第60話 トニカク、カネナイ<6>

「どうした、ジョルジ! さっさと復体鎧チフトベンゼルを使わねぇところされんぞ!」


 ふたもないドラゴン姉さんのお言葉ことば。 

 ジョルジは、くま突進攻撃とっしんこうげきをかわしましたが、やぶの中にたおれこんでしまいます。

 熊は、倒れたジョルジの上におおいかぶさり、あたまくびみつこうとしました。

 ジョルジは、熊の口に剣をませてなんとかえてますが、力にがありすぎです。


 さすがにヤバいと思って、ドラゴン姉さんにレフェリーストップをおねがいしようとしたらエヴレンにさきされました。

 

「アティシュリ様、どうかジョルジさんを助けてください! あれじゃ、殺されちゃいます!」


 エヴレンは、アティシュリのうでにすがりつきます。


「ったく、仕方しかたねぇな」


 アティシュリが手をると、ほのおかたまりび、熊を直撃ちょくげきします。

 熊の上半身じょうはんしん猛烈もうれつな炎にかれ、一瞬いっしゅんすみになり、ジョルジの上にボロボロとくずちました。

 炭をはらい落としながら立ち上がったジョルジは、すごすごとアティシュリに頭を下げます。


「あ、ありがとうございました……」


 アティシュリは舌打したうちして、ジョルジにけます。


「まだまだ、イドリスの足元あしもとにもおよばねぇな」


 アティシュリさんのにくまれぐち炸裂さくれつです。

 ジョルジはくやしそうにくちびるをかみしめ、下をきました。


 洞窟どうくつでの騒動そうどうあと、イドリスのしろよろいについてアティシュリとチェフチリクに聞いてみると、やっぱりあれも復体鎧チフトベンゼルだってみとめました。

 霊龍れいりゅう様達も洞窟どうくつの前でイドリスが変身へんしんするところを見ていたそうです。

 ただ、ジョルジとちがってイドリスからは、ドラゴンが介入かいにゅうするべきにおいをかんじなかったんだとか。

 匂いって何なんですか、って聞いてみると、『因果律いんがりつ』が干渉かんしょうしてるっていうしるしだな、っていう答えでした。


 そのときも『因果律いんがりつ』についてはおしえてくれなかったんですが、さっきの話でようやく、ちょっとだけみこめたかなって思います。

 まあ、あんなむずかしい話、完全かんぜん理解りかいできるわけありませんからね。

 ただ霊龍れいりゅう様達は、イドリスよりもジョルジ君の方にバシャルの将来しょうらいたくすだけの重要性じゅうようせいかんじてるってことはたしかなようです。

 ただし、このことはジョルジには内緒ないしょにしとけ、って厳命げんめいされました。

 

 そのあと、しばらく何事なにごと街道かいどうを歩いていたんですが、かたむきかけた頃、『談結だんけつ』の機能きのうで、ドラゴン店長てんちょうから通信つうしんが入りました。


「ツクモ、そろそろ夜の営業えいぎょう開始かいしする頃合ころあいだが、どうするんだ?」


 たとえ魔獣討伐まじゅうとうばつ最中さいちゅうであっても、うらめし屋の営業をわすれてはいけません。


「わかりました。じゃあ、すぐそっち行きますんで、ちょっとっててください」


もどって来るつもりか? しかしいくらシュリでも、かなりの時間じかんがかかるだろう?」


「いや、すぐですから」


「すぐ……、とは……?」


 さすがのチェフチリクさんもおどろいてますね。

 ぐふふふふ……。

 ねらどおり。

 とにかく、だまったまま、うらめし屋に戻るわけにはいかないので、討伐組とうばつぐみことわっておきます。


「すいません、今、チェフさんから連絡れんらくはいりまして、夜の営業始めるそうなんで、一旦いったん、戻りますね」


「はぁ?! 何言ってんだ?! 俺はてめぇのおくむかえなんぞしねぇからなっ!」


 ドラゴン姉さんは自分が足代あしがわりにされると思ってるみたいです。


「わかってますって。僕だけで戻りますから大丈夫だいじょうぶですよ」


「てめぇだけで戻るだとぉ?! どうするってんだっ!」

 

 アティシュリが、ヒュリアのむねに顔をくっつけるぐらいってきました。


じつは、『転居てんきょ』のときに『脱躰だったい』と『化躰かたい』の儀方ぎほう効果こうか拡張かくちょうされまして……」

 

 それは『転居てんきょ』のとき、オマケについてきたアプデのことです。

 内容ないようはこちら。


 『拡張霊器かくちょうれいき1から脱躰だったいし、基幹きかん経由けいゆすることなく、倉庫そうこ入室にゅうしつすることが可能かのうとなりました』

 『倉庫そうこから化躰かたいし、基幹きかん経由けいゆすることなく、拡張霊器かくちょうれいき1にはいることが可能かのうとなりました』


 では、これがどういうことなのか、小うるさいドラゴン姉さんに、ご説明せつめいいたしましょう。


 まず前提ぜんていとして確認かくにんしておく条件じょうけんが二つあります。

 一つには、『拡張霊器かくちょうれいき1』の中に入るための『化躰かたい』と、出るための『脱躰だったい』は、耶代やしろ敷地内しきちないでしか使えないこと。

 二つには、『拡張霊器かくちょうれいき1』からは、直接ちょくせつ、『倉庫そうこ』の中に入ることができないこと。

 

 で、今回のオマケで、この条件じょうけん全部撤廃ぜんぶてっぱいされたのです。

 どういうことかと言いますと。

 

 耶代やしろの敷地内でなくても霊器れいきから『脱躰だったい』して『倉庫そうこ』に入れるようになった。

拡張霊器かくちょうれいき1』がどこにあっても直接、『倉庫そうこ』から『化躰かたい』して霊器れいきに入ることができるようになった。

 というわけです。


「――で、だから、どうだってんだ」


 ドラゴン姉さん、まだ、わかってないみたいですね。


「つまり、『倉庫そうこ』を使えば、一瞬いっしゅんで、うらめし屋に行けるし、ぎゃくに、うらめし屋からも、一瞬で霊器れいきに戻れるってことです」

 

 口をあんぐりとさせるドラゴン姉さん。


「――そりゃあ、『転移てんい』と同じじゃねぇか……」


「そゆことです」

 

「うにゃーっ!!!」


 ドラゴン姉さん、絶叫ぜっきょうしながら滅茶苦茶めちゃくちゃに頭をかきむしります。


「てめぇと耶代やしろだけは、ホントわかんねぇっ! 耶代やしろが『転居てんきょ』しただけでも前代未聞ぜんだいみもんなんだぜっ! それにくわえて、てめぇは自由じゆうに『転移てんい』できるってか!」


「いやだなぁ、自由ってわけじゃなくて、耶代やしろ霊器れいきあいだだけですって」


「うっせえわ! アホ耶宰やさい! 『転移てんい』できるかどうかって話だろうがっ! ――ああ、なんか霊龍れいりゅうやってく自信じしんがなくなるぜぇ。なんでこう俺の考えのななめ上をいきやがるんだよ、てめぇらは……」


 かたとしたドラゴン姉さんは天を見上みあげながら、ためいきをつきました。


「まあまあ、良いじゃないすか、便利べんりになって」


「この能天気野郎のうてんきやろうが……。この世には『因果律いんがりつ』だけでなく、『均衡律きんこうりつ』って法則ほうそくもあんだぞ……。それをてめぇは、つぎから次へと……」


 目をり上げ、をむき出して、にらみつけてくるドラゴン姉さん。


「さ、さあて……、では、ちょっくら、うらめし屋に行ってまぁす。何かあったら霊器れいきに話しかけてくださいねぇ」


 『脱躰だったい』を使って、さっさとこの場から退散たいさんしましょう。

 まず一旦いったん倉庫そうこ』に入ります。

 そして、『倉庫そうこ』から、うらめし屋のキッチンに出るわけです。

 簡単かんたんですな。

 僕が突然とつぜんあらわれたもんで、キッチンにいたチェフチリクはかるくのけぞりました。


「どうも、店長」

 

 右手をげて、ご挨拶あいさつします。


「ツクモ……、これは……、どういうことだ……?」


 アティシュリにした説明をチェフチリクにもしました。


「なるほど。しかし、君とこの耶代やしろには毎度まいどおどろかされるな」 


 思案顔しあんがおあごでるドラゴン店長。


「お店の方はとくに変わりありませんね?」


「ああ、すでに食堂しょくどう清掃せいそうませてある。――ところで、魔獣まじゅうの方はどうだ」


「いや、まだ現れなくて」


「そうか……。あの湿地しっちは自分の管轄かんかつなのだが、ウシュメとオクルのいくさ事後処理じごしょりに気をとられ、哨戒しょうかいおこたってしまってな。もっとはやく気づいていれば、自分が魔獣まじゅう討伐とうばつできたはずなのだ……。自分の失態しったいをシュリや君らに肩代かたがわりさせてしまったようで心苦こころぐるしい」


 目をじ、まゆをひそめるドラゴン店長。


「まあ、だれにだって、やらかすことはありますよ」


「たが、自分らの失態しったいは、大災害だいさいがいまねくことがあるからな。げんに300人以上にんいじょうころされているだろう」


 大分だいぶ気にしてるみたいで、自慢じまんのイケボのトーンがくらいです。

 アティシュリもそうですけど霊龍れいりゅう様達は、マジでバシャルの平和へいわのことを考えてますからね。

 つまらん地縛霊じばくれいには、ドラゴンをはげますような言葉が思いつきませんので、せめて話題わだいを変えることにしましょうか。


「――そういえば、さっきも言ってましたけど、霊龍れいりゅう様には“管轄かんかつ”があるんですか?」


「ああ……、管轄かんかつのことか……。そうだ、自分達は管轄かんかつめ、そこを哨戒しょうかいし、バシャルをおどかすものを見つければ排除はいじょすることを定期的ていきてきつとめとしている。管轄かんかつ内訳うちわけとしては、大陸の東の地域ちいきは自分が、南と西の地域はシュリが、北の地域はヤムルが、け持つことになっている」


 ときどきアティシュリさんが“出張しゅっちょう”されるのは、自分の管轄かんかつ見回みまわりをしてるってことだったようです。


「じゃあ、帝国ていこくは、どなたの管轄かんかつで?」


「うむ、おもな国で言うなら、帝国、マリフェト、オルマンはシュリが受け持っている」


「じゃあユニス達のウラニアは?」


「ウラニア、アザット、ウシュメは、ヤムルの管轄かんかつだ」


「ヤムルっていうのは、ヤムルハヴァさんですよね?」


 まだ拝謁はいえつできてない水の霊龍れいりゅう様です。


「そうだ。――そして、オクル、アヴジ、バルクチが自分となる。もちろん国以外くにいがいの場所、砂漠さばく森林しんりん湿地しっち氷原ひょうげん山脈さんみゃくなどにも管轄かんかつがある。たとえば『ダルマダーヌク湿地しっち』は自分が、『災厄やくさい荒野こうや』はシュリが、受け持っているという具合ぐあいだ」


「なるほどねぇ……」


「――チェフ様、夜の営業えいぎようどうしますか? そろそろ店を開ける頃ですけど……」


 アレクシアさんがキッチンに入って来ました。

 

「あれ? ツクモさん、いつ帰って来たんですか?」


 びっくりしてるアレクシアさん。


「つい、さっきね。――さて、そんじゃ、夜の営業始めましょうか」


「ああ、そうしよう」


 店長のイケボにあかるさが戻りました。

 なんとか気を取りなおしてくれたみたいです。


 うらめし屋が夜の営業を開始かいしすると、それを待っていたかのようにお客達が次々つぎつぎ入店にゅうてんしてきました。

 そしてそこからが落ちるまで、ほとんどやすみなくオーダーをこなすことになるわけです。


 完全かんぜんが落ちたころ、客からのオーダーが途切とぎれ、少し余裕よゆう出来できました。

 だので、一度いちど、ダルマダーヌクに戻ってみようと思います。

 討伐組とうばつぐみの方にも夕食ゆうしょく寝床ねどこ用意よういしなくちゃなりませんから。

 魔獣まじゅうがどうなったかも気になりますしね。

 

「店長、ちょっとシュリさんの方に顔を出してきます。まかせていいですか」


「ああ、わかった、行ってくれ。何かあれば連絡れんらくする」


 メイドインジャパンのレシピじゃなくて、バシャルの料理りょうりなら、僕より店長の方が美味おいしく調理してくれますから、まかせても大丈夫。


「じゃ、お願いします」


 早速さっそく、『倉庫そうこ』に入り、そこから『化躰かたい』してヒュリアの胸にある霊器れいきへ戻りました。

 こっちも楽々らくらくです。


「――はいぃぃっ! ただいま戻りましたっ!」


 僕の声を聞いて、みんなの視線しせん霊器れいきあつまりました。


「ちっ、やっと戻ってきやがった」


 イラついてる感じのアティシュリさん。


 あたりまえですけど、レケレンメ街道かいどうには外灯がいとうなんていう気のいたものはありません。

 なので、周囲しゅうい真暗まっくらで何も見えないのです。

 ただ街道かいどう石畳いしだたみの上で焚火たきびかれていて、そこだけがまるで暗闇くらやみから切り取られたみたいにあかるくなってます。

 アティシュリ達は焚火たきびかこんでべたにすわってますが、なぜかヒュリアだけがよこになってますね。


魔獣まじゅう、出ました?」


「いや、まだ現れてねぇです……」


 ジョルジ君は、かなりやつれた顔してます。

 きっとドラゴン姉さんに、ビシバシきたえられたんでしょう。


「ところで、ヒュリア、どうしたの?」


 声をかけても、右腕みぎうで両目りょうめかくしたままヒュリアは何も答えません。


「ヒュリアさん、ちょっと気分きぶんが悪くなったみたいで……」


 エヴレンは苦笑にがわらいしながら、ヒュリアのわりに答えてくれました。


「何があったの?」


沼馬陸キルチョカヤクおそってきたせいなんです」

 

沼馬陸キルチョカヤク?」


「ええ、ぬま湿地しっちんでいて、人間を頭からまるかじりするほど大きいヤスデです」


 ヤスデって、ダンゴ虫を長く引きばしたような見た目の虫ですよね。

 あれのデカイやつってこと?

 気持ちわりぃ……。

 ヒュリア、むし苦手にがてだもんね。

 それで、まいってるわけだ。

 

沼馬陸キルチョカヤク表皮ひょうひにはどくがあってな、さわれば皮膚ひふただれるし、ひでにおいがすんだよ。ヒュリアは、そのにおいにやられたんだろうぜ」


 見た目が気持ち悪い上に、くさくて、どくを持ってるって最悪さいあくじゃん。

 ここヤバイやつが一杯いっぱいいるのねぇ。

 魔獣まじゅう討伐とうばつしたら、さっさと引き上げないと。



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