第56話 トニカク、カネナイ<2>

「いいなぁ、行ってみたいなぁ。お料理りょうりも、お菓子かし絶品ぜっぴんなんですよね」


 ふふふふっ、なんと言ってもドラゴンのしたをうならせてますからねぇ。

 

「ええ、お値段ねだん庶民的しょみんてきですから、是非ぜひってくださいね」


 くびをちょこっとかたむけながら、あでやかに微笑ほほえむジョルジ君。

 童貞どうていだったら、クリティカルヒットする魔性ましょうのテクが全開ぜんかいです。


「はい、もう少しかせげたら、かなららせてもらいます。――じゃあ、私はこれで。まだ蟹蜘蛛ウルペルメを売らなきゃなりませんから。本当ほんとうにありがとうございました」


 エヴレンはあたまを下げると、次なる蜘蛛くも犠牲者ぎせいしゃもとめて走りっていきました。


「まだんのかよ、あれ……。また、怒鳴どなられるんじゃないの?」

 

「ですかねぇ」


 ジョルジもかたをすくめてます。


 それから二日後、ザガンニンのまちは『奉迎祭ほうげいさい一色いっしょくとなりました。

 朝から仮装行列かそうぎょうれつやパレードが音楽おんがくわせてとおりをり歩き、花びらや紙吹雪かみふぶきらしておどります。

 仮装は、白い服装ふくそうをして白い仮面かめんをつけるというもので、『白瑶はくようの王』の姿をあらわしているんだそうです。


 パレードの目玉めだまはというと、巨大きょだい人形にんぎょうで『災厄さいやくとき』のたたかいの場面ばめんしたかざりがった山車だしです。

 英雄えいゆうフェルハトと黒の災媼さいおうが、ものすごい形相ぎょうそうたたかっている場面の山車だし

 聖師せいしフゼイフェがいのちをかけて大魔導だいまどうを使う場面の山車だし

 賢者けんじゃアイダンと、彼女が使役しえきする二体の聖獣せいじゅう化物達ばけものたち蹴散けちらしている場面の山車だし


 たしかに躍動感やくどうかんすごいんですけどねぇ。

 リアリティーにはけているような。

 だいたいフェルハトの顔が、カッコすぎます。

 本人ほんにんは、野暮やぼったいあんちゃんなのに。


 あと気づいたんですが、山車飾だしかざりにはビルルルとエフラトンが、ほとんど出てきません。

 エフラトンの方は、仮面をつけた脇役わきやくの人形として時々ときどき見かけたんですが、ビルルルになると皆無かいむです。

 あんまりメジャーな人じゃなかったんでしょうかね

 まあ『隠者いんじゃ』ってぐらいですから、完全かんぜん裏方うらかただったってことなのかもしれません。


 夜は夜で、山車だしにたくさんのあかりがともされ、まつりは一層いっそうはなやかになります。

 ただ、仮装行列かそうぎょうれつの中には、ベロンベロンに酔払よっぱらってあばれたりする人なんかが出始ではじめます。

 喧嘩けんか泥棒どろぼうなんかも、あっちこっちで発生はっせいして、ザガンニンの警備隊けいびたい大忙おおいそがし。

 こうして祭りはディープなカオス状態じょうたい突入とつにゅうしていくのでした。


 ――そして三日後。

 祭りの終了しゅうりょうとともに、まちおおっていた狂気きょうき熱気ねっきは、あっけないほどにえうせてしまいます。


 陶酔とうすい解放かいほうあらしれたあとのこされたのは、たくさんのゴミとリバったあとだけでした。

 日々ひびらしのストレスを発散はっさんした人達は、また平凡へいぼん日常にちじょうへともどっていくのです。

 バシャルでも地球でも、お祭りにわりはないってことですね。



「――カツどん、おねがいします」


 アレクシアさんがオーダーを入れてきました。

 早速さっそく、『調理ちょうり』を使つかって、カツ丼を具現化ぐげんかします。


「はい、カツ丼、上がりました」


 声を聞いて食堂しょくどうからやってきたアレクシアさんは、カツ丼をトレーにせてお客へ持っていきました。

 食堂にとっておひるどきは、まさに戦場せんじょうです。

 とくにうちのような人気店にんきてんには、やすんでいるひまはありません。

 店のそとにははららしたお客さんがれつをつくっていて、せきいたはしからまっていきますんで。


 チェフチリクさんは、僕の料理をまなびたいとか言ってましたけど、  『調理ちょうり』の機能きのうだと一瞬いっしゅんで、できちゃんうで無理むりですよね。

 だもんで、時間があるときは、材料ざいりょう調味料ちょうみりょうつくり方なんかを知ってる範囲はんい説明せつめいしてあげることにしてます。


 あとヒュリアには、調理ちょうり補助ほじょをおねがいするとかいいましたが、基本きほん、何もすることがありません。

 こっちも全部ぜんぶ僕一人ぼくひとりでやれちゃうので。


 だから、あえて機能きのう一部いちぶ封印ふういんして彼女のために仕事しごとを作ることにしました。

 『洗滌せんてき』した食器しょっきなんかを片付かたづけること、料理を具現化ぐげんかするときに食器を用意よういすることなどです。

 ほかの人がいそがしくしてるのに、自分だけ何もやることがないのはとてもさびしいですからね。


 そんなこんなで激烈げきれつなランチタイムの戦場せんじょうけると、さっきまでのいそがしさがうそだったかのようにしずまりかえって、お客がいなくなります。

 毎日まいにちのことながら、このギャップのすごさには、あきれてしましまいます。


 気づかれないようにキッチンから食堂の方をのぞくと、もうお客は誰一人だれひとりのこっていませんでした。

 わりにアレクシアさんとユニスがぐったりとした様子ようすで、テーブルに、つっぷしてました。

 そのよこにはドラゴン店長てんちょうが、すずしい顔でたたずんでいます。


「どうやら、わったようですな」


 客がいなくなったので、僕とヒュリアはやっと食堂に出ることができました。

 二人ともコックコートを着て、顔に仮面をしてるので、そう簡単かんたん正体しょうたいがバレることはないと思うんですけど、ねんには念を入れてって言いますからね。


「ああ、今日も大変たいへんだったな。――ユニス、アレクシア、大丈夫だいじょうぶか?」


 アレクシアさんが顔を上げて力無ちからな微笑ほほえみます。


「ええ、平気へいきです、チェフ様。この程度ていどのこと、士官学校しかんがっこう訓練くんれんくらべれば、どうといことはありません」


 ユニスの方は、つっぷしたまま、ボヤきはじめます。


「もういやぁ、きそう、目がまわるぅ、頭痛あたまいたいぃ、お腹減なかへったぁ」


「それじゃ、お昼休憩ひるきゅうけいにしましょう。今日きょうのまかないは、牛丼ぎゅうどんです」


 僕の口から牛丼ぎゅうどんという言葉ことばが出たとたん、ユニスはガバっと顔を上げました。


「うぇーい、牛丼ぎゅうどんだぜぇ」


 一瞬いっしゅんでテンション爆上ばくあがりのユニス。

 腹減はらへってるときの牛丼ぎゅうどん、たまらんからねぇ。

 気持きもちはよくわかるぞぉ。


「――そういえば、ジョージアちゃんは?」


「まだ、出前でまえから戻っていない」


 玄関げんかんに下がっている看板かんばんを、営業中えいぎょうちゅうから休憩中きゅけいちゅうにひっくりかえしながらドラゴン店長がおしえてくれました。


「それじゃまた出前先でまえさきで、つかまってるわけねぇ」


「ほんとあの商業組合長しょうぎょうくみあいちょうって、スケベだよね。でもジョルジさんが男だって知ったらどうすんだろ」


 あくびをしながらユニスが言います。


 うらめし屋は原則げんそく出前でまえはしません。

 でも、組合長くみあいちょうとか藩主はんしゅ様とかの、おえらいさんとなれば話はちがいます。

 長いものにはかれておかないといけません。

 だけど、問題もんだいになるケースも出てくるわけでして……。


 この商業組合しょうぎょうくみあい組合長くみあいちょうってのは、ぎとぎとのタコオヤジで、まさに歩くセクハラって感じの見た目をしてるんですが、ジョージアちゃんのことが好きすぎすて、必ず指名しめいして出前でまえさせるのです。

 だけど先日せんじつ出前でまえしたとき、とうとうジョージアちゃんにきついてキスしようとしたらしいので、出禁できんあつかいにしてやりました。


 まあ、そのあと組合長くみあいちょう直々じきじきにやってきて、ジョージアちゃんに土下座どげざしたんで、一応いちおう出禁できん解除かいじょしたんですけどね。

 もちろん、かなりの慰謝料いしゃりょうはいただきました。


 それ以来いらい、セクハラの心配しんぱいはなくなったんですが、おちゃとかお菓子かしを出して、引きめるらしいんです。

 少しでも長く一緒いっしょにいたいんでしょうね

 ジョージアちゃんしによわいところがあるから、今日もつかまってるにちがいありません。


「すいませぇん、おそくなりました」


 うわさをすればかげです。

 ジョージアちゃんが戻って来ました。


「おお、今話をしてたとこだよ。また、あの組合長くみあいちょうにつかまってたの?」


「いえ、今日はちょっと、お客さんをれてきました」


「お客さん? じゃあ、僕とヒュリアはいない方がいいかな?」


 みどり仮面かめんをつけた不審人物ふしんじんぶつだと思われると、あとあと厄介やっかいですから。


「ああ、大丈夫だいじょうぶだと思います」


 ジョルジは玄関げんかんとびらを開いて、外にいた人物じんぶつまねきいれます。


「お邪魔じゃまじて、どうぼ、ずびばせん」


 おずおずとはいってきたのは、このまえ蜘蛛くもってあげた女の子でした。

 顔がまたなみだ鼻水はなみずでぐしょぐしょで、そのうえほほあおあざができてます。

 ているふくも、うでのところが大きくやぶれていて、露出ろしゅつしたはだにはにじんだきずが見えました。

 

「どうしたの? ケガしてるじゃん」


「彼女、冒険者組合ぼうけんしゃくみあいの前で、強面こわもて冒険者ぼうけんしゃの足にすがりついてわめいてたんです。冒険者ぼうけんしゃは、彼女をふりほどこうとなぐったり、服をひっぱったりして……。彼女、大分だいぶねばってたんですけど、結局けっきょく、引きはなされて、地面につっぷしたまま、うごかなくなってしまいました。それで、心配しんぱいになって……」


「――れてきちゃったと」


「はい……」


 困惑気味こんわくぎみに女の子を見るジョルジ。


「ううう、ご面倒めんどうをおかげじて、ぼうじわげあでぃばせん」


「たしか名前はエヴレンさんだったよね」


「ふぁい、そうでふ」


「まずは、きず手当てあてだね」


 ふらふらしているエヴレンを椅子いすすわらせ、ほほにできた青アザと血がにじんでいるうできず治癒ちゆ術で治療ちりょうします。


治癒ちゆ魔導まどう……。冠位ジルヴェ五冠ゲブラでじょうか?」


四冠ケセドだよ」


四冠ケセド……、うらやばじい……。そんだすごい人が、なんで食堂しょくどうなんがをやっでるんでふか?」


「まあ、いろいろあってね」


 治癒ちゆが終わったので、一度いちどキッチンに行ってハーブティーを具現化ぐげんかします。

 そして食堂に戻って、エヴレンの前にきました。

 素人しろうとさんの目の前で、どこからともなくお茶を出現しゅつげんさせるなんて芸当げいとう披露ひろうしちゃあいけません。

 段取だんどりは大事だいじなのです。


 エヴレンは自分の前に置かれたティーカップを見ると、ポケットからハンカチを取り出して、はなをかみました。

 そして、目をじ、カップから立ちのぼ湯気ゆげみます。


「ラヴァンタとビベリエを配合はいごうしてるんですね。いいかおりです」


 『倉庫そうこ』の表示ひょうじではラヴェンダーとローズマリーになってますが、バシャルではラヴァンタとビベリエっていうみたいですね。


「よくわかるね」


「私、薬草やくそうには、ちょっとくわしいんです」


 ハーブティーを一口ひとくち飲んだエヴレンは、ふかいためいききました。


「ああ、美味おししいです。さすがは、うらめし屋さんです。――もしかしてあなたが、ツクモさんですか」


「うん、そうだけど」


「うらめし屋さんの料理のすべてを一手いってに引きけるすごかたってジョージアさんに聞きました」


「いやぁ、凄いってほどでもないけど」


 可愛かわい女子にめられると、ちょいうれしい。


「――で、話をもどすけど、組合くみあいの前で何があったのかな。冒険者ぼうけんしゃ喧嘩けんかでもしたの?」


ちがうんです。――じつは、組合くみあい案件あんけん一緒いっしょにやってくれる冒険者ぼうけんしゃさがしていたんです」


 ラノベにはつきものの冒険者組合ぼうけんしゃくみあいってものがバシャルにもあります。

 ようするにギルドですな。

 想像通そうぞうどおり、そこには一般いっぱんの人達にはこなせない、特殊とくしゅな仕事の依頼いらいせられます。

 組合では、その依頼いらいのことを“案件あんけん”とんでいるようです。


 案件あんけんは、達成たっせい難易度なんいどによって三段階さんだんかいかれていて、一番簡単いちばんかんたんなのが下級かきゅうつぎ上級じょうきゅうもっともむずかしいのは特級とっきゅうです。


「エヴレンさんは冒険者ぼうけんしゃなの?」


専門せんもん冒険者ぼうけんしゃではないんですけど登録とうろくだけはしてて……」


 エヴレンはむねの前で手をんで、人差指ひとさしゆびだけを立て、その指先ゆびさきをくっつけたりはなしたりしてます。


冒険者ぼうけんしゃを探してただけなのに、なんでこんなことになってるのかな」


受諾じゅだくした案件あんけん特級とっきゅうなんで、たいんでしくても、みんなことわられちゃって……」


特級案件とっきゅうあんけん?! かなり危険きけん依頼いらいなんじゃないの?」


魔獣まじゅう討伐とうばつなんです……」


 妖獣ようじゅうの中でも人にがいおよぼすものは、魔獣まじゅうとして区別くべつされます。


「――数ヶ月前すうかげつまえ突然とつぜんダルマダーヌク湿地しっちあらわれて、もう300人以上の人をころしてるやつなんです。高名こうめい冒険者ぼうけんしゃのブラク・エルソイさんが100人のたいんで討伐とうばつしようとしたんですが、返討かえりうちにあって全滅ぜんめつしてて……」

 

「そんなやつ、君に討伐とうばつできるの?!」


 そう聞いたとたん、エヴレンの両目りょうめはなあなから、イグアスのたきみたいになみだ鼻水はなみずがあふれ出してきます。


「でぎないがら、つよぞうだ冒険者ぼうけんしゃさがじでだんでふぅぅぅぅ……!」


 幼稚園ようちえん年少ねんしょうさんみたいに泣き始めました。


「――やっど、つよぞうな人を見づけて、しがびづいだけど、ひっぱられだり、なぐられだりじて、げらればじたぁぁぁぁ」 


 やれやれだぜ……。

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