第61話 トニカク、カネナイ<7>

「えーと、魔獣まじゅうがまだってことは、今日きょうはここで野宿のじゅくってわけですかね」


「ああ、そうだ。――とにかく、こいつらにめしわせてやってくれ。それと俺にはキャラメルな」


「わかりました。でも、その前に今日の寝床ねどこをつくっちゃいますね。この湿地しっちべたにたら、みみあなとかはなの穴とかから虫が入ってそうですからね」


「――うあぁぁっ!」


 ヒュリアがあわててきて、耳とかかみとかをメチャクチャにはらってます。

 

「大丈夫?」


「なんて、ひどいところなんだ……」


 僕を涙目なみだめ見下みおろすヒュリア。

 かおが青ざめてます。


元気出げんんきだして、ヒュリア。今、ちゃんとねむれる場所ばしょ準備じゅんびするからさ」

 

 ちかくのやぶかってヒュリアに立ってもらいます。

 十分な恃気エスラルあつめたあとやぶかって炎弾えんだん数発撃すうはつうちこみました。

 ある程度ていどやぶやすと、丁度良ちょうどいいぐらいの空地あきちのできあがりです。

 

 早速、できあがった空地あきちに、用意よういしといたおとまりセットを『倉庫そうこ』から出して展開てんかいします。

 あばら屋展開やてんかい

 それは、以前いぜん耶代やしろかんじの丸太小屋まるたごやなんです。

 大きさは、コンパクトですけどね。


「あわわっ!」


 ヒュリアのそばに来たエヴレンは、ほほ両手りょうてはさみ、ムンクのさけびみたいなかおおどろいてます。


「これって、どういう魔導まどうなんですか?」


「『倉庫そうこ』って言ってね。空間くうかんあやつ魔導まどうなんだよ」


「空間! そんなことできるんですかっ!」


「うん、まあ、できるみたいなんだよねぇ。――この中でれば、少しは気分きぶんらくでしょ」


「すごいですぅ……」


 エヴレンは丸太小屋まるたごや近寄ちかよってき、本物ほんものかどうかたしかめるみたいにかべをパンパンたたいてます。


「――ありがとう、ツクモ。本当ほんとうは、もう帰りたい気分きぶんなんだけどね」


 ヒュリアの顔に少し生気せいきもどってきました。


沼馬陸キルチョカヤクくさかった?」


「うん、くさかった……、それと……、気持ちわるかった……。今も鼻のおくにあれのにおいがのこってるよ」


 顔をしかめるヒュリア。


「それ、だよねぇ」


 いやにおいほど、なかなかとれてくれないときがありますよねぇ。


「だったら、良いものがあるよ。手を出してみて」


 倉庫そうこから、ピンクのぬのつくった『匂袋においぶくろ』をり出し、ヒュリアの手の上にのせました。

 一応いちおう、あのヒントを参考さんこうにして作ってみたんです。

 まだ、まよねこの方はわからないんですけど。


 匂袋においぶくろはフランス語だと“サシェ”って言います。

 小さな袋の中にハーブなんかを入れてけたり、クローゼットの中に入れて虫除むしよけにしたりするものです。


 ヒュリアにわたした袋の中には、ラヴェンダー、ローズ、ペパーミントが入ってます。

 うろおぼえなんですが、ペパーミントには防虫効果ぼうちゅうこうかがあったと思います。

 こういう虫が多い場所ばしょには、効果こうかあるんじゃないでしょうか。

 ちなみにローズは薔薇ばらの花びらのことです。


 料理りょうりで使うブーケガルニのことをネットで調しらべてたときに、サシェのことやハーブの効果こうかなんかを知りました。

 効果こうかの方は、ほとんどおぼえてませんので、ハーブティーなんかをいれるときは自分じぶんこのみでぜてます。


「これは、“フシエ”だな」


「フシエ? 匂袋においぶくろのことをフシエって言うんだ」 


 ヒュリアはフシエをはなて、かおりをみました。


「ああ。――良いかおりだ。いやにおいがうすれた気がするよ」


「それを持ってれば、においをまぎらわせるでしょ」


「ありがとう……」


 18さい少女しょうじょらしいやわらかな微笑ほほえみがかびます。

 女の子っぽいヒュリア、やっぱ、いっ!


「あっ、フシエですね。いろ可愛かわいですぅ」


 エヴレンはヒュリアが持っているフシエに顔をちかづけ、クンクンしてます。


「このかおりは、ラヴァンタ、グルチチェク、ナネシェケリですね?」


 ハーブの名前なまえについてエヴレンに聞いてみると、グルチチェクがローズで、ナネシェケリがペパーミントみたいです。

 

「もしかったら、君にもあげるよ」


「ほんとですか!」


 わたしたフシエにほおずりするエヴレン。

 よろんでもらえてうれしいです。


 ヒュリアの気分が良くなったところで、夕食ゆうしょく用意よういすることにします。

 今晩こんばん献立こんだては、しゃけおにぎりとキノコの味噌汁みそしるです。

 マリフェトの市場いちばためしにしゃけ仕入しいれたんです。

 味見あじみしたら地球ちきゅうしゃけとほとんど変わらなかったので、おにぎりの具材ぐざいにしてみました。


 それから醤油しょうゆ味噌みそですけど、本当ほんとうなら発酵はっこう何ヶ月なんかげつもかかるんですが、『化成かせい』の機能きのうを使えば七日ぐらいでできてしまいます。 

 あと市場いちばでは、おこめもみつけたもんで、和食わしょくのメニューが一気いっきひろがりました。

 うらめしで、牛丼ぎゅうどんとかカツ丼がメニューにならんだのも、これらのおかげなのです。

 

 焚火たきびをかこんで、おにぎりを頬張ほおばっているエヴレンやジョルジを見ていると討伐とうばつじゃなくて、友達ともだちとキャンプに来たみたいな気分になりました。

 生きてるときは、一緒いっしょあそぶような友達なんていなかったのに。

 ちょっと不思議ふしぎな感じです。


「ツクモさん、この“おにぎり”っていうお料理りょうり、とっても美味おいしいです。おこめがこんなふうになるなんておどろきです」


 ごはんで口をいっぱいにしながらしゃべるエヴレン。

 気に入ってくれたようですな。

 バシャルでは、おこめを“く”っていう発想はっそうがないので、しろいご飯っていうべ方は新鮮しんせんみたいです。


 あと海苔のりがあれば、完璧かんぺきなんですが、なかなか見つかりません。

 まあ地球でも、以前いぜん海苔のりを作る国ってかぎられてましたからね。

 ましてバシャルじゃあ、そう簡単かんたんにはいかないでしょう。

 

 ヒュリアの方は、まだ食欲しょくよくないようで、おにぎりには手をつけずに、ずっとフシエを鼻にてて、スーハーしてます。

 なんかちょっと、ヤバいくすりをやってるようにも見えますな。

 

「――そりゃ、フシエだな」


「アティシュリさんも、フシエ、知ってるんですか?」


 ドラゴンも体臭たいしゅうのケアとかするのかしら?


「ジネプはクルチェチェクだけでなく、フシエも作ってたんだよ」


 僕の前任ぜんにん耶宰やさいだったジネプは、ビルルルが回復薬かいふくやくとか治癒薬ちゆやく練丹れんたんしたときにあまったハーブを使ってクルチェチェクを作っていました。

 クルチェチェクっていうのは、ドライフラワーのことです。

 僕の霊器れいきかざられているドライフラワーも、どうやらジネプが作ったもののようです。


「ビルルルが好きなハーブをいくつかぜて、こんな小袋こぶくろにいれてたぜ。――そういやぁ、俺にも同じもんをくれたっけな」


 アティシュリは大きなむね谷間たにまに手をんで、まさぐりはじめました。

 わすれてましたけど、ドラゴン姉さんの胸、大きいだけじゃなくてかたちも良いんですよね。

 プルンプルンしてるっていうか……。

 あれでパフパフされたら、気持ちいいかも。


 ところで、谷間たにまのどのへんにしまってるんでしょうね?

 そう言えばチェフさんもふところ?から組合員証くみあいいんしょうを出してたけど?

 まさかドラゴンには、あの猫型ねこがたロボットのポケットてきなものがあるとか?

 

「――ほら、こいつだ」


 谷間たにまおくから取り出されたのは、すっかり茶色ちゃいろ変色へんしょくしたフシエでした。


「なんか変色へんしょくしてて、きちゃなくないですか?」


「うっせぇわ、アホ耶宰やさい! もう200年以上ねんいじょうってんから、仕方しかたねぇだろうが!」


 200年?!

 この姉さんと話してると、たまに時間感覚じかんかんかくおかしくなるわ。


「ちょっと見せていただいてもよろしいでしょうか、アティシュリ様」

 

「ほらよ」

 

 アティシュリはエヴレンがし出した手にフシエをげ入れます。

 エヴレンはフシエの口をひらいて鼻につけ、おもいきい込みました。

 ドラゴンしゅうがするんじゃないの? 


「うーむ……、これは……、時間じかんってて、ほとんどかおりがんでますねぇ……。けに手間取てまどりそうです……」 

 

 エヴレンは鼻を、ひくひくさせてます。

 200年前のにおいをける、その嗅覚きゅうかく

 もしや、ワンコか?

 ワンコなのか?

 いや、そもそも、ける意味いみがあるのか?


 しばらくすると、フシエのおかげでヒュリアがなんとか、おにぎりを食べられるまで回復かいふくしました。

 というわけで、ばんごはんは終了しゅうりょうです。

 ここでやるべきことは、今んとこ、このぐらいでしょうかね。

 一区切ひとくぎりついたんで、一旦いったん、店に戻ってみようと思います。


「――それじゃ、るときは丸太小屋まるたごやを使ってくださいね。寝床ねどこ用意よういしてありますから。僕はちよっと、うらめし屋に戻って……」


だまれ、ツクモ!」


 アティシュリのするどこえ

 しばらくすると焚火たきびひかりの中に、よろよろとした足取あしどりで人影ひとかげが入ってきました。

 人影は男で、よろいかぶとを身につけ、手に剣を持ってます。

 どこかの国の兵士へいしみたいです。


「た……、たすけ……、て……」


 弱々よわよわしい声で言ったあと、兵士は前のめりにたおれて動かなくなりました。

 ヒュリアが素早すばやちかづいて、兵士の首筋くびすじゆびを当てます。


「死んでる……」


 まゆをひそめ、ヒュリアがささやきます。

 身体からだ仰向あおむけにすると、よろい胸当むねあてに、縦四列たてよんれつならんだふか傷跡きずあとがありました。

 動物どうぶつつめいたように見えます。

 金属製きんぞくせいよろいいて、こんな傷跡をのこすってことは相当そうとう威力いりょくがあるってことでしょうね。


きずあたらしい。――アティシュリ様……、これは……」


 緊迫きんぱくした顔つきのヒュリアに向かってアティシュリは深くうなずきました。


「近くに、いるな。――ぃつけろっ!」


 エヴレンとジョルジも緊張きんちょうして立ち上がり、まわりの暗闇くらやみに目をらしてます。

 不思議ふしぎなことに、さっきまで、うるさいくらいにいていた虫やかえるの声がまったく聞こえなくなってました。

 ただ、ときどき焚火たきびぜるおとだけがひびきわたります。


んぞっ!」


 アティシュリが、さっきてた丸太小屋まるたごやの方に向かって怒鳴どなりました。

 全員ぜんいん視線しせんが、そちらに向かいます。

 すると暗闇くらやみから雷鳴らいめいのようなうなり声が聞こえてきました。

 そして大きなかげが、ゆっくりとあらわれたのです。


 焚火たきびひかりらされたは……。

 あおいライオン……?

 

 地球のライオンにた顔つき。

 体色たいしょくよりもい青色のたてがみ。

 まわりに広がるやみよりもくら漆黒しっこくひとみ


 大きさは、さっきのくまより、一回ひとまわり大きいでしょうか。

 でも、一番いちばん特徴とくちょうは口から飛び出した白く大きなきばです。

 上あごから下にのびる感じは、図鑑ずかんなんかで見たサーベルタイガーにてます。


「お前……、ウズベリじゃねぇのか……?」


 アティシュリが困惑こんわくした風に、ライオンに話しかけます。

 ライオンは、ウズベリという言葉を聞いてうごきをめました。

 そして黒一色くろいっしょくの目でアティシュリを、じっと見つめます。


「やっぱ、ウズベリだろ。俺だ、アティシュリだ。むかしよく喧嘩けんかしただろうよ……」


 青いライオンは少しのあいだ、ためらったように見えました。

 でもすぐにまた鼻にしわせてきばをむき出し、うなり始めます。


「お前、なんでそんな真黒まっくろな目を……。まさか! あいつらにあやつられてんのか?!」


 アティシュリの言葉をさえぎり、ライオンはれる風鳴かざなりのような声で、ふとひくえたけりました。


「シュリさん! これ、魔獣まじゅうなんでしょ?!」


「こいつはウズベリ! ふる知合しりあいだ!」


 知合しりあい?

 どゆことよっ? 


「――ジョルジ、復体鎧チフトベンゼルを使えっ! ツクモはエヴレンとヒュリアをまもれっ! こいつはつえぇぞっ!」


 アティシュリの身体から強大きょうだいな力が、わきあがって来るのを感じました。

 それはトゥガイたちおびえさせたときのじゃありません。

 あの数十倍以上すうじゅうばい強大きょうだい圧力あつりょく周囲しゅういに広がります。

 ヒュリアとエヴレンは、力にされて片膝かたひざをついてしまいます。


 力を解放かいほうしたアティシュリに、猛然もうぜんとウズベリが飛びかりました。

 アティシュリは両手りょうてでウズベリのきばつかんで突進とっしんめます。

 そして身体をうしろにたおしながら、ウズベリのはらり上げて、巴投ともえなげみたいにばしました。


 投げ飛ばされたウズベリは空中くうちゅう回転かいてんして、やぶの中に着地ちゃくちします。

 やみの中でうなるウズベリ。

 するとその身体が、青く光りだしました。


「ツクモ、結界けっかいだ! 魔導まどう攻撃こうげき、来んぞっ!」

 

 アティシュリが怒鳴どなるるのと同時どうじに、ウズベリが咆哮ほうこうしました。

 すると口から竜巻たつまきまれ、ものすごはやさでアティシュリに向かって突進とっしんしてきます。

 風魔導ふうまどうかと思ったんですけど、それだけじゃありません。

 竜巻たつまきとおった地面じめん一瞬いっしゅんこおりついてるし、風の中にこまかくするどこおり欠片かけらざっているんです。


 アティシュリは口を開いて、激烈げきれつほのおのブレスを竜巻たつまきたたきつけました。

 竜巻たつまきと炎のブレスがぶつかるとこおり欠片かけら周囲しゅういに飛びり、結界けっかいにバラバラとりかかってきます。

 二つの力は拮抗きっこうし、相殺そうさいし合ってえていきました。


 これってこおり竜巻たつまきだよね?

 ウズベリはかぜこおりの二つの元素ふたつあやつってるってわけ?

 つまりそれって僕とおなじ『複合術ふくごうじゅつ』ってこと?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る