第57話 トニカク、カネナイ<3>

「でも、なんでそんな大変たいへん依頼いらいけちゃったのさ」

 

「――神品学校しんぴんがっこうへの入学条件にゅうがくじょうけんだからなんです」


 おもはなをかんだエヴレンは、理由りゆうかたってくれました。


 神品学校しんぴんがっこうっていうのは、主教しゅきょう資格しかくるために絶対卒業ぜったいそつぎょうしなければいけないところです。

 入学すると“修徒しゅうと”となり、卒業そつぎょうすると“輔祭ほさい”の資格しかく取得しゅとくできるそうです。


 “輔祭ほさい”になった者には“主教補しゅきょうほ”の受験資格じゅけんしかくあたえられます。

 試験しけんかって“主教補しゅきょうほ”になると、『闡揚せんよう』という最終試験さいしゅしけんが待っています。

 そこで『天使てんし』の『招聘しょうへい』に成功せいこうすると、れて主教しゅきょうになれるというわけです。


 学校への入学資格にゅうがくしかくは、15歳以下さいいか多額たがく入学金にゅうがくきん支払しはらえる者だけにあたえられます。

 でも今年ことし特例とくれいとして年齢条件ねんれいじょうけんわくが17歳まで広げられました。

 ただしその分、入学金の支払いだけでなく、冒険者組合ぼうけんしゃくみあい提示ていじされる特級案件とっきゅうあんけん達成たっせいしたという証明書しょうめいしょ添付てんぷ条件じょうけんにつけくわえられたそうなのです。


「私、今年17歳なんです。年齢条件ねんれいじょうけんが広げられるのは今年だけで、来年からはまた15歳にもどされてしまいます。だから今年が私にとって学校に入れる最後さいご機会きかいなんです」


主教しゅきょうになりたいんだ」


「いいえ、そうじゃないんです。主教しゅきょうになれる人は学校に入る前からまってるんです。天使様の『招聘しょうへい』ができるかどうかは、子供こどもころにわかりますから……。残念ざんねんですけど、私には天使様を『招聘しょうへい』する力はありません」


「じゃあ、なんで学校にいくの?」


「――主教しゅきょうがダメでも、主教補しゅきょうほの資格が取れれば、くに官吏かんりになれて、たかいお給料きゅうりょうがもらえるからです」


「給料をもらうため?!」


「はい……。私のうち、すっごい貧乏びんぼうで、食べるものにも事欠ことかくありさまなんです。だから私は、もり蜘蛛くもやキノコなんかをってあるいているんです」


 たしかにてるものも、かなり年季ねんきはいってますよね。


 エヴレンは顔の前でこぶしにぎめ、わなわなとふるわせます。


「――もとはといえば、なにもかも全部ぜんぶ御爺様おじいさま借金しゃっきんのせいなんです!」


 マリフェトは25人の大主教だいしゅきょう合議ごうぎによって国家こっか運営うんえいされています。

 その25人の中の一人ひとり首座主教しゅざしゅきょうになり、国を代表だいひょうするのだそうです。

 大主教だいしゅきょうのうち12人は主教しゅきょうの中からえらばれ、13人は枢奥卿家すうおうきょうけから輩出はいしゅつされます。

 つまり13枢奥卿家すうおうきょうけつねにマリフェトの国家運営こっかうんえいかかわっている強い力を持った一族いちぞくってわけです。

 タニョさんが威張いばってたのも納得なっとくです。


 エヴレンの生家せいかであるアヴシャルも、以前いぜんは13枢奥卿すうおうきょうつらなる名家めいかでした。

 ところが、エヴレンの祖父そふふくめ、三代さんだいわたって天使を『招聘しょうへい』できるものがまれず、枢奥卿すうおうきょう資格しかく剥奪はくだつされたそうです。

 それでも地方領主ちほうりょうしゅとして、それまでにたくわえてきた財産ざいさん運用うんようし、悠々ゆうゆうとやっていけるだけの力はのこっていました。

 だけど、祖父のヴォルカンさんは金遣かねづかいいがあらく、ほとんどの財産ざいさんを使い切り、その上、そこらじゅうから借金しゃっきんをしまくっていたとか。


 現状げんじょう、アヴシャル家は、わずかに残った領地りょうち収入しゅうにゅうらしていますが、それだけでは借金しゃっきん利子りしかえすだけで精一杯せいいっぱいなんだそうです。

 だからエヴレンが主教補しゅきょうほになって官吏かんり任命にんめいされれば、収入しゅうにゅう安定あんていして借金返済しゃっきんへんさいにもひかりすというわけです。


元々もともとこのザガンニン平野へいやだって、うちの領地りょうちだったんです。でも御爺様おじいさまが売りはらってしまって……」


 彼女の現状げんじょうはよくわかりました。

 でも僕はもっと根本的こんぽんてき疑問ぎもん解決かいけつしたいと思います。


「――天使って本当ほんとうにいるんすか?」


 パトリドスの二人をのぞいた全員ぜんいん視線しせんぼくさります。


以前いぜんからものを知らないと思っていたが、ここまでとは……」


 となりにいたヒュリアが僕のかたに手をのせ、くびりました。

 

田舎物いなかものの私でも、天使を見たことありますよぉ」


 ジョージアちゃんが、ここぞとばかりに言ってきます。


 くそっ、みんなでアホの子を見るような目をしやがって……。

 知るわけないじゃん!

 二ヶ月くらい前、ここに来たばっかりなんだから!


 だいたい天使って何さ!

 頭にっかがあって、背中せなかつばさえてるあれのことなのっ?!

 でもちがうよねぇ、ここバシャルだから、絶対ぜったい違うよねぇ!


「天使は、地上ちじょうとは“そう”がことなる空間くうかんにいる存在そんざいだ……」


 チェフチリクさんが、苦笑にがわらいしながら説明せつめいしてくれました。

 

「――地上ちじょうあらわれることは滅多めったにないが、あるしゅ霊質れいしつを持った人間が『招聘しょうへい』すると、それにこたえ、『招聘者しょうへいしゃ』の身体からだを『上擢かんなぎ』として地上に降臨こうりんする。姿すがたはそれぞれことなるが、人間とむしわせたような奇妙きみょうな者達ものたちだ」


 虫と人間が合わさった姿?

 やっぱ、地球ちきゅうの天使様とはだいぶ違いますね。


魔導まどうにおける『招聘術しょうへいじゅつ』とは、天使を地上にまねき、その力をおのれの力として使うことを主眼しゅがんとしている。『召霊術しょうれいじゅつ』にているが、“使役しえき”するのではなく、“請願せいがん”するというてんに大きな違いがある」


「天使を『招聘しょうへい』すると、どんなことができるんです?」


「そうだな……。一つには耗霊もうりょうの『浄化じょうか』、『滅却めっきゃく』が可能かのうになる。本来ほんらい魔導まどうには、この二つのわざ存在そんざいしない。人間は、天使を『招聘しょうへい』することでしか、耗霊もうりょうの『浄化じょうか』や『滅却めっきゃく』をおこなうことができないのだ」


 なるほど。

 じゃあ、この前、アティシュリさんをさそってたあのコルカンとかいう主教しゅきょうさんも天使がべるってことですね。

 

ほかには『屹牆きっしょう』という技もある。これは『結界けっかい』と類似るいじしているが、はるかにすぐれたものだ。効果こうかおよ範囲はんににいる者への、あらゆる攻撃こうげき無効化むこうかしてしまうのだ。また内部ないぶからの攻撃こうげき可能かのうなことも、『結界けっかい』には無い利点りてんだ」


 おお、これぞ絶対防御ぜったいぼうぎょ

 相手あいての攻撃はシャットアウトして、自分じぶんの方からは攻撃し放題ほうだい


「この二つが天使を『招聘しょうへい』したときの効果こうかとしてもっと顕著けんちょれいだろう。ただし、天使は地上の生命体せいめいたいに対して攻撃手段こうげきしゅだん行使こうししないことを留意りゅういしておくべきだ。つまり『招聘しょうへい』とは、人と人とのいくさにおいては防御ぼうぎょにしか使えないということだ」


 地上の生命体せいめいたいを攻撃しない?

 それって神様かみさまのお使いだからってこと?


「また『招聘しょうへい』には、多量たりょうの『恃気エスラル』が必要ひつようになる。個人差こじんさはあるだろうが、高位こうい魔導師まどうしといえど『招聘しょうへい』していられる時間はわずかだろう」


 エヴレンは尊敬そんけいのまなざしをチェフチリクに向けてます。


素晴すばらしいです。そこまで天使様のことをご存知ぞんじなんて……、あなたはどなたなんですか?」


「自分はチェフ・スニギュブレと言う者だ。この、うらめし屋の店長てんちょうをしている」


「もしかして以前いぜん神品学校しんぴんがっこうかよわれてたとか?」


「いや、自分は、たまたま知っているというだけだ」


「うらめし屋さんには、すごい人がそろってるんですね」


 ふいに、チェフチリクが何かに気づいたように目をほそめ、エヴレンを見つめます。


「――君の名は、エヴレンだったな」

 

「は、はい……」


 チェフチリクに見つめられたエヴレンはほほめて、うつむきました。

 イケメンですからね。

 いや、イケドラゴンですか。


「エヴレン、君は特殊とくしゅ霊核ドゥルを持っているようだな」


「特殊な霊核ドゥル……、ですか……?」


「そうだ。――君はむかしから動物どうぶつ昆虫こんちゅうに好かれてはいないか?」


 エヴレンは大きく目を見張みはり、チェフチリクを見つめ返します。


「なんでわかるんですか?」


「やはりそうか……、君の霊核ドゥルには……」


「――おい、ツクモ、休憩中きゅうけいちゅうなら俺にもキャラメル出せよ」


 廊下ろうかからアティシュリが出てきました。


「ああ、シュリさん、今大事いまだいじな話をしてるんで、もうちょっとってもらえますか」


「大事な話? なんでぇそりゃ。俺にキャラメル出すより大事ってかぁ、ああん?」


 あたりまえでしょうが……。 

 相変あいかわらず面倒めんどくさいな。


「――なんだ、見かけねぇ小娘こむすめがいるなぁ。話ってのは、そいつのことか」


「シュリ、この霊核ドゥルを見てくれ」


霊核ドゥル?」


 チェフチリクに言われ、アティシュリはエヴレンを見つめました。


「――なんだ、こいつ!」


 おどろいて声を上げるアティシュリ。

 面白おもしろそうに見ているチェフチリク。

 一体いったい、何なのよ。


「お前、何者なにもんだ!」


 アティシュリは、エヴレンにります。


「えっ?! えっ?! なんなんですか?!」


 エヴレン、おびえてます。

 いきなり、詰められれば、そうなるわな。


「お前みたいな霊核ドゥルを持ってるやつを見るのは1000年ぶりだぜ!」


「えっ?! 1000年?! 何言ってるんですか?!」


 完全かんぜん狼狽ろうばいして目をパチクリさせるエヴレン。


「シュリさん、シュリさん、おさえて、抑えて、1000年ぶりに、びっくりしたってことですよね」


 必死ひっしのフォローです。


「ん? ああ……、そうよ……、それぐれぇ、おどれぇたってこった」


「私の何に驚いたんですか?」


「お前の霊核ドゥルには、『締棘ていきょく』が、四つもあんだよ」


「『締棘ていきょく』?」


「『締盟術ていめいじゅつ』をするときに使われる霊的れいてき装置そうちのことだ。『締盟術ていめいじゅつ』の才能さいのうがあるものにだけそなわるが、普通ふつうひとつしかないはずなのだ」


 チェフチリクさんの説明を聞くかぎり、エヴレンはかなり特殊とくしゅな人ってことになりますね。


「そういうことよ、そんなもんを複数ふくすう持ってるやつは、俺の知ってる限り、アイダンだけだ……。だがよ、あいつだって二つしか持ってなかったんだぜ……」


 こらこら、せっかくフォローしたのにぃ……。

 

「アイダンって、もしかし賢者けんじゃアイダンのことですか?!」


「ああ、そうだ」


「ちょっと待ってください、あなたは、どなたなんですか? なぜ、そんなふるい話を持ち出すんです?」


「えーと、この人はシュリさんと言いましてぇ、『災厄さいやくの時』のことを調しらべている学者がくしゃさんなんです」


 はい、もう一回いっかいフォローしときましょう。

 

「学者さん……。なるほど、だからくわしいんですね」


「ま、まあ、そうだ……」


 しぶい顔で僕をチラ見するドラゴン姉さん。

 僕にりを作りたくないって気持ちが見え見えです。

 でも自分がわるいんじゃん。

 できるかぎり人間には正体しょうたいかくしてるとか言ってたくせに。


「その『締棘ていきょく』ってものがあるのなら、私にも『締盟術ていめいじゅつ』が使えるってことでしょうか?」


「そういうことだ。――ん? お前、『締盟術ていめいじゅつ』が使えねぇのか?」


「えーと、私が使えるのは五冠ゲブラの『風魔導ふうまどう術』と『治癒ちゆ術』、あと『呪印じゅいん』と『画陣がじん術』ぐらいで、『締盟術ていめいじゅつ』は全然ぜんぜんですけどぉ……」


「かーっ、なんて勿体無もったいねぇ! ――いいかっ、よく聞け! 『締盟術ていめいじゅつ』ってのはな、やり方によっちゃ、一冠ケテル魔導師まどうしよりも強い力を使えんだぞ!」


一冠ケテルよりも強い……?」


「そうかっ! つまりお前は『締盟術ていめいじゅつ』を使えるようになりたくて、ここに来たってことだな! ――よしっ、俺は、あまり力になれねぇが、くわしいやつさがしてれてきてやる。そうすりゃ、お前、ものすげ術師じゅつしになれんぞ!」


「いえ、私、『締盟術師ていめいじゅつし』になりたいんじゃありません。主教補しゅきょうほになりたいんです」


「はっ? 何言ってやがる。それだけの才能さいのうがありながら、主教補しゅきょうほだと。――頭おかしいのかっ!」


「おかしくありません! 主教補しゅきょうほになって、官吏かんりになって、お金をかせいで、お父様とうさまとお母様かあさまらくにしてあげたいんです!」


「何を、とぼけたことをぬかしてやがるっ!」


 アティシュリはエヴレンの襟首えりくびをつかむと、はげしくさぶりました。


「きゃあーっ!!!!!」


 悲鳴ひめいを上げるエヴレン。


「そこまでだ、シュリ」


 チェフチリクさんが、めに入ります。


「シュリ、エヴレンは迷惑めいわくがっているぞ。人間には人間の都合つごうがある。自分の才能さいのうをどう使うかは、お前がめるのでなく、彼女自身かのじょじしんが決めることだ」


「ちっ、チェフ、お前もアホ耶宰やさい能天気のうてんきがうつったのか? 俺には、このむすめ偶然ぐうぜん、ここに来たとは到底思とうていおもえねぇんだよ」


 チェフチリクがまゆをひそめます。


「――それは、因果律いんがりつのことを言っているのか?」


「決まってんだろうがっ! ビルルルにフェルハト、そして今度こんどはアイダンだ。どっかでてきが動き出していても不思議ふしぎじゃねぇ。だから今のうちに、使える戦力せんりょくをできるだけ用意よういしとくのが、道理どうりってもんだろうがっ!」


 アティシュリさんの真剣しんけんモードが、全員ぜんいんだまらせてしまいました。


「――あのぉ、私、そろそろおいとましますね。なんとか一緒いっしょ案件あんけんをやってくれる冒険者ぼうけんしゃを見つけないと……。神品学校しんぴんがっこうへの入学のもう期限きげんは今月いっぱいなんです」


 自分のことで雰囲気ふんいきが悪くなったと思ったのか、エヴレンは申しわけなさそうに椅子いすから立ち上がりました。


 さて、ここからは僕の出番でばんです。

 エブレンの現状げんじょう霊龍れいりゅう様達のやりとりを聞いて、『羅針眼らしんがん』の『備考欄びこうらん』からあるヒントを見つけました。

 それがこれです。


借金娘しゃっきんむすめ返済へんさいには、まよねこ匂袋においぶくろわたす』

 

 この借金娘しゃっきんむすめってのが、どうかんがえてもエヴレンのことじゃないかって。

 それに賢者けんじゃアイダンに匹敵ひってきする才能を持ってるわけでしょ。

 絶対ぜったい、このには何かありますね。

 なのでとりあえず、引き止めることにします。

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