第58話 トニカク、カネナイ<4>

「ちょっとって、エヴレンさん。――手伝てつだってくれる人、本当ほんとうに見つけられるの? それに、もし見つけたとして魔獣まじゅうてるの?」


 彼女のなみだ鼻水はなみずが、ふたたびザワつきはじめます。


「ううう、わがりばじぇん……、ぼしダベだっだら、わだじ、わだじ……。どうじだらいいんでじょう……」


「だったら、僕達が手伝ってあげるよ」


「ゔぇっ?! でぼ、きげんな仕事しごとだんですよ……」


「わかってるって。こう見えても僕たちつよいんだよ。そこらの冒険者ぼうけんしゃなんか目じゃないんだから。とくに、このシュリさんなんか、帝国騎士ていこくきし気合きあいだけでかしたこともあるんだよ」


学者がくしゃさんだどに、ぞんだにづよいんでふか……?」


 あらためてシュリを見つめるエヴレン。


「おい、ツクモ、てめぇ何勝手なにかってに話をすすめてやがる」


 エヴレンに見つめられて、バツがわるそうに頭をかくドラゴン姉さん。


「――まあまあ、シュリさん。じつはですね、耶代やしろがこのたすけろって言ってるみたいなんですよ」


 霊龍れいりゅう達は顔を見合みあわせます。


「ふん、やっぱりそうか、俺のかんまったくの的外まとはずれじゃなかったわけだ。――耶代やしろは、このむすめ盟友めいゆうにして、その力を取込とりこもうとしてるってことだな」


「まあ、そうなんでしょうね」


「ふんっ、そんなら話がはえぇ、俺たちにとっても都合つごうがいいしな」


 ドラゴン姉さんは、エヴレンを自分のそばいときたいんでしょうね。


「あの……、耶代やしろ? 盟友めいゆう? どういう意味いみなんでしょうか?」


 鼻をかんでスッキリしたエヴレンが、くびをかしげてます。


「ああ、こっちの話。――それで、どうかな、僕らと魔獣討伐まじゅうとうばつ、やってみるかい?」


「それは、ねがってもないことですけど……、お店のほう大丈夫だいじょうぶなんですか、討伐とうばつには数日すうじつかかると思いますけど」


「お店は、チェフ店長てんちょう給仕きゅうじのみんながいれば、なんとかなるから」


て、ツクモ。たしかに料理りょうりのつくり方はまなんだが、自分にはまだ実践じっせんできるほどの技量ぎりょうはないぞ」


 めずらしくチェフチリクさんが、うろたえてます。


「ふふふ、チェフさん、かんがえなしに、僕がこんなこと引受ひきうけるはずないじゃないですか」


「というと?」

 

「それは、あとのおたのしみにしときましょう」


 店長、アゴをでながら、面白おもしろそうに僕を見てきます。

 さっき苦笑にがわらいされたので、ちょっとしたおかえしなのです。


「――じゃあ、エヴレンさん、僕たちと一緒いっしょに行くってことでいいね」


「はい、よろしくおねがいします」


 目をキラキラさせて頭をげるエヴレン。


「――その魔獣まじゅうってのは、どんなやつなんだ?」


「おっ、シュリさん、やる満々まんまんじゃないですかぁ」


「うっせぇぞ、ツクモ。人間に討伐とうばつできねぇ強力きょうりょく魔獣まじゅう処理しょりすんのも俺たちの仕事しごとの一つなんだよ」


 一緒いっしょに来てくれるようアティシュリにたの手間てまはぶけました。


「――目撃者もくげきしゃの話を要約ようやくするとですね、身体からだあおく、四足歩行しそくほこうで、大きなきばがあるそうなんです。でも実際のところ、うごきがはやいし、遭遇そうぐうしてのこってる人がほとんどいなくて、よくわからないみたいです……」


 くちとがらせながらエヴレンが説明せつめいします。


「青い身体からだと……、大きなきばか……」


 めずらしく考込かんがえこんでるアティシュリ。


「何か心当こころあたりがあるのか、シュリ」


「――チェフ、お前が最後さいごにビルルルにったのはいつごろだ?」


「チェチェクリバチェに、彼女が耶代やしろを作ってすぐのころだったと思うが」


「じゃあ、それ以降いこうのことは知らねぇな」


「ああ、あの森はお前の管轄かんかつだからな。余程よほどのことでもないかぎり、行くことはない」


「だろうな……」


 アティシュリは顔をしかめながら、ゆっくりと頭をかいてます。


「まあ、俺の思いごしだろうぜ。あいつは人をおそううようなやつじゃねぇ……」


 人族ひとぞく地縛霊じばくれいは、霊龍れいりゅう様達のよくわからない会話かいわをポカンとした顔で聞いているしかできませんでした。


「――で、何時いつその討伐とうばつ出向でむくつもりだ?」


 ドラゴン姉さんは、不意打ふいうちのようにエヴレンにたずねます。


「あっ、はい……、えーと……、申込もうしこみの締切しめきりまで今日きょうをいれてあと五日しかないんで、今すぐにでも行きたいんですがぁ……、大丈夫でしょうか……?」


 エヴレンはちょっと言いにくそうにこたえました。


「そうか……、俺はいつでもかまわねぇぞ」


 アティシュリは椅子いすこしをおろして、ふんぞりかえります。


「じゃあ、私、荷物にもつを取ってきますね。冒険者組合ぼうけんしゃくみあいあずけてあるんです」

 

 うらめし屋の昼食休憩ちゅうしょくきゅうけいわるころ組合くみあいからもどってきたエヴレンは、青銀あおぎん色をした金属製きんぞくせい甲冑かっちゅうをつつみ、こしには優雅ゆうがな細身ほそみの剣をげていました。

 エヴレンのお母さんが結婚けっこんするときに作ってもらったものらしいです。

 甲冑かっちゅうの方はヒュリアのクズムスと同じブルンメこう出来できていて、五冠ゲブラ魔導まどう無効化むこうかするそうです。


 どんなに貧乏びんぼうをしても、お母さんはそれらを絶対ぜったい手放てばなさず、大事だいじ保管ほかんしていました。

 でも、学校へ入学にゅうがくするため危険きけん特級案件とっきゅうあんけんいどもうとするエヴレンに、ゆずってくれたのだそうです。

 なかなか、ええ話やないですかぁ。


 ところで、討伐とうばつには僕とヒュリアとアティシュリだけのつもりでしたが、ヒュリアがジョルジをれて行くって主張しゅちょうしました。

 彼の剣の上達じょうたつぶりを見たいようです。

 それで結局けっきょく、ジョルジをいれた四人で行くことになりました。


 今すぐに出発しゅっぱつしても『倉庫そうこ』にみんな入ってますんで、食料しょくりょうなんかの不安ふあんはありません。

 むしろ心配しんぱいなのは、これからエヴレンに知らせなきゃならないことの方です。

 これは彼女にとって、どうしてもけられない通過儀礼つうかぎれいみたいなものなのです。


「――エヴレンさん、君の手伝てつだいをするにあたってまもってもらわなきゃいけないことがあるんだけど」


「あ、はい、私にできることでしたら」


「この先、君が見たり、聞いたりしたことは、絶対ぜったいだれにもしゃべらないこと。たとえご両親りょうしんでもだよ。君一人きみひとりむねにしまっておいてしい。約束やくそうできる?」


「わ、わかりました……、約束します」


 ちょっと納得なっとくできてないかんじのエヴレン。

 まあ、でも約束したんだから、もう後戻あともどりはさせません。

 自己紹介じこしょうかいがてら、僕たちは正体しょうたいかすことになるわけです。


 まずは、ユニスとアレクシアさんが魔族まぞくだったことに、びっくり。

 ジョージアちゃんが、男だったことに、どっきり。

 仮面かめんを取ったヒュリアが、綺麗きれいすぎて、ほっこり。

 仮面を取った僕がこわすぎで、ぶったおれて、デッドリー。


 ここで、一旦いったん、エヴレン気絶きぜつします。

 

 意識いしきを取りもどしたところで僕がわるれいじゃないって、説得せっとく

 召喚しょうかんされてヒュリアを守ってるってことでなんとか、納得なっとく


 ここで、出発しゅっぱつってことになりますが、僕らがそとへ出ずに廊下ろうかおくにあるあかとびらに向かっていくので、エヴレン首をかしげました。


 でも、『勝手口かってぐち』を使つかって人喰ひとくい森に出たたもんで、くちあんぐり。

 きわめつけは、アティシュリさんとチェフチリクさんがドラゴンになって、身体からだのけぞり。


「れ、霊龍れいりゅう様ぁぁぁっ!!!」


 エヴレンはドラゴンになったアティシュリとチェフチリクの前に土下座どげざし、何度なんど地面じめんにおでこをなすりつけてます。

 そう言えば、マリフェトでは、神様かみさなと同じように霊龍れいりゅう崇拝すうはいしてるんでしたよね。

 まあ、目の前に、その神様があらわれたら、こうなりますわな。


 だけど、あかつややかなひかりをまとった炎摩龍えんまりゅう様は、世界の守護者しゅごしゃたる厳粛げんしゅくな声で、神様らしからぬ言葉をくのでした。


「いいか、エヴレン、さっきツクモが言ったとおり、他言無用たごんむようだかんな。しゃべりやがったら、俺の咆哮ほうこう焼殺やきころして、ツクモと同じようにすっからよ!」


「は、はぁっ!」

 

 平身低頭へいしんていとうのエヴレン。

 ドラゴン様に念押ねんおししされれば、もうだまってるしかありません。

 おめでとう、これで君もおたずね者の仲間入なかまいりだよ。

 

 こうして、知らせるべきことは知らせたので、アティシュリのった僕らは、チェフチリク達に見送みおくられながら、魔獣討伐まじゅうとうばつへと出発することになったのでした。


 ジョルジとヒュリアのあいだすわっているエヴレンは、目をかがやかせながら、自分のまわりのキョロキョロとながめ、時々ときどき歓声かんせいげています。

 はじめてのそらたびにご満悦まんえつと言ったところでしょう。


「――そういえば、この前買まえかった蜘蛛くも、チェフさんも、ユニスも美味おいしいって言ってたよ」


 話しかけると、エヴレンはいて、ヒュリアの胸に下がっている僕に微笑ほほえみました。


「でしょう。見た目は悪いですけど、蟹蜘蛛ウルペルメあじ絶品ぜっぴんなんです」 


 蟹蜘蛛ウルペルメは、『調理ちょうり』の仕方しかたがわからなかったので、チェフチリクさんに丸投まるなげしました。

 店長は、でたものも美味うまいが、あぶらげたものはこうばしくて絶品ぜっぴんだ、って言って生きたまま蜘蛛くもを油に投入とうにゅうしたのです。

 かなりグロい絵面えづらでした。


 がった蜘蛛くもは、試食ししょくということで、みなにふるまわれたんですけど、ヒュリアとアレクシアさんは完全拒否かんぜんきょひで、食べたのは店長とジョルジ、そしてユニスだけです。

 ユニスは、最初さいしょいやがってたんですが、げたての美味おいしそうなかおりで、おながって思わず食べてしまったとか。

 結果けっかあじ評価ひょうか全員ぜんいん星三ほしみっつでした。 


「ジョージアさんとわかれたあと蟹蜘蛛ウルペルメを買いたいっていう女の人があらわれたんです。すっごく綺麗きれい顔立かおだちで、とても蜘蛛くもを食べるようには見えなかったんですけど、持っていた蟹蜘蛛ウルペルメ全部ぜんぶ買ってくれたんです。この蜘蛛くも大好だいすきなの、って言ってました。――そのお金で、なんとか借金しゃっきん利息分りそくぶん支払しはらうことができました。もしダメならこのよろいしちに入れることも考えてたんです……」


 エヴレンは大切たいせつ宝物たからもののように、よろいむね刻印こくいんされたアヴシャル家の紋章もんしょうに手をれました。

 その紋章もんしようは、騎士きしの持つたてに、たくさんの花をつけたつたがまとわりついているというデザインです。


利息りそくはらい終わったおかげで、やっと特級案件とっきゅうあんけんをする余裕よゆうができて……。でもつきあってくれる冒険者ぼうけんしゃがいなくていてたら、ジョージアさんに声をけられて……。今は霊龍れいりゅう様の背中せなかにいる。まるでゆめを見てるみたいです。――私がこまると、いつもだれかが助けてくれて……。天使てんし様が見守みまもってくれているのかも……」


天使てんしではない。『因果律いんがりつ』がお前をみちびいているのだ」


 アティシュリが首をまわし、巨大きょだいな青いひとみで僕らを見ました。


「その『因果律いんがりつ』って何なんです? 前にも言ってましたよね」


 つややかに光る青い瞳に向かっていかけます。


「――『因果律いんがりつ』とは、世界にこる事象じしょう限定げんていする法則ほうそくのことだ」 


 いつものオラついたドラゴン姉さんの口調くちょうじゃありません。

 それは、まさに太古たいこから世界を守るせいなるドラゴンの言葉でした。


「この世に起こる事象じしょうは、独立どくりつしているように見えるが、実際じっさいすべてが由縁ゆえんしている。そして、その由縁ゆえんは、前の事象じしょうが後の事象じしょうすくなからず影響えいきょうおよぼすというかたちあらわれる。その事象じしょうが、世界の方向性ほこうせいかかわる重大事じゅうだいじであるほど、『因果律いんがりつ』の影響えいきょうは大きくなる……」


 炎摩龍えんまりゅうつばさを大きくはためかせます。


「――具体的ぐたいてきに言えば、まえ事象じしょう模倣もほうするがごとく、あと事象じしょう限定げんていするということだ。俺達はこの模倣もほうによって惹起じゃっきされる実質じっしつそうじて『理邏ヌクセツメ』とぶ」 


「『理邏ヌクセツメ』……。歴史れきし繰返くりかえすってことですか」


「言いみょうだな、ツクモ。――なぜ『因果律いんがりつ』が、このような“繰返くりかえし”を引起ひきおこすのかは、俺達にも解明かいめいできていない。だが解明できなくとも、後の事象じしょうがどう現出げんしゅつするのかという予測よそく根拠こんきょとすることは可能かのうだ」


「つまりあなたは、このさき『災厄さいやくとき』とたようなことが、“繰返くりかえされる”って考えてるんですね」


「そうだ。――俺達はそれを『再臨さいりんの時』と呼んでいる」


「『再臨さいりんの時』……」


 前にも聞いた言葉です。


「お前達は、ビルルル、フェルハト、アイダンらの繰返くりかえしの存在そんざい、『理邏ヌクセツメ』として、世界にあらわれたのだ。そしてお前達が現れたということは、“てき”もまた『理邏ヌクセツメ』として出現しゅつげんしたと考えて間違まちがいない」


「その“敵”って言うのは……?」


「もちろん、『くろ災媼さいおう』のことだ……」


 全員ぜんいんいきみます。

 雰囲気ふんいき一気いっき重苦おもくるしくなりました。


 1000年前、バシャルを滅亡寸前めつぼうすんぜんまで追込おいこんだ魔女まじょ

 『くろ災媼さいおう』……。

 その“繰返くりかえし”の存在が、今、このバシャルのどこかにいるってことなんでしょうか。

 ねつを感じないはずの僕の背筋せすじを、つめたい戦慄せんりつけていきました。


「バシャル1000年の平和へいわまくじるときが来たということだ……」

 

 炎摩龍えんまりゅうはそれ以降いこうだまり込んで、ただただ北を目指めざしてつづけました。

  

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