第59話 トニカク、カネナイ<5>

 僕らがかっているのはダルマダーヌク湿地しっちばれている場所です。

 位置的いちてきに言うと、マリフェトの北東ほくとう人喰ひとくい森の北にあります。

 東の大陸たいりく東側ひがしがわには『風潮ふうちょう大洋たいよう』といううみがあるんですが、ダルマダーヌク湿地しっちにはそこに流れ込む、たくさんのかわあつまってるんです。


 湿地しっち地面じめんつねに水がある状態じょうたいで、一年中いちねんじゅうかわくことなくジメジメしています。

 また、雨季うきなるとたくさんの雨がり、大部分だいぶぶん陸地りくち水中すいちゅうに沈んでしまうそうです。

 気候きこう高温多湿こうおんたしつで、北にいくほど温度おんどは高くなります。


 北に行くほど温度が高くなるってことは、マリフェトや人喰ひとくい森はバシャルの南半球みなみはんきゅうにあるってことになるんでしょうかね。

 もちろん地球ちきゅうおなじような環境かんきょうならってことですけど。


 湿地しっちには、たくさんの動物どうぶつ昆虫こんちゅう生息せいそくしていて、人間にがいをなすやつすくなくありません。

 本来ほんらいならとおりたくない場所ですが、人間はそんなところにも道をつくってしまいます。

 マリフェトからバルクチ王国おうこくに向かうレケレンメ街道かいどうがそれです。


 バルクチ王国はダルマダーヌク湿地しっちの北にある国で、バルクチ半島はんとうおも領土りょうどにしています。

 半島が『風潮ふうちょう大洋たいよう』に突出とっしゅつしているため、東の大陸でもっと東端ひがしはしにある国としても知られています。


 フリギオ王国と同じくらい歴史れきしふるいそうですが、北に『カルガシャ密林みつりん』、西に『ホロス砂漠さばく』、南に『ダルマダーヌク湿地しっち』、そして東に『風潮ふうちょう大洋たいよう』があり、人の移動いどうがスムーズにできないという地理的ちりてき難点なんてんかかえ、国民こくみんは大陸の僻地へきちとも言うべき半島にめられたような状態じょうたいにあるわけです。


 ところが、『災厄さいやくの時』には、その難点なんてんが良い方にはたらき、大陸の中央ちゅうおうきただいカタストロフィーの被害ひがいをほとんどけずにんだのです。


 主な産業さんぎょう漁業ぎょぎょう農業のうぎょうで、財政ざいせいはあまりゆたかじゃありません。

 でも、古代こだいには『蝎紫かっし』という貴重きちょう染料せんりょう産出さんしゅつする、唯一ゆいつの国として繁栄はんえいしていたんだそうです。

 ただ、地球でもお馴染なじみですが、よくに目がくらんだ人達によって原料げんりょうであるさそり乱獲らんかくされて絶滅ぜつめつし、結局けっきょく染料せんりょうが作れなくなって没落ぼつらくしたとか。 


 レケレンメ街道かいどうは、そんなバルクチ王国と大陸の中央部ちゅうおうぶむす唯一ゆいつの道ってことです。

 これがふさがれてしまうとバルクチから外に出るための交通手段こうつうしゅだん海路かいろだけになり、国外こくがいからの交易こうえきに大きなダメージが出てしまいます。

 つまり討伐対象とうばつたいしょうにされている魔獣まじゅうは、街道かいどうを通る人達を皆殺みなごろしにすることで、実質的じっしつてき封鎖ふうさと同じ状況じょうきょうを作り出し、流通りゅうつう阻害そがいしているわけなのです。

 

 アティシュリはレケレンメ街道かいどうちかくに、ひらけた場所を見つけ、そこに着陸ちゃくりくします。

 着陸と同時どうじまわりから、たくさんのとりび立ち、き声を上げてげていきました。

 僕らが背中せなかからりるのを見計みはからい、ドラゴンはヘソ出しコーデの姿すがたもどります。


「ここがダルマダーヌクか……、うわさには聞いていたが、たしかにいやな場所だな」


 顔の周りを飛ぶ小虫こむしを手ではらいながら文句もんくを言うヒュリア。


「マリフェトとちがって、気温きおんが高いですね」


 エヴレンのほほに、あせかみがくっついてます。

 よろい着込きこんでいるから、余計よけいあついんでしょう。


「ここには、人間に厄介やっかいな動物や虫が、ごろごろいっから、気をつけろよ」


 アティシュリは僕らに警告けいこくしながら、指先ゆびさきを近くの草むらに向け、ほのおはなちました。

 するとそこから炎につつまれたへびび出してきます。

 蛇はしばらく、もがきくるしんだあと、動かなくなりました。


毒蛇どくへびだ。かまれたら即死そくしだかんな」


「あわわ……」


 エヴレンがふるがってます。

 

「で、その魔獣まじゅうは、どのあたりにいんだ?」


「それはわかってないみたいで……、ただ街道かいどうを歩いているとあらわれるらしいです。


「そんじゃ、街道かいどうまで行くしかねぇな」


 アティシュリは先頭せんとうになり、上空じょうくうから見えた街道かいどうの方に向かって歩き出しました。

 ヒュリア、エヴレン、ジョルジのじゅんで後につづきます。

 タッチがいれば偵察ていさつしてもらえたんですが、昼間ひるまはほとんど寝床ねどこにこもって出てこないのでやくに立ちません。

 

 目の前には、たかさはありませんが、鬱蒼うっそうとしたやぶが広がっていました。

 木々同士きぎどうしかさなりあったり、つたがからみついたりしていて、通りけるのがむずかしそうです。

 でも、アティシュリさんなら問題無もんだいなし。


 彼女が手をるとほのおかたまりはなたれ、藪を一瞬いっしゅんえ上がらせました。

 炎がえれば、道の出来上できありってわけです。

 道は幅広はばひろで、黒いえカスでおおわれているんで、舗装道路ほそうどうろみたいに見えます。


 さすが炎摩龍えんまりゅう様。

 彼女の行く手をはばむものは、すみとなる運命さだめ

 “呪われた地”を焼きはらったときもそうですけど、やっぱドラゴンすげぇ、って思っちゃいます。


 真黒まっくろに焼けた道を進んでいくと、先の方に石畳いしだたみで作られた道が見えてきました。

 たぶんあれがレケレンメ街道かいどうでしょう。

 石畳いしだたみ不恰好ぶかっこうですけど、文明ぶんめい痕跡こんせきを見つけられてホッと一息ひといき

 やぶはさまれてると、何か飛び出して来るんじゃないかって不安ふあんられちゃうんですよね。


「――おいツクモ、大物おおものっから、ジョルジに剣をわたしとけ」


 ふいに、アティシュリがり向いて言いました。

 ドラゴン姉さんの真面目まじめな顔つき。

 僕の不安が現実げんじつになりそうな予感よかんです。 


「――大物おおもの?! なんなんですか?!」


 ジョルジ君、困惑こんわくしてます。

 アティシュリがこたえる前に、僕らの左側ひだりがわやぶから、がさごそとおとが聞こえてきました。

 音は次第しだいに大きくなっていき、やぶおく木々きぎ左右さゆうかれるのが見えます。

 何かちかづいてきてますね。


 早速さっそく、『倉庫そうこ』から剣を取出とりだし、ヒュリアからジョルジに渡してもらいます。


「ヒュリアとエヴレンは俺のそばに来い。こいつは、ジョルジ一人ひとりにやらせっからな」


「オ、オラが一人でぇ?!」


自信じしんて! 私との修練しゅうれんを思い出すんだ!」


 ヒュリアが、はっぱをかけます。

 

「おい、ジョルジ、俺が良いと言うまで復体鎧チフトベンゼルを使うんじゃねぇぞ」


 ドラゴン姉さんからきびしい“しばり”が宣告せんこくされます。


「なじょすてでがんしょ?!」


 ジョルジ君、ストッキングをいてない足みたいに、なまってますな。


「いいから、たたかいに集中しゅうちゅうしろ、来るぞ!」


 アティシュリが怒鳴どなりつけると同時どうじに、やぶの中から大きなかげあらわれました。

 それは……、ゴリラ……?

 赤茶色あかちゃいろの毛をやした2メートルぐらいある大きなさる?が二足歩行にそくほこうで進み出て来たんです。

 

茸狒チャルマイムン!」


 エヴレンがさけびました。

 

茸狒チャルマイムン? さるだよね?」


「はい。こういうやぶとか森にんでるんですけど、縄張なわば意識いしきつよくて、人間もおそってきます。私も何度なんどいかけられたことがあるんです」


 エヴレンの顔が、こわばってます。


 右手みぎてふと枯枝かれえだ棍棒こんぼうにぎった茸狒チャルマイムンは、僕らをにらみまわすと、するどきばえた口を開いて、ボワッ、ボワッとえました。


「やっぱ、こいつも妖獣ようじゅうなんすか?」


「いや、ただのさるだ。だが人間よりも敏捷びんしょうで力も強い。ジョルジの相手あいてとして丁度ちょういい程度ていどにな」


 ドラゴン姉さんは気楽きらくに言ってますけど、背丈せたけはジョルジの1.5ばいはあります。

 うであしはジョルジの3倍以上ばいいじょうふといです。

 ホント、大丈夫だいじょうぶかいな。


 茸狒チャルマイムンはいきなり、一番いちばんちかくにいたジョルジに向かって突進とっしんし、手に持っていた棍棒こんぼうなぐりかかりました。

 ジョルジは剣をかかげて、棍棒こんぼうめたんですが、顔がゆがんでます。

 たぶんものすご衝撃力しょうげきりょくなんでしょう。


「ひょろジ! ちからを力で受けてはダメだと言ったはずだ!」


 ヒュリア教官きょうかんからのおしかりの言葉。


「はいぃっ!」


 茸狒チャルマイムン二発目にはつめ攻撃こうげきを、今度こんど棍棒こんぼうに剣をすらせて受けながすジョルジ。

 ヒュリアの動きにてますけど、まだぎこちないですかね。


「よし、その調子ちょうしだ」


 ヒュリア教官きょうかん、ちょっとうれしそうです。

 その後、ジョルジは茸狒チャルマイムンの攻撃を何度も受けながしてみせました。

 でも、かなりいきが上がってきてます。


「ひょろジ、受け流すだけでは、戦いはわらないぞ! 反撃はんげきしろ!」


 ヒュリア教官きょうかんからのご指導しどうはいります。


 茸狒チャルマイムンが左から袈裟懸けさがけになぐりつけてきた棍棒こんぼうを、ジョルジは身体からだを左に回転かいてんさせながら剣をすらせてながします。

 り下ろされた棍棒こんぼう最終位置さいしゅういちまるまで剣をわせていきおいをころし、茸狒チャルマイムンふところに入ったジョルジは、今度はそこから身体を逆回転ぎゃくかいてんさせ、さる左脇腹ひだりわきばらくように剣を水平すいへいりぬきました。

 洞窟どうくつ盗賊とうぞくったときのヒュリアの動きとそっくりです。


 茸狒チャルマイムンが、くるしげにギャーときました。

 猿の左脇腹ひだりわきばらけて、ながれます。 

 猿のふところから出たジョルジは、その左側面ひだりそくめんに立ち、りぬいた剣を右脇みぎわきかかえるように持ちます。

 手傷てきずって激怒げきどした猿が棍棒こんぼうり上げるのにわせ、ジョルジはその鳩尾みぞおちから上へき上げるように剣でつらぬきました。


 むねされた茸狒チャルマイムン棍棒こんぼうり下ろすことなく動きを止めます。

 ジョルジが剣を引抜ひきぬくと、猿の胸から血が噴出ふきだします。

 茸狒チャルマイムンは、そのまま前のめりにたおれて動かなくなりました。 


「ああ……、オラが、ころしたんだなや……」


 ジョルジは茸狒チャルマイムン見下みおろしながら、ポツリとつぶやきました。


「よし、よくやった」


 ヒュリア教官きょうかんからおめの言葉、いただきました。

 ところが、ジョルジはこっちにを向けて前かがみになり、えずきはじめます。

 普段以上ふだんいじょうに、ゲーゲーやってます。


「ジョルジ、その程度ていどいてたら、とても英雄えいゆうにはなれねぇぞ!」


「す、すみません……」


 アティシュリに怒鳴どなられ、えずきながらあやまるジョルジ君。


 でも、仕方しかたないかな。

 まだ、ジョルジ君、おにく苦手にがて克服こくふくできてませんからね。

 あんなに大量たいりょう傷口きずぐちからのぞく肉や内蔵ないぞうを見れば、くのも無理むりいです。

 今日の昼食ちゅうしょく牛丼ぎゅうどんも、ごはんとタマネギばっかり食べて、肉はちょっとしか口に入れてなかったし。


「おい、もうくのは終わりだっ! さき行くぞっ!」


 アティシュリは言いてると、どんどん先へ行ってしまいます。


「――エヴレン、手を出すんじゃねぇ!」


 ジョルジの背中せなかをさすっていたエヴレンをアティシュリがしかりつけます。

 エヴレンは、ビクッとしてかたまってしまいました。


「そいつは英雄えいゆうになりてぇと言った。英雄は人に助けられるもんじゃねぇ、人を助けるもんだ! ちがうかっ、ジョルジ!」


「はいぃっ!」


 エヴレンに、ありがとうと言い、ジョルジはふらふらしながら身体をこしました。

 エヴレンはジョルジの様子ようすそば心配しんぱいそうに見てます。


 ここにきて、なんかドラゴン姉さん、スパルタっぽくなってきてないすか。

 もしかして、さっきの話のせいなのかな。

 『再臨さいりんの時』がやってくるってやつ。

 ちょっとあせってるのかもしれません。


 その後、僕らは街道かいどうに出て、石畳いしだたみの上を北東に向かって歩くことになりました。

 魔獣まじゅう街道かいどうを人間が歩いていると、自分の方から現れるという話でしたが、なかなかあらわれません。

 その代わりに、野犬やけんれやくまなんかがおそってきました。

 魔獣まじゅうのせいで街道かいどうを人が通らなくなったために動物達の行動範囲こうどうはんいが広がったせいかも。


 アティシュリは動物が出てくるたびに、ジョルジに撃退げきたいさせます。

 ちなみに、動物達はアティシュリさんをおそってこないので、そばにいるヒュリアやエヴレンは安全あんぜんなのです。

 やっぱドラゴンのオーラみたいなのが出てるんでしょうね。


 野犬やけんは、20ひきほどのれで攻撃こうげきしてきましたが茸狒チャルマイムンほどの強敵きょうてきではありませんでした。

 ジョルジは、多少たしょう手傷てきずは負いましたが、半数以上はんすういじょうり殺すことに成功せいこうします。

 のこりの野犬やけんげてしまったのでジョルジの勝利しょうりです。


 でも次の挑戦者ちょうせんしゃであるくまはそう簡単かんたんにはいきませでした。

 くまの大きさは3メートル以上あり、攻撃力こうげきりょく防御力ぼうぎょりょく敏捷性びんしょうせいのどれもが茸狒チャルマイムン上回うわまわってるように見えます。

 ジョルジは何度もりつけますが、あつ筋肉きんにくおおわれたくま致命傷ちめいしょうあたえることはできません。

 ぎゃくくまは、つめでの攻撃や体重たいじゅうをいかした突進とっしんでジョルジを追いめていきます。


 見かねたアティシュリが、復体鎧チフトベンゼルを使う許可きょかを出しました。

 だけどくまの攻撃をかわしながら精神せいしん集中しゅちゅうし、復体鎧チフトベンゼルを呼び出すのは、なかなかむずかしいみたいで、上手うまくいきません。

 まだイドリスみたいに自由自在じゆうじざいあやつるってとこまではいってないようです。


 

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