れいりゅうくせぇとは何だっ! 俺は臭くねぇぞ!」


「今は、そんなのどうでもいいでしょがっ!」


 こういうときまで面倒めんどくさいな。


「ふ、ふん……、じゃあ、どうすりゃいい。ぶっ飛ばされたいきおいで俺のフシエはどっかいっちまったぞ」


 ふてくされるドラゴン姉さん。


簡単かんたんな話です。エヴレンにビルルルさんのにおいを再現さいげんしてもらえばいいんですよ」


 全員ぜんいん視線しせんがエヴレンに向かいました。 

 エヴレンは突然とつぜん注目ちゅうもくまとになったもんで、おたおたしてます。


「あわわ……、私がやるんですか……?」


「さっき、アティシュリさんのフシエのにおいをいでたでしょ。君なら何がはいってたのか分かるよねぇ。中身なかみさえわかれば、僕が再現さいげんするからさ」


「――たのむぜ、エヴレン。これ以上いじょうあいつが暴走ぼうそうしたら、俺はあいつを殺すしかなくなっちまう……」


「わ、わかりました。全力ぜんりょくけてみせますっ!」


 エヴレンはよろい胸当むねあてをこぶしたたいてみせました。


「よしっ、じゃあ早速さっそくはじめよう。わかってるのからおしえてよ」


「はい、まずは……」


 そのときまた、ウズベリの咆哮ほうこうが聞こえてきました。

 かなりはなれたやぶの中でウズベリの身体が青くかがやいてるのが見えます。

 青い光は見る見るうちに強くなり、青色巨星せいしょくきょせいみたいになってます。

 たぶんあれ、充典ドルヨルしてますね。


「まずいな……」


 青く輝くウズベリを見つめアティシュリは苦虫にがむしつぶしたようにつぶやきました。


「あいつ握垗テケレシュメを使う気だ……」


握垗テケレシュメ? 何なんですか、それ?」

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